第26話 0.5秒の隙
隠匿竜はたったレベル13の俺に殴り飛ばされたという事実が信じられないのか、こちらを遠巻きに見ながら跳ねている。
「残り1750人!」
死霊の言葉に俺は背筋が凍った。
死霊は一人ではほとんど何の力もないマナの破片。だが、2000人もいれば話は変わる。
膨大なマナの塊だ。
ただ、死霊たちをマナの塊として扱うということは、それは本来女神様のもとに還るはずの彼らを、ただのMPとして消費するということだった。
「お前ら、消えるんだぞ…………」
「いいお」「きにしなーい」
「そのためにここにとどまっているだよ!」
「もう死んでるしぃ」
「だから全部ぶつける!」
「ブ、ぶつぅける!」
死霊たちは本当に何も気にしていないように、きゃっきゃと笑っている。
『ナイク。〈鑑定〉ます。そのマナの塊が何かは聞きません。このままやれますか』
「あ、フリカリルト様だ」「いけるよ」
「僕たち! がんばるよ」「しんじゃってごめんね」
「しれいじゅつし、フリ様と友達なの?」「すご」
フリカリルトの言葉に反応する死霊たちは今回の大規模クエストで死んだ元冒険者なのだろうか。
彼らは死んだ上に、魂まで消えるということなど覚悟しているというのだろうか。
わからない。
正直いって、死霊のことはよくわからない。
本来、人が死んだらそのマナは殺した人や魔物に取り込まれる。それが経験値だ。魂なんてものがあるならそれは食われるマナのことでり、魂が女神に還るなんてことはありえない。教会が考えた妄言だ。
【死霊術師】になるまでは俺もそう思っていた。
なら死霊とはなにか。
経験値として取り込まれなかったマナの残りカス。死んだ人間の魂からマナや力を奪って残った食べ残し。それが死霊なのだろう。俺は【死霊術師】としての経験をもとに死霊たちをそう結論付けていた。
なぜ皆協力的なのか、そもそもどうして俺が【死霊術師】だと知っているのか。
分からないことはたくさんあるが、ひとつだけ確信を持っていえることがある。
全員ひとりの人間だ。
マナや力は失っていても死霊には記憶や人格が残っている。
死霊が消えるとは彼らが生きた痕跡がすべて消えるということだ。
それなのに、彼らはきゃっきゃと笑っている。
「いいんだよ。ナイク。僕らは一人でも多くの人をこのダンジョンから救うためにここに残ったんだよ。ここが僕らの魂の使いどころだよ。だから全部つかって」
集合に戻った死霊は嬉しそうに頷いた。
「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとー」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「にょにょのぉ」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」
感謝の言葉をうたう死霊たちに思わず足が止まる。
それを見てか、隠匿竜はしびれを切らして、唾を吐いてきた。
【僧侶】が即座につくった結界がそれを阻む。
『ナイク!』
急かすようなフリカリルトの声は迷っている時間なんてないことを思い知らせてくれた。
「わかった。フリカリルト、0.5秒。俺が隠匿竜に触れれる隙をくれ。全部ぶちこんでやる」
『隙…………わかりました。あなた達に賭けます』
「いぇーい!」「さすが! しれいじゅつしぃ」
「ふっふー!!」「殺るぜ! 殺るぜ!」「みんな! あつまれぇ!」
死霊たちが興奮してはしゃぎまわる。
彼らの言葉と共にダンジョン中の何千もの力の奔流がどんどんと俺の中に集まっていくのを感じた。
オペレーターを通じて話が伝わったのだろう。彼女に話を伝えた直後、比較的怪我の少ない【暗殺者】と【水斧】が俺の前に立った。そして横にアンヘルが並んだ。
「無茶いいおるのぅ、【仮聖】」
「若いっていいね。青春だね」
「ナイク、オレもいく」
アンヘルは横で自らの体に槍を突き刺す。
引き抜くと同時に彼の体は金色に輝きはじめた。
「ナイク。死んでも当てろよ。合わせてやる。【槍聖】の〈金色〉ではさみうちだ」
隠匿竜は明らかに異様なマナに包まれている俺とアンヘルを警戒するようにジッと動かずこちらを見つめていた。
『ナイク、合図は2.走って』
フリカリルトのゴーレムが小さく俺にだけ聞こえるほどの声でそうしゃべった。
そしてゴーレムはまた大声で全員に聞こえるよう話し始めた。
『行きますよ。第三班、3,2!』
フリカリルトがタイミングを見計らうようにカウントをとる。
2の合図で、地面がボコりと動いて木の根が隠匿竜の脚をつかんだ。
だまし討ちのように全員が『2』で動いた。
【雨乞い巫女】の風が足をとらえようと隠匿竜を囲み、
駆け抜けた【暗殺者】のナイフがその脚に突き立てられる。
が、どちらも一瞬で弾き飛ばされた。
そして【暗殺者】の後ろから飛び込んだ【水斧】はまるで布を払うように簡単に振り払われる。
高ランク冒険者たちをいなしながらも隠匿竜の泥のような殺意は外れることなく相変わらずこちらに向きつづけていた。
まるでドブ川の底のような真っ黒な目が俺だけを見つめる。
感情などあるはずもない無機質な二つの眼球がまっすぐこちらを向いて、
そして突然、怒ったように俺をにらんだ。
ゴクン
喉を通るざらついた鱗
いつのまにか俺は、鈍色の鱗を飲み込んでいた。
【大食姫】がはぎ取った隠匿竜の鱗。
「〈捕食強化〉隠匿竜!」
【大食姫】の叫び声と共に、50人分のマナをつかって、【大食姫】のスキルが俺の中で発動する。
あり得ないほどの力が湧いて、
足が疾走し、隠匿竜の目の前に立った。
死霊たちを叩きこむ隙を探す。
が、目の前の隠匿竜に隙なんてどこにもなかった。
レベル135とレベル13
圧倒的な実力差。
吐く息だけで捻りつぶされそうな重圧が全身を襲う。
殺意の咆哮とともに繰り出される舌撃。
それは今までよりさらに禍々しい攻撃だった。
唾液には触れるだけで蒸発しそうな、どす黒い毒物が練りこまれ、巨大な舌はまるで一つの筋肉の塊のように膨れ上がって脈動する。
反応しようにもレベル13の体はあまりに遅かった。
目の前に迫り来る死に思考が停止した。
その瞬間、
強烈な眩しさが光って隠匿竜は目を閉じた。
バチチチチチ
雷を込めた矢の一撃が顔の横を掠めて、
隠匿竜の腹に当たって、ビリビリと放電した。
0.5秒の隙!
右腕に1700人分の死霊たちが寄り集まってくる。
いまにも内側から砕け散りそうな拳に、ありったけの力を籠めていく。
体は勝手に動いた。
円を描く様に右足を軸にくるりと隠匿竜の下に、潜りこむ。
目の前にはがら空きの隠匿竜の顎。
「死ね」
「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「死ね」「ありがとう」「死ね」「死ね」「死ね」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「ありがとう」「にょ!」「ありがとう」「ありがとう」
「ばいばい」
死霊たちの最期の大合唱と共に、1700人分の魂を込めた拳が、
隠匿竜の顎に突き刺さった。
あとがき設定資料集
【看守】
※HP 5 MP 3 ATK 6 DEF 9 SPD 4 MG 3
〜正常な社会を維持するために法と刑罰が生まれた。そして刑罰には執行する者が必要だ。看守は罰する。悪を。時には死に至らしめるほど苛烈に〜
簡易解説:高いDEFをもつ戦士系統の役職。魔物との戦いが主となる現代にあってなお、対人向けのスキルを多く覚える珍しい役職。




