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第108話 【沼蝦蟇】昆解鈍隠



「脱出時のためにも出入り口を開通せておきたい」



 ふたりを浮遊街モドキの頂上に下ろし、姿を元に戻す。下から見たときはまるで浮遊街そのものであったこの場所は実際には街というには程遠い魔物の巣であった。建物の入り口は人が通るにはあまりにも大きく、部屋ひとつひとつがまるで大通りのように広い。なによりも街そのものが石ではない何か、ほのかにべたつく有機物の塊だった。


「開通となればやはり爆破ですかね」

「でもこれ岩じゃない。いったい何なのでしょう」

骨殻(コツガラ)だな。辺境でよく見た。土と竜の唾液、あと食べ残しで作った巣だが、こんなにデカいのは初めて見た」


 地面にふれると、糸のようなものが飛び出ている。引き抜いたそれは女物の長い髪の毛であった。


「外に出れば材料は豊富ってわけだ」

「な?! そんな……まさかここの材料は人?」

「竜が人を運んでいたのはこのためですか。おぞましいですね」

 

 【言語聴覚士】と【歴史学者】が髪の毛を見てうろたえる。


 死体利用が悍ましいなんていいだしたら俺たちの服や武器、鎧も魔物でできたおぞましいものなのだが、やはり人が素材にされるというのはいい気がしないものであるようだ。


 それが優しさか。


「そうだな。俺たちの探している人がこの中にいないことを祈ろう」

「祈るならメメちゃんはここだよ!!」


 祈るという言葉を出した瞬間に【歴史学者】の豊満な胸の上でメメちゃんが朗らかに自己主張する。メメちゃんは悪戯な女神の分霊体、女神の一部を特別に抽出し、それを核に生成された存在だった。


「つかぬことをお聞きいたしますが、メメ様は女神様の何を核に分けられた存在なのでしょうか」

「好奇心!!」


 元気のよいメメちゃんの返事に、俺たちはお互いに目を合わせて呆れたようにため息をついた。言葉にしなくてもお互いが何を考えているのかわかる。悪戯な女神の好奇心なんて間違いなく()()が悪い、だ。


「なにはともわれメメ様は人の味方ですから」

「そうなのだ。メメちゃんは人の味方だぞ。ナイちゃんパワーアップしたし、部下とも巡り合わせたのだ!」

「助かったよ」

「礼には及ばないのだ。ナイちゃんが強くなってくれないとメメちゃんも困るのだ。ここまで強くなってくれてメメちゃんも鼻が高いのだ!」


 メメちゃんはそういいなが満足げに喉を鳴らした。首しかないのにどうやって鳴らしているのかは分からないがともかく満足げにころころと鳴いた。



「メメ様と【死霊術師】様のおかげで何とか見つからずにここまで来れましたが、あの数の竜がいる中に突っ込むのは自殺行為ですね」


 話を戻して、出入り口と思わしき方を向く。魔物の姿一つない上方と違って、浮遊街モドキの下の方は竜が群がっていた。



「出入り口はあそこなのか?」

「はい。理論的には間違いなく。ですが出入り口は私たちが簡単に通れる形ではないと思いますね」

「近づいてみないと話にならんな」

「毎回毎回で申し訳ありませんが、ナイク様なにかいい案はございますか?」



 【言語聴覚士】とメメちゃんが期待するような表情でこちらをみつめる。

 

 案なんてあるわけないだろという意思を込めて彼らの眼を見返すと、意外にも【歴史学者】がおずおずと手をあげた。




「あまりいい方法とは言えませんが手はないことはないですよ。みなさん、魔物になるなら何になりたいですか?」







 約一時間後、3匹の魔物が浮遊街モドキの中心に向かって走っていた。


 腐臭のする鈍色の大蝦蟇、【沼蝦蟇】の竜

 すべての面に顔面が付いた正八面体、【八面大師(ハチメンダイス)

 鰓をばたつかせて空飛ぶ魚、【永遠飛魚(ズットビウオ)


 

 【歴史学者】の〈参与観察〉というスキルで魔物に化けた俺たちは、竜に紛れて、浮遊街モドキの中心部と思われる場所に忍び込んだ。出入り口へ続いていると思われる巨大な通路と目の前に広がる夥しい数の竜の群れ。どこから沸いているのか分からないが、辺境でも見たことがないほど多種多様な魔物からなる竜が列を成している。恐怖のあまり【永遠飛魚(言語聴覚士)】と【八面大師(歴史学者)】が蝦蟇の上に乗り、頭の瘤に身を隠した。


『【雅樂】は寄生生物なのに』

『どうしてこんなにいろんな種がいるんだろ』

『あつめてる?』


 頭の中で内なる死霊たちが疑問を囁く。確かに彼らの言う通り、異様な光景だった。元来、魔物は同系統の魔物で群れる。【豚人】なら亜人ないしは獣、【雷鳥】なら鳥ないしは雷。これは魔物の真の親であるダンジョンの環境がそこに生きれる魔物を限定するためだ。魔物とはダンジョンの中で生きる細胞であり、例え魔王級のダンジョンであっても、出現する魔物には偏りがあるはずだった。


 そして系列の遠いダンジョン由来の魔物同士は基本的には仲良くできず、殺し喰い合う。様々な系列のダンジョンがひしめく辺境では同じ魔物であるはずの【豚人】同士が殺し合うのはよく見る光景であった。


 

『ここの魔物たち、規則性がない』

『仲良しこよし』

『何かおかしいよ』

『こわ』


 

 俺も変だとは思うが、ここは人類の生存領域から離れた一界の魔王級ダンジョンだ。魔王級ダンジョンとはいわばひとつの世界であり、ルールも真実もダンジョンが決める。何が起こっても不思議ではない。本来ありえないはずの魔物同士の共存もここではそういうものなのかもしれない。

 ただ一つはっきりしているのはこれらはすべて人の天敵であり、俺たちは見つかった瞬間に即座に切り刻まれてしまうだろうことだけだった。



「縺ッ縺倥a縺ヲ隕九k鬘」

「【豐シ繧ォ繧ィ繝ォ】? ()()()()?」

()()縺ッ莠コ縺ォ谿コ縺輔l縺ヲ繧」

「縺昴▲縺上j縺」

縺セ縺?謌舌j縺溘※(まだ成りたてなんです)

「遶懊↓繧ゅ↑縺」縺ヲ縺ェ縺?d縺、縺後↑繧薙□?」



 俺と【八面大師(歴史学者)】が大通路の入り口で魔物の群れを見上げながら座り込んで考えていると、いつの間にか周囲には竜が集まってきていた。〈万国翻訳〉のスキルがある【永遠飛魚(言語聴覚士)】が何かを言い訳しながら俺たちを庇っている。


 もしかしたら疑われているのかもしれない。

 訳が分からないが、何とかして誤魔化さないといけない。


 その思いで俺は【沼蝦蟇】の舌(どういう原理か分からないが腕を動かすように自由自在に使える)を伸ばし、そのまま一匹の竜を掴んで引き寄せた。まるで【戦兎】のような大きな耳の青い竜、美しい藍色の羽が特徴的なそれは、掴まれると一瞬戸惑って暴れようとした。


()()縺倥c縺ェ縺 縺ェ縺ォ縺??」


 暴れられる前に、竜の手足の関節を握りつぶして、動けなくする。



縺翫>縺励¥縺ェ縺(おいしくない?)? 縺斐a繧薙(ごめんね)縺斐a繧薙ごめんね縺溘☆縺代※(たすけて)縺溘☆縺代★(たすける)



 複眼化した数千の瞳で周りの竜を威嚇しつつ、パクリと青い竜の首を噛みちぎった。



縺翫>縺励>(おいしい)縺翫>縺励>(おいしい)


 幼少期に辺境で学んだ数少ない魔物語を連呼しながら竜の頭を、体を呑み込んでいく。ずるずると飲み込み、異次元のように大きな【沼蝦蟇】の胃袋に丸々収めた頃には、俺たちに近づいてくる存在は一匹たりともいなくなっていた。


 【永遠飛魚(言語聴覚士)】と【八面大師(歴史学者)】がぷかぷかうきながら俺の周りを回る。バレるといけないから人の言葉を話すわけにはいかないが何か非難するような眼をしていた。


縺翫>縺励>(おいしい)

繝翫う繧ッ讒(ナイク様)貎懷?荳ュ縺ァ縺吶h(僕ら任務中ですからね)


 二人をのせてぴょんぴょんと跳ねながら竜の飛び交う通路をどんどん奥に進んでいく。どうやら【歴史学者】の〈参与観察〉は、本格的に魔物に化けられるようであり、俺は視覚聴覚味覚触角すべてが【沼蝦蟇】になっていた。同時に身体能力もまさに【沼蝦蟇】であり、かつて戦った隠匿竜のような圧倒的な跳躍力で飛び回れる。強い痛みさえ受けなければ解除されることはないらしい。ただ、どうしても羽根がないのは問題でこのだだ広い浮遊街モドキで最奥に行くには地面のある所を選んで動かなければいけなかった。


 なりたい魔物といわれて咄嗟に隠匿竜を思い浮かべたが、竜なのに羽根の退化している変な個体ではなく羽のある魔物にすればよかった。


 大通路の最奥、外との出入り口と予想していた場所にたどりついた俺たちはその光景に言葉を失った。



 巨大な空間に竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜、竜。



 まるで壺の内側にびっしりこびりついた油のように、壁という壁に数えきれないほどの竜がへばりついていた。


「ここが出入り口?」

「全部寝てる。竜の臥所(ふしど)ですかね」


 言葉を話してはいけないということも忘れて、一望する光景にあっけにとられる。固まっている俺たちの目の前を一匹の竜が飛び、空いている場所に張り付いた。



 その竜は張り付いた後、一瞬で凍ったようにピクリとも動かなくなり、


 そして消えた。




「出入り口は夢の中」

「ナイク様?」

「奥に行くにはもっと深く、そういうことか……泥濘」


 夢の中で泥濘が言っていた言葉を思い出す。『そっちじゃない。私はもっと奥』、あいつはそう言っていた。


「夢!? なんと! それは賢い」


 【八面大師】の8つの顔が納得したようなしたり顔で頷く。


「私たちの見た夢は関門だったんだ。外への出口も次階層への道もおそらく夢の中にある。おそらく私たちは関門で弾かれ、奥に入れてもらえなかったんですね」

「夢の中に道?」

「むしろ、この街が夢なのです。いえ、違いますね。どちらが現実かなんて関係ありません。どちらも現実でどちらも夢。それがここ、狭間のダンジョン」

「い、意味がわかりません」

「バシャバシャ君、学問とはそれがどれだけ意味不明でもありのままの現実に名前を付ける仕事ですよ。出入り口はこの寝台に、夢の中にあった」


 若干興奮している【歴史学者】を蝦蟇の舌でつかんで現実に戻す。


「【詐欺師】や他の一次隊の消えた奴らは夢の関門を通ったといいたいのか?」

「そうだと思いますね。偶然なのか、実力なのか、それとも敵の意志なのかは分かりませんが……」


 そこまで言って【八面大師(歴史学者)】は少しバツが悪そうにうつむいた。仮に【歴史学者】のいうとおり夢の中に道があるなら俺たちはまた弾かれる可能性が高い。あの夢は俺の心を読んで幻覚をつくった、そんな相手に姿を変えるだけの〈参与観察〉が通用する気がしない。



「なら俺たちが魔物の夢にはいったらどうだ? 俺たちの夢がダメでも魔物の夢なら道があるはず」



 他人の夢に入る方法はたしかに存在する。

 【八面大師(歴史学者)】にひっかかっているメメちゃんの方を見るとメメちゃんは心底嫌そうに首を横に振った。


「メメちゃんには3人抱えて魔物の夢に入るなんて無理なのだ。できたとしても魔物なんて気持ち悪くて嫌なのだ!! 嫌なのだ!! 嫌なのだ!! そっちじゃないのだ!! ここにあるのだ!!」



 【八面大師(歴史学者)】の上で生首が跳ねる。あまりに必死に否定するメメちゃんにあっけにとられていると今度は【永遠飛魚(言語聴覚士)】が手(胸鰭)を挙げた。



「メメ様大丈夫です。僕ができます。〈夢診断〉です」



 どうやら【言語聴覚士】にも他人の夢に入るスキルがあるらしい。患者の精神状態をケアするために使用するスキルらしく、彼は普段このスキルで夢にもぐっていたため夢がどういうものか知っており、このダンジョンでも幻覚に囚われず夢から脱出できたそうだ。


 

 【言語聴覚士】の指示のもと壁からもぎ取った一匹の竜を絞め落とす。俺たちは輪になってその竜を取り囲んだ。【永遠飛魚(言語聴覚士)】がそれの上に手(腹鰭)を乗せる。




「〈夢診断〉」



 その言葉と同時に俺たちは落ちた。


 足元の地面が消え、

 くるくるくるくるときりもみする落ち葉のように夢に堕ちていく。


 


 吐き気がするほどの時間の歪みで、

 血が沸騰しそうになる身体の内側の熱が暴走する。


 金縁に縁どられた美しい眼窩が俺の内側から俺を覗き込んだ。


 『げぇ』



 ひっくりかえされ放り出される。

 上に下に、4次曲線の放物線を描いて落ちた先は街だった。




「成功したのか?」



 先ほどまでの無人の街ではない、ちゃんと住民がいる街。マルチウェイスターとは全く違う、異様な街。石ではなく骨殻で作られた巨大な街。




「なんだここは? 魔物と人が……狂」




 街が掻き消える。



『豁サ髴願。灘クォ騾壹☆繧上¢縺ェ縺?□繧』



 俺たち三人は弾き飛ばされるように床に転がった。


「な、なにがおきましたぁ?」

「僕らのことバレてます。今の声、ナイク様は通さないと……」




 俺たちは先ほどの竜の臥所に戻された。

 〈参与観察〉で変えていた姿も元に戻り、人間が三人、無様に臥所の上に無様に転がる。



 さらに、目覚めたのは俺たちだけではなかった。


 臥所で眠っていた夥しい数の竜たちも目を覚まし、

 幾百もの眼球が、一斉に俺たちを見つめていた。




「俺たち嫌われすぎでは?」

「嫌われてるのは僕たちではなくナイク様です」





あとがき設定資料集


【縊鬼】

※HP 0 MP 3 ATK 10 DEF 5 SPD 5 MG 7

〜生と死の狭間で、痙攣する欲が私の首を絞め、その身を果てた〜


簡易解説:戦士系統の役職。【狂戦士】の感染の結果生ずる役職の一つであり、他狂戦士派生役職と同様に〈感覚異常〉のスキルをもつ。縊鬼は窒息感を性的快楽に変換し、性的快楽を窒息感に変換する。変換されるカ所が少なく、日常生活に支障をきたしにくい縊鬼は狂戦士派生役職のなかで最もましな役職とされ、狂戦士禍への対策兼治療法として期待されている。

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魔物語辺境だと少しくらいは当然なのかな そしていきなり絶対絶命
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