第103話 青い大地と灰色の空、時々パワーレベリング
「突入までの後15分で全員少なくともレベル30を超えてもらう」
そう全員に伝えながら、ヒーラーの一人、【言語聴覚士】の手をとり、彼の手で【大鬼】の首の骨を折らせた。
人の能力は役職とレベルに大きく依存する。
例えば『力を込めて目の前のモノを握りつぶす』という状況で、非力な者が石すら砕けない横で、握力だけで鉄を捻じ曲げ、簡単に家や街壊すことができるものもいる。
役職やレベルが違えば同じことをしようとしても起こる結果は全く違う。ゆえに同じ仕事を行うパーティは同レベル帯で組むのが基本だった。
この一次討伐隊のレベルは10から159。同レベル帯とは程遠い格差パーティだ。当然、ほとんどの要素は低いものに合わせなければならないため、このままではダンジョン内での行軍速度は高レベルの者たちからすればもどかしいものになってしまうだろう。
「ナイクならどんな子でも上手く使えるでしょ」といって問題を放り投げてきたフリカリルトの真意は分からない。が、やるべきことは簡単だった。
レベル差があるなら縮めればいい。
数多ある地下街への通路の一つ。ダンジョンと街の境目の大通りから逸れた小さな小さな脇道に単身飛び込み入り口を守るように溜まっていた雑多な魔物群をひき肉に変える。
手当たり次第に目についた【大鬼】の手足を引き千切り、首だけのこして地面に貼り付けにした。手足が捥げた魔物たちから噴き出す血で真っ赤に染まった通路に俺は一次隊の全員を呼びつけ、ヒーラーの一人、【言語聴覚士】の手をとり、彼の手で【大鬼】の首の骨を折らせた。
「レベル低いものが優先で経験値を得るんだ、突入までの15分で全員50レベル、少なくとも30を超えてもらう。遠慮はしなくていい。周辺を狩ったらそのまま突入する。中では30前提の行軍速度で進むぞ」
細かい説明は【舞姫】などの元から一次隊を率いる予定だった冒険者たちに任せ、俺は肉餌である数人の犯罪役職たちを引き連れて次の通路に飛び込んだ。
討伐隊随行奴隷、通称『肉餌』と呼ばれる彼らは魔物を狩るための囮役として教会から支給された犯罪役職たちである。魔王討伐に寄与する事で恩赦を貰い自由になるという条件で彼らはこの討伐隊に半強制的に参加させられていた。
一次討伐隊の肉餌は【爆弾魔】【縊鬼】【露出魔】【詐欺師】【取立人】の五人。
同い年くらいの若く美しい【爆弾魔】と【縊鬼】、30代半ばの妖しい美女【取立人】、まるで芸術品のように筋骨隆々の【詐欺師】、装備品を脱ぎ捨てて既に半裸であることを除けばナイスミドルとしか言いようがない【露出魔】。全員が元墨子なだけあって美男美女揃いだった。
「なぁお兄様! 墨子のうちもレベル上げてもいいんやねぇ」
【取立人】がむせかえるような甘い声で耳元で囁く。
「まぁ無事帰れたら恩赦だし、問題ないが……」
俺の返答を聞いて肉餌の5人は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「ま?!兄貴最高!」
「さすがです。お兄さま!」
「ありがとうございますお兄様!」
肉餌の5人で魔物を釣りだし、死霊たちを使って魔物の手足を次々に引き千切って道端に活けていく。灰色の地下通路は瞬く間に魔物たちの赤い赤い血で塗りつぶされた。
「ああ……こんなに自由なの初めて…..これが私のレッドカーペット……私はいま、世界に歓迎されてるわ」
「レッドカ……? 意味……胆汁の殺し方きたないって」
【爆弾魔】が腹の内側から爆破させた魔物の臓物を頭から浴びながら、両手をかかげ、恍惚とした表情で絶頂している。【縊鬼】はそんな【爆弾魔】の様子を少し軽蔑したように見ながらも、彼女の横で同じように恍惚とした表情で【小鬼】を絞め殺した。
初めての殺戮に興奮する生粋の犯罪役職たち。起こしてはいけないものを起こしてしまったような一抹の不安を感じつつも後ろから彼女らを見守る。
「次いくぞ」
他のメンバーが追いついてくるのを確認し、すぐに次の通路に移る。まだダンジョンとの境目、沸いている魔物はそれほど強くなく作業的に〆ることができた。
次々と通路を渡って魔物を屠っていく。
「お前も遠慮はするなよ。【詐欺師】」
肉餌の中で1人だけ殺戮に興じようとせず、俺の手伝いをしていた筋肉男に声をかける。俺の問いかけに対して彼は黙って首を横に振った。
「【槍聖】様、噂の通り犯罪役職を差別しない方だ。でも私はもうレベル50ですので、後輩に譲りますよ」
「もう50?! お前は資料じゃレベル13って」
「既にレベルを上げさせていただきました。もちろん、お兄様のおかげです」
「俺の…….おかげ?」
【詐欺師】が何を言っているのか分からずに聞き返すと彼は意味深に頷いた。
「ええ、東区では非常に…..」
「兄様、窮奇のいうことは何も信用しない方がいい。嘘もホントも適当に喋るからね」
【詐欺師】の言葉を遮り【露出魔】がしみじみと呟く。彼は【露出魔】の名の通り、いつのまにか装備を完全に脱ぎ捨てて生まれたままの姿になって、魔物を解体していた。
他の墨子たちはともかくはるか年上の彼に兄様と言われるのは凄まじく違和感がある。
「さっきからその兄様ってなんだ?」
俺の疑問に肉餌たちは一斉に振り返った。
「泥濘のお兄様なんやろ? 墨子の間では【槍聖】様は有名やでぇ」
「鉛星と大痴を討伐し、泥濘殺さず買った、最高にクールな超人様ってね」
「アイツずっと言ってたから。私のお兄様がーってあれだけ自慢されれば嫌でも覚えるし」
「【槍聖】様のお噂はかねがね聞いております」
肉餌たちが解体の手を止め、じっくりと俺を見る。そして何かに気がついたようにゆっくりと視線を俺の頭の上の方に上げていった。
「【槍聖】様、それなんですか?」
「なんやその可愛らしいお人形」
何を言われているか分からず自分の頭の上に手をやると、むにゅっとした感覚がして何かを鷲掴みにした。
掴まれたそれはジタバタと暴れて、俺の腕をしこたま叩く。
「ナイちゃん! はなすのだ! メメちゃん自分で降りるのだ!」
鷲掴みにしたそれは見覚えのある少し小汚い人形だった。メメちゃんがもう一度ピシャリと俺の手を叩いて抜け出す。そして俺たちの前でくるりと一回転してお辞儀した。
「メメちゃんです! メメちゃん一次隊に同行することにしたの! ナイちゃんの上に隠れてたのにバレちゃった!」
「お兄様これはどういう?」
「えーと、これは、なんだ? 説明が難しいな。お前、フリカリルトのとこにいるんじゃなかったのか?」
「難しくないよ! 分霊なの。メメちゃんは女神の分霊の一つ、メメちゃん。メメちゃんは一次隊のみんなと一緒にアラちゃんを探しに行くことにしたのだ!」
人形がえへんと胸を張る。元墨子のうち年配の3人は悪戯な分霊と聞いて何かを怯えたように後退りした。
「悪戯な女神様の分霊?!」
「分霊ってまさか聖女様!」
「どうしてこんなところに……勇者に着いてきはった?!」
【露出魔】【詐欺師】【取立人】の3人がまるで危険なものを見るようにメメちゃんを見つめる。俺と、【爆弾魔】【縊鬼】の3人は彼らの恐怖の意味がわからず、メメちゃんと彼らの間をキョロキョロと見回した。
メメちゃんは後退りする3人の様子に一瞬だけポカンとした後、少し怒ったようにその場で地団駄を踏んだ。
「むぅ! メメちゃんをテリオテロテレテリフと一緒にしないで欲しいのだ! メメちゃんは童貞を侍らせたり、人の体を乗っ取って快楽に浸る趣味はないのだ!」
「なんだそれ……」
「メメちゃんはテテテテとは違うのだ!」
人形がブンブンと首をふる。メメちゃんはそのテテテテとかいう存在と一緒にされるのがよっぽど嫌なのか、首がちぎれそうなほど必死になって首を横に振っている。
「聖女様とは別の分霊?」
「だからメメちゃんはメメちゃんなのだ!」
「えーと、お前らは知らないと思うが、これは元から地下街にいた奴だ。アラカルトと一緒に地下街を支配していた。だから教会とか聖女とかとはなんの関係もないと思う」
「そうなのだ! ナイちゃんナイスフォロー!」
メメちゃんがまたしてもブンブンと縦に首をふる。
「アラカルトって随伴組織の?」
「本物なの? 随伴組織に女神様?」
「もしかして聖女様とは別個体なん?」
【露出魔】【詐欺師】【取立人】の3人が首を傾げつつもなんとなく納得したように頷く。
「全然話が掴めないんだけど、そもそもなんで女神様がいるのに随伴組織と教会が争ってたのよ」
「私たち随伴組織は反女神様の罰当たりな組織って聞かされてたのに……」
話がまとまってしまいそうな雰囲気を感じた【爆弾魔】【縊鬼】の2人が素朴な疑問を投げかけた。2人の質問は正直言って俺も気になっていることだった。あまりに色々なことが起こりすぎていて、このメメちゃんなる存在からちゃんと話を聞いている暇がなかったが、突入までの今なら少しだけ余裕がある。
「そうだ。そうだ。何がどうなって六禁【毒婦】と女神が組んでたんだ?」
あえて六禁の名前を出してメメちゃんを煽る。肉餌達もアラカルトの噂は知っていたのか一瞬だけ俺の発言にギョッとした後、小さくため息をついてメメちゃんを見つめた。
「メメとアラちゃんとは気が合っただけだよ! メメちゃんは別に反女神じゃないもん! メメちゃんはただただ新しい神の擁立させたいだけなの。悪戯な女神は大きくなりすぎなの。そろそろ分教するべきだと思うの!」
「分教?」
「女神を二つの分けるの。でもテテテテはすごく嫌がってて、教会からいっつも嫌がらせされるの! メメちゃん、テテテテのやり方嫌い!」
メメちゃんがぷんぷん怒りながらぴょんと飛んで【爆弾魔】の胸の中に飛び込んだ。反射的に受け止めた【爆弾魔】の、血の臓物で真っ赤な胸の谷間でメメちゃんが満足げに喉を鳴らす。
「六禁アラカルトと気が合う?……まさかとは思いますが、メメ様が随伴組織にいたのはもしかして」
「そう! キュウちゃんよく気がつきました。その神候補がアラちゃんなの!」
メメちゃんは地面を指差し、そしてそのままゆっくりと指を俺の方に向けた。
「もちろんナイちゃんも候補!」
肉餌達がざわついたのを見て、メメちゃんがプクっと人形の頬を膨らませ、次々と肉餌達を指差した。
「キュウちゃんも、タンちゃんも、イッちゃんも、バスちゃんナガちゃんも候補! 女神から分たれるなら女神では測れない存在じゃないといけないの。規格の中に収まる人では数多の魂の奔流に中で自らを見失っちゃう。女神の外には立てないの! だから犯罪役職が神候補なの!」
犯罪役職の5人は驚いたようにお互いに見合って、そして全員が全員嫌そうに首を横に振った。
「こいつらが神とかないやろ」
「全裸のオッサンが神とか正気じゃない」
「それはこっちのセリフです。どうせ神にするならお兄様のような圧倒的な強さの……」
そこまで言って彼らは何かに気がついたようにジッと俺を見た。
「【槍聖】ナイクです」
「ナイちゃんは嘘つきなの」
メメちゃんは俺を見ながら【爆弾魔】の胸の上でポインっと飛び跳ねた。なんとも言えない沈黙が肉餌達を包み、無言の針が俺につき刺さる。
居心地の悪くなった俺は〈隠匿〉で存在感を消しつつ、無理矢理話題を逸らした。
「おかしい、後ろが来ない」
さっきからずっと待っているのに後続の冒険者達がやってくる気配が全くなかった。
「もしかしてはぐれちゃった?」
全員でひょこっと通路を一つ戻り、上を見上げる。
元の通路に戻り、他のメンバーと探そうとした俺たちの目の前に広がっていたのは地下通路とは全く違う光景だった。
原色の塗料で塗り潰したような青い大地と、燻んだ灰色の空、そしてその空に浮かぶ赤い赤い浮遊街。そこは色彩の狂った夜のマルチウェイスターの街。街の間を飛び交うのは自動人形ではなく、千をも超える竜の群れ。
まさしく異形の世界。
「俺たちがはぐれたみたいだ、もう入ってる。ここがダンジョン蹄の狭間」
あとがき設定資料集
【爆弾魔】
※HP 3 MP 7 ATK 10 DEF 0 SPD 10 MG 0
〜私は世界となった。炸裂したはらわたが大地に散らばり、ほとばしる熱い血は大気にしみこんで、刹那に満たないその一瞬、世界は私と一体化した〜
簡易解説:アサシン系統の役職。自らや他者の体を爆弾に変える〈爆弾化〉というスキルを持つ。余談だが歴代の爆弾魔の死因は全て爆死である。教会の定める犯罪役職。




