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第17話 本当にみえているの?


『先ほど【大食姫】率いる高ランク冒険者組第二班全員の死亡が〈観測〉されました』


 大規模クエスト3日目も終わり、ダンジョンの入り口に帰った俺たちは、着くや否やその事実を伝えられた。

 彼女たちは二階層のどこかで突然消息を絶ったらしい。

 原因は不明。魔物なのか、毒なのか、それとも別の何かなのか。一部始終を見ていたはずのオペレーターたちすら状況を理解することができないまま彼女たちは消えた。


 混乱する高ランク冒険者たちから「捜索と回収にいくべきじゃないか」という意見もでたが、準備もなしに人をだすのは二の舞になる可能性があるとして大規模クエスト運営から却下された。


 S級冒険者にも犠牲者が出たという事実に高ランク冒険者含め全員が混乱していた。


 が、なぜか。暴動のようなものは起こらず、皆粛々と明日への準備を始めていた。


 第三班及び第一班のメンバーたちは、それぞれの固有パーティで集まり、明日について話し合いを始めている。パーティメンバーなどいない俺はしょうがなく大規模クエストの運営職員がいるテントに向かった。


 フリカリルトに伝えないといけないことがある。

 

「俺は降りるぞ。いいな」


 テントへ入る前にダンジョンの入り口付近でふよふよ飛んでいる死霊を捕まえてそう伝えると、死霊はなんとか数体あつまると、少ししょぼくれようにこくりと頷いた。


「…………うん。ありがと。死れいじゅつし。半分くらい救ってくれたもんね」


 帰宅組のことをいっているのだろう。俺のおかげかというとあやしいところだがそれで許してくれるなら俺の手柄とさせてもらおう。


 ふるふると震えた死霊から、ふと流れ込んでくる。とある少年の記憶。


 13歳になったばかりの彼は【行商】の母親とともに各地をめぐっていた。夢は母親と同じように【行商】となって世界をめぐること。この旅で生まれて初めて聖都へいくのがとても楽しみだった。夜、道に迷った彼らは常昼の森の明かりをみつけて入り口で野営をすることにした。そしてその夜、食われた。巨大な一匹の魔物。目の前で丸のみにされた母親の後を追うように長い舌で包まれて口の中へ。

 

 口の中でぐちゃぐちゃになった母親の血の匂いに包まれながら彼は死んだ。


「ごめん。もれちゃった」


 湧き上がる吐き気と恐怖を深呼吸して抑え込む。これは俺じゃない。

 ただのだれかの記憶だ。


「悪いが、ここが限界だ。これ以上は俺が死ぬ」


 大きな死霊は小さくうなずくと、はらりと崩れて消えた。


 このままフリカリルトにも辞退を申し込もう。受理されない可能性や役職のことで脅される可能性もあるが、そのときは逃げるか。せっかくマルチウェイスターにも馴染んできたのにもったいない気がするが役職がバレている相手がいるのだ。しょうがない。


 逃げることになりそうだと思いながら、テントをくぐる。

 テントの内側は、慌ただしく人がいったりきたりの大混乱だった。


「駄目です。時刻、場所ともに検討がつきません。オペレーターも全員記憶が飛んでます」

「本当に申し訳ございません。私にも何がなんだか」

「そういうのいいから思い出して!」

「なんの情報もなく全員消失ってどういうこと?」

「明日も同じ方法で行くって正気じゃないわよ」

「逆だろ、むしろ早くしないと遺体すらロストするぞ」


 罵声と嗚咽が聞こえてくる。みんな自分のことで手がいっぱいなのか俺がテントの中に入ったことに誰も気がついていないようだった。


「あの!」


 気がついてくれないので、少し大きな声をあげると、全員が驚いたようにこちらを向いた。


「ちょっとお話がありまして。【錬金術師】フリカリルトさんはいらっしゃいますか?」


「だれ?」

「【槍聖】仮の方」

「いつ入ったの?」

「あれが【仮聖】? やばくない?」

「何しにきたの?」

「誰? 今の聞かれた?」


 口々にそういう中、視線を遮るようにすっと妙齢の女性が俺の前に立ち塞がった。


「フリカリルト様は現在席を外していらっしゃいます。私がご対応いたします。どうぞこちらへ」


 促されるまま別のテントへ移ると、そこはこの前フリカリルトと話をしたところ同様〈遮音〉されているのか、とても静かだった。


「どういったご用件でしょうか。明日の探索に関しましてならもう少しお待ちいただければご連絡いたしますが」


「この大規模クエストを辞退しようと思いまして」

「辞退…………ですか。ですが、それですと報酬は出ませんが」

「はい。それで問題ないです」

「申し訳ないのですが、辞退なさいますとマルチウェイスターへは、ご自分でお帰りいただくことになるのですが」

「大丈夫です」


 相手の女性は少し困惑したように顔を顰めている。


 何を言われようとも、辞めたい気持ちは揺るがない

 どんな損失を被ろうとも、これ以上このクエストに参加する以上に危険なことはない。あくまで一番は死なないことだ。大規模クエストを完遂して、仮登録を得たいとは思うが、命をかけるほどのものでもない。


「理由をお聞かせ願いますか?」

「この大規模クエストは俺には危険すぎるから。では、いけませんか」

「調査不足の件は大変申し訳ございません。ですが【槍聖】様へは十分な護衛をつけさせていただきます。確かに百名近い被害は出ておりますが、このダンジョンならあれだけの護衛をつければ問題ないかと」


 大丈夫?

 3人しか来ていないS級冒険者のひとりが死んだのに?


「自分で言ってて無理があると思いませんか」


 黙り込んでしまった女性にギルドからの依頼書と仮登録のギルドカードを押し付けるように手渡した。


「ですが、フリカリルト様へは」

「渡す相手はこだわってはいません」


 冷静に考えればわざわざフリカリルトに断りを入れる必要はない。

 一目散に逃げればいいのだ。

 フリカリルト()と周りから呼ばれているような、お貴族様に正体を知られている状態なんてリスクしかない。

 

 女性が受け取ることを渋っていると、ふわっと扉が開いて、真っ赤な目のフリカリルトが中に入ってきた。


「ごめんなさい。遅くなったわ。ここからは私が対応します」


「フリカリルト様!?」


 突然入ってきたフリカリルトにたじろぐ女性に向かって、もう一度、自分が対応すると告げると彼女は俺の顔をジッと見た後、理解できないというふうに首を横に振り、俺のギルドカードをフリカリルトに手渡してそのままテントを出て行った。


 フリカリルトはくだらなさそうに目を細め、彼女の背中を見送っていた。


「あー、お疲れ様、でいいのか?」


「さっきまで、ご遺族方と話をしてたの。【大食姫】様の息子さんとか…………」


 その言葉とともにテントの中に小さな影が飛び込んできた。


「だって、だって、ただのお仕事だって」


 影は号泣しながらそのまま俺の足に飛びついて、そのまま涙をぬぐった。


「あ、お、お兄さんだ…………ねぇお兄さんはママがどこいったかしってる?」


「どこいった?」


「今日かえってこなかったの…………まよってるのかなって。でもみんなひどいんだよ。もうかえってこないとかいうの。そこのお姉さんも」


 フリカリルトは真っ赤な目を少し伏せ、うなだれた。〈観測〉の結果、【大食姫】らの死亡はほぼ確実。遺族に説明に行くのはギルド職員の仕事、フリカリルトが伝えたのだろう。子供すぎて伝わっていないようだが…………


「パパはいないのか?」


「うん! パパはぼくのうまれる前に女神さまのところに還ったんだってママがいってた」


「ママもそこだな。女神さまに還った」


 また俺の鎧で鼻をぬぐうクソガキの頭をなでると、小刻みに震えていた。

 母親が死んだことを認められないだけで本当は分かっているのだろう。


「それはちがうよ。ママがぼくをおいていくはずないもん。おいていくはず…………」


 俺はまた泣き出したガキの背中をさすりながらフリカリルトをみると、彼女も目に涙を浮かべている。


「もしかしてぼくのこといやになっちゃったの?」


 唯一の肉親が死んでどうしていいかわからずなくガキが自分と少しだけ重なって見えた。

 俺の父が死んだのはこいつよりもっと俺が大きくなったあとだったがそれでもだいぶ苦労した。

 

「置いて行ってはいないよ。今もお前のこと見守ってる。俺も子供の頃に親が還ってしまったから知ってる。ほらそこ」


 自分でも、何言ってんだかと思いながら虚空を指さす。もちろんそこに【大食姫】の死霊はいないのだが、ガキはポカンとした表情で虚空をみた。フリカリルトまで驚いた顔でそこを見ている。


「なにもいないよ?」

「いるさ。見守っているよ。お兄さんは分かるんだ」


 ガキは戸惑いながらフリカリルトを見ると、彼女は黙って優しくうなずいた。


「ぼくも見えるようになるにはどうすればいいの?」

「どうって? 俺に聞かれてもなぁ」

「お兄ちゃんもおいていかれた人なんでしょ? どうやって見えるようになったの!?」


 先ほどまでの泣き顔と打って変わって期待を膨らませた顔でこちらを見上げているガキの姿に、少しだけ後悔した。


 まずいな。このガキを立ち直らせるという結構重要な役割受け取ってしまった。


「強くなることだな。つらいときは泣いてもいいが、泣いたって誰にも助けてもらえない…………人もいる。ひとりで生きれるように心も体も強くならないとな。明日から頑張って勉強すればいい。多次元変換まで理解できるようになればきっとママにも会えるさ」


 なんとかそれっぽいことをいってはぐらかすと、ガキは「わかった」と一言言って嬉しそうにしばらく虚空を見つめた後、泣き疲れたのか眠ってしまった。


「本当にみえているの?」


 眠ってしまったのを確認した後、フリカリルトはまだ赤い目をこすりながらそう尋ねた。

 

「いや、嘘」


 信じていないのか、彼女は真偽を確かめるようにジッとこちらを見つめてきた。

 

 どうせバレてるんだ。少しぐらいいいか。


「ここにはいない。ダンジョン内にはいるかもしれないが」

「そう。信じるわ。でも私今でも信じられないの。あの人が死んだなんて。いい人だったのとても」


 フリカリルトは静かに目を閉じた。震える眉は彼女も涙を堪えているように見えた。

 【大食姫】とは昨日話しただけだが、悪い人間ではなかった。ぶっとばされたのは確かだが、S級冒険者は本気で殴れば俺の上半身が消し飛ぶくらいの力がある。大したケガもなく今活動できている時点で実際は相当優しく殴ってもらったであろうことは分かっていた。


「亡くなった【大食姫】様にはよくお世話になったし。今回の大規模クエストもお願いしたら二つ返事でいいよと言ってもらえたの。私たちのこと信用してくれてたからなのに…………」


 ()()()ね。

 ちゃんとは聞いていないが、彼女はおそらく貴族。フリカリルト様と呼ばれているところを見るに、ギルド内の立場も高いのだろう。貴族かつ【錬金術師】であることも考えると、おそらくマルチウェイスターの街を治めるマルチウェイスター家の分家筋ってところだろうか。


 普通はこういうとき「君のせいじゃない」とかいうべきなのだろうが…………

 フリカリルトにはこれを防ぐ権力はあったのにこうなってしまったのだ。フリカリルトのせいじゃないはありえない。


 何か言ってやるべきなのだろうが、言葉は見つからなかった。


 フリカリルトは何も言わない俺を見て少しだけ微笑んだ。



 フリカリルトはもう一度目をぬぐうと、いつもの表情に戻って、失礼しましたと言って、真っ赤な目のまま座り直した。


「さて、これはどういうつもり?」


 フリカリルトは先ほどの女性に押し付けられた俺の仮登録のギルドカードをぱんぱんと叩いた。



あとがき設定資料集


【行商】

※HP 9  MP 4 ATK 4 DEF 4 SPD 5  MG 4

〜人類をひとりの体に例えるなら、私は血。体中に張り巡らされた血管を泳いで、余すことなくすべての細胞へ栄養を届ける。たとえ一滴には価値はなく、誰よりも脆く、こぼれやすくとも、それでも私は泳ぎ続ける。私は血。人類の命の象徴〜


簡易解説:高いHPが特徴の戦士系統の役職。移動と運搬に関するスキルを多く取得する。もっともありふれた役職の一つだが、彼らは自らに誇りを持ち、そして人々からも尊敬を集める非常に重要な役職。

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