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第12話 感情論押し付けんじゃねぇよ

 

 結論からいうと大規模クエストの2日目は1日目同様に大失敗だった。

 犠牲者は出なかったものの、進展も無かった。


 1日目の散々の結果を踏まえ、大規模クエスト運営は2日目から森を全て焼き尽くす方針に変更した。


【炎刃】さんはじめとする炎系のスキル持ちが集まって全力で森を焼き、残った人員で焼き残したところを草刈りをする……はずだったのだが、1日かけて焼くことができたのは第一階層から第二階層へのルートのみで、第一階層全体を焼くことはできなかった。


 このダンジョンは予想以上に大きく、そして湿気も高かった。

 少し火をつけると煙ばかり出てまともな炎にならなかったようだ。


 二日目は最後まで仮登録組の出番はなく、全員ダンジョンの入り口付近で待機しているだけでその日の探索は終了した。俺としては仕事がないのはお気楽なものだったが、帰ってきた【炎刃】さんたち炎スキル所持の冒険者はMPを使いすぎてにより、しばらく動けなさそうだった。


 少しでも焼けた部分があれば成果なしとまではいわれなかったはずだったのだが、残念なことに新しく悪いことが判明した。


 焼いたそばから新しい芽が生えてきているのだ。


 このダンジョンは魔物だけでなく植物にもマナを分け与えているようで、切ったそばから新しい葉がはえ、草刈りも炎もほんの時間稼ぎにしかならないのだ。


 事実、初日に【炎刃】が焼いた【巨大死肉蠕魔虫(タイラントデスワーム)】の辺りには既に下草が生えてきているらしく、俺たちが初日に頑張って刈ったのは、すでにほとんど無意味になってしまっているらしい。


 二日目にして、大規模クエストは振り出しにもどったといえた。

 決して戻らない多数の死者を除いてだが。


「雰囲気最悪だ」


 配給を受け取り空いている席に座る。食事場として開かれているテント内は明らかに険悪なムードが立ち込めていた。食事時であるにもかかわらず、不自然な沈黙が場を包み込んでいる。仲間同士思われる冒険者たちも一言も話すことなく食事をすませてすぐに退散していく。


 まさに一触即発。少しでも乱そうものなら、ここ2日の無茶なクエスト進行で溜まりたまった冒険者たちのうっぷんが爆発しそうだった。


 幸い俺には仲間といえる人もいない。誰かに話しかけらるということはないので雰囲気を乱すような愚行を起こすことはないだろう。


 俺も食事を味わえるという幸せに感謝してさっさと退散しよう。


 そう考えていた矢先、突然トンっと正面に人が座った。大柄の妙齢の女性。フリカリルトが辺境の片田舎にはいないタイプというのなら、まさにその逆、開拓団でよくみた心身ともに強そうな女性だった。


「〈正直者よ〉あなたが【槍聖】ナイクね」

「はい?」


 は? こいつ誰? 

 俺に何の用が?


「あなた。どうおもう? この大規模クエストの現状」

「普通に最悪だろ。あんなに死人だしといて、今日は楽しくBBQ(バーベキュー)して終わりとか。この肉も取れたての新鮮な魔物肉だってな。おいしいな」


 口が()()()答えた。確かに思っていたことではあるが、ここまで露骨に批判するつもりはなかったのに。


 しかも結構声がでかい。

 沈黙しきった食事場で俺たちの会話は浮いていた。


「クエスト運営は何考えてんだかな」


 止まらない口を押えようとするが、まるで何かに操られているように口は動きつづけた。


「では【仮聖】あなたはどうするべきだったと思う?」

「どうって……そうだな。もっと事前に検証してさ。そうすればもう少しマシな作戦立てれただろ」

「逆になぜ、その事前検証をしなかったと思う?」


「さぁ、知らね」


「教えてあげるわ。このダンジョンがうるさすぎるからよ。下草が視覚を完全にはばみ、木々のさざめぎが聴覚を壊し、一面に香る樹液が嗅覚をつぶす。そんなところに少人数の調査隊を入れたらどうなると思う? 全滅するでしょうね」


「だから下草を刈り、森を燃やしてダンジョンを黙らせようとしたってか。その結果、俺たちのほうが静かになちゃったな?」


 周囲を見回すと、食事場にいたほぼ全員が静かにこちらを見ていた。

 言葉が止まらない。間違いなく不要な煽りが堰を切ったように口から出てくる。この人が誰だか知らないが、口ぶり的に大規模クエスト運営側だろう。


 確かに進め方に文句はあれど、敵対する気はないのに……

 何かのスキルをかけられたのだろうか、一切自重できず生来の気性のまま煽りまくってしまう。


「いいぞ! 【仮聖】言ってやれ」


どこかから声が上がった。聞き覚えのあるその声は昨日【巨大死肉蠕魔虫】との戦いで命を助けた【根菜農家】のおじさんだった。


「【仮聖】いいね!」

「言ってやれ!」


 後に続くように周囲から応援の声が沸いてくる。仮登録の冒険者たちは俺に味方するように立ちあがった。


 これもしかしていけるのではないか。

 このまま勢いをつけて、皆の心を煽れば、死霊たちの願い大規模クエストの中止にもっていけるのでは?


 だが、目の前の女性は苦い顔をするどころか楽しそうにわらっていた。


「いいわ、聞きましょう。あなたの意見を。内容次第で私【大食姫】がS級冒険者としてその言葉運営に届けます」


 S級冒険者?!

 考えろ。大規模クエスト運営が受け入れられる程度の要求を。


「中止だ。この大規模クエストは中止にしろ。常昼の森ダンジョンは低レベル冒険者が立ち入るには荷が重すぎる。()()()()()()()()()()()()()()()()だ」


 俺の答えを聞いた【大食姫】は感心するように頷いている。


「まさにあんたの言う通り、潜らぬダンジョンで死ぬことはない。されど潜らなければ壊せない。一生ここにダンジョンを放置するつもり? それともダンジョンは高レベルの冒険者に任せて僕ちゃんは逃げるって言う話?」


「そうだ。同じダンジョンに潜るにしても、仮登録の俺たちとS級冒険者のあんたじゃリスクに差がありすぎる。はっきりいってしまえば俺たちのほうがよっぽど危険な仕事してんだよ」


 口が勝手に思ったことをしゃべる続ける。言わなくていい本音が駄々洩れになっていた。

 その本音に「そうだ」「そうだ」と俺に賛同する仮登録の冒険者たち。それを見て【大食姫】は大笑いした。


「正しい。正しいわ【仮聖】。自分の弱さをしっかり理解して、それを盾に逃げようとする。あなた最高ね。最高にムカつくわね」



 気が付けば俺は空中に持ち上げられていた。

 目にすら映らぬほどの速度で近づかれ、まるで赤子を持ちげるように簡単に首根っこを持ち上げられた。足をばたつけせて【大食姫】を蹴りつけても大木を蹴ったようにびくともしない。


「ムカつくのよそういうわね。だってそんな奴生きてる意味ある? あたしたちに危険を押し付けて後ろに逃げて、言うことが()()()()()()()()()()()()()()()


 さっきまで俺と一緒に騒ぎ立てていた仮登録の冒険者たちは【大食姫】ににらみつけられて完全に縮こまってしまっている。


「あなた全然間違ってないよ? でもムカつくよね」


 コイツ。

 論点をすり替えやがった。弱いからここは危ないと言う話から、押し付けられた強い奴の感情論に。

 これでは俺の正しさは認められても、結局話は通らない。


「クソが。感情論押し付けんじゃねぇよ。それでしか反論できないっていってるようなもんだろ」


 宙づりになりながらも何とか反論する。というか口が勝手に反論してしまう。

 【大食姫】はそんな俺を見てまた笑った。


「貴方に生きてる価値ある?」


 殺意の塊のようなどす黒い悪意が、【大食姫】から叩きつけられた。

 思わず失禁してしまいそうなほどの寒気にあてられるが、なんとか意識を保つ。


「へぇ。平気なんだ。じぁテストしよっか。貴方が守る価値ある人だと判断できたら貴方の言うことを聞いて逃してあげる。この大規模クエストは中止よ」


 【大食姫】は食事場中に聞こえるように大声でそうしゃべると、ぼとりと俺を落とした。


「よっしぁ!見せてやれ!【仮聖】」

「【槍聖】にも勝ったんだ!お前が仮登録の星だ!」


 解放された俺を見て仮登録の冒険者たちはまた元気を取り戻したようだった。


 なんでこうなるんだよ。

 弱いと証明するために力を見せないといけないなんておかしいだろ。

 冒険者はドイツもコイツも力こそ正義の脳筋思考すぎる。


 明らかな矛盾を感じるも謎のスキルの効果はきれたようでわざわざ口に出すことはなかった。

 

「うまいもんだな。これが世論操作(プロパガンダ)か」


 【大食姫】は俺のつぶやきを無視して、手から大きなマナの塊をつくった。渦巻くように流れるマナは爆発するような力を無理やり凝縮したようで、ひどく不安定に見える。


「いくらなんでもレベル差があるからね。ハンデはガッツリあげるよ。私の術を崩してみなさい。当然スキルも使い放題。しかも私はここから一歩も動かないわ。動いたらあなたの勝ち。さぁはじめま………」


 〈槍投げ〉


 説明の終わりも聞かずにマナ塊へ槍を投げるも、飛ばした槍はマナを維持していない残った片手でつかまれた。


「手癖わっる。フリちゃん趣味を疑うわ。じぁ改めて……」


 〈槍投げ〉

 俺は【大食姫】の両手が埋まっているタイミングにかけて今度はフォークを投げた。槍ではないのでスキルの精度も落ちるが、似たような形状をしたものなので、一応まっすぐ飛んだ。


「ちょっと!」


 【大食姫】は慌てたように口でフォークを噛んで止めた。そして手から俺の槍を離す。

 彼女の元から槍を取り返すと、【大食姫】は今度は槍をつかんだ俺の手を上からつかんだ。


「その手、ちょっと悪戯が過ぎるわ」


 一瞬握りつぶされるかと思って、痛みに身構えたが、動きを止められただけであった。

 とはいえ、ここからできる行動も思いつかない。あるとすれば空いている手でマナに直接触れるくらいだが、さすがにあの不安定なマナの塊に手を突っ込む気にもなれない。


 本当に爆発でもすれば俺の体ごとふっとぶだろう。

 やっぱり。俺一人では無理だ。


「おい! いいのか! このままじゃ。明日も常昼の森だぞ! ()()()()()()()()()()()()()()()()!! このマナを壊すだけでいいんだぞ!!」


 大声を張り上げて、周りの冒険者たちに助けを求める。


「さすがに一対一(タイマン)のつもりなんだけど。あんたたち手を出したらわかるわね」


 【大食姫】がすごんでいるのに手を出す冒険者は一人もいなかった。

 

 ()()()()一人もいなかった


「【死霊術師】それホント?! いいよ。手伝うね」


 巨大な死霊は半分崩れた状態ながらも俺の目の前に現れた。【大食姫】の目の前でふよふよと浮かんでいた。


「触るだけで壊れるかなぁ」


「触るだけでいい。少し触るだけで」


 死霊がマナの塊に手を伸ばす。


「〈正直者よ〉あなた、これでおしまい?」


 【大食姫】の真横でまさに死霊の先端が触れようとしていた。


「そんなわけないだろ。俺の勝ちだ」


 死霊がマナに触れると、渦巻いていた力が明らかに崩れた。均衡を保っていた力は四方八方を向いて飛び散ろうとする。


「な、なに?」


 【大食姫】は一瞬本気で驚いた表情をして、そして、にこりと笑った。


「やるじゃん」


 ぐちゃりと手を握りつぶされた感覚がして激痛が襲う。

 手を離され、跪きそうになった俺の腹に、【大食姫】の拳が突き刺さった。


 それは痛み。というより強烈な衝撃だった。

 どんどんと遠ざかっていく地面と【大食姫】の姿。


 S級冒険者繰り出した、あらがえない強烈なパンチによって、俺は食事場から、水場、睡眠所、簡易休憩室、便所を通り越し、ダンジョン入り口のテントまで、吹き飛ばされた。


 体が動かない。


 首すら上がらない状態になった俺には、勝負がどうなったかなど確認するすべもなく、たまたまひっかかったテントでぶらぶらと足を揺らして誰かが助けてくれるのを待つしかなかった。

あとがき設定資料集


【大食姫】

※HP 9 MP 5 ATK 5 DEF 4 SPD 4 MG 3

〜いっぱい食べる私が好き。生まれてから死ぬまでの10万食。そのすべて私の人生〜


簡易解説:高いHPを持つアルケミスト系統の役職。食べ物や魔物を捕食することで食べたものの種類や特徴によってHPの回復や、攻撃力、速度を上昇させるスキルを持つ。

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