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第21話 虫の脳は胸にある

 


 一階層への穴は(おびただ)しい数の虫に覆われていた。

 天井からは蜘蛛の巣を何重にも貼り重ねたようにびっしりと糸が垂れ下がり、下草の上には地面そのものが蠢いているように虫に覆われている。

 大きな草葉の裏にも人と同じほど大きなの虫が潜み、地中の底からは巨大な蠕虫がモゾモゾとうごめく音が聞こえた。


 振り向けばすぐ後ろの上空に赤い4枚の翅をもつ竜の姿が見える。


 完璧な連携で、まるで取り囲むように俺たちを包囲する魔物たちの姿に、ダンジョンが一つの生き物であるという事実を実感させられた。



「絶対、逃がさないってか!」



 【炎刃】から火の刃が飛び、蜘蛛の糸と何匹かの魔虫が焼き切れる。が膨大な数の虫達によってその穴はすぐ塞がり、一拍すれば、まるでなかったかのように再生された。



「ジュリ、合わせてね」

「ええよ」


 【水斧】が手を振ると空中に水の塊が現れていく。

 【榊】も何やら呪文のような言葉を歌いだすと、それに呼応するように地面からニョキニョキと柵のようなものが生え、階段付近全体が少し持ち上がり盆のようになった。


「手伝います!」


 いつもアンヘルの隣にいる青髪の女の子、【雨乞い巫女】も手助けするように水を作り、【水斧】の作った水塊に混ぜた。


「全部溺れろ!」


 ぼちゃんと水塊が落ち、階段の入り口付近にいた虫たちを取り囲む。

 魔虫はすぐに逃げ出そう飛んだが、スキルで創られた水はまるで虫たちを追いかけるように触手をのばした。ジタバタと溺れる虫に、ダメ押しに【雷弓】が電気を流し、その場にいた小型の虫の大部分が動かなくなった。



 【雷弓】が飛ぶように疾走して、階段の中を覗くも、彼女は大きく首を横に振った。


「ダメだわ。上までぎっしり」


 【雷弓】の言葉に絶望感がよぎる。



 どうする?



 全員の思考が一瞬停止したその時、フリカリルトのゴーレムから通信が入った。


『三班の皆さん』


 俺の胸元の通信ゴーレムが突然大きな声を出した。俺が勝手にマナを込めたせいで大きいとかではなく、ちゃんと意図して全員に聞こえるようにフリカリルトの方がマナを込めたのであろう。

 


『上層からも対処にあたっておりますが、数が多すぎます。開通には時間がかかるかと。第三班、聞きなさい。私、フリカリルト・マルチウェイスターがあなた方に討伐クエストを依頼します。討伐対象は竜種:()()()()。討伐で特別報酬です。条件はありません。殺しなさい』



 どうするべきかわからず困惑していた冒険者たちは、フリカリルトの言葉で、覚悟が決まったように武器を掲げた。


「〈加速〉〈DEF上昇〉〈ATK上昇〉〈識別速度上昇〉」

「〈森の恵み〉〈自動回復〉〈DEF上昇〉〈花言葉〉」

「〈MP消費減少〉」


 魔術師たちから一気に全身にバフが流れ込んでくる。

 まるで体が別人になったように力が湧いてきた。



「【槍聖】2人と【雨乞い巫女】の三人で階段を抑えろ。小虫どもの相手だ。【炎刃()】が地中の蠕虫をやる。残りは【暗殺者】の援護、追ってくる竜を狩れ。頼んだぞ」



 【炎刃】の指示で冒険者たちは散開した。



「いくぞ。ナイク!」



 アンヘル達と共に階段へ向かう。大量の小型の虫は先ほどの【水斧】の一撃でだいぶ数を減らしていたが、それもつかの間。


 無数の虫の死骸の上には、すでにおびただしい数の新しい魔虫が蠢いていた。


 

『状況把握しています。対象:赤蝶の主は〈誘導フェロモン〉で周囲の昆虫を操ります』


「雑魚処理だぞ」


『はい。一番気をつけるべき虫は、【奈落星天道】。自分を殺した相手を数秒間行動不能にします。直接接触のみで発動するので足で潰さないように気をつけてください。槍なら大丈夫です』


 今まさに踏み潰そうとしていた虫から足を外して、槍で潰す。


『階段中の虫ですが、上の方でも対処に当たっています。しかし数が多く脱出経路の確保にはそれなりの時間がかかると思われます。幸い虫は下方向へ向かうような動きはありません。あくまであなた達の足止めということでしょう。焦らず慎重に対処してください』


「下に向かう動きはない? これで?」


 目の前に群がり押し寄せてくる小虫を槍でプチプチと虫を潰していく。

 だがあくまで槍は槍、小さな虫を潰すには効率が悪かった。


 焦らずか


 少し離れたところで同じように虫をつぶしているアンヘルのほうを見ると彼は何らかのスキルで槍先に力をまとわせて一気に虫を押しつぶしていた。


「アンヘル! 板持ってないか?」


 

 そう叫んだ瞬間、アンヘルの方から金属製の団扇が飛んできた。掴んで、そのままの勢いで虫に叩きつける。ぶちっという感触がして飛んでいた蝿が一斉に潰れた。


「覚悟しろよ。クソ虫ども」


 団扇を振り回し、ぶちぶちと虫をつぶしていく。

 俺にはこんなことしかできないが、それでもできることをしないとこの状況生き残れない。



 そんなことを考えながら虫をつぶしていると背後で何かが動く気配がした。


『左後ろ、大型』


 言われた方向に槍を突き出す。軽く弾かれた感覚がして槍が逸れた。


 そこにいたのは昨日も見かけた大型蟷螂(カマキリ)だった。人間大の巨大な魔虫。

 目の前で顔より巨大な鎌が開く。




 風を切るような斬撃を、




 団扇で受けた。


 ガチャンという金属音がなり、団扇がひしゃげて鎌の内側に巻き込まれていく。


 すぐ団扇を手放し、代わりに蟷螂の頭の触覚を掴んだ。

 触角は虫の鼻。鋭敏な感覚器官だ。


 蟷螂は大暴れして、翅を広げ、飛び回ろうとする。

 必死に踏ん張りながら、触覚と逆の手で槍を引き寄せた。高ランク冒険者たちからもらったバフのおかげで力負けしない。


 螳螂はチチチチチと鳴きながらまた羽を広げるが、虫の急所である触覚を掴んでいるおかげか、危険な鎌は、ピクピク痙攣しているだけで開いていない。



 そのままゆっくりと槍を蟷螂の首の節に捩じ込んで、中でくるりと回した。




 ぶちっ




 という感覚がして首が落ちる。


 蟷螂の体がおもちゃのようにピタリと停止した。



『トドメを! 胸!』


 フリカリルトに言われるがまま蟷螂の胸部を槍で刺し貫くと、経験値が喉を通る感覚がした。



『蟷螂、まだいます。【雨乞い巫女】様の手助けを』



 振り返ると、同じ蟷螂が四匹。


 二匹ずつアンヘルと【雨乞い巫女】が相手をしている。まだ余裕がありそうなアンヘルと違って、【雨乞い巫女】の方は青い髪をはためかせながら必死に魔法を連打しているように見えた。


 手助けといっても、

 下手に近づけば味方の魔法に巻き込まれそうだ。



 〈隠匿〉を強めて、気配を消す。



 狙うは【雨乞い巫女】の近くで鎌を大きく広げている蟷螂。

 助走をつけて大きく槍を振りかぶり、蟷螂に向かって〈槍投げ〉をした。



 大きく突き出た腹部に槍が突き刺さる。槍は貫通し、蟷螂をそのまま地面に縫い止めた。



 完全に動きの止まったその蟷螂を【雨乞い巫女】の魔法が吹き飛ばした。


 蟷螂は体節ごと吹き飛び、体は頭、胴、腹の三つに千切れて宙を舞う。



「ありがとう! もう大丈夫! アンヘルに!」



 彼女はこちらを視認するなり、それだけ言い放ってもう一方の蟷螂に向き直った。


 吹き飛んだ蟷螂の腹から槍を抜き、さらに〈隠匿〉を深める。

 自らにかけた〈隠匿〉に潜るイメージで、さらに深く、深く〈隠匿〉をかけ重ねた。


 アンヘルの相手している二匹の蟷螂の片方、隙を窺うようにアンヘルの後ろに回ろうとしている一匹の側に近寄る。


 ゆっくりバレないように狙いをつけ、

 そのまま背後から胸に槍を刺しこんだ。



 ぷす、と感覚がして槍が蟷螂の胸に沈む。そのまま踏み込み、力を込めて表側まで一気に刺し貫いた。



 〈隠匿〉からの奇襲に驚いたように蟷螂が震える。

 蟷螂が翅を開いて暴れる前にひしゃげた団扇で蟷螂の頭を後から殴りつけた。


 槍を突き刺したまま、虫の頭を、外骨格を潰すようにガンガンと叩く。

 

 頭の横の複眼ごと潰すつもりで

 何度も、何度も、何度も、何度も〈叩きつけ〉た。


 


 気がついたら、蟷螂は動かなくなっていた。頭蓋は凹み、複眼は原形を残さずつぶれて緑色の体液を垂れ流している。


 胸に刺さった槍を引き抜くと経験値を飲み込む感覚がして、レベル13になった。



 

「こっちも終わった」


 ポトリと蟷螂の首が目の前に落ちる。

 アンヘルは見ていないうちにもう片方を倒したようだ。

 流石【槍聖】だ。


【あとがき設定資料集】



【雨乞い巫女】

※HP 3  MP 7 ATK 3 DEF 3 SPD 7  MG 7

〜心優しき水神が住まう清廉な泉に、少女は自らの(はらわた)を流した。水を汚れ、怒った神により村を豪雨が襲った。降り注ぐ雨の中、村人たちは涙を流して少女の犠牲に感謝した〜


簡易解説:高いSPDが特徴の魔術系の役職。水や風を操る魔法を得意とし、高レベルになると天候もの操ることができる。

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