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第20話 収斂するは美しき生命




 空の隙間から覗く鮮血のように艶やかな赤の紋様。



 爬虫類のような巨大な顎と、鉄柱のように太い六本の脚、そして天を覆うほど大きな4枚の翼。

 巨大な複眼の、数百もあるだろう瞳がぎゅるりと回転し、それはこちらを向いた。




 空の裏から現れたのは、まるで蝶のように美しい羽をした赤い竜だった。


 竜は上空から、ボタリ………と紅色に輝く鉛玉のようなものを吐き出した。



 まだらに光る虹色の玉が落ちる。




 『ナイク! 離脱!』



 フリカリルトの声に我に返る。



 俺は近くにいた【水斧】の後ろに飛び込んだ。



 灼熱に熱せられた虹色の巨大な炎弾が、地面に落ちて、

 一瞬で、あたり一面の下草に燃え広がった。



 目の前で【水斧】が身の丈もある斧を振るい炎を逸らす。


 かろうじて高ランク冒険者の陰に隠れて炎をしのいだが、それでも周囲の強烈な熱気は俺に襲い掛かった。

 熱風包み込み、巻き上がる上昇気流に火が揺らぐ。急いで周囲の草を切り取り、自分の周りだけは燃えないようにするも、揺らめく火に舐められて、腕が軽く炙られた。




『【幻惑蝶】収斂しゅうれん進化個体、竜です』




  空の裏から赤い竜が翼をはためかせ、こちらへ姿をあらわした。



『ーーーーーーーはーーにーーーーーーー』



 攻撃でもなんでもないただ飛んでいるだけ、

 ただ飛んでいるだけなのに羽ばたきの風圧に飛ばされそうになる。

 一瞬で燃え広がり、すぐに消えようとしていた火が風で巻き上げられて、また大きな炎になった。



「ーーーーー」



 重低音の羽音のせいで周りの人達が何をいっているのか聞き取ることすらできないが、彼らが戦闘態勢に移ったのだけは理解できた。


 慌てて〈隠匿〉を強化して自分の存在感を消す。




 安全な場所!!



 隠れるところを探して見回していると、【僧侶】と【榊】【雨乞い巫女】の魔術師系たちが何かを唱えて、マナの弾丸〈バレット〉を撃ちだした。


 外れることなく、10、20もの〈バレット〉が竜に直撃する。


 高レベル冒険者の〈バレット〉

 一撃で俺の骨を枝のようにへし折る威力の魔法だが、その竜は意に介していないようで、ダメージを受けるどころか、揺れることすらなかった。




『ナイク。こちらです!』



 フリカリルトの羽虫ゴーレムがぶんぶんと俺の前を飛ぶ。



 フリカリルトに先導されるまま、上を向いている冒険者たちの横をすり抜け、大きな岩の影に身を隠すようにうずくまった。




『【幻惑蝶】収斂進化個体です。識別名:()()()()と命名されました』

「蝶…………」



 空を飛ぶ竜の、鉄柱のような六本の脚、赤い華麗な4枚の翼は確かに蝶のように見えた。



「あれが竜種。はじめて見た」



 全ての魔物は竜へ至る。魔物の頂点、最終態。

 長く生き、大量のマナを蓄えた魔物は生まれた時の姿がどうであれ、育ってば育つほど、同じような姿に成長を遂げる。


 空を舞い、湖に潜り、硬い鱗で全てを阻み、鋭い爪牙は万物を切り裂く。その血は毒を持ち、その胃腸はどんな強力な毒をも耐える。


 生きる為、殺すために理想的な姿。魔物が収斂するは美しき生命。


 それが竜。


 上空を飛ぶ竜は、特徴的な羽からして、元は羽虫のような魔物だったのだろう。今は赤い鱗に大きな4枚の羽と爬虫類の顔をした、まさに竜という姿をしていた。



 冒険者達を見れば、3人の魔法使いたちが変わるがわる〈バレット〉を撃ち込みつづけている。



 あまり効果があるようには見えないが、おそらく攻撃し続けるということが大切なのだろう。そのせいか、竜は動くことなくその場に留っていた。



 バチン


 痺れるような破裂音がして再び光の矢が天へと昇る。竜は強く羽を震わせ、ひるがえるようにその雷撃を避けた。


 口だけで人の十倍以上はありそうな体躯にも関わらず、まるで本当に虫のように軽やかに宙を飛び回り、そして上空から、またボタリと紅色に輝く炎弾を吐き出した。



 灼熱に熱せられたような巨大な炎弾は、地面に落ちて、また燃え広がる。

 さっき燃え尽きたはずの草々はダンジョンによって急速に補給されていた。



 再び熱風が巻き上がり、炎が揺らぐ。ここでも周囲の草を切り取り、燃えないようにするも、揺らめく炎に足を舐められた。


「痛ッ」


 慌てて岩の上に登り、炎から逃げる。火は凄まじい勢いで燃え終わり、巻き上がる突風で竜は一気に上空、ダンジョンの天井付近へ浮かび上がっていった。


 冒険者たちがどうなったのかを確認すると、【水斧】がなんからのスキルをつかったのか彼らの周りだけは濡れていて燃えていなかった。



 冒険者たちの所にいた方が良かっただろうか


 そんな考えが頭をよぎるが、魔法使いたちと竜の間を飛び交う〈バレット〉や炎弾を見て、束の間にかき消えた。


 あんなもの絶対に巻き込まれる。



『〈鑑定〉結果報告します。スキル〈虹色油弾〉、高温に熱した油で爆発性物質を包み込み、着弾の衝撃で爆発、瞬間的な燃焼を引き起こします。着弾地点は燃焼により酸欠状態となるので、純粋な火炎以外にも致命的な危険性があります。気を付けてください』

 

「酸欠ってここ洞窟だぞ」


 燻る火の粉を払い、灰になった下草の残骸を払いながら再度岩陰に隠れる。


 竜は相変わらず不規則に空中を飛び回りながら、ボトボトと火の玉を落としづづけていた。燃え広がるための下草はもうないが、それでもなお落下地点には火柱が上がった。


「酸素なくならねぇか?」

『確認します。少々お待ちください』


 冒険者達は、二人一組に分かれて、それぞれに火を防ぐ役と魔法で攻撃する役のユニットを組んでいた。


 【炎刃】+【雷弓】

 【水斧】+【榊】

【暗殺者】+【僧侶】

 【槍聖】+【雨乞い巫女】



 竜は俊敏に攻撃を避け、冒険者達は堅実に攻撃を逸らし続ける。隙間なく攻撃が飛び交っているにも関わらず、戦いは互いに一つの有効打すらない硬直状態になっていた。


 打ち出される魔法や矢が一つ、二つ、三つ、四つ。

 落ちてくる火の玉は一つ。   二つ。


 時たま飛んでくる流れ弾に当たらないように竜を視線で追い続けながら、より強く〈隠匿〉をかけ直す。



 単純に比較できるものではないだろうが、数だけでいえば冒険者たちの方が有利に見える。戦いが始まった時は、この場から即逃げ出して逃げ帰ることも考えたが勝てる気がする。



 気が付かずに握りしめていた竜の鱗から、チクリと痛みがした。



 彼女たちはあの竜にやられたんだろうか。

 確かに手ごわい相手だが高ランク冒険者達が、1人残らず全滅するとも思えない。もしかしたらあの竜には何か、別の奥の手があるのかもしれない。



 あたりを見回すが他の魔物が隠れているような気配はなかった。


 こんな派手に争い続けていればいつか魔物側の応援が来るだろう。基本的にダンジョンは一つの生き物のようなもので、魔物とはダンジョンのために働く細胞だ。ここは真ん中の第二階層なのだから最悪挟み撃ちになる危険性があった。



 飛び交い続ける遠距離魔法は、相変わらずどちらにも当たらない。どんどん苛烈になっていく冒険者たちの攻撃と比べて、いつまでも消極的な竜の攻撃はまるで時間稼ぎをしているように見えた。



「全員!! 下!」



 【雷弓】がこちらにも届く大声を張り上げた。

 嫌な予感がして、もう一度岩陰に身を隠した。


 同時に地面が揺れ、冒険者たちの悲鳴が聞こえる。




 大きな筒状の肉塊が彼らの間を踊っていた。1日目に見た【巨大死肉蠕魔虫】が湧いている。

 

 次々と地中から生えてくる蠕虫。

 冒険者達は陣形を崩して散り散りになっていた。


 とはいえ皆、高レベルの冒険者。蠕虫の群れにも的確に対応して大怪我を負うことは避けている。仮免組とは大違いだ。


 見上げると竜は相変わらず上空をたむろっていた。蠕虫が現れたおかげで冒険者達からの攻撃は減り、先ほどまでより余裕そうに炎の球を落としている。




 巨大蠕虫がどれくらいの数いるかはわからないが、あの竜が核ならこのダンジョンの命そのものだ。今まさにダンジョン中の魔物がこちらに集まっているところだろう。


 酸素のこともあるし、時間が経てば経つほど勝てる見込みが減る。



 「逃げる」

 『わかりました。案内します』


 

 竜達の意識が冒険者たちの方へ向いている隙をついて、走り出した。

 フリカリルトの羽虫ゴーレムの後ろを走る。


 しっかり刈り取って進んできたおかげで、上層までの道は開けていた。〈隠匿〉をしっかり維持すれば俺1人なら逃げられる…………はずだ。




 後方で、一瞬強い光が煌めき、その光は俺を追いかけるように包み込んだ。



 撤退!


 光から強い思念が流れ込んでくる。

 

 ほぼ同時に風が吹いて、俺はいつのまにか冒険者たちの集団に囲まれていた。


 「あら、いい判断じゃない」

 

 そんな言葉と同時に突然、足が暖かくなり、足から力が湧いてきた。

 自分の足が自分のものではないように跳ね回っている。


 誰かが移動速度上昇のバフをかけてくれたようだ。おかげでレベルが低く足の遅い俺でもギリギリ彼らについていける。


「先に1人で逃げてたのかよ」


 アンヘルが抜かすついでにそう悪態をついた。言い返そうにも走るのに必死で言葉が出てこない。


「探す手間が省けたよ!」


 【炎刃】の仲間たちが前を走りながら、そう庇ってくれるが反応する余裕はなかった。

 彼らも彼らで道中、横から飛び出してくる魔物を撃ち払うので忙しそうにしていた。


 

 

 蜂、蟷螂、蠕虫、蚊、娥。

 道の脇から次から次に魔物が飛び出す。


 それが炎の刃で切り払らわれ、雷に貫かれ、槍で刺されて死んでいく。


 後方では殿として竜の攻撃を処理してくれている【暗殺者】の音が聞こえる。

 振り返る余裕はないが、おそらく竜も追って来ているだろう。



 置いて行かれまいと全力で走って、走って、走った。

 



 一階層への道にたどり着く直前に、すこし前を走っていた【炎刃】が止まった。




「クソが! 階段が埋まってやがる」



 上層へつながる階段の周りは足の踏み場もないほどの、夥しい数の虫の魔物に囲まれていた。




【あとがき設定資料集】



【榊】

※HP 5  MP 7 ATK 3 DEF 4 SPD 4  MG 7

〜榊とは古くから伝わる森の守り人の一族。彼らは木々の言葉を交わし、占いを行うことを生業としている。その祈りの言葉を人にわかるように翻訳すると『教えて、なんでもするから(なんでもするとはいってない)』と唱えているそう〜


簡易解説:魔術系統の役職。人以外のマナに干渉できる特異な役職の一つ。樹木のマナと交信することで、彼らの声を聞く能力を持ち、自身のマナを対価にお願いをすることで、植物をつかった攻撃や捕縛を使うことができる。

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