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第16話 息もしちゃダメ

 



 死霊の言っていたアイツってなんだ?


 最終階層への穴のほとりに座ってひとり思案を巡らせる。

 大きな死霊の言葉を思い出す。思えば、死霊はあの時から崩れやすくなった。


 そうだとしたら、アイツが何かの引き金になった可能性がある…………

 うん、分からん。


 とはいえ、死霊を認識できるのは【死霊術師】の〈死霊の囁き〉のおかげだ。俺以外は感知もできないうえに、俺も大して死霊がどういう存在であるかはわかっていない。そもそも集合霊というものをみたのもはじめてだ。


 これ以上は無駄だな。


 ひとりで考えるのはあきらめてフリカリルトのゴーレムを取り出した。


「フリカリルト、そもそも何でこんなに犠牲者がいるのにこのダンジョン放置されてたんだ?」


『OVER! このダンジョンは、たまたま付近の住民がみつけました。ただ、しばらく前からこの辺りから親族や恋人、友人などが帰ってこないという相談がありましたので、発見前から犠牲者はでていたのでしょう。また冒険者ギルドとしても冒険者を派遣しましたが彼らも戻って来なかったので今回の大規模クエストという形になりました。OVER』


「何人くらい?」


『わかっているだけで59名の方が消えています。今回の大規模クエストの被害である25名と合わせて合計84人です。OVER』


「84? そんだけ?」


 死霊は自分たちは2,000人の集合体だといっていた。いくら知られていない犠牲者がいたとしても84は少なすぎる。


『そんだけとは? OVER』


「2,000人はいるだろ。オーバー」


 俺が数を伝えると、急にフリカリルトからの返事がなくなった。なにやらガサゴソと移動しているような音が聞こえる。


「おーい。フリカリルトさん?」


『運営のテントからでました。ここは〈遮音〉しています』


 処刑役職の【死霊術師】がバレないように彼女なりの配慮ということだろうか。

 それは助かるが…………ひどく嫌な予感がする。


『なぜ2,000人? 〈血の香り〉…………ナイクの役職の能力?』


「まぁ。それくらい香る」


『そんな人数の……あ、いえ、この地方昔から行方不明の多発地域だった。……………ねぇそれは確かなの?』


 フリカリルトは相当混乱しているようだ。いままでしっかりとつけつづけていたオーバーをつけ忘れてる。


「ああ、正確にはわからないけど入り口だけで100人分は余裕で超えてる。全部で2,000人以上ダンジョンに食われてる。これは確信をもっていえる」


 常昼の森の入り口を思い出した。夥しい数の死霊があそこに溜まっていた。彼らはダンジョンの入り口付近で亡くなった人達だろう。必死に人がダンジョンに入らないように呼び止めていた。


『【槍聖】ナイク。一つ教えてください。なぜそれを教えてくれなかったのですか?』


「そりぁ、誰にも聞かれなかったから。俺はただの参加者だぞ」


『責めてるわけじゃないわ。寧ろ問題があるのは私たちの方よ。何で、私はそんなことに気が付かなかったの?』


「まぁそういうことなんじゃね」


『不味い。【()()】ナイク。何があっても彼らから離れないでください。千人以上も人を食ったダンジョンであれば核はレベル100相当を超えます』


 レベル100相当。


 ダンジョンやそこから生まれる魔物には人とは違いレベルという概念はない。魔物が人を殺しても、経験値を得ることはないからだ。ダンジョンや魔物の成長はあくまで捕食と時間経過。長く生き、より多くのマナつまり人を食べたものが強くなる。

 違うと言っても強さを測る指標がないのは不便なので、魔物の強さは、その魔物のマナの総量から、人であればレベル〇〇相当という形で表現されることが多い。つまりLv100相当とはLv100の人と同じくらい強いということだ。


 そしてそれは同時に、このダンジョンにいる誰よりも強いということだった。


 おそらくこの穴の奥にレベル100相当を超える化け物がいる。

 絶対出会いたくないな。


 最終階層への道を見つめながら大きくため息をついた。


 探索から帰ってきた冒険者たちは先ほどと比べて明らからに慌ただしくしていた。


「【仮聖】? レベル100ってのは本当なの?」


 オペレーターを通して話が伝わったのだろう。周囲の探索から帰ってきた【水斧】【榊】と【雷弓】が俺を取り囲んだ。三者三様の美女に話しかけられるのは悪くない気分だが、そんな浮つける状況じゃない。


「わかりません。ただこのダンジョンは〈血の香り〉が濃いので、たくさん、1,000人以上は亡くなっていると思います」


「1,000人!? 嘘、でもギルドは100人程度だって」


「100? どういうこと? 私は50人って聞いたわよ?」


「ウチは15人って聞いてたで」


 彼女たちはお互いを見つめあって、どういうこと?と首を傾けあっている。


 何で同じパーティなのに情報がズレてるのだろうか。仮登録冒険者に過ぎない俺とならともかく、彼女たちはオペレーターすら同じのはずだ。


『15人というのは、先行調査依頼をして行方不明となった冒険者の人数です。【榊】様はそれを全員と勘違いしたのかと思われます』


「勘違い?怪しいもんだな。ギルドの方が間違えたんじゃな……」



 その瞬間、スッと背筋に氷のような冷たさが走った。

 背筋が瞬く間に凍りつくような緊張感が押し寄せる。


「しれいじゅつし!」

「動かないで?」

「動いちゃダメ!」

「アイツだよ」


 どこから湧いたのか死霊が耳元で囁いた。




 地面から噴き出るように大量の死霊が湧いてくる。死霊達は取り囲むように俺の目を覆い隠し、思わず喋ろうとした俺の口に潜り込んだ。


「ダメ」「ダメ」「ダメ」「ダメ」「ダメ」

「ダメ」            「ダメ」

「ダメ」            「ダメ」

      「息もしちゃダメ」



 氷塊のような重圧が背中を撫でた。

 滴る汗が、氷の粒のように冷たい。

 心臓を押しつぶすような重圧が背中をつかむ。

 

 死が後ろにいる。



「振り返っちゃダメ!」

「こっち見ちゃダメ!」

「動かないで!」

「じっとしてて!」



「あと少し」



 そして次の瞬間、

 死霊達は掻き消えるように全員消えた。



 目を覆っていた死霊も、口を押さえていた死霊もみんな一瞬で消えた

 

 俺は掴まれていた手を離されたように、その場に崩れ落ちた。


 心臓を擦り潰すような重圧ももうない。



「どうしたの【仮聖】? 流石に千は嘘でしょ?」

「う、うそ?!」


 【雷弓】から差し伸べられた手を取りながら口どもる。まるで今のことなんて何もなかったかのような口振りだった。


「今、それどころじゃ」

「【仮聖】これは結構重要な話題よ。百人くらいというギルドの情報から作戦は立てられてるの。だから感知役の情報は必ず精査が必要」


 もしかして気がついてないのか?

 【雷弓】の〈敵意感知〉もこのダンジョンでも役に立つ感知スキルの筈だ。今のを何も感じていなかったのか?


「本当に千人分の香り? 百人じゃなくて?」


 まるで何もなかったかのように話を続ける【雷弓】の姿は、彼女が何も感じていないということを示していた。


 確かに死霊が見えるのは俺だけ。

 とはいえ明らかにおかしなことが起きていた。気がついていないというだけの話じゃない。


 今不自然に倒れ込んだ俺のことをおかしいとすら感じてない。


【雷弓】の瞳を真っ直ぐに見返すと、それを彼女は肯定と捉えたらしく、にっこりと笑った。


「ね。ほら、流石に百人くらいでしょ」


「それくらいなら有り得るか」


「15人って話と全然違うやん。ギルドしっかり仕事してくれへんと困るわ」


【雷弓】【水斧】【榊】の三人は頷きあってくすくすと笑いあって談笑している。本当に何も感じていなかったかのように。


 彼女たちはいずれもA級、B級冒険者だ。レベルも俺より遥か高い。そんな高ランク、高レベルの冒険者たちが今の重圧も恐怖も、何も感じてないって、ありうるのか?


 あまりに異様な雰囲気に周りを見回すが、【炎刃】はどこからか取り出した肉に齧り付いてるし、【暗殺者】たちのパーティは黙々とテントに立てることに勤しんでいた。


「今、何があった?」


 急いでフリカリルトに話しかける。


『何がでしょうか? もう少し具体的に教えてください。OVER』


「凄まじい〈血の香り〉を感じた。今までにない濃い香りだ。しかも一瞬で消えた。もういない」


『わかりました』



 【炎刃】と【暗殺者】が、談笑している【雷弓】に近づいていくのが見えた。彼らは何かを話し、【雷弓】がブンブンと首を横に振った。


「【仮聖】心配しなくていいってよ。ラインの〈敵意感知〉は何も感じなかったから俺たちは狙われてない。危険はないぜ。あんまり気負うな。百人被害のダンジョンなら核でもレベル70くらいだ。このメンバーなら勝てる」


「そうですか」


 いつのまにか被害人数も百人ということになっているようだ。釈然としないものを感じながらも、俺はその言葉に頷くしかなかった。



 しばらくして【看守】率いる第一班も到着し、帰還の時間がやってきたので、俺たち高ランク冒険者組第三班は帰路についた。


「迷ってもう帰ったのかもしれんの」


 第二班もS級がいるのだ。大きな問題はないだろうし、何かあればオペレーターを通してこちらへも事情が伝わる。そう判断しての行動であった。


 ただ来た道を帰る。しっかりと踏みしめてきたはずの道は既に新たに生えてきた草で覆われていた。【暗殺者】や【炎刃】、第一班の前衛たちの手で、撫でるように切り払われていく下草を見ながら、俺は恐る恐る地面を踏みつけ道を進んだ。



 怖いわけじゃない。

 ただ彼らのように、狙われているわけじゃないから大丈夫と、なんの考えもなしに突き進めるほど、自分自身に自信を持てるわけではなかった。


「クソでも踏んだみたいな歩き方してんな」


 アンヘルがこちらを見て鬱陶しそうに舌打ちした。


「昨日まで、あんな気怠そうに適当にぶらついてたのに、千人死んだダンジョンってわかった途端、怖くて震えちゃいますってか?」


「千?」


「は? テメェがいったんだろうが、マジに嘘なのか。信じられねぇ」


「いや、嘘じゃない。けど信じるのか」


「あ? んなこと、どうでもいいだろ。だから、その歩き方きもちわりぃからやめろ。なにもかわんねぇよ」


 アンヘルはそういうと鬱陶しそうにもう一度舌打ちして、去っていった。



 何一つとして魔物に遭遇することすらなく、ダンジョンの入り口に帰り着いた俺たちを待っていたのは、考えうる最悪の事実だった。


 【大食姫】を中心にした高ランク冒険者第二班は全滅した。


 


あとがき設定資料集


【雷弓】

※HP 2  MP 4 ATK 6 DEF 1 SPD 9  MG 8

〜雷を纏った一撃は、獲物の体に美しい樹木のような模様をのこす。雷樹花と呼ばれるその紋様は、電流の通過痕もしくはそれが皮膚の上を通った際の衝撃波により、血管が破裂した痕である〜


簡易解説:アサシン系統の役職。矢に高電圧の電撃を纏わせることができ、その放電現象により獲物を破壊することが可能。漏電に耐えるため本人も非常に強い電撃耐性を持ち、ほとんどの電流を地面に流すことが可能。ただし空中にいるときはこの耐性は機能しないので注意。

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