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第19話 はかどる。ご馳走様です

 


 大規模クエスト四日目。


「遺体の捜索か…………これは探すまでもないな」



「こっち」「こっち」

「こっち」「こっち」

「あっちで死んじゃったわ」

「ねぇ、お願い。仇うって」


 二階層に降りるや否や、俺たちの目的を知っているかのように何人かの死霊達が袖を引くように群がってきた。おそらく彼らは死亡した第二班のメンバーたちだろう。


 死霊達は、基本的に俺に馴れ馴れしい。初対面なのにまるで古くからの友達のような感覚で忠告してくるし、聞きにくいことを聞いても素直に色々教えてくれる。わかりにくい忠告はあれど嘘をつかれたことはなかった。

 他の人たちには死霊は見えないし、喋れもしないので比較できないが、もしかしたら死霊の囁きが聞こえるだけでなく、彼らに好かれるというのも【死霊術師】の特徴なのかもしれない。


「あっちから〈血の香り〉がします。多分第二班の班員です」


 共に二階層へ降りた第三班の冒険者達にそう伝えると彼らは諦めたように頷いた。

 「大丈夫」「大丈夫」と先導する死霊達に従い下草を切り進む。しばらくすると、まるで他の誰かが切り進んだかのような道と合流した。すでに下草が伸びかけているが、間違いなく人が通った跡だった。


「これは二班の跡かしら?」

「おそらくの。彼女らを襲った魔物が近くにおるかもしれん。気をつけて進もうぞ」


「ちがーう」


「いないよ」「もういない」「大丈夫」「早く行こ」そう言いながら袖を引っ張ろうとする死霊達を無視して俺は冒険者達の後ろに隠れた。


 俺の〈死霊の囁き〉を偽装している〈血の香り〉は死人の出た場所や、その人を殺した魔物がわかるスキルということになっている。なので、魔物や死体がいることはわかっても、いないことの証明はできない。人を殺したことのない魔物だっているのだから。

 

 余計なことをしゃべればそこから【死霊術師】に気が付かれる可能性がある。


 ブーブーいいながら俺の周りを飛び回る死霊たちを無視して冒険者たち後ろを進むと二班が作ったと思われる道は突然途切れた。



「ここー」

「ここだよ」「ここ」「ここで死んじゃった」


 途切れた場所には何もない。

 死体があるわけでも、血痕があるわけでもない。

 争った跡すらそこにはなかった。


「ここです」


「何もないぞ」


 

 

「なんかね。気がついたら死んだ」


 死霊たちが各々が死んだ場所を強調するように跳ね回っている。そんな中、周りの死霊に比べて妙にマナの濃い一人の死霊が俺の腕に止まった。


「あたしはもうちょっとあっち」


 彼女?についていくとそこには、千切れた女性の左手で落ちていた。どこか見覚えのある拳。

 手首だけになった左手は中指と小指を失いながらも、必死に何かを握りしめていた。


「ほう、鱗じゃな」

「竜か? これ」


 いつのまにか横にいた【暗殺者】とアンヘルがそういって左手を持ち上げた。


「できるだけそのままにするのじゃぞ」

「わかってんよ、じじぃ」


 アンヘルは血が固まってカチカチになっている指を優しく開いた。


 中から鈍色にひかる一枚の鱗がころりと転げた。

 大きく分厚い鱗。側面にはまるで樹木のような溝があり、血が染み込んで固まり燻んだ茶色になっていた。


「とりあえず遺体はワシが持っておこう。鱗は、そうじゃな【槍聖】ナイク君に持っておいてもらおうかの」


「なんでそいつに」


「血の匂いがわかるのじゃろ? お陰で今日はすぐに見つけられたわい。それにナイク君の今日のラッキーアイテムは確か()()じゃろ。ほれ、それも血糊べったりじゃ。そいつに染み込んでる血のことじゃといいんじゃがな」


 【暗殺者】に勝手に決められ、手渡された鱗は地味な見た目に反してズッシリと重かった。まるで水のしみ込んだ布のような湿った重たさだ。


 鱗の裏面はまるで血の沼から引っ張り上げたようにドロドロとした感触がある。ひっくり返してみると、そこには鱗の持ち主の皮膚と思われるものがびっしりとこびりついていた。


 匂いを嗅ぐふりをしようと鼻を近づけると、近づけるまでもなく強烈な生臭さが臭ってきた。水に浸して熟成させた腐肉のような湿っぽい腐敗臭。


「うげぇ、なんのにおいだ?」


「知るわけねぇだろ。近づけんな」


 アンヘルが拒否するように飛びのいていく。


「わからない」「わかったら教えあげる!」

「臭えないからわかんない」

「あ、もう鼻ないんだった!」


 逆に集まってきた二班の死霊たちは、全員がわからなさそうに困惑していた。


「あたしもなんとか剥ぎ取ったけどあんまり見えてないんだ」


 ひときわ明るさをはなつ死霊がそういってふわりと鱗の周りを回った。


「でもあれがこのダンジョンのコアだと思う。S級冒険者やってたあたしでもあんなに強い魔物見たことない、レベル100以上。気をつけて。【死霊術師】ナイク」


 【大食姫】と思わしき死霊はそういって鱗の上にとまる。


「100か、やっぱり」


「100? テメェ昨日、自分で1,000人って言っただろうが。それともやっぱみんなの気が引きたくてメチャクチャいったのか?」


 アンヘルが俺のつぶやきを拾って突っかかってくるが、青髪の女の子が彼の頭を叩いた。


「アンヘル。千じゃなくて百よ。昨日から何回も言ってるじゃない。本人も認めてんだからそれでいいでしょ」

「レビルにはきいてネェ」


 アンヘルは顔を顰めつつ、そろりとこちらへ寄った。


「おい。100ってのはなんだ?」

「レベル。100相当。もっとかもな」

「ジジイもバカ女も昨日からちょっとおかしいんだよ。S級冒険者が死んじまったからビビってんのかもしれねぇ」


「アンヘル……さんは大丈夫なのか?」

「あ? ダンジョンに危険はつきもんだ。そんなんでビビるわけねぇよ? あと()()はイラねぇ。タメだろ。【仮聖】ナイク」


「【槍聖】」


 お互いの視線が合う。

 一目みただけでわかる、絶対気が合わないタイプの男だ。

 だが、なぜか彼は他の冒険者たちと違い俺の言うことを信頼してくれているようだった。


 くやしいが、少し嬉しい。


 しばらく見つめあった後、アンヘルは諦めたように大きなため息をついた。


「【槍聖】…………そういうことにしておいてやるよ。俺は同じく【槍聖】アンヘルだ。さんもいらねぇし、ややこしいからアンヘルでいい」


 若干不機嫌そうに答えつつも、アンヘルは視線だけはちゃんとこちらを向いていた。


『なんか意外。【槍聖】アンヘルも、あなたの味方みたいね。OVER』


「フリカリルト様……?!」


『だから、なんで周りに聞こえるくらいマナをつぎ込んでるのよ。もっと少しでいいって言ったでしょ』

「ナイク! お前、フリカリルト様にオペレーターしてもらってるのか?!」

『マナ枯渇でもしたらどうするつもり? 配分は自分で考えてください』

「ありえねぇ」

『ねぇ、聞こえてる? 返事して。OVER?』


 アンヘルとフリカリルトは二人同時に話しかけてきた。


「はい。オーバー! ありえないとか知らないが、ともかくフリカリルトも認知がまともだ」


 めんどくさくなって適当に返事をするとアンヘルは顔をしかめた。


「ああ? ()()()()()()?! 様をつけろ馬鹿野郎。誰かわかってるのか?」


「えーと、お貴族様?」


「ダメだ。お前。やっぱムカつくわ」


 アンヘルは、ちっと舌打ちして、これまた少し不機嫌そうな青髪の女の子とともにそのまま周囲の捜索にもどっていった。


 アンヘルを呼びとめようとした俺を遮るように長身の女性が立ちふさがった。しなやかな肢体に大きな斧を背負いった彼女は嬉しそうに俺の手を握りしめた。


「青春! 青春やね! 期待の新星と、突然現れた異郷の戦士。同じ【槍聖】同士。間にいるのは美しき貴族のお嬢様。そして彼を見つめるもう一人の女。愛、そして憎しみ、嫉妬。同世代の男女の間に巻き起こる熱い恋。青春やね!」


 握りしめられすぎて持っていた鱗が手に刺さる。


「え、」

「第一話『俺とアイツの何が違うんだよ!』」


 困惑のあまり声が出ない。今まさに【大食姫】の遺体と敵の証拠を見つけたというのに【水斧(この人)】は何を言っているのだろう。

 一切何も理解できなかったが、ただ幸運なことに彼女のパーティメンバーを同じことを思ったようで【水斧】は黒髪長髪の女性の手で俺から引きはがされた。


「【水斧】ふざけとらんとちゃんと捜索せえや」


 引きはがした女性、【榊】はそう言いながら俺と【水斧】をかわるがわるにらみつけた。


「だってジュリ? こんな題材。そうないよ! だってしょうがないじゃない! こんなの見せられたら…………あああ、はかどる。ご馳走様です」


 【水斧】は同じパーティの【炎刃】と全く同じセリフを吐いて、全く同じように恍惚とした表情を浮かべた。


「うちのパーティメンバーが失礼しました。【(さかき)】ジュリです。よろしゅう」 

「【槍聖】ナイクです。よろしくお願いいたします」


 朗らかに笑い返したつもりだったのに【榊】は怪訝そうな表情を崩さないまま俺のことをみていた。


「いや、黒すぎやん。どうなっとんねん」

「黒?」

「ジュリは魔術系だからマナの色が見えるんだよ。例えば【水斧(わたし)】は青、【炎刃(お兄ちゃん)】は赤」


 【水斧】がトリップから復帰して俺に解説してくれる。


「別に黒いから悪人ちゅうわけちゃうけど、どす黒すぎてカルマも濁っとるわ」


「?」


 意味がわからず【水斧】を見ると彼女はうんうんと頷いた。


「魔術系は不思議ちゃんしかいないから気にしなくていいよ」

「あんなぁ、カルマも体系だった分類やて…………あと不思議ちゃんとか自分にはいわれとうない」


『カルマとはマナつまり魂の色と明度で役職や個人を識別する方法です。OVER』


 フリカリルトの説明に【榊】は一瞬考え、そしてあきらめたように首を振った。


「まぁフリカリルト様がみてるならええか」


 そしてそのまま上を見上げた【榊】は、空、つまりダンジョンの青い天井を見上げて固まった。


「あれ? なんかおらん?」


 彼女が見ているところを見ると、確かに何かおかしい。白いフヨフヨとしたものが浮いているようにみえた。


 死霊だ。


「あ、匂いします。誰かあれに殺されてますね」




 俺が答えた瞬間、【榊】は即座に振り返った。




 

「ライン! 上!」



 周囲全体に通るほどの大声で【榊】は叫んだ。



【雷弓】が反応して、弓をつがえる。


 バチチチチチチチと、耳すら痺れそうな轟音と共に一筋の光が天へと昇る。


 それは空中を舞い、そして、あるところでかき消された。


 布に小さな穴を開けたような丸い歪みだけが空中に浮かんでいる。光り輝くダンジョンの空は、そこを中心に滲んでぼやけていく。青い空がスライムをぶちまけたようのぐずぐずに崩れて、覆い隠されていた裏地から赤色の何かが姿を現した。


 そこには鮮血のように艶やかな赤が血のように飛び散る。


 空の隙間から、赤い竜が姿を現した。



【あとがき設定資料集】



【水斧】

※HP 6  MP 1 ATK 6 DEF 7 SPD 6  MG 4

〜曇りなき晴れやかな今日に、このような形で新たな門出を迎えられたこと心から嬉しく思います。水斧はそう挨拶し、酒瓶を船体に投げつけ、進水式の綱を切った〜


簡易解説:MPは低いが非常にバランスの取れたステータスをした戦士系統の役職。空気中から水を取り出すなど液体を操るスキルを多く覚えるが、MPが低いため扱える量はそれほど多くない。

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