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第13話 貸りは早めに返そう



「【槍聖】……なんでこんなところに刺さってるの?」

「賭けに負けました」


 S級冒険者【大食姫】にぶっ飛ばされて、テントに引っかかっていた俺はフリカリルト他数名のギルド職員によって回収された。「本来なら冒険者同士の争いにはギルドは関与しないのですが」という小言をもらいつつも、医務室で握りつぶされた手と腹の治療を受けさせてもらい、その後、俺は裏のテントに通された。

 

 一般冒険者立入禁止と書かれてたテントは妙に小綺麗で、心なしかいい香りがする。

 特殊なスキルで遮光されているのだろう、はいってしばらくは何も見えないし聞こえなかった。ただ暗闇の中で何か足に当たったような感触がした。


 見えるようになった目に飛び込んできたのは泣きじゃくりながら俺のすねに顔をうずめる男の子だった。


「いや、誰だよ」

「お兄ちゃんごめんね。ママのこと嫌いにならないで」


 その子供はなぜか号泣しながら俺の足で鼻をぬぐう。


「おう、よく知らないけど多分嫌いにならないぞ。お兄ちゃん近所のみんなから優しいやつって評判だからな」


「ナイク優しいの?」

 

 テントの奥から声がして、見上げるとフリカリルトが驚いたようにこちらを見ていた。


「こいつならてっきりこの子のこと蹴るかと思ったのにね」


 ゾッとする声が背中からしてふりむくと、さっき自分をぶっとばした【大食姫】が気配もなく立っていた。


「ママ。ダメだよ。謝らないと。お兄ちゃん優しいから許してくれるって」


「そうね。一緒にごめんなさいしよっか」

「僕何もしてないよ。謝るのはママだけだよ」


「鼻水拭かれました」


「ほら、一緒にごめんなさいしましょ」

「僕何もしてないのに…………」


「はい、「ごめんなさい」」


 先ほど俺をぶっ飛ばした【大食姫】とギルド職員のフリカリルト。

 なんとなく状況が理解できてきた。

 頭を下げる【大食姫】親子を無視して、フリカリルトのほうを向くと彼女は愉快そうに笑っていた。


「はかったな」


「高くつくっていったでしょ。貸し一つ、返してもらったわ。昨日の今日だから利子はおまけしてあげる。早く返せてよかったね」


「一応ちゃんと内容説明してくれ」

「必要?」

「必要だと思うからここに通したんだろ」


 フリカリルトの説明を要約するとこうだ。


 ここ2日の失敗で冒険者たちからの大規模クエストの運営への不満は溜まりまくっていた。辞退したいという話が仮登録だけでなく普通の冒険者たちからすらでているほどであり、このままでは大規模クエストの維持が危ぶまれていた。

 そこで、大規模クエスト運営は一芝居打つことにした。S級冒険者と仮登録冒険者をつかって、お互いの言葉を代弁させた。そうすることで俺の意見を仮登録冒険者全体の意見にした。

 もやもやとした不満を抱えていた冒険者たちの明言できない思いは俺の意見つまり大規模クエスト中止に引き寄せられて、他のことを考えていたやつも一旦俺の意見で納得した。


「つまり主張を固めるのが目的で、勝負は蛇足だったってわけだ」

「違う。勝つことは前提。【大食姫】が勝ったうえで意見を吸い上げたという形にしたかったの」

「え?! つまり」

「ナイクの言うとおり低レベルの冒険者は街へ返すつもりよ」


 つまり帰られる!?


「さすが! 天才! フリカリルト!!」


 俺は喜びのあまり飛び跳ねた。これは実質中止だ、死霊も許してくれるのではないだろうか。

 フリカリルトもうまくいったというようににこにこと笑っている。


「なんでふたりで笑ってるのぉ? 仲良しさんなの?」


「そうよ。お姉さん達、思い通り行き過ぎてハッピーな気分なの。ダンジョン攻略に前向きに動けるわ」

「そうだぜ。お兄さん達、思い通り行き過ぎてハッピーな気分だ。激やばダンジョンともおさらばだぜ!」


 フリカリルトと歓喜のハイタッチをしようとしたが、彼女はジトっとこっちを見ているだけで乗ってくれなかった。


「【仮聖】は居残りだろ。あんたの有用性は私からも推薦しておいてあげるわ」

「帰りたいです。レベル12です」


 【大食姫】は子供をあやしながらこちらをにらんだ。


「〈正直者よ〉本当に帰りたい?」

「帰りたいです。レベル12です。あわよくばこのままフリカリルトからも逃げ切りたいです」


 口が勝手に答える。

 慌ててフリカリルトのほうを見ると彼女の美しい顔には先ほどの笑みはなく、いつもの無表情でジトっとこっちを見ていた。


「へぇ。【()()】は私のことどう思ってるわけ?」


 フリカリルトからの意図の分からないとんでもない質問。

 彼女は自分が【死霊術師】であることを知っているのだ。

 下手に機嫌を損ねられたら役職をばらされるおそれがある。


 俺は必死にフリカリルトのいいところを考えた。


「フリカリルトはまるで貴族のお嬢様って感じで故郷の村では見たことないくらい綺麗だ。初めてあったときから見惚れてた。しかもめちゃくちゃ頭がいいし、こんな大きな街のギルド職員をしてるなんてすごいと思ってる。あと」


 口が次をしゃべる前に、槍先を軽く指にさして、痛みで思考をとめた。


「あと?」


「痛みで忘れました。【大食姫】様、こんな陰湿なスキルやめてください」


「じゃ、あたしのことはどう思ってる?」


「あ? 陰湿怪力ババァ以外ねぇよ………………あの、すみません。このスキルやめてください」


 その後、俺は、くすくす笑うフリカリルトの横で、【大食姫】にしばかれた。





「お兄ちゃんごめんね。本当にママに怒ってない?」


 男の子が俺の傷をさすりながら、優しくいう。

 が、さするのはやめてほしい。逆に痛い。


「怒ってないよ。てか、アレがママなの? 大変だね。お兄ちゃんまた殴られて死にそうだったよ」

「よかったぁ。お兄ちゃん優しいね!」


 別れを惜しんでかしがみついてくるガキを引きはがして【大食姫】に渡すと彼女は少しだけバツが悪そうに笑っていた。


「とりあえず、二人ともありがとうね。おかげで明日からやりやすくなった。ナイクのおかげで仮登録冒険者たちも、ただ帰すだけよりよっぽど印象がよくなったし、【大食姫】のおかげである程度の苦痛は共に分かち合う土壌もできた。残された人も心象的にも協力しやすいわ。二人には感謝しております。今後も大規模クエストをよろしくお願いいたします」


 礼をするフリカリルトをおいてテントを出ようとすると、また真っ暗で、無音になった。【大食姫】親子と3人きり。


「あのスキル。フリカリルト様は知っているということでいいのよね」


 暗闇の中、すさまじい殺気が叩きつけられるのを感じた。

 勝負のときよりはっきりした明確な殺意。返答を誤れば本当に殺されかけない。


「あのスキル?」


「勝負の時のマナを崩したやつよ。崩されるまで感知もできなかったわ。頭のおかしいスキル」


 死霊に頼んだのをスキルと勘違いされているようだ。


「知ってる。だが聞かないでほしい。むしろフリカリルトしかしらない俺のとっておきだ」


 そう答えると殺気は嘘のように掻き消えた。


「ならいいわ。せいぜい頑張りなさい。あの方の相手は大変よ」

「今回で十分身に沁みました」


「まぁあなたは見込みあるから、マルチウェイスターで困ったことがあればあたしのとこにきなさい。1回だけ助けてあげる」

「じゃね。お兄ちゃん!!」


 【大食姫】親子はそれだけ言い残して去っていった。

 その後しばらくして再び参加者全員がダンジョンの入り口に集められ、明日からの大規模クエストの説明が始まった。

 

 大規模クエストの現状は今だにダンジョン核の討伐どころか、どこにいるのか、どんな姿形をしているのかすらわかっていない。


 これではどうやっても終わらない。


 大規模クエストの運営もそう考えたらしく、ダンジョンを焼くのも今日までにして、明日からはまた別の作戦でいくことにしたようだった。



「まず今回の大規模クエスト。こちらの不手際で多数の犠牲者を出してしまい誠に申し訳ございませんでした」


 そんな挨拶と共に説明された新たな作戦はさっきフリカリルトにいっていたように仮登録組にとっては非常に助かる話だった。


「冒険者の中から有用な感知系スキル持ちの人員を選定。不測の事態にも対処できるように、Bランク以上の高ランク冒険者と感知スキルもちを混ぜて十人ほどの班を三つ作ります。今後はその三班のみで第二、第三階層を探索し、迅速なダンジョン核の捜索と破壊を遂行します」


 簡単にいうとダンジョンの再生が早すぎるから、高ランク冒険者の少数精鋭で短期攻略を行うというものだった。つまり選ばれた有用な感知スキル持ちとその護衛の冒険者以外の人はこれ以上ダンジョンの奥に潜らなくていいということだった。


 横で聞いていた【根菜農家】から安堵のため息が漏れる。


「残りの人たちはどうなる?」


 どこかからあがった質問に説明者はいい質問だと大きくうなずいた。


「他の方々は、半分ずつ二手に別れていただきます。これまで通りに草刈りに徹してダンジョン入り口から第ニ階層までの道の安全確保を徹底する方々と、街に戻り物資補給及び負傷者やご遺体の運搬をする方々です」



 運営からの返答に、おお、と仮登録組から歓喜の声が上がった。

 物資補給及び負傷者やご遺体の運搬とはいうが、別にゴーレム使いではない仮登録組には手伝えることはない。帰宅組に入れることは、事実上の大規模クエスト終了を意味していた。


 もし居残り組になってしまったとしても、今日までに通ったところの維持をするだけである。


 今回の大規模クエストでの俺の目的は、死なず、【死霊術師】がバレずに、仮登録を得ることだ。

 逃げれば仮登録は無効になってしまうのでまだここにいるが、本来ならこんな危険なダンジョンに長居する理由などない。


「帰りたいですね」


 【根菜農家】さんは笑顔で頷いた。


「【槍聖】君は草刈り苦手だから帰れるんじゃないか」

「【根菜農家】さんたちはどっちがいいですか?」

「いやぁ、オラは草刈り組でいいかな。ずっと荷台乗ってんのは腰壊れちまうよ」


 ケラケラと笑いながら、軽口を叩く。【根菜農家】【墓守】【塵拾い】の三人や、他の仮登録の人たちの顔は、自分たちの大規模クエストは既に終わったとでもいうような満面の笑みであった。



「では高ランク冒険者の班から発表させていただきます。各班の核となります感知スキル持ちは」


 帰れるといいな、うきうきした気持ちと一抹の不安を感じながら、高ランク組、第一階層維持組、帰還組の班わけを聞いた。




 次の日、俺は心からの絶望とともにダンジョンを歩いていた。周りには多数の高ランク冒険者たち。


「何で、オメェがこっちにいんだよ」


【槍聖】アンヘルが、魔物の生肉を食べたような表情で俺を睨みつける。場違いだろ!と言いたげな表情だった。

 

 本当になんでだよ。

あとがき設定資料集


(ゴミ)拾い】

※HP 6 MP 6 ATK 2 DEF 7 SPD 7 MG 2

~そこに転がる石はこの世にたったひとつの宝物。他の誰もその価値が分かっていなくても、自分だけは知っている。そう言って塵拾いは幸せそうにゴミにまみれた生活を送った~



簡易解説:攻撃性の低いアルケミスト系統の役職。ゴミ、つまり要不要に関する価値観を操るスキルをもつ非常にトリッキーな役職。社会にとって非常に有用な存在になる可能性はあるものの、価値観の違いから受け入れられないこともあるのが難点。

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