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102話 いびつなうつわ



 一次討伐隊は31人で構成された小隊であった。

 

 地下街からまっすぐ空いた穴の淵で、最新鋭の武装に身を包んだ屈強な冒険者たちが緊張した面持ちで家族や友人に別れを告げている。瓦礫の上から彼らの姿を見下ろしながら、マルチウェイスター家に用意されたあからさまに高性能な冒険者衣装に袖を通すと、そのことで俺が到着したのが全員に共有されたのか一次討伐隊たちが一斉にこちらを仰ぎ見た。


 


 不安

 期待

 軽蔑

 警戒

 諦め

 嫉妬

 怒り

 そして恐怖


 程度は違えど、全員がまるで俺を恐れているような、そんな表情をにじませている。決死の討伐隊、今から死にに行くという極限状態にいる彼らの内の、深淵の奥にいる魔王に対する恐怖が穴から溢れ出して、彼らの目に映るものすべてに絡みついているようだった。


「まぁ俺も意味不明か」


 30人いる他のメンバーに知り合いはひとりもおらず、ことごとく初対面、彼らにとって俺は間違いなく異物であった。俺は出発までの数分にも満たない時間で彼らの信用を勝ち取らなければならない。今も穴の底で俺の迎えを待っている馬鹿な妹を助けるためには、彼らの協力が不可欠だ。


『あいさつ』

『はじめましてー』

『しれいじゅつしのナイクです』

『おじぎ』


「リーダー代役の【槍聖】です。はじめまして。」


 死霊たちのアドバイスを聞いて、ゆっくりと彼らの前に降り、30人全員を同時に見つめながら貴族の様に礼をしてみせる。貴族礼など俺自身には縁遠いことだったが、死霊たちの知識と手助けのおかげで俺は以前フリカリルトがしていたような狂いない完璧な礼ができた……はずだが、心なしか空気が凍っている気がする。


『やーい、まちがえたー』

『それ女性用だよ』

『うひひひ』



 死霊たちの悪戯の結果、俺は礼を間違えたようだ……が、ちらほらとそのことに気が付いている人はいるも彼らの顔は緩むどころかより険しくなっていた。


「もっとわかりやすく」


 礼をやめて全員の瞳を見つめる。見やすいように、まばたき一つ見逃さないように。両の眼を変形し、30個の複眼にバラバラに小分けしてそれぞれで討伐隊一人一人の動きを見つめる。


 【舞姫】【剣士】【射手】【爆弾魔】といった戦闘職に…………【罠師】【時計技師】【草刈り】のような技能職、【聖騎士】【視覚聴覚士】【福祉士】のようなヒーラー…………【小説家】や【歴史学者】といった何のために呼ばれているのか分からないものたちまで。


 バレないようにあくまで瞳孔の中だけの変形だったが、討伐隊たちには違和感を感じとられてしまったようでほぼ全員がこちらを見つめかえしてきた。


「俺は【槍聖】ナイク。一次討伐隊(君たち)のリーダーだ。はじめまして」


 全員を見つめながらそういって少しだけ煽る。

 彼らの表情、筋肉の強張り、息遣い、瞼の痙攣まで、ありとあらゆる反応を観察し、彼らの中で最も分かりやすく、不満と怒りを感じている【剣士】を選んで、その前に立った。


 他のメンバーに向けていた眼をすべて彼に向ける。


 A級冒険者【剣士】イーヴェルゲート。暦20年のベテラン冒険者だ。フリカリルトに渡されたメンバー表の記憶ではレベルは59という話だったが魔王侵攻一日目を戦い抜いて彼もレベルが上がっているのだろう、もう少し高くみえる。


 20年命がけの環境で戦い続けた実力者、若い戦闘職たちと裏方のメンバーをつなぐ、おそらくこの一次隊の中での重要人物だ。

 ちょうどいい。彼にしよう。


 俺は彼から視線を外さず、再度煽り言葉を投げかけた。

 

「時間がねェから一度しか言わないぞ。文句あるやつは今言エ。聞いてヤる」


 俺からの挑発を察したのか【剣士】の顔が歪む。


「【剣士】イーヴェルゲートだ。ひとつ質問がある。文句をいったあとどうなる、納得したらアンタはリーダーから降りるのか?」

「いや逆だ。代わりを選ぶ時間はねぇよ、だからテメェの甘えた不満ごと叩きつぶしてヤる」

「甘えた……不満だと?! 俺たちを舐めてるのか? 補填はいい。A級冒険者が一次隊に来てくれるなら大歓迎だ。心強いよ。だがリーダーってのは違うだろ。俺はアンタを認めない。ここにはアンタ以外のA級も沢山いるんだよ。いくらフリカリルト様のお気に入りでも、ぽっと出のA級冒険者がリーダーなんて納得するわけないだろ」


 【剣士】の言葉に周りの戦闘職の冒険者たちも頷く。それ以外の一次討伐隊のメンバーも彼の言葉に異を唱えるものはいなかった。意味不明な俺のことが信用できない。それが全員の意志だろう。



「自己紹介しよう」



 【剣士】から目を離しもう一度全員を見つめなおす。



「俺は【槍聖】ナイク。ガンダルシア直轄領第25開拓村出身。歳は神託から2年。父は【槍聖】、母は【陶芸家】。両親は既に女神に還っていて、今は【魔物使い】の妹と二人暮らしだ。主な仕事は犯罪者の粛清。【錬金術師】メルスバル卿を殺したのが一番大きな仕事かな」

「知っているよ、アンタは有名だ」

「竜の討伐は合計3度、常昼の森の大規模クエストで2度、今日1度。レベル117相応の単独討伐だ」



 自己紹介を終え、そのまま【剣士】に剣を手渡した。


「これは何だ?」

「言ったロ、叩きつぶすと。ルールはテメェが決めろ。二度と不満がでないよう。くれぐれもテメェに有利なようにな」



 【剣士】は一瞬言われたことの意味が理解できなかったのか、ぽかんとして、そして馬鹿にされたと感じたのか怒りに震えた。



「一本勝負だ!! ミンティナ、合図しろ!!」


 そう叫びながら【剣士】が彼の隣にいた若い女性、【舞姫】にコインを渡す。


「一本? 死んだら負けか?」

「なんだこのイカレ…………『参った』だ。『参った』といった方が負け」

「オーバー」

「【槍聖】!! 手加減はしないぞ! 瞬殺してやる」

「すぐ始めよう」


 【剣士】と俺以外の全員が円をつくって即席の決闘場ができる。

 そして【舞姫】が投げたコインが落ちた。



 その瞬間に、槍を自分の口に突き刺し、舌を切り、筋肉ごと根こそぎ引き抜く。

 


 まずは自らの舌を切り、喉を潰す。

 『参った』といった方が負けというルールを作るということは最悪、何らかのスキルで俺に『参った』と強制的に言わせることができる可能性がある。


 万が一にも負けないように俺自身の発声の手段を潰す。

 


 だばだばと口から血を噴き出しながら【剣士】を、そして周りで一部始終をみまもっている一次討伐隊全員の動きを見つめる。


 俺が自分の舌を抜いている隙に、【剣士】は二本の剣をぬき、まるで剣舞のように回転しながらこちらに迫っていた。

 

 

 舌を引き抜くためにつかった㞔槍が二刀流の剣に弾かれて、俺の手から離れて飛んでいく。



「いや、なにしてる? 俺の勝ち……でいいのか?」



 【剣士】が困惑しつつも勝利を確信した瞬間、彼の腹から先ほど吹き飛ばされた㞔槍が生えた。死霊たちの手を借りて、㞔槍を彼の背中から脊柱をへし折りながら腹を貫く。

 

「あ……げぇ、あ……」



 何が起きているか理解していない彼の体を引き寄せ、背中から彼を突き破った㞔槍に触れる。

 㞔槍はダメ押しというように【剣士】の腹からいくつもの棘を伸ばして、全身を刺し貫いた。腹から飛び出した棘が腕を足を貫いて、彼を地面に縫い留める。


 手足を棘に刺し貫かれて、もはや暴れることすらできなくなった彼の眼を見つめた。



 早く、言え。

 言わないと死ぬぞ


 舌を潰しているせいで自分もしゃべれないが何とかその意思を伝えるべく、ただただ彼の眼を覗き込む。


「ま……まい……」



 声帯も肋骨も横隔膜も潰していないにもかかわらず【剣士】は口をパクパクさせるだけで『参った』という気配すらない。周囲の冒険者も全員が引きつった顔で俺たちを見つめているだけだった。

 


 そういえば決めてなかった、もし彼が何も言わずに死んだらこの勝負はどうなるのだろう……引き分け……それ以前に殺してしまったら一次隊の信用を得ることができない。


 このままでは本当に彼が死んでしまう。

 焦った俺は㞔槍の棘をしまい、彼の体から槍を引き抜いた。そしてフリカリルトからもらったスクロールを取り出す。


 スクロール〈ヒール〉


 発動した〈ヒール〉によって折れた脊柱が、つぶした数々の内臓が音を立てて元に戻っていく。

 一度、彼の身体を治し、そしてもう一度、槍を突き立てようとし時、一次隊全員に聞こえるほどの声で【剣士】が叫んだ。



「『参った』」


 【剣士】は自分の言葉に一瞬唖然とした後、振り返って【舞姫】の方を向いた。



「待て……ミンティ……」

「もういい理解した。俺たちじゃ、どうやっても【槍聖】には勝てない」

「俺は……まだやれ」

「無理。直接戦ったアンタは気が付いてないみたいだけど、この人……この方はずっと俺たちの方も見ていた。この方は全部分かってるんだよ。俺が〈奴隷化〉でずっとアンタのことを操ってたことも最初から気が付いてたんだろうな」


 【舞姫】がやれやれと首を振ってため息をつく。〈奴隷化〉なんて全く気が付いていなかったので買い被りすぎだが、都合がいいのでそういうことにさせてもらおう。


「【槍聖】さん。リーダーの器とか、そうじゃないとか、そんなちゃちなやつじゃないな。アンタは本物の化物だ……俺たちはアンタを認める」


 


 【舞姫】の言葉に【剣士】も渋々と頷く。彼らにつられて一次隊の他のメンバーたちも心からの納得はしてないまでも反抗的な目をやめ、静かに頷いた。



 スクロール〈ヒール〉


 切り飛ばした舌と潰した喉と穴の開いた顎を治す。全員が俺の挙動を見守る中、俺はもう一度深々と貴族礼をした。



「ありがとう。【剣士】【舞姫】、そしてみんな。俺にはお前たちのいうリーダーの器ってのは分からない。だが俺たちの目的は被災者の救助。それ以外は些事だ。彼らを見つけ、助けるのは俺が、いやお前たちがやるんだ。俺は敵を倒そう。どれほど強大で、どれほど困難な敵だとしても立ちふさがる敵は俺が必ず……」



 礼をやめ一次隊の全員を見つめなおした。



 不安

 期待

 軽蔑

 警戒

 諦め

 嫉妬

 怒り

 そして畏れ


 ここまで分かりやすく自己紹介したにもかかわらず、彼らは相変わらずそんな表情をにじませている。ただ彼らとの間にあった、壁は少し薄くなった気がした。



「俺が殺す。危なくなったら気兼ねなく呼んでくれ。いいな」

「「オーバー」」













あとがき設定資料集


【剣士】

※HP 5 MP 1 ATK 8 DEF 6 SPD 5 MG 5

〜男たちは最強を夢見た。剣に生き、そしてに至る道の轍の上で息絶えた〜


簡易解説:戦士系統の役職。戦士系統の非常に代表的な役職のひとつ。剣を扱う役職のルーツ。〈剣閃〉といった剣にまつわるスキルを多く覚える。


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― 新着の感想 ―
めっちゃおもしろいです!
常識的な人間が対峙するにはホラーすぎますね~
ナイクもえげつないけど、一次隊も侮れなさそうで最高ー 更新ありがとうございます!!
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