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第03話 明日の殺人鬼は今日既に殺人鬼なのか

 



 かつて、この世界の全てが魔王に支配されていた時代。魔物たちに怯え、ただ逃げることしかできなかった人々に、悪戯な女神は役職の力を与えた。そして【勇者】という役職を与えられた一人の青年が魔王を倒し、世界に魔物のいない人の領域ができた。


 だが人々の中には役職の力を与えられながらも、人類を裏切り魔王に与するものもいた。闇に堕ち、人類に災厄に等しい破壊的な結果を生んだ役職が6つ。幾万の人を殺し、弄んだそれらは存在することを禁じられた役職として、今なお所持するだけで極刑の対象になっている。



「六禁【死霊術師】」


 水晶に浮かぶ文字を祭司がはっきりと読み上げる。


 見間違いじゃないという事実を思い知らされ、内臓ごと抉られたような不安感が襲った。


 「俺、処刑?」


 頭の中に最悪のイメージが浮かぶ。

 身動きができないように手足を縛られて、村ハズレの森で1人魔物の群れに襲われる。鋭い角に何度も何度も貫かれ、硬い蹄に踏み潰されて手足はグズグスの肉の塊になり、それでも死ねないまま、生きながらに少しずつ噛みちぎられていく。

 体中をひっくり返したような痛みが押し寄せ、声を失った絶叫が脳内をこだました。


 その声は、自分の声というより、かつて、俺を助けるために生きながら魔物に食われた父の今の際の叫びと同じに聞こえた。



「本来ならここで女神様が授けたサブスキルツリーについてお話しするはずなのですが。私もどうすればいいか」


 俺は【祭司】の言葉で現実に引き戻された。彼が言うように水晶球は『六禁!六禁!六禁!六禁!』と埋め尽くされており、もう何も読めなくなっている。


「普段はこういう時どのように?」

「こういったケースは私も初めてでして」


 目の前の祭司は額の汗を拭いながらそう優しく笑いかけてくるが、なぜかその顔は酷く下卑て汚らしいもの感じた。黒く歪んだモヤが、彼の顔面にへばりつき、優しいはずの笑顔はぐにゃりと歪んで見える。


 彼の背中から湧き上がる黒いモヤは何度もブクブクと何度も浮かんでは沈む。焼け爛れた果物のようにドロリと開くと、相変わらず中から、「僕、何もしてないのに、、、」「助けて」と呪詛のような声が聞こえた。


「ねぇ、逃げた方がいいよ!」


 耳元でハッキリと何かが囁く。生暖かい息づかいが首元を這いずった。慌てて振り払った手は空を切った。


 神託の儀の影響で幻聴が聞こえているのか。

 それとも、これが【死霊術師】としての力?


 困惑してあたりを見回すが、目の前の【祭司】は真剣な顔で水晶を覗き込んだままピクリとも動かない。


 尋ねる相手も分からず、一緒になって水晶を覗き込むと、水晶の中の『六禁』の文字はこちらの視線に気がついたようにピクっと震えて、そのまま薄くなって消えていった。


 すっかり元通りの濁った青になり、ピクリとも動かなくなった水晶見て、自分の神託の儀が終わったことを理解した。


 あっという間に神託の儀は終了した。

 六禁とは名ばかりのありふれた役職なのでは、と勘違いしそうになるほどに、簡単にだ。


「終わり?」


 まだ何かあるのではと水晶に手をかざすも何も起きない。


 本当に、終わった?

 人生をかけた儀式が終わった?

 いくらなんでも、現実味がない。


「俺は本当に【死霊術師】なんでしょうか?」


 悪戯ならさっさとネタバラシをして欲しくて、祭司に尋ねたが彼は大きく首を横に振った。


「女神様は間違えません。これが女神様の思し召しです」



【祭司】は確かめるようにそう頷き、そうして彼は懐から手錠を取り出した。



「女神様は間違いません」


 まるで有無を言わせないようにもう一度そう言った彼の姿に、俺は一種の恐怖を感じた。


 反論も、撤回もさせてもらえないということは、つまり彼は問答無用で俺を処刑するつもりいうことだ。祭司の顔はもう何度見直しても真っ黒から変わることがなかったが、その姿のお陰で俺はやっと現実を受け入れなければならないと理解できた。


 俺は【死霊術師】で、おそらく今見えている黒い影こそが【死霊術師】という役職を得て手に入れた力なのだろう。



「ただ役職もらっただけなのに……」

「ナイクさん。あなたを〈拘束〉させていただきます」


「そんな……何かの間違いだ」


 【祭司】は悲しげに首をふり俺の手に手錠をかけた。その瞬間に体に痺れが走り、指一本たりとも動かせなくなる。おそらくこの【祭司】のスキルだろう。もはや何の抵抗もできなかった。


「残念ですが、女神様はヒトの人格、能力、嗜好、すべてを見通して役職を授けられる。あなたはまだ何もしていませんが死すべき極悪人です」 


「あ、あの」


 俺を連れて行こうとする【祭司】を押し留める。


「少し時間をください。一晩だけでいいんです。両親と会わせてください。こんな大事になって、どうしていいか分からなくって。それに最後の別れならちゃんと挨拶しない。絶対戻ってくると約束します。お願いします!」

「両親?」


 自分でもビックリするほど流暢にでてきた嘘。大声で懇願すると【祭司】は少し驚いたように目を丸くした。それから少し考えるように首を傾げ、懇願し続ける俺を見て軽く頷いた。


「ナイクさん。わかりました。ではお話がありますので夜更けまでにまた戻ってきてください。ご両親にも説明させていただきたいので是非ご一緒に。遅れたら……わかりますね」

「はい! ありがとうございます!」



 手錠を外され、俺は彼が促すままに神託の間を後にしようと立ち上がった。


「ねぇ?そのまま逃げた方がいいよ?」


 何度も聞こえていた声がまたうしろから囁いてくる。相変わらず声の主の姿は見えないが、【死霊術師】になった俺の直感がその声が何ものであるのか教えてくれた。


 おそらくこれは、これは死霊、死んだ人の魂だ。



 声の主も、【祭司】を取り巻くモヤも、死んだ人の魂がこびりついたものだろう。おそらく1人じゃない。何人もの死霊が寄り集まってできた強い怨念の塊。


 それが今、【死霊術師】の俺に話しかけてきている。



 そしてこの人の良さそうな【祭司】は、それほど醜悪に人に恨まれているのだろう。神託の儀の前までとは打って変わって厳しい表情を浮かべる【祭司】には真っ黒な黒い影が纏わりついていた。


 影に目を合わせる。

 ただ黒いだけの影に目を合わせるというのは変なだが、まさにお互いを見つめているような気がした。


 ゆっくりと彼らからの言葉がまた頭に流れ込んできた。


「気をつけて」

「お願いやめて」

「僕何もしてません」

「何もしない。何もしないから」

「いやぁ、助けて」


 影は先ほどと同じ言葉を繰り返し続ける。まるで誰かの断末魔の叫びを再現しているようだった。


 こんなのに取り憑かれてるってこの【祭司】何者なのだろう。それともこの【祭司】が特別な訳ではなく、みんなこんな感じなのだろうか。


 それに死霊の言う逃げろってどういうことだ。

 【死霊術師】だから処刑される前に逃げろということだろうか?


 わからない。何もわからない。


 何をどうしたらいいのか分からず俺は神託の間を出て幼馴染たちが待つ聖堂へと戻った。





 皆はウキウキしたような顔で俺のことを出迎えてくれたが、こちらをみた瞬間にただ事ではないことを察して口を閉じた。見た限り、あの黒いモヤのようなものは【祭司】の他の誰にもついていそうにない


「とりあえず俺は両親に報告してくるから次のやつの番だぜ」


 そういってアベルの肩を叩き行くように促すと、彼は渋々と立ち上がり、それから不思議そうに俺を見た。


「両親?」

「ちょっと色々あって。まぁ父に相談してくるわ」

「は? 両親って、お前?」


 ナシャータがさっさといけと言わんばかりに彼を蹴る。


 アベルは納得いかない表情をしていたがそのまま奥の間へ消えていった。


「ナイくん?」


「先に帰るわ。相談しねぇと」


「そう」と呟いてナシャータはスッと道を開けた。


 槍系ではなかったことは察してくれたようだ。まさか六禁の死霊術師なんてことまでは思いもしないだろうが、すでに死んだ両親を言い訳にして、この場から立ち去るほどの役職だと理解してくれたに違いない。



 聖堂を出て村端にある自分の家へ走り出す。開拓村はそう広くはない。息切れする間も無く、生まれ育った家にたどり着いた。




 【死霊術師】か。



 【死霊術師】は六禁の中でもとりわけ有名な役職だ。この辺りに伝わるお伽話の中に、死霊術師に滅ぼされた国の話がある。その話では死霊術師が操った死体が殺してできた死体はまた死霊術師の操り人形になったらしい。連鎖的に操られた死体で国が埋まっていき、数日とたたないうちにその国は術師と死体しかいなくなってしまったそうだ。いわば増殖する死の連鎖。死霊術師が本当に御伽話のような役職なら、あまりにも危険だ。存在すら許されず処刑されるのも納得である。


 このままでは間違いなく俺も処刑される。


 神託後すぐに村の自警団を呼ばれていたら不味かったが【祭司】はなぜか納得してくれた。



 逃げるか?


 少しだけ冷静になった頭で考えるが、すぐ無理だと理解した。

 自分はレベル1でスキルもない。【死霊術師】がバレれば教会の威信をかけて捜索される。感知系スキルを使われればどこに行ったって逃げ切れないだろう。


 じぁ殺すか?


 今なら自分の役職を知っているのはあの【祭司】だけだ。

【祭司】が誰かに漏らす前に彼を殺し、自分の役職を偽ればなんとかなるのでは?

 何千何万も役職がある中で、俺が【死霊術師】であると気がつく人はいないだろう。【祭司】ですら【死霊術師】のフレーバーテキストを知らなかったのがそれを裏付けている。


 そう考えて首を振った。


 自分でも驚きだ。なんでそんな考えになるんだ?


 殺すなんて。


 確かに訳のわからない怨念が詰まっていたから善人では無いのかもしれないが、それでも人を殺してはダメだろう。


 やろうにもレベル1の戦いに向いていない役職で勝てる通りもない。【祭司】は少なくともあの歳ならレベル20-30はある。


 無理だ。


 処刑。目の前で肉片に変わっていった父の死に様がまた頭に浮かぶ。流れに身を任せてしまえば十中八九ああなるだろう。助かるにはどうにか許しを乞うことしか思いつかない。



 やはり【祭司】に誠心誠意お願いして見逃してもらうのが一番だ。


 そのまま逃げた方がいいよ?


 先ほど死霊にかけられた言葉がふと頭に浮かんだ。なんだかものすごく嫌な予感がする。


 だが逃げるのはダメだ。最悪なのは【祭司】が【死霊術師】のことを誰かに漏らしてしまうことだ。こんな小さな開拓村では人の口には戸が建てられない。誰かにバレればそのまま芋蔓式に全員にバレることになる。待っているのは処刑だ。


 何か、何かないだろうか。


 藁にも縋る思いで、家の中をひっくり返す。引き出しを全て開け、大人になる日まで取っておいた父の遺品を掻き回す。


 真っ黒の小箱が転がり出た。


 役職の力を込めないと開かない特別な箱。役職を登録した本人しか開けられないようになっている。【槍聖】の役職が登録されているためか父が死んで以降誰も開けられず中身が全く分からなかった遺品だった。


 訝しく思いながらも自分の力を少しこめるとそれは簡単にパカと音を立てて開いた。



「【死霊術師】だぞ?」


 なぜ死霊術師で開く箱を父が持っているのか、そもそもどうやって死霊術師を登録したのか。



 そこには一便の手紙が入っていた。


 封を破いて手紙を取り出した。


『愛する我が息子へ

 この手紙を読んでるってことは俺は死んでるな、わっはははははは。どんな死に方したかは知らないが痛くないといいな。お前の成人をとても嬉しく思う。きっと【槍聖】になったのだろう。違ったとしても落ち込まないでくれ。俺はどんな役職でもお前を愛してるぞ』


 死霊術師しか開かない箱に入れておいて、これなのはとてつもなくしょうもない語りだしだったが、能天気な父のことを思い出し少しだけ懐かしい気持ちになった。


『さて、冗談はやめにしよう。この手紙を読めているということは俺たちは賭けに外れたのだろう。お前は【死霊術師】になったようだな。残念だ。俺の知っている【死霊術師】はドブにも劣る悪意の塊。息をするように人を殺し、おもちゃのように弄ぶ。存在することを禁じられた災厄役職の一つ【死霊術師】だ。何も知らないナイクは「何で自分が?」なんて思っているかも知らないが俺からすれば、ナイクは【死霊術師】だったお前の母親そっくりだ。一緒に生活していてよーく知ってる、お前は生まれついての【死霊術師】、残念ながら俺にお前を矯正することはできなかったようだな』


 母親が【死霊術師】?

 知らなかった。


 俺の母親は幼い頃亡くなっており、父もほとんど母のことを話さなかった。俺には母親の記憶は一つもない。どうやって処刑から隠れて生き伸びたのかは知らないが、母親も【死霊術師】だったのか。


 父の手紙の続きを開く。


『自分の育てた息子が、【死霊術師】になるなんて恥ずかしくて堪らない。正直いうと【死霊術師】になるような奴はさっさと捕まって処刑されればいいと思ってる。それほど恐ろしい役職だ。

 だが、やっぱり息子に死んでほしくもないという気持ちもあるんだ。賭けには負けたがお前は何であろうと俺の子だからな。だから、もしお前に生まれながらの罪人として生き続ける覚悟があるなら箱の底に隠した手紙を読んでくれ。【死霊術師】の大先輩がお前が生き残る方法を教えてくれるだろう。そして、もし、もしお前が別の道、処刑を受け入れるでも、死霊術師と生きるでもない第三の道、普通の人間になる道を選んでくれるなら、箱の底のもう一つの手紙を読んでくれ。俺がいいことを教えてやる』


 箱の底にある二つの便箋。片方は紙から真っ黒で、白い文字で『未来の死霊術師へ』と書いてある。女物の細い筆跡は、ところどころ擦り切れていて、見ているだけで不安な気分になってくる。

 もう一方は父の字で『ナイクへ』と書いてあった。



 不気味な便箋には手を触れず、まずは父の手紙へ手を触れた。


 その瞬間、目の前に真っ黒な炎が燃え上がり、『死霊術師』の便箋が灰に消えた。


「は?嘘だろ、親父?」


 今は生き残るための術が少しでも欲しいというのに、重要な『死霊術師』の情報が消えてしまった。


 前もってどちらか一つと言われたら間違いなく『死霊術師』を選んでいたのだが、それを見越したように炎が手紙をかき消した。


 後で読もうと思っていたのに、何という嫌がらせだ。父らしい。



『今回の賭けは俺の勝ちのようだな。ありがとう、息子よ。おそらく茨の道だが、お前が普通のしょうもない男として平穏に生きることができる方法が一つだけある。役職を変えるんだ。どうやるかはわからない。だが必ず方法がある。俺は転職した人、つまり役職を変えた人間にであったことがあるからな。そして転職するのに大切なのは死霊術にはスキルポイントを振らないことだ。決して振ってはいけない。一度振ってしまえばもうあと戻りできないと思え』


 俺はそこまで読んで、懐のミスリルの穂先に触れた。父の形見、とてつもなく高価な金属でできた槍の穂先。父が使っていた時は綺麗な蒼だったのに今や、光一つ反射しない限りない黒に変色している。


 父のこと、母のことはよくわからないが、少なくとも心から俺に死んで欲しいとは思っていないらしい。


 ああ、生き残ってやるさ。絶対に。こんなところで死んでたまるか。

 俺は普通の人間になるんだ。


『最後に軟弱な息子に覚悟をあげよう。一つだけ【死霊術師】のことを教えておこう。お前が今、見て聞いているものは全て真実だ。死霊術師の最初のスキル〈死霊の囁き〉は死者の魂を見聞きできる能力。死霊はお前に嘘をつかない。信用していい。母さんは言っていた。彼らだけが【死霊術師】の味方だ。後はまぁ頑張れ。お前が幸せに生きることを祈っている』


 手紙はそう締めくくられていた。


「頑張れ?! 一番重要な神託後の脱出がないじゃないか」

 

 とりあえず【祭司】についている怨念は、彼が殺した子供達のようだ。あれほど恨まれているのだ、相当酷いことをしたに違いない。父はまさかあの【祭司】のことを知っていたのだろうか。


「いや、関係ないな」



 目の前の父の遺書を破り捨てた。


 さて、決めた。【祭司】は殺す。

 必ず殺す。俺が【死霊術師】だと知るものは生かしてはならない。

 幸運なことに相手は悪人だ。罪悪感を感じないで良い。




 できること全てをして、俺は聖堂に戻った。幼馴染達でいっぱいだった聖堂にはすでに誰もおらず、真ん中にポツンと女神像と祭司が1人いるだけであった。きっと皆は今頃家族、親戚より集まって役職と今後の生き方について話し合っているのだろう。それくらい大切な日だ。どれだけ騒いでも、ここにくる人なんていない。


「遅かったですね。ご両親は?」

「きたくないと。お別れをしてきました」


【祭司】はふっと優しい笑みを浮かべた。顔だけ見ているとまるでこのまま全部許してくれそうな、そんな表情に見える。


「とても残念なことですが、ナイクさ……」

「一つ、お願いがあるんです」


 彼の声を遮って、頭を下げる。


「なんでしょうか。できることならなんでも聞きます。あなたの憂いを断つことが私にできる全てです」


【祭司】は少し驚いた表情をした後、また優しくそう言った。


「ありがとうございます。お願いというのはこれです」

「これは手紙……の破片でしょうか」


 俺は先ほど破いた父の遺書の切れ端を【祭司】に手渡した。

 祭司は指からポウっと光を生み出すと切れ端を覗き込んだ。




 彼の視線が中の文字に移った瞬間、




 俺は、全力で振りかぶり、槍を彼の顔に突き立てた。



 硬い感触がして、ミスリルの槍が弾かれる。




 予想はしていたが、その感触は驚くほど硬かった。

 完全に顔面の中心を捉えたのに、刺さるどころか弾かれた。


 だが思いっきり、ぶち込めたおかげで薄皮程度なら切り裂けた。


「ナイクさん?何をしているのです?!」


「槍先には毒を入れてる!」


 俺の宣言に彼の目がキュッと細くなった。優しさは消え、あからさまな敵意の目がそこにあった。


 そうだ。その表情だ。


 お前はそういう奴だと思った。そうじゃなきゃそんな怨念じみた死霊は憑かない。ここにくるまでに覗き見た開拓村の大人達に怨念がついている人は誰もいなかった。


 先ほど聞こえた死霊の声達は全てこの【祭司】が殺した子供達の声だ。おそらく俺のような犯罪役職の子をたくさん処刑してきたのだろう。


 やはり父の言うとおり死霊は信用できる。

 躊躇はいらない。


「解毒剤は俺しか知らない場所に……」


 そこまで言って異変に気がつく。毒を入れたはずの【祭司】の顔の傷はすでになくなっていた。


「毒も傷ももう治りましたよ?」


【祭司】はさっきまでとうってかわって嘲るように笑っていった。その顔はなんだか醜く歪んで見える。


「よけて!」


 思わず聞こえた死霊の声に従って横に飛び退く。


 パン!と大きな音を立ててさっきまで立っていた床が弾け飛んだ。

 魔法。おそらくマナの塊を打ち出す一番基礎のスキル〈バレット〉

 醜く歪んでいたのはマナの塊か。


「避けるか。六禁。子供にここまでされたのは初めてです」


 言葉が終わった次の瞬間には、まるで瞬間移動したように【祭司】が真横にいた。

 まるで、小型の魔物に突撃された時のような衝撃が脇腹を襲った。


 抗えない力で体が空中に吹き飛ばされ、手足が棒切れのように跳ね回る。受け身なんて取れるはずもなく俺は聖堂の壁を突き破り、外へと転がった。


 蹴り飛ばされたのか。


 壁材が腐っててよかった。おかげで衝撃を殺してくれた。壁の粉を振り払い立ち上がろうとした。


 目の前に【祭司】がいる。


「レベル差ですね」


 再び蹴り上げられて宙を舞う。


 今度はそのまま木に引っかかりながら落ちた。


 痛みを堪え、すぐさま立ち上がり開拓村の外へ走る。内臓がどこか傷ついている気がするがそんなことを気にする余裕はなかった。


 幸運にも木に隠れてどこに落ちたかわからなかったようだ。

 【祭司】もすぐには追いついてこな、


「よけて!」


 また声がして、そこから飛び退くと再び地面が破裂した。


「なんで避けられるんだ?」



 反射的に、声の方に槍を突き出す。

 再び弾かれるような感覚と共に槍は少しだけ【祭司】の腕に刺さった。


 驚いたような表情の【祭司】をおいて、森の中を再び走り逃げる。


 追いかけてきた【祭司】はスボリと沼に落ちた。


「そこは底なし沼だ。ぬけだすには」


 そう言おうと思った時には、どうやったのかすでに【祭司】は抜け出していた。


「レベル差わかってます?」


 今度は下に叩きつけられるように殴られ、俺は地面に押し潰された。



 どこかの骨が折れているのだろう、うまく立てない。しょうがなく這いずりながら【祭司】から逃げる。


「あなたと私のレベル差は40ですよ。レベル1のあなたでは私に傷ひとつつけることはできません」


 魔物と戦うことなく過ごした普通の大人のレベルはおおよそ20から30ほどだ。しかもレベルは上がれば上がるほど上がりにくくなるもの、レベル40というのはよっぽど魔物と戦う生活をしてきたか、あるいは魔物ではなく人を殺したかだ。


「殺したのか。子供を。俺みたいなやつを!」


 這いずりながらそう叫ぶと、【祭司】は驚いたように目を丸くした。


「ああ、だから【死霊術師】なんですね。わかるのかそういうのも。これは本物だ。ちゃんと救ってあげないと」


 彼は納得したようにポンと禿げた頭を叩いた。


「六禁以外は即処刑していい役職はないはずだ? それともそんなにいっぱい【死霊術師】がいたのか?」


「はぁ、わかってませんね。これはあなた方、不幸にも犯罪役職を得てしまった子供たちへの救いなのですよ。どうせ明日にも悪事を働くのですから、あなたたたちの魂が汚れる前に浄化してあげるのが、世のため、そしてあなたたちのためでもあるのです。」


 彼は諭すようにそう言って手を大きく広げた。


「うそ! 信じないで! こいつはレベルが欲しいだけ!」


 死霊の声は俺の耳元で悲痛そうにそう叫んだ。


 そうだろうな。躊躇はいらない!


 俺はその場に仕掛けられていた魔物用の大弓の罠を【祭司】に向けて放った。今まで幾度となく魔物たちを殺してきた仕掛けだ。


 死ね!


 パンッ!と乾いた音がして矢は【祭司】に突き刺さり....

 突き刺さることができずに表面で破裂する。そして弾かれた破片が跳ね返って俺の脇腹に突き刺さった。


 内臓がぐちゃぐちゃになるような感覚がして、口から血が溢れ出した。


「さっきからずっと哀れですね」


 答えることもできずに倒れ込む。


「いくら最強最悪と名高い六禁役職でも、レベル1ではこれが限界でしょう。正直、少し拍子抜けですが終わりにしましょう」


 歪んだ空気の渦が大きな風を起こしている。あんなものが当たれば俺の体は粉々に吹き飛ぶだろう。


「あなたは頑張ったと思いますよ。正直こんな風に怪我をしたのは若い頃以来ですよ」


 嘲るように笑う彼の顔は空気の歪みを介さなくても醜く歪んでいた。


「よけて!お願い避けて!」


 耳元で死霊が叫ぶが、動ける気がしない。



 そう思ったとき、目の前の【祭司】が叫び声を上げた。

 つんざくような金切り声とともに【祭司】の体がおもちゃのように飛び上がり、彼の腹を突き破るように聳え立つ真っ赤な角が見えた。



一角馬(ユニコーン)】の角が祭司を貫いていた。


 かつて父を食い殺した魔獣がそこにいた。


あとがき設定資料集


【祭司】

※HP 7 MP 5 ATK 2 DEF 7 SPD 3 MG 6

〜祭りに怪我は付きものだ。でも祭司がいれば一安心。ぽぽいのぽいで元通り。さぁ、もう一発行ってみよう!〜


簡易解説:比較的高い防御力を誇る魔術系役職。さらに〈ヒール〉や〈キュア〉といった聖魔法(時間操作魔法)を会得するため、戦闘で彼を倒すのは至難の業である。神職であるが良くも悪くも俗っぽい人が多い。


※役職バフ 【役職】 によって与えられる身体能力の上昇値。 レベルが上がるごとにバフ値が加算されていく。 割り振りは役職によって異なるが、 合計値は全ての【役職】で等しく30(平均が5)となる。 ステータス値と呼ばれることもあるが、あくまで元の身体能力からの加算値のため、 元の身体能力が失われるわけで はない。 そのため肉体トレーニングは数値には表れないが有効である。

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― 新着の感想 ―
二つほど気になる点が。 「自分「の」レベル1でスキルもない。【死霊術師】がバレれば教会の威信をかけて捜索される。感知系スキルを使われればどこに行ったって逃げ切れないだろう。」 「の」だと少し変じゃない…
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