第31話 分け前の話と男の戦い
「分け前の話じゃ」
隠匿竜討伐からしばらく後。
隠匿竜にやられた傷がまだ痛むということにして、大聖院に居座りつづけていた俺の元に【炎刃】と【暗殺者】、アンヘルがやってきた。
「久しぶりじゃの。【槍聖】ナイク。まだ入院しとったとは」
「傷は治ったのですが、体の節々の痛みがどうにも取れなくて」
「んなわけねぇだろ。お前がそんな柄なわけねぇ」
「成長痛か?」
思いっきり不機嫌そうに顔を歪ませているアンヘルをなだめながら、【暗殺者】と【炎刃】は俺の答えに苦笑いする。彼らは懐から3つの袋をとりだし机の上にならべた。袋にはそれぞれ隠匿竜、赤蝶の主、その他と書いてある。
「大規模クエストの報酬には現金、素材、現物支給いろいろある。正直わしらではお主が欲しがるものが一切わからなくてのぅ」
「仮登録だったナイクには本来は選択権はないんだ。が、共にあの隠匿竜を倒した仲だ。俺たちとしてもそんな意地悪はしたくない。だから第三班の各パーティのリーダー同士で話し合おうということになった。【槍聖】ナイク。お前は一人リーダーだ。そうだなパーティ名は闇夜の槍衾とかどうだ」
【炎刃】の言葉に、アンヘルと【暗殺者】が顔を見合わせた。
「ネーミングセンスかけらもねぇな。意味わかんねぇし」
「そうじゃのぅ。闇夜の槍衾はちとかわいそうじゃ」
ふたりにつっこまれ、肩を落としている【炎刃】は放っておいて、俺はアンヘルと【暗殺者】の方へ向きなおった。
「それぞれ一人ならアンヘルはなんで?」
「こいつは見学じゃ。そもそも弱すぎて任せられんしのぅ」
「うるせぇジジイ。覚えたばっかなんだよ。こいつも似たようなものだろ」
アンヘルが弱い?
何の話だろう。いくら自分の弟子でもあの隠匿竜を討伐したアンヘルを弱い扱いするのはおかしい。
困惑している俺の前に、どんっと箱が置かれる。箱のふたが開きジャラジャラと大量の石がこぼれでた。見覚えのある四角い牌。
均一の大きさをしたその牌たちにはそれぞれ別の絵柄がかいてあった。
「話し合いは当然」
「雀牌じゃのぅ!」
話し合いの卓につくのは男3人。半荘。
俺たちはジャラジャラと音を響かせながら牌をかき混ぜた。
賽をふり、順番をきめる。
S級パーティ 死手の凶刃 S級冒険者【暗殺者】
A級パーティ 青春朱夏出張料理隊 A級冒険者【炎刃】
仮パーティ 闇夜の槍衾 仮登録冒険者【死霊術師】
「このゲームには何の意味が?」
「ああ? テメェ知らねぇのか。悪戯な女神様の教えだぞ。重要な話し合いをするときは、ゲームを遊びながら話し合えだ」
後ろでジッと【暗殺者】の手牌を眺めながらアンヘルが答える。
「正確には、ゲームの決着がつくまでに話し合いを終われじゃな。それまでに話し合いが終わらなかったときはゲームの決着で勝者を決めろとのことじゃ」
「それで牌」
「何回聞いても、ふざけた女神様だぜ」
「そんなこと周知の事実じゃ」
高得点牌は『西』
【暗殺者】は『東』と書かれた牌を切り、【炎刃】がそのままそれを拾った。
「仮登録のナイクに説明しておくと、大規模クエストには通常の報酬に加えて、功労賞というものがある。大規模クエスト中の貢献度に応じた報酬を受けることができるんだよ。そこで重要になってくるのが、功労順位というやつだ。ギルドに張り出されていただろ」
自分の手番が回ってきたが、あまり手は進みそうにない。『西』の牌は残して要らない牌を流した。
「普通は功労順位の順番で割り合いを決めるのじゃが、いかんせんフリカリルト様の酷評でお主の功労順位は不当に低くなっとる」
「フリカリルトが酷評?! なんで?」
「どういう意図かは知らんがの。あの子があんな風に他人を悪く言う姿はじめて見たのぅ。何したんじゃ。尻でもさわったか?」
【暗殺者】の言葉に【炎刃】が噴き出した。本気で面白がっているのか、肩が震えている
「流石に手順すっ飛ばしすぎだろ」
「触ってないです」
「本当かのぅ」
【暗殺者】に見すくめられると、まるでこちらを見透かされているのような気分になった。
「触っていいなら一日中でも触りますけど。そりゃもう喜んで。いや、でも胸もいいな。あの小柄であの大きさは反則」
「おそらく、そういうとこじゃな。男ならガバっといかんかい」
【炎刃】は笑いが止まらないのか、ずっと卓が震えている。
「ああ、面白い。とりあえず安手だが、ツモだな」
「おい! やめろよ。こっちはかなりの得点だったんだぞ」
「アンヘル。切り替えて次じゃぞ」
ゲームのほうは【炎刃】が2600点であがり、次の局になった。
次の高得点牌は『魔陸』
【炎刃】は『邪壱』を流した。
「功労順位2位であるアンヘル、3位である【僧侶】に次いでの実質4位というのが、ナイクを除く第三班内総員の評価だ。【榊】の上だな」
「ありがたい評価です」
「謙遜するな。あの場で隠匿竜を見つけた功績は、それだけで最高級勲章ものだ」
「それを期待されて高ランク班に入れられてたしな。テメェの役割は果たしたんじゃね」
嫌味のようなアンヘルの言葉。もう聞き慣れたとはいえ相変わらずだなと思いながら自分の手牌を眺めていると【暗殺者】が目にもとまらぬ速さでアンヘルの顔面を殴った。不意をつかれたアンヘルは衝撃で後ろにのけぞる。
「いってーな。クソジジイ。俺がレベルあがったからって本気で殴りやがって」
「こいつはこんなんじゃが率直にいうとのぅ。アンヘル、【僧侶】、ナイク、【榊】の四人は一人でも欠けておったら全滅しておった。それほど重要な役を果たしてくれたわい」
【僧侶】は死んでしまったが、彼女は今も【暗殺者】の横でフヨフヨと浮いていた。
「それでじゃ。わしらはアンヘル、【僧侶】の優先権をつかって隠匿竜の素材を貰うことにしたい。勿論わしと【雨乞い巫女】、オペレーターの【鐘鳴らし】の分も全部のせじゃ」
「やっぱ、それとるよなぁ」
【炎刃】が悔しそうにため息をつく。
隠匿竜の素材…………
レベル135の竜種の素材なんてお伽噺級の激レア素材だ。
破片だけでも家が建つ。
「参考に何に使うか聞いても?」
「鎧にするつもりじゃ。うまく〈隠匿〉付与したものができるといいのじゃがのぅ」
「「げぇ」」
【暗殺者】が作ろうとしているものをきいて【炎刃】も俺も飛び上がった。
〈隠匿〉を付与した鎧をきた【暗殺者】ご一行を想像する。
目の前で消える【槍聖】と【暗殺者】、そして死角から魔法をぶちこんでくるどこにいるかわからない【雨乞い巫女】。
想像しただけで、げんなりしてきた。
犯罪者にでもなって、街から追われる立場にならない限り俺らと【暗殺者】が直接戦うことはない。
しかし冒険者同士は仲間でもあると同時に競合相手だ。冒険者の中に隠匿竜がいたら、簡単に横から獲物をかっさらわれててしまうだろう。彼らはそんな卑怯なことはしないだろうが、脅威であることは間違いなかった。
それに、俺は【死霊術師】だ。
教会に正体がバレれば、いつでも街から追われる立場に転がり落ちる可能性がある。
「〈隠匿〉じゃなくて〈唾弾〉くらいにしときません?」
「…………ああ? それが何の役に立つんだよ?」
「いいなぁ。〈唾弾〉 いいなぁ。唾で弾が打てる。威力は〈唾弾〉に計4回も胸を貫かれたこの【炎刃】インバル・バックロージャが保証します」
「…………何の役に立つのじゃ?」
返答に困った【炎刃】と俺はお互い目をあわせて、それから諦めて笑った。
「いい使い方です」
「それ以上のものは思いつかないな」
【暗殺者】はそうじゃろ、そうじゃろと嬉しそうにはしゃいでいる。アンヘルもなんだかそわそわしていた。
隠匿竜装備がよっぽど楽しみなのだろう。【僧侶】の死霊も彼らと一緒に楽しそうにくるくる回っている。
ある意味、彼らにとってはいい形見なのかもしれない。
「次は【槍聖】ナイクじゃ。何を選ぶ?」
欲しいもの。考えたこともなかった。
というか一番欲しかった冒険者登録は手に入れている。
思いつかない。
「…………わかりません」
【炎刃】も【暗殺者】も優しく微笑んだ。
「そういうじゃろうと思って助言をしておくが、金はやめておくことをお勧めするのぅ。金の価値は変わる。しかも目減りする方に。今が最高額じゃ」
「そして逆に物の価値は上がることが多い。当然利用価値と劣化状況によりけりだが、今が最低値だ。功労順位第一位の【天気占い師】も光咲く大樹の木霊の素材を報酬に選んだぜ」
功労順位第一位【天気占い師】
第一班でレベル101相当のサブコア光咲く大樹の木霊にとどめを差した人物。その最大の功績は討伐ではなく、彼女のスキル〈今日のラッキーアイテム占い〉だ。血糊と占われ、隠匿竜に自分の血糊をぶっかけた俺のように、高ランク冒険者全員がこのスキルによって命を救われていた。その上、サブコアまで討伐しているのだから、まさに全員が認める功労一位。【天気占い師】は今回の大規模クエストの功績を認められて死んだ【大食姫】と入れ替わりにS級になったらしい。
「随伴組織の回し者がS級になったのはちょっと考え物じゃがな」
「功績と所属は関係ねぇだろ」
「アンヘル、大事だぞ。俺やナイクのような流れ者はともかくこの街に家族がいるやつはな特にな」
そういって【炎刃】が『中』をすてる。彼はもうこの局は勝負を降りているのか無難な捨て牌ばかりをしていた。
「【炎刃】さん、さっきから自分の親番流そうとしてますね」
「…………」
「主、ゲームの方をさっさと終わらせてそちらの勝負にしようとしているのう」
「気づかれてるならもう容赦しねぇ! 俺は降りるぜ! そして次は鳴きまくるぜ」
「甘いですね。時間を稼げばいいんですよ」
「あ、ロンじゃ小僧」
「え?! 【暗殺者】さん?! 聞いてました? 時間をかけようって」
「ゲームは楽しむもんじゃ。そもそも勝てばいいだけじゃのぅ」
「そうだ。そうだ。談合しようとした罰だぜ」
「おい、誰か俺に説明しろ。意味わかんねぇ」
あきれ顔の【暗殺者】がアンヘルに説明しているのを横目に見ながら俺は【暗殺者】の得点箱の中に8400点払った。
次の局。
高得点牌『邪弐』は、幸運にも手札に3枚あった
『邪壱』を引いたので、いらない牌を流した。
「で、お主はどうする? 【槍聖】ナイク」
「では赤蝶の主の素材で」
「やっぱとるよなぁ」
【炎刃】が悔しそうにため息をつく。
「オメェらが食ったからだろ。取り分使ってるぞ」
「あの時は〈隠匿〉で頭がおかしくなってたんだよ」
「普段からやっておるじゃろ?」
「……やってますけど」
卓の上に置かれた赤蝶の主の袋を受け取る。その魔法袋は〈軽量化〉と〈収縮〉だけでなく、〈防腐〉もつけられているようだった。俺の持っている父の形見より容量は小さいが中のものが腐らない優れものだ。
「〈防腐〉つき?! 相当いい魔法袋では? これごと貰っていいのですか?」
【炎刃】も【暗殺者】は顔を見合わせて少し苦笑した。
「…………そうか。お主そのレベルか。なら大事にするのがいいのぅ。赤蝶の主とて、レベル89相当の竜種。隠匿竜のせいでかすむが、これも最高級素材じゃ」
「ただ忘れるな。大事にしすぎて使わず死んだらもっと意味ない」
「ありがとうございます」
「決まりじゃな」
「結局、俺らは残りか。まぁいいか。もともと金を貰うつもりだった」
「あれ? 金はおすすめしないって話では?」
「いや、すぐ使うんだ。ラインの義手義足の資金にしようと思ってな。ジュリもグンジョウもみんな賛成してくれた」
【炎刃】がどこか悔しそうにため息をつき、『邪陸』を捨てた。
「あ、それロン」
できた役『邪色通貫』をみせる。
「お…………」
「おお、珍しい役じゃ。点数も跳ねたのう」
「容赦ねぇー」
「容赦してほしかったですか?」
「うるさいな。クソガキ。いらん」
その後は、ボードゲームを適当に楽しみ。
分け前の話し合い、男たちの戦いは終わった。
「ナイク。使い道は考えているのか?」
帰り際、【炎刃】が少し心配そうに声をかけてきた。
「実はひとつあります。今度時間もらませんか青春朱夏出張料理隊の【炎刃】さん」
【炎刃】の顔をみてひとつ思いついたことがある。
あとがき設定資料集
【鐘鳴らし】
※HP 1 MP 7 ATK 5 DEF 3 SPD 6 MG 8
〜鳴りやまぬ鐘の音が朝を告げる。醒めぬ朝夢は果てしなくつづく、終焉の訪れるその日まで〜
簡易解説:高いMPとMGをもつ魔術系統の役職。音をつかさどるスキルや魔法を多く取得する。また聖職でもあり、〈ヒール〉などの聖魔法も取得する。




