第28話 醜悪に笑い合う師弟
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何も見えない暗闇。
隠匿竜の〈隠■〉は光のない漆黒のダンジョンから音も匂いも奪い去った。
隠匿竜の小細工なし全力の〈隠■〉に俺の〈◆匿〉も簡単に塗りつぶされる。
〈隠匿〉を持つからこそ感じる。■■■の全力の〈■■〉は思考すら奪■最悪の攻■だった。
〈■■〉がすべてを■■■■■■■■■■。
■■■■■■、あふれだす〈■■〉はまるで意思をもつ絵具のように地面を這ってダンジョン中に広がっていった。
■■■■に覆われ、目の前に何があるかすら■■らない。
■■■■■■■■■■。
近くに■■はずの冒■■たちの気■■ら感じることが■きない。
このままでは■■■■。
■■■の狙いは■だ。
手探■■周囲を探し、誰かも■■らない■険者を掴■■、自分ごと必死に〈隠匿〉をかけた。
目を閉じて自らの〈隠匿〉を深めていく。
全力で気配を塗りつぶしたい気持ちを抑えて、隠匿竜の緻密な絵画のような〈隠匿〉を真似る。
肌に感じる隠匿竜の〈隠匿〉から自らを隠すように〈隠匿〉を深めた。
空気と自分自身の境目をぼやけさせ、色を馴染ませ、
風の一筋、地を舞う埃の一粒の感触すら、違えぬように色を付ける。
命がけの〈◆◆〉を描いている最中、俺の肩に小さな死霊がとまった。
「【死霊術師】みて」
声を聞くに、【大食姫】の死霊。
俺の体を制御していた彼女は、おそらく自分自身を使いきることができなかったのだろう。
中途半端に消耗した彼女からは以前のような輝きは失われ、もう普通の死霊と見た目は変わらなかった。
「みて、ひとり。できた」
彼女が指し示す方向を見ると〈■■〉の煙の中に、ぼんやりと輝く死■が見える。
■■の〈■■〉は死霊には効果が薄く、泥のようにねばり■■煙の中でも何とかみることができた。
死■ができた。
つ■■誰■死んだ…………
目を凝らして死霊だけをみつめる。
浮かぶ死霊を頼りに、暗闇と〈■■〉に隠された隠匿竜の姿を感じとる。
■■は、ぴょんと、飛んでは■■振り、ぴょんと飛んで■■をし■■。■■■■■■は冒険者の位置が■■てるのだろう。冒険者たちが次々とやられていっているのがわかった。
「■■」
声を出しても、音すら通らない。
自らの口から出た声すら聞こえない。
計り知れぬ沈黙と暗闇の中、■■竜は、冒■■たちを攻撃しながら、上顎だけに■■た口を振り■■、何かを地面にこすり■■ている。
「念入りに壊してる。もう死んでるって気が付いてないみたい。今が隙だ」
隙。
その言葉に反射的に腕を引き寄せた。
「■? ■■■!?」
俺がつかんでいたのは多分【■】だった。そして俺がつかんだ彼女は■■■■をつかんでいる。暗黒の中、俺たちはお互いの顔をみることもできずに3人で向かい合った。
「■■■■。■■■■■■■■」
「■■■■■■■■無■■。■■■■■ート■■■■■■■■■■託すで。■■■逃げ■■■■」
お互い何を言っているのかさっぱりわからない。
ただ体に力が湧いて、【■】からバフが流れ込んでくることだけは理解できた。
そして彼女は、俺たちから手を離し、そのまま暗闇に消えた。
「■■■■■■■■」
■■■■■■■■■■■■■■■■巻き上げな■■■、光源が上■■■でいく。そしてMPを使い果たしてしまったのか【■】はふらりとその場に倒れこんだ。
光源のおかげでほんの少しほんの少しだけ見えやすくなった■■のなか、■■竜はちらりと【■】を見て、興味が無さそうに■■■■と笑った。
まるでそんなことしても意味がないというように。
■■■■とふたり。
思考すら塗りつぶそうとする隠匿竜の〈隠■〉のなか、〈◆◆〉によって自分の存在を隠して意識を保つ。
「■■■■■■■■■。ナイク! 俺■■見せろ!」
耳元で怒鳴りつける彼の声はよく聞こえないが、■■■ルが言いたいことはわかった。
俺にも見せろ、多分そういったのだろう。
見せろか。
確かにこの状況で隠匿竜と戦うにはそれしかない。
それしかないのだ。
大規模クエストが始まる前に、考えた優先順位を思い出す。
優先順位1位、死なないことだ。
悩みたいところだが、時間がない。
覚悟を決め、ありったけのMPをつかって、◆◆◆◆の身体に〈◆◆〉を、目に、耳に〈◆◆◆◆◆〉を流し込む。
もうヤケクソだ。
お前にも見せてやる【死霊術師】の景色を。
正直いって、俺にはここから隠匿竜に勝つ方法は思いつかない。
なら誰かに託すしかないのだ。
そしてどうせ誰かに託すなら【槍聖】が良い。
アンヘルはムカつくやつだが、俺が憧れた役職【槍聖】に選ばれた人間だ。
誰よりも信用できる。もし気が付いても黙っていてくれる可能性がある。
それこそ【死霊術師】と子を成した【槍聖】のように。
ある意味で残念なことに、〈隠匿〉と〈死霊の囁き〉が◆◆◆◆にうまく掛かったのを感じた。そして力を流し込むや否や、アンヘルは手を振り払い風に紛れるように音もなく姿を消した。
俺はほとんどのマナを使い切って、その場に崩れ落ちた。
赤蝶の主、隠匿竜の連戦で、他人に〈◆◆〉をかけたせいで俺の有り余るマナももう底をつきかけていた。空気が足りてない訳じゃないのにヒューヒューと息切れがする。
うるさすぎる息を飲み込んで、床に突っ伏した。
冷たい草地が体に沁み、ドクンドクンと波打つ心臓の音が聞こえる。
その場に残っていたのは隠匿竜と俺1人だった。
怪我に■■きながら地面を横たわる冒■■たち。
隠■■が■■ゲと喉を鳴らす。
■■■■■■■■完璧な■■に覆われていた。■■■についたたったひとりの死■だけがその場所を教えてくれている。
それは【僧侶】の死■だった。
彼女はまだ現状を呑み込めていないのか。
ふよふよと隠匿竜の頭の上をくるくるとまわっている。
■■■はぺっっと何かを痰のように吐き出した。
それは真っ赤に染まった服、さっきまで僧侶が着ていた服に似ていた。■■竜の上顎は彼女を押しつぶした血で真っ赤に染まっている。
明かりが消えた瞬間に【僧侶】は食いころされたのだろう。
だから〈スキル■■■■〉がきれた
俺は岩、俺は石、俺は砂。
無くなりかけたマナで必死に〈◆◆〉を深める。
必死に、それでいてできるだけ緻密に自分自身に〈◆◆〉をかけ重ねる。
心臓の鼓動すら止めるほど、身動きせず。
必死に隠匿竜の〈隠匿〉を真似た。
隠匿竜は転がっている冒険者たちには目もくれず、まるで何かを探しているように首をふった。
探しているのだらう、俺を。
奴にとって危険なのは〈スキルブレイク〉と〈隠匿〉を認知できる人間、だから暗闇に乗じて真っ先に【僧侶】を殺した。
そして次は俺だ。
見つかれば死。
もう死霊たちはいない。
次は逃げられない。
〈◆◆〉
マナの流れも、大きさも、配分も。完全同じように。
まるで芸術家の師弟の見取り稽古のように、
ただ愚直に目の前の隠匿竜を見て真似る。
生臭い息が肌に吹きかかった。
隠匿竜の口からは血と撒き散らされた臓物の臭いが漂う。
瞳の無い眼球が、グルリと回る。
ぐるぐると、左右に揺れるように眼が揺らぎ、
急にピタリ止まった。
その眼はすぐ前にいる俺ではなく、全く別のところを見ていた。
恐る恐る振り返ったそこには強烈な光の塊があった。
まるで太陽を落としてきて丸く固めたような、強烈な光。それがほんの1人の人間ほどの大きさに押し込められている。
今まで誰も気がつかなかったのが不思議なほどの強い発光の後ろにはよく見れば、誰かがいた。
こちらへ狙いをつけ槍を構える一人の男。
光の中でゆらめく◆◆◆◆の姿は、俺がかけた〈◆◆〉で歪んでいる。
アンヘルはどこから集めたのか知らないが、槍の中にすごい力を、押し込めていた。
隠匿竜は、アンヘルの方を見つめながら〈隠■〉をさらに強めた。やつの姿が俺の目にすら、朧げに滲んでいく。
逃げるのか?
隠匿竜の姿が薄れていくと同時に、違和感を感じた。
今、隠匿竜は逃げようとしている。
2,100人分の【死霊術師】相手にも一歩も引かなかった隠匿竜が、今まさに逃げようとしている。
耐えられないのか? あの光の玉は。
逃げなければいけないほど危険なのか。
ならこれは多分、勝敗を賭けた一撃。
逃してはダメだ。
ここを逃したら絶対にダメだ。
何としてでも止める。
止めないといけない!
立ち上がろうとした俺の肩に【大食姫】がとまった。
「待って。あたしをつかって。もうひとり分しかのこってないけど。覚えてる? 1回だけ助けてあげるって言ったでしょ」
【大食姫】の死霊は、にこりと笑って。俺の中にもぐりこみ、何かスキルを発動した。
「〈捕食強化〉【大食姫】」
腹の中で、【大食姫】のマナが消えていく。
マナが俺に染み込みきえていく。俺が彼女を食っていた。
「うちの子のこと頼むね」
それだけいいのこして彼女は消化された。
そして体には少しのマナが戻り、S冒険者の力が湧いてきた。
俺は立ち上がり大きく腕を振りかぶった。
自分の〈◆◆〉を解き、
【大食姫】からもらった力を振り絞って、
目の前の今にも逃げ出しそうな隠匿竜にめがけて槍を振りぬいた。
「隠匿竜!!」
喉の奥底から唸り出た大声とありったけの殺意を込めて、槍を隠匿竜の腕に突き立てた。
大声を上げて、全体重を乗せて、突き刺す。
「こっちだ!!」
縫い止められるように、という思いで突き出したミスリルの槍は隠匿竜の腕を貫通して、その場に突き刺さった。
見上げれば、まるでドブ川の底のような真っ黒な眼がそこにあった。
深淵のような無機質な二つの眼球がまっすぐこちらを向いていた。
下顎の吹き飛んだ口をこちらにみせて、俺を見つけたことに、うれしそうに笑った。
隠匿竜は笑っていた。自分の勝ちを確信したように醜悪にわらった。
まるで真横にいる◆◆◆◆のことを〈◆◆〉されているように、嬉しそうに笑った。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「◆◆◆◆◆◆」
■■■◆◆◆◆◆◆◆◆■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■◆◆◆◆◆◆◆◆■■■■■■■■■■■■■■■■■■。
聞いたこともない叫び音を上げて、隠匿竜は貫かれた。
アンヘルの槍が背中からこちらに貫通している。
向こう側の景色が見えるほど大きな穴が開いていた。
内臓が吹き飛び、殺された冒険者たちの溶けかけの骨が散らばる。
〈隠匿〉を維持することができないほどの衝撃で、槍は隠匿竜の腹を突き破った。
隠匿竜が生んでいた認識阻害がかき消える。
隠匿竜は大暴れしながら、こぼれた自分の臓物を押えて、俺たちから背を向け走り出した。槍に貫けれたまま、煙を吐き出し、再度〈隠匿〉を展開しようとしながら、走りさる。
「クソが、逃すかよ! どっちいった!」
「あっち」
アンヘルに方向を指し示すために〈槍投げ〉しようとした
だが足にもう力が入らず、その場にへたり込んだ。
逃げる隠匿竜の背が朧げに霞んでいく。
『立ってナイク!』
フリカリルトの羽虫ゴーレムが肩にとまり、マナを返してきた。今日のはじめに過剰に流したマナが帰ってくる。ぼとりと音を立ててゴーレムは落ちた。
さらに手からマナが流れ込んでくる。さっき倒れたはずの【榊】が這いずりながら俺の手に触れていた。
「逃げろ……いうたやん」
ヒューヒューと息を切らしながらそれでも彼女は彼女の中のマナを俺に流し込んだ。
戻ってきた力を振り絞り、もう一度、立ち上がる。流し込まれたマナと体にほんの少し残ったマナをかき集めて、槍に込める。
「アンヘル! あっちだ!」
勢いをつけ、隠匿竜に向かって槍をなげた。
〈槍投げ〉
だがいくらかき集めたといっても、スキルを十分に打つには足りず、投げられた槍はすぐさま失速し、追いつくことすらできずゆっくりと落ちていった。
ああ、逃げられるのか
そう思った瞬間、光が走った。
蒼金色に輝く一筋の光が目にも止まらぬ速さで投げた槍に追いつく。
真っ黒な俺のミスリルの槍は、彼に触れた瞬間、澄んだ蒼い金色に色を変え、光を纏って煌めいた。
そして金の槍は隠匿竜の背中を貫いた。
隠匿竜は二本目の槍に貫かれ、
今度は声を上げる間もなく、地面に貼り付けになった。
そして暴れ回ることもなく、
びくんと最後の脈動をして動きを止めた。
「俺たちの勝ちだ。雑魚が」
【槍聖】アンヘルはそういって、隠匿竜の頭を踏み潰した。
巨大な塊が喉から体に染み込んでいく。
すごい量の経験値を獲得したのを感じる。
『隠匿竜討伐…………ダンジョンの破壊を確認しました。お疲れ様です。大規模クエスト完了です』
誰かのゴーレムから聞こえた、フリカリルトのその言葉を聞いて、俺は意識を失った。
あとがき設定資料集
識別名:隠匿竜
種族:【沼蝦蟇】
性別:オス
親:常昼の森
レベル:135相当
討伐者:【槍聖】アンヘル
簡易解説:常昼の森ダンジョンの核。階層を問わずダンジョン中を徘徊しており、ごく稀にダンジョン外にも出没する。
本来【沼蝦蟇】は核になるような魔物ではなく、元々の常昼の森のコアは三階層の【巨大蟷螂】であった。
ある日、近くの村から迷い込んだ人間を殺害し、〈捕食獲得〉により運良く〈隠匿〉を獲得した隠匿竜は、以後、千人以上の人間や、核を含むダンジョン中の魔物の捕食を繰り返し、非常に高い知能と戦闘能力を獲得した。
特に識別名にもある〈隠匿〉の精度はすさまじく、概念情報レベルの隠匿を行うことが可能。それにより常昼の森についての情報を歪めたり、目の前にいても自身の存在を認知させないなどの芸当を可能にしている。
常昼の森の魔物ほぼ全種との対話することができ、光咲く大樹の木霊とは、特に仲が良く、彼女に定期的に獲物を貢いでいる。
ヒトの言語も理解しており、今回の大規模クエストを脅威と感じていた。
好物はヒトの脳。




