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第18話 交渉はまずは高めにふっかける


 「説明して」


 フリカリルトは俺の仮登録のギルドカードをぱんぱんと叩いた。さきほどまで泣いていたのに一転、いつもの無表情どころか少し怒っているようにも見える。


「大規模クエストを降りたい。違約金があるなら頑張って工面するし、自分で帰れといわれたら喜んで歩いて帰る」

「許可しません」

「もちろん。中止になるとか帰宅組に変更してくれるとかでもいい。単純にこのダンジョンにこれ以上関わりたくない」

「中止はしませんし、なりません。受理できません」


 フリカリルトはこちらにむかってギルドカードを押し返してきた。


「流石におかしいだろ。二千人死んだダンジョンで、一日目に25 人死んで、今日また9人しかもS級冒険者が死んだんだぞ? それも全部、前情報が間違ってたせいだ。やり直すか、せめて辞退はさせてくれよ」


 フリカリルトは小さく目を閉じ、首を横に振った。


「二千人は、あなたしか言ってません。ギルド職員の【測量士】に改めて調査させましたが、この辺りの行方不明者は新たに10名ほど判明した程度です。合計で104人。2班のメンバーを合わせてもどうやっても千人は超えません」


「いや、でも俺は……」

「ナイク。私はあなたを疑ってるわけじゃないわ。でもどうやっても二千なんて数字は出てこないの」

「出てこないって、そんなこと言われても」


 フリカリルトはもう一度首を振った。


「わかる? 今ある全ての情報が、本当に全てよ、犠牲者は百人程度という数字を出してるの、千という数値を出してるのはあなたのその〈スキル〉だけ。これ以上騒げば疑われるのはナイクの方よ?」


 とりつくしまもなく断言するフリカリルトを前にして、ため息がでた。


「分かった。なんでもいい。俺はこれ以上この大規模クエストに参加しない。元々それを言いにきたんだ」


「ダメよ。ナイク、大規模クエストを途中でやめてしまうと」


「ペナルティか? さっきの人にも言われた。それでいい。それを踏まえた上で、これ以上参加する気にはなれない。明日もダンジョンに潜るリスクと比べればペナルティなんて軽すぎる」


「お願い」


 フリカリルトはそういいながら俺の手を握った。

 ひどく柔らかい手だ。

 瘡蓋と血と、鍛錬で硬くなった皮膚しか無い俺の手とは全然違う。


「他にもいるだろ。違和感に気がついているやつくらい」


「残念ながら、今の所、あなただけです」


 嘘だろ?

 なら、尚更やばい。

 今すぐにでも逃げるべきだ。


「待って。お願い」


 上目遣いでこちらを見上げるフリカリルトの涙で潤んだ瞳は酷く妖艶で、目が引き寄せられる気がした。


「何かがおかしいの。認識してるのは多分あなたと、あなたのオペレーターをしてる私だけ。私にはこの異常を覆しうる特別なスキルなんてないわ。正常の中心はナイク、あなたよ。もっといえば〈血の香り(その異常なスキル)〉よ」


「断る」


「死ぬわよ。全員。ここのみんな。【炎刃】も【暗殺者】も、もちろん私も。あなたが逃げれば全員」


「脅しになってないな」


 フリカリルトは潤んだ瞳を閉じ、覚悟を決めたように目を見開いた。


「本当に脅してもいいのよ」

 

 本気で脅す?

 やる気か? この女

 

 スッと心が冷めていくのを感じた。

 フリカリルトにつかまれていない方の手を魔法袋の中に入れ、槍を握りしめる。


「怖ッ! これが六禁【死霊術師】」


 【死霊術師】と呼ばれて槍に触れていた手に思わず力が入った。

 フリカリルトは慌てたように手を離し咄嗟に後ろに飛びのいて距離をとった。


「言っとくけど私、あなたより強いわよ」


 彼女の言葉に、俺は足にしがみついて眠っているガキを彼女のほうに放り投げようとして、

 


 やはりやめた。



 このガキを投げつけて、フリカリルトの隙をついて〈隠匿〉を深める。フリカリルトは以前【傀儡術師】の時に見せてもらったツタのようなスキルで対抗するだろうが、思いっきりガキを投げつけて隙をつくれば、一気に詰めれば喉元にせまれる。


 が、それをしてどうなる?

 殺すのか?


 大きく深呼吸をして、フリカリルトの方を見た。


 揺れる金髪を見て、【傀儡術師】の工房で魔法袋を返してくれた時を思い出す。


 彼女には恩こそあれ、恨みなんてない。

 殺すなんてできない。


 臨戦態勢をといて槍を手放すと、フリカリルトは安心したように大きく息を吐いた。


「悪かった。だが俺はレベル12だ。この先、最前線にいて生き残れると思うか?」


「それは、むり…………難しいと思う。それはそうだけど…………」


 まるで罪悪感を感じているように、うなだれるフリカリルトを見てなんだか懐かしい気分になった。開拓村の幼馴染たちのような、まるで対等な友人みたいな対応。

 普通の感覚なら【死霊術師】などいくらでも死地に追いやるだろうに、脅しつけるどころか、申し訳なさそうにうつむくとは。


 これはチャンスなのか?


 神託の儀で【死霊術師】を得て半年、転職活動は何一つ進んでいない。人々に嫌われ、何度も命を危険にさらされても得たものは一つもなかった。情報もない、金もない、仲間もいない、冒険者登録さえまともにできてない。このまま今日この場を逃げ出して、マルチウェイスターから別の街へ行っても大きく事態は変わらないだろう。

 というかマルチウェイスターほど教会の力が弱い土地も少ない。より悪化する未来しか見えなかった。



「交渉だ。【錬金術師】フリカリルト」


「交渉? 参加してくれるの?」


 うつむいていたフリカリルトはパァっと明るい表情になった。


「1日だけ。明日だけ参加しよう。俺から望む条件は3つ。まず一つ、フリカリルトが今までに俺を〈鑑定〉して手に入れた情報を誰にも言わないこと。理想は〈誓約〉してほしい。そして二つ目は、()()()()()()()()について知っていることがあれば教えること。三つ目は」


 仲間になること。

                                                                                 

 そんな言葉を言いそうになって我に返った。

 馬鹿か俺は。


 弱みに漬け込んで交わした約束で未来まで心を縛れるわけがない。

 できるのはあくまで物の取引だけだ。



「三つ目は?」


「特別に報酬を出すこと。そうだな、フリカリルトはギルド職員だったよな」


「何が言いたいの」


「冒険者になりたい。仮登録じゃなくて正式な登録。当然、ただ登録するんじゃない、役職を偽装したままでだ。本当の役職を隠して登録したい」


 たった1日手伝う程度で要求しすぎにも思うが、俺は弱い。

 その分S級冒険者よりリスクを背負わされているのだからこれくらい要求してもいいだろう。

 

 これは交渉。まずは高めにふっかけ、徐々に妥協点をさぐっていくものだ。


「やり方に検討はある?」


「いや、全くない。逆に登録さえできれば手段は問わないつもりだ」


「そう…………」


 フリカリルトは少しだけ考えた後、驚くほどあっさりと頷いた。


「分かった。やり方はあるわ。期待してて」


「結構ふっかけたつもりなんだが、いいのか?」


「むしろ思ってたより安かったわ。文書偽装という犯罪行為を見逃すとはいえ、私が知っていれば大きな問題はありません。お互い益になったのならいい取引でしょ」


 えぇ


 交渉は苦手だ。

 別に不満ではないのに、してやられた感がある。

 上手くやれば、お互いの利益を害せずにもっと満足いく条件を引き出せた気がする。


 が、これで交渉成立だ。今更いうこともない。この交渉で大切なのはフリカリルトが何も言わないという約束と、今後のために情報を得ることだ。



「で、明日は何するんだ?」


「第二班の遺体の捜索です」


 フリカリルト曰く、遺体さえあれば、その人物に何が起きたのか分かる〈スキル〉持ちがいるらしい。

 大規模クエスト運営は【大食姫】たちが死んだ原因にこのダンジョン攻略の肝があると考えている。

 ゆえに明日の任務は彼女らの遺体の捜索。

 班の再編成はなし。二の舞になるとか思わないのかと聞くと、100人が犠牲になった程度のダンジョンで誰もそんなこと考えてない、とのことだった。その百人の中にS級冒険者がいるのを完全に忘れているかのようだ。



 本当におかしい。


 参加を認めてしまったことを若干後悔しながらも俺は頷くことしかできなかった。






あとがき設定資料集


【測量士】

※HP 5  MP 8 ATK 5 DEF 4 SPD 2  MG 6

〜かつて人類にはいくつも長さがあった。足の長さをもとにしたものや日の出から正午までの歩く距離をもとにしたもの、はては惑星の大きさをもとにしたものまで。測量士が長さを定め、ついに人類の長さは統一された。その単位は女神の声の伝播する速度をもとにしている〜


簡易解説:高めMPが特徴の魔術系の役職。〈測定〉など空間把握系のスキルを多く覚えるため、精密な魔術の行使などを得意としている。その能力の利便性の高さから公的機関や研究機関などに重宝される優秀な役職。

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