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第02話 神託の儀。女神様との進路面談




 女神様の神託のほんの少し前、俺がまだ【死霊術師】ではなかった最後の時間。

 俺は祈りを捧げていた。




「「悪戯な女神の導きに感謝を」」



 村外れの雑木林の中に佇む聖堂の中で、10人の同期たちと一列に並んで女神へ祈りを聖歌を歌う。

 屋根はところどころ腐り落ち、嵐でも来たら吹き飛んでしまいそうなボロボロの聖堂の中で、女神像だけは傷ひとつなく輝いていた。両手を上に上げて満面の笑顔ではしゃぐ少女の像は、どれだけ隙間風に揺られて壁が歪んでも、揺るぎなく楽しそうに笑っている。



 その一方で、その像を取り囲む俺たちの表情は皆、緊張にガチガチに強張っていた。

 



「「実りある今日を、止まりなき明日を、愉快な死を」」



  喉からこぼれる歌声は、相変わらず少し調子が外れている。


  ただ、いつもより心を込めて歌ったので、いつもの集会の時ほど酷い歌声ではない...と思う。



「役職の恩恵に感謝を」



 祈りの呟きと共に、中年の【祭司】は、スッと膝をつき、女神像へ、深々と祈りを捧げた。

 板で継ぎ剥ぎだらけの聖堂に、少しはりつめた歌声のこだまして。 周りのみなも慌てたように彼に従い、同じように膝をついた。



「はい、皆さん、ありがとうございます。 女神様見てくださっているでしょう」



 壮年に差し掛かるくらいの【祭司】は人の良さそうに優しく微笑む。目の前に迫る儀式に緊張しきった皆の気持ちをときほぐそうとしているのだろうが、あまり効果はなさそうであった。


 子供といっても、もう17歳。 見られていると言われて安心するような年でもない。 むしろ女神様に見られたくないことだってある。



【祭司】はそういう気持ちを察したのか、また優しく微笑んでから、くるりと背を向けた。




「では順番に役職の神託を授けます。 心の準備のできた人から1人ずつ神託室まで来てください」




  そう言い残して奥の小部屋に消えていく。



  取り残された者たちの重苦しかった雰囲気が少しだけ和らいだ。 ほっと一息つく音も聞こえるが、それでもまだまだ皆の表情は硬い。

 それもそのはずだ。今から行われるのは神託の儀、今年18なる子供たちが1人ずつ女神様から役職を授かる人生で一番大切な儀式だ。




 女神から与えられる役職はその人の生き様そのものであり、その人がなるべき姿を示しているとされていた。 役職を得たその時から、その人の生活はその役職になる。


【勇者】なら勇者に

【農家】なら農家に

【鍛治氏】なら鍛治氏に

【物乞い】なら物乞いに



  そして女神は人に生き様だけでなく、それに沿った力を与えてくれた。 与えられる力の内容は千差万別だが、例えば戦いに特化した役職なら天地を切り裂くような力を得ることができる...といわれるほど強大な力だった。


 そして一度与えられた役職は一生変わることはない。

 つまり役職は力であり、能力であり、そして人生そのものだった。 今からまさにその役職を授かるその神託の儀を俺たちは受けるのだ。


 【農家】になれば明日の早朝から鎌を持って雑草を刈る仕事が始まる。

 【剣士】になれば開拓村の周りに湧いてくる魔物の退治をすることになるだろう。

 【鍛治氏】になれば鉄を打つ毎日だ。

 もし【勇者】になれば昔話にあるような大冒険の日々が待っているだろう。


 自分が、そして皆が、何になるのか。 期待とちょっとばかりの恐怖を胸に女神像の前で俺たちはお互いに顔を見合わせた。



「誰からいく?」



 皆、早く自分の役職を知りたくてたまらないのに、同時にハズレの役職を引いたらどうしようという心配で足踏みしているようだった。


 誰も行かないなら行こうかな。

 と考えているとトンッ軽く足を蹴られた。


「ナ、ナイクから行けよ」



 大きな体に似合わないか細い声。 農作業で真っ黒に焼け上がった額からは滝のように冷や汗がながれている。 こちらを向き、茶化すようにはにかむがその顔は誰が見てもわかるほどガチガチに緊張していた。

 このガチガチに緊張しているのは幼馴染のアべル。

 俺も相当緊張しているはずなのだが、目の前にここまで緊張している人を出されるとむしろ安心した気持ちになってくる。


「お前、すごい緊張してるな」

「お、お、お前こそ」

「ナイ君なら大丈夫でしょ?」


  彼の影からヒョイっと顔を覗かせたのは同じく幼馴染のナシャータだ。 彼女はこじんまりとして緊張しまくっているアべルを見て、バツが悪そうに微笑んだ。


「ほら、こいつダメそうだから」


 そういいながら彼のデカい背中をつつく。 まるで恋人同士のような優しいじゃれあい。 まるでというか、今日からこの二人は本当に夫婦なのだがな。


「そんな緊張してるなら、二人で行けばいいんじゃないか?」


 俺の言葉で、目を合わさた2人は、気恥ずかしいげに微笑み合った。 幼馴染2人の甘い雰囲気の陰で、俺は少し置いていたれたような気分になった。



 この神託の儀は役職を授かるというだけでなく、子供が大人になるという意味も込められている。 酒も、薬も、結婚も解禁される。 田舎村の常だが、ここにいる半分以上が許嫁のいる子供たちだ。 村内では婚姻している何組かは今晩すぐに 結婚するらしい。 目の前の二人もそんな許嫁同士である。


 ずっと幼馴染として育ったのに、今更結婚するというのが、気恥ずかしいのだろう。 二人はチラチラとお互いを見つめあっていた。

 

 まぁこんな感じの二人だが順当に神託の儀が進めば、今晩から彼らは夫婦だろう。

 それも当然、どちらかがハズレ役職を引いて婚約そのものがご破産にならない限りだが。


 そういう意味で彼らの人生に、この神託の儀が及ぼす影響は俺以上に大きいのかもしれない。


 とはいえ俺だって、そんなに気楽にいられるわけではなかった。


 ここで役にたつ役職にならなければ村での居場所がなくなってしまう。 みなしごの俺が神託の儀まで育ててもらえたのは村の善意以外にない。 育ててもらった分、これからは優秀な役職について恩返ししなければならない。


 懐に忍ばせた父の形見を握りしめる。 黒いの槍の穂先は冷たく返した。


「やっぱ、ナイクが行くのか?」


 ぞろぞろと周りに集まる同期たちが期待を込めて、こちらを向く。


「誰も行かないなら、行くけどよ」


 雰囲気に流されてそう答えたが、意外にも皆の反応は悪かった。


「えー、ナイクはどうせ【槍聖】とかだろー。いきなり自慢されたくねぇー」



  確かに、と賛同する声が上がる。 何にもしていないのに責められている気分だ。


 役職はランダムに与えられるようなものではない。 女神様はその人の適性を見抜き、その人の人生にとって最適な役職を与えてくださる。 大抵の人は親と同じ役職か、それに近い役職を授かるのだ。 死んだ父の役職が戦士として優秀だったために、俺にかかる期待は他の誰よりも大きかった。


「親と違う役職になることも結構あるし、まだわかんねぇよ」


 そう答えながらも、自分は父と同じ【槍聖】になるという期待と自信はあった。


 小さな頃から、村一番の戦士 である父から槍の指導を受け続けてきたのだ。 役職持ちの大人たちには手も足も出ないが、神託の儀の前の子供の中では一番強い。将来、槍使いとして開拓団を守れるようにと、大人顔負けの訓練を課せられ、 父が死んだ後も1人で努力し続けてきたことは女神様だってみてるはず。


「あー、自信あるくせに。 予防線はってぇ。 私なんて【吹子鍛治氏】かもしれないのよ!」


  細身で小柄な少女がちょっと怒ったように俺を睨む。 そういう彼女の父は【吹子鍛治氏】だが、明らかに非力そうな彼女に吹子鍛治が向いてるかというと多分ないだろう。 違う役職になるような気がするが、確証もないことを言うわけにもいかない。


「【槍聖】ナイクはおいといて。もしハズレ役職になったらどうしよう」


 アベルはその未来を想像したのか大きな背中をさらにガックリと項垂れてため息をついている。 お前の体格なら大丈夫だ、といってあげたいところだが、保証はできない。

 この小心っぷりでは見た目に全く合わない役職のこともありえる。


「あのね、かりにハズレ役職でも、死ぬわけじゃないでしょ」


 ナターシャは励ますように肩を撫でるが、その声は少し震えていた。



「でも六禁なら死ぬけどな」



 思わず口を出た言葉に、その場にいた全員がこちらを向き、怒ったように睨みつけてきた。



「いや、ごめん」 


 ちょっと煽りすぎだったかもしれない。


 だが、どんな役職になったとしても死ぬわけじゃない というのは誤りだ。 神託の儀そのものに害はないが、そこで与えられる役職には安全でないものも存在する。 正確には所持するだけで罪になり、罰せられる役職が存在する。


 悪戯な女神は、その人の希望や能力だけでなく、嗜好も思想も性癖すら全てを見通し、平等に役職を与える。与えられる役職の中には【物乞い】のように、好まれない役職も存在してしまう。 なんの役に立つかわからな い役職は総じてハズレとされ、嘲笑の対象であった。 とはいえこの程度では罪まではいかない。


 ハズレ役職のさらに下、この世界には名乗るだけで警戒され、投獄される有害な役職が無数に存在している。


 【食人鬼】【絞殺魔】【強姦魔】などなどそれらは犯罪役職と呼ばれ恐怖の対象であった。


 その犯罪役職の中で最悪と呼ばれる六個の役職は与えられただけで、問答無用で極刑に処される。 どんな高貴な生まれの貴族の子でも関係なく、たとえ逃げたとしても教会は軍を動かして本気でその人間を追い続ける。


 かつて魔王に組し、人類を滅ぼしかけた六つの役職。

 傾国の【毒婦】

 落城の【死霊術師】

 伝染の【狂戦士】

 扇情の【先導者】

 衆愚の【百面相】

 終焉の【救世主】


 存在することを禁止された六の役職、略して六禁役職。 ハズレなんてそんな生やさしいものではない。与えられた瞬間に処刑が確定する死の役職だ。


「大丈夫大丈夫。六禁なんて流石にないって。 明日ゴーレムに轢かれる可能性の方がよっぽど高いだろ」


 カチコチに固まってしまったアベルの目の前で手を振る。

 ありえないぞ、と強調しても反応はなかった。


 そもそも六禁なんて特殊な役職はたかが辺境の開拓村の自分たちがなるようなものじゃない。 そういうのは、生まれも育ちも特別な人生を歩んだ特別な人がなるものだ。 例えば赤子の頃から血塗られた 剣闘場で生きながらえたとか、邪神を祀る異教徒に育てられたみたいな。 そういう人じゃないと六禁なんてなれない。


 皆少し心配しすぎだ。


「流石に大丈夫だって」


 もう一度周りを見まわしたが、誰も頷くものはいなかった。 皆俯いて緊張に震えている。 無駄に脅してしまったような気がして、非常に居心地が悪かった。


「決まらなさそうだし、俺から行っていいか?」


 誰も反応しないのを確認して、俺は意を決して立ち上がって神託の間へ向かった。


「ねぇ?気をつけて」


 背中から投げかけられた言葉に思わず笑みが溢れる。


「おうよ。 気をつけても何も変わらんけどな」


  誰が言ったのか確認しようと、幼馴染達の方へ振り返ったが、皆キョトンとした表情でこちらを見て、それから吹き出した。


「ナイク。 ビビりすぎ」

「幻聴聞こえてるとか」

「あんたは大丈夫でしょ」


 ケラケラとした彼らの笑い声に包まれながら【祭司】の待つ奥の部屋、神託の間へ向かった。





 ボロボロの壁から隙間風がさざめく。神託の間には小さな机があり、その上には大きな水晶玉が鎮座していた。 まるで待ち構えていたかのような存在感に少し気圧されて、後退りしてしまいそうだ。そんな俺をみて、机の向こう側にいる【祭司】はニコリと笑い俺に向かいに座るように促している。



  幻聴が聞こえるくらいだ。 俺も相当だな。



  水晶の前に座り、【司祭】に微笑み返そうとしたが、頬は思った以上にこわばっていて、ぎこちない笑みを浮かべただけだった。


「緊張してるみたいですね。 大丈夫ですよ。 皆さんそうです。 落ち着いて、この水晶に手をかざしてください。 既に女神様がお宿りになっております」


  彼の手がさし示した方の、どんよりと紫に濁った水晶をみる。 水晶の中をゆらゆらと揺れる濁りが、浮かんでは消え、浮かんでは消える。 中にいる女神様が早く早くと水晶が急かしているようにすらおもえた。


『おはようございます。 ナイクさん』


 言われるがままに水晶に手をかざすと文字が浮かび上がった。 驚いて【祭司】の方を見ると、彼は大丈夫というように頷き、そのままゆっくりと祈りの言葉を唱え始めた。


『私は女神です。 あなたに役職と神託を授けます。 あなたのことを教えてください』


 頭の中で【槍聖】にしてくれと女神様に必死にお願いをしながら水晶に手をかざす。 手のひらを介して、水晶 の中に何かが吸い取られていくような感覚がした。 吸い込む力は徐々に強くなっていく。何かというより、このままじゃ体ごと吸い込まれそうだ。


『へー、【槍聖】になりたいんですね。 うーん、どうかな? いけるかな』


  しばらくすると水晶の中に自分の記憶がどんどんと映っていく。 開拓団で幼馴染たちと駆け回って遊んだ幼少期、鍬を振り畑を耕すかたわらで父と過ごした訓練の日々、畑に出た魔物を初めて狩った時のこと、近所の少し年上の奥さんへの叶わぬ恋のこと。 そして目の前で父が魔物の群れに食い殺された日のことまで。 女神だけでなく【祭司】にまで過去を覗かれているのが恥ずかしかったが、【祭司】自身は女神への祈りに必死でそれどころではなさそうであった。


『決めました。 あなたにとっておきの役職を授けます』


 しばらくして水晶からそう浮かび終わった瞬間、今度は全身に何か力のようなものが流れ込んできた。弾き飛ばされそうになるのを踏ん張って耐える。 しばらく流れ込む力に耐えているとフッと掻き消えるようにそれは終わった。


  神託の儀で、役職に応じた力が手に入るとは聞いていたが今のがそうなのだろうか。

  ブンブンと手を振り回 してみると確かに少し力が強くなった気がした。


 何より、生まれてこの方一度も感じたことがなかった魔力やマナというものもはっきりと認知できるように なっている。 今なら体内のマナが脳を中心に、血を介して全身を駆け巡っている様子を事細かく説明することができる気がする。


「ナイクさん。 おめでとうございます。 神託の儀は無事成功いたしました」


【祭司】がハゲかけた額に汗を浮かべながらそう言って微笑んだ。 神託の儀はなかなか疲れるようだ。 まだ一人目だというのにその調子でもつのだろうか。 それになんだか彼の周りに黒いモヤのようなものが付いているようにも見える。


「それより役職は何になったんですか?」

「それは女神様が教えてくださいます」


 女神が決めたと言ったのだからもう役職は決まっているだろう。 なんだか力が強くなった気がするし、やはり【槍聖】だろうか。


 はやる気持ちを抑えつつ、【祭司】の方を向くと彼は黙って、水晶の中を覗いていた。


『では! ナイク君の役職は! じゃーん!』


 濁りが少しずつ薄くなり、中に隠れていた文字がどんどん読めるようになっていく。


『優れた剣士が1人で3人殺す間に、優れた魔物使いは100人殺し、彼の者は城を落とした』


 浮かんだ文字を【祭司】と2人で反芻するように読み上げる。


「「彼の者は城を落とした?」」


 これが、あの女神様のお茶目なフレーバーテキストか。 全ての役職には女神様のお茶目なフレーバーテキストがついてくる。 開拓団の人たちは皆、自分の役職を語る時、嬉しそうにフレーバーテキストも呟いていた。 それは厳かだったり、ひょうきんだったり、カッコよかったりと、様々なものがあったが、どれも共通していたのは、フレーバーテキストはどれも、その役職の人となりに沿ったような言葉だった。 ひょうきんな人はひょうきんな、厳かな人には厳かな、格好がいい人には格好のいいフレーバーテキストが付いていた。


 俺のは? 人を殺す? しかもいっぱい?


 目の前に現れたフレーバーテキストはあまりに不穏だ。 少なくとも父から聞かされた【槍聖】のものとは全く違う。 あちらも威圧感はあったが、殺したのは魔物であって人ではなかった。 開拓団の大人達のフレーバー テキストも全部知っているが、そのなかに 『人を殺す』 なんて言葉入っているものは見たことがなかった。 お茶目なフレーバーテキストというにはあまりに殺意が高すぎる。


 これが俺の人となり?


「みたことないフレーバーテキストですね。 特殊な役職でしょうか」


 唖然とする俺など気にもせずに、【祭司】が頭を傾げていた。 毎年毎年いくつもの開拓団や村々を回って神託の儀を行っている彼が知らないなんてこれは相当珍しい役職なのだろう。


  ただあまりフレーバーテキストの中身のことは気にしていないようだ。 この辺りの地域では、毎日魔物と命の取り合いをするのが普通だ。殺意が高い役職もそう珍しいものではな いのだろう。 ふう、と一息ついて椅子にもたれかかる。 不穏だが弱くはなさそうだ。 これなら食いぶちがなくなることも ないだろう。


「ねぇ、早く逃げて」


 今度は女の子の声がはっきりと聞こえた。 誰かわからず慌てて周りを見回したが誰もどこにもいない。【祭司】の方を向いても彼は何も聞こえていないかのようにただただ微笑むだけだった。 しかし先ほどチラリと見えていたモヤは次第にはっきりとした色になり、今彼の体の周りにはまるで怨念のように取り巻いた黒い影が蠢いていた。


「気をつけて」

「お願いやめて」

「僕何もしてません」

「何もしない。 何もしないから」

「いやぁ、助けて」


 影が弾け、次々と囁きが聞こえてくる。 どれも同じ歳くらいの若い男の子や女の子の声だ。 助けを懇願する ような必死な声に耐えられなくなって、頭をふり目を逸らすと声は消えた。


「どうしました?」


【祭司】は優しい笑みでこちらに微笑むが、黒い影は消えることなく彼を取り巻いていた。


「いえ、なんでもないです。 なんか不穏だなって」

「確かに不思議なフレーバーテキストですが、女神様はちゃんとナイク様のことわかって授けておられますよ」


 禿頭をテカらせて【祭司】は人の良さそうに微笑んだ。 どんな役職なのか聞きたかったが、無限に存在する役職を全て知っているわけではないのだ、知らなくてもしょうがない。


『えーと、そろそろ続き出していい?じゃあ次は役職バフね』


 水晶が急かすように文字を紡ぐ。 続いて現れたのは俺の役職のバフ、つまりレベルアップごとに身体能力に 加算される能力の値だった。


  体力、怪我した時の回復速度などを意味するHP,

  使えるマナの多さを意味するMP,

  力の強さを意味するATK,

  怪我のしにくさを意味するDEF,

  身体や足の俊敏性を意味するSPD,

  魔法への理解の深さや耐性を意味するMG


 この6つの項目が、それぞれ0~10の11段階で評価され、レベルが上がるにつれ、その数値に応じてステー タスが上昇していく。役職は一度授けられれば変えることができないため、このバフは、その人の能力値そのものであり、生きる上で、とても重要なモノであった。


  個人的な思いとしては、父の【槍聖】と同じようにatkとspdが高いのが理想だ。


  水晶玉が数字を映し出す。


『HP 5 MP 10 ATK 4 DEF 3 SPD 5 MG 3 』


 そこに書かれていたステータスは俺を落胆させるのに十分なものだった。


「なんか弱そうだな」

 大きな溜息が口から漏れる。【槍聖】じゃないとかそういうレベルではない。ATKも、MGも低いうえに、DEFも低い、というかステータスが全体的に低い。平均の5より高いのがMPしかない。


 いくらMPが高かろうとも、これではどんなスキルや魔法を覚えたところで物理攻撃も魔法攻撃 も並未満の威力にしかならない。


 これはどう見ても、戦いの場に出るのが間違いの役職だ。 おそらく、アルケミスト系の生産系、職人系役職だろうが、これでどうやって城を落とすのだろう。


  落胆を感じつつ司祭の方を向くと彼は額から汗を吹き出しながらじっと水晶を見つめていた


「すべての役職バフは女神様の下、平等です。 ナイクさん。 ナイクさんのものはMPが高い分他が低くなっ ているのでしょう。 とはいえ、これは...……MP10か、まずいな……」


【祭司】の言葉を掻き消すように水晶の上に文字が浮かぶ。


『弱くはないよ? むしろ女神的には最強かな。やったねナイク』


 最強?これが?


 悪戯な女神様は、最強というが、おそらく戦士系統の役職ではない。



 困った。 これからどうやって生活していこうか。 自分も父と同じように開拓団の防人として生きていこうと考えていたが、この役職ではおそらく雇ってもらえないだろう。


  生産系、職人系役職として有用であればいいが、開拓団生活には必要のない役職の可能性が高い。 街へ出稼ぎかなぁ。 真っ黒になりながら毎日あくせくと働き、生きるための小銭を得る仕事。 開拓団にいても仕事がないならそうやって生きていくしかない。


「ナイクさん!落ち着いてください。 問題は役職名です」


 大声で、現実に呼び戻された。 祭司はもはや汗を拭うことなく一心不乱に水晶を見つめている。 落ち着いていないのは【祭司】の方だ。【祭司】が何を焦っているのかはわからないが、焦るような物ではない。 あまりのその必死さにこちらも悪い予感がして冷や汗が出てきた。


『ではでは! お待ちかねの役職名は!』


 女神様! 槍系でお願いします!

 最後の思いを込めて、心の中でそう唱える。 ステータスが低いが代わりに優秀なスキルを覚える魔法槍使いのような役職であってくれ。 そんな一縷の望みを託して役職名が浮かんでくるのを待った。


『【死霊術師】』


 水晶の中から浮かんできた文字は、クスクスと笑うようにゆらめき、踊る。


『六禁役職だよ!大変だぁ!』


  楽しそうに書き足されたその一語は、その場でくるりと一回転し、そのままぴょこぴょこと跳ねた。 その姿はまるで面白いものを見つけた悪戯な女の子のように見えた。

あとがき設定資料集




【死霊術師】

※HP 5 MP 10 ATK 4 DEF 3 SPD 5 MG 3

~優れた剣士が1人で3人殺す間に、 優れた魔物使いは100人殺し、 死霊術師は城を落とした~


簡易解説:現在までに確認された中で最も高いMPを誇るアルケミスト系統の役職。 直接的な戦闘力は低いが、 遠隔地から死体を操ることが可能で、 スキル構成次第で災害級の事態を引き起こすことができる。教会の定める禁止六役職 (六禁)の一つ。



※役職バフ 【役職】 によって与えられる身体能力の上昇値。 レベルが上がるごとにバフ値が加算されていく。 割り振りは役職によって異なるが、 合計値は全ての役職で等しく30(平均が5)となる。 ステータス値と呼ばれることもあるが、あくまで元の身体能力からの加算値のため、 元の身体能力が失われるわけではない。 そのため肉体トレーニングは数値には表れないが有効である。


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