101話 目をつける
「これはまた……錚々たる顔ぶれだ」
崩れ落ちた浮遊街跡。光すら通さないダンジョンの深淵の淵に露営された討伐隊の集会室の一室の中にこの街の実力者たちが所狭しと並んでいた。中心にはフリカリルトと教会派の当主候補【錬金術師】イヴァポルート、S級冒険者たち、さらには随伴組織の幹部級までが一堂にあつまり何かを待っている。出席者たちの威圧感で圧し潰されてしまいそうな空間の隅で、できるだけ目立たないように柱の影にもたれかかり、息を殺しながら俺は小さくため息をついた。
「すこし緊張してしまうな」
「いきなり遅刻してきたやつが何言ってやがる」
俺の横で同じように柱に持たれかかっている端正な容貌の青年。鈍色の竜の鱗で作られた鎧を身に着け、身の丈の倍はある巨大な槍を背負った戦士、【槍聖】アンヘルが軽く舌打ちしてこちらを睨んだ。
「なんでテメェが救助隊のリーダーなんだよ。一番乗りして役に立つ能力じゃネェだろ」
「リーダーするはずだった冒険者が死んだからその補填だそうだ」
「そこでテメェになる理由がわかんねぇっつってんだよ」
フリカリルトいわく俺は死亡者の補填として一次討伐隊の隊長に抜擢されたようだ。今晩この後すぐに出立する一次隊は既に十分に準備ができているため、俺がやるのはとりあえず他のメンバーの話を聞き前任者の後を継ぐこと。この集まりが終わり次第彼らと合流することになっていた。
「理由なんて簡単だろ。俺が誰より救助したいという意思が強いからだ」
「リネージか」
「どうにもあの愚妹は帰り道が分からないらしい。俺が迎えにいってやらないとな」
アンヘルは、一瞬こちらを横目で見て、それから小さく首を振った。
「ジジイでも10秒持たなかったんだ。テメェ程度じゃすぐ死ぬぞ」
一次隊の役目は、被災者たちの調査捜索と救助。魔王への道を探る二次隊、討伐そのものを遂行しなければならない三次隊と比べれば作戦目標自体の危険は低いが、数時間前に投入された先遣調査隊がダンジョン突入から数秒で全滅したことを考えればその危険度は楽観視できるようなものではなかった。
最悪、俺たちも数秒も持たずに全滅するかもしれない。
「そう心配するな。どうせ皆ダンジョンに入るんだ危険度はどの隊も変わらない。お前だって三次隊の本隊の、それも【勇者】の護衛だろうが」
「だれもテメェのことなんて心配してネぇよ!」
アンヘルはギリギリと音がしそうなほど大きく目を見開いている。こいつは相変わらずだなと思ったと同時に違和感に気が付いた。
「そういや、【雨乞い巫女】はいないんだな」
「こんな仕事、女にやらせるもんじゃネェよ」
アンヘルがケッっと再び舌打ちして前を向く。アンヘルにもいろいろあるのだろう。詳しく理由は言わなかったが【雨乞い巫女】だけでなくパーティメンバー全員避難させて一人討伐隊に参加しているとのことだった。
「それで納得したのか? 勝手についてきそうなものなのにな」
「テメェには関係ネェよ」
アンヘルはこちらを見ることなくそう返事して、そして何かに気が付いたように集会所の入り口を見た。つられてそちらを見ると、女神教の法衣を着た見たことがない神官の集団がぞろぞろと入ってきた。
神官たちは目の前のマルチウェイスター家の貴族たちにも目もくれず、まるですべての場所が自分のものであるかのように、傲慢に、堂々と、集会場の中心にいるフリカリルトたちの元まで進む。
一同が見つめる中、フリカリルトがすっと手をあげると、女神教の神官たちの中から一人の長身痩躯の青年が前に進み出てフリカリルトの前に膝をついた。人々の視線を吸い込むような燃えるような赤髪の耽美な青年はうやうやしくフリカリルトの手を取った。
「ご久しぶりです。フリカリルト嬢」
「こちらこそお久しぶりです。モ卿。申し訳ありませんが急を要しております。挨拶は簡易にてお願いします」
「もちろん存じ上げております。では、簡易にて。マルチウェイスター家の皆様へ【勇者】様の授与を行わせていただきます」
青年はスッと立ち上がり優雅に一回転しながら、同時に何かを懐から取り出した。途端あたりを声にならない絶叫が包み込んだ。
青年の手の中の小さなおもちゃの弾丸。
見た目だけなら小指の先ほどの大きさしかない小さな小さな金属の弾でしかないそれは、何も聞こえない、何も感じないのに目を逸らし耳をふさぎたくなる強烈な濃度のマナだった。吐き気のするほど高濃度のマナの塊。
多頭竜など比較にならないほどの密度のマナの、その内から何かが叫んでいる。
ここにいる全員がその事実を感じ取っているのか、多くの人たちがその小さな弾丸から顔を背けた。【死霊術師】ですら意味が聴けないほどの深く深く変異した何ものかが小さな小指の先ほどの大きさしかない弾丸に押し込められていた。
『あれが【勇者】のこころか!』
『はじめてみた!』
『さいきょーの魔道具だ』
『宝具だ』
内なる死霊たちの突っ込みを聞きつつ、次はどうなるのかと神官たちとフリカリルトを見守っていると、神官たちは叫びを前に優しく微笑んだ。
「千年の昔より人類を救いつづける史上最強の英雄。【勇者】様は魔王を滅ぼしたのちその身を一発の弾丸にお移しになられました。女神教枢機卿代理【賢者】モ・アラライラ・ディエンゴが【勇者】様から皆様への挨拶を代弁させていただきます。皆さま、お初にお目にかかります。私は……」
意味が壊れた絶叫を続ける弾丸の代弁と称して、青年が透き通るような美声で女神への讃美歌を歌い始めた。合わせるように神官たちが祝詞を吟ずる。
弾丸の叫びをかき消すように神官たちの歌が集会場に満ちる。不思議なことにこの歌には弾丸を落ち着ける効果があるようで、まるで聞き入るように弾丸の声はとまっていた。
「千年前の【勇者】と教会を率いる六大貴族【賢者】ディエンゴ家ね」
「様つけろよ、また目つけられるぞ」
「目を? こんな感じか?」
少しだけ残しておいた多頭竜の破片を〈纏骸〉で目に変えて頬に張り付ける。アンヘルは一瞬キョトンとしてそして噴き出した。
「テメェ、相変わらずのキチガイ野郎だな」
「笑ったら同罪だ。そうだろ? 【槍聖】様」
ふたりでほぼ同時にため息をついて俺たちは再び、視線を【勇者】たちにもどした。簡易にすますという言葉に反して祝詞はだらだらとその後も続いた。
そろそろ終わりかなと思ったら、もう一度最初からはじまるというのを5,6回ほど繰り返されたあたりでイヴァポルートを始めとしたマルチウェイスター家の貴族たちの顔から表情がなくなっていく。彼らは神官たちの方を向きながら一切表情を変えることなく、ただただ黙って瞼を閉じた。フリカリルトも授与を受けるつもりで前に差し出していた静かに手を下ろす。
「道理で……マルチウェイスター家と教会の仲が悪いわけだ」
「テメェ、聞こえるぞ」
「〈隠匿〉してるから大丈夫だろ」
「いや、気持ちはわかるぜ。さすがに兄貴のはなげーわ」
だらだらと続く祝詞に飽き飽きとしてまたアンヘルと雑談をする……しようとして彼の方を向くと、俺のアンヘルの間には会話に割り込んできた真っ赤な髪の華奢な青年がいた。
「テメェ、俺たちに何か用か?」
「誰だ?」
「ヱ。俺はヱ・アラライラ・ディエンゴ。マルチウェイスターに同い年のS級冒険者がいるって聞いて楽しみにしてたんだ……お前かな?」
ヱと名乗ったその華奢な男は俺の手を取ってぶんぶんと振る。そしてマジマジと俺の腕をみて大はしゃぎで飛び跳ねた。
「うお!! すっげ。さすがマルチウェイスター。人体改造なんでもありかよ。どういう利点があって逆腕にしたんだ?」
「それは成り行き、というか……俺はA級で、S級はあっちだ」
アンヘルの方を指さすと、アンヘルはミシミシという擬音が聞こえそうなほどはっきりと青筋を立てて俺たちの方を睨んでいた。それをみた赤髪の男がおどけるように飄々と両手をあげる。まるでビビっているような仕草だが、その表情は余裕に満ちていて、彼は怒っているS級冒険者を前にしても一切恐怖を感じていないようだ。
「テメェ……とりあえず聞いてやる。なんで俺じゃなくてナイクがS級だと思ったんだ?」
「いや……だってあっちの彼の方が強そうじゃん。お前は何か普通?って感じ」
「ぶっ殺す!」
「あはっ、楽しみだな」
アンヘルが一瞬で移動して赤髪の男の胸倉をつかみ、そして掴んだ瞬間に上から何かに押しつぶされたように地面にめり込んだ。衝撃のあまり大きな音をたてて崩れかけの壁が崩れる。
俺もアンヘルも〈隠匿〉で存在感を消してはいたのだが、いくら〈隠匿〉といえど流石に今の大音を無視させるには至らず、一同も、神官たちも祝詞を中断し、こちらをむいた。
「おーと、大丈夫かい? 普通君」
「なにしやがった……テメェ……」
「立つんだ。やるね」
ふたりは相当相性がいいのか、周りの注目を浴びているのに気が付かず楽しそうにじゃれ始めた。彼らが大騒ぎし始めたのをみて、俺はひとり大きくため息をついた。
「もういいか」
無駄な面倒ごとに巻き込まれないように、もたれていた柱から離れて、部屋を抜け出し他の一次隊のいる場所にむかう。フリカリルトにいわれて一応参加したが、俺はアンヘルとは違って一次隊だ。【勇者】も【賢者】も一番にダンジョンに飛び込む俺たちには関係のない話。
後ろではアンヘルとヱのじゃれつきに神官たちも介入して、何やら騒がしいことになっていそうだったが、〈隠匿〉を深めに掛けた俺は誰にも呼び止められることなく集会室を後にし、一次隊に合流すべくダンジョンの淵に足を向けた。
あとがき設定資料集
【賢者】
※HP 5 MP 5 ATK 3 DEF 3 SPD 4 MG 20
〜女神に心と無垢なる永遠の貞操を捧げ、その男は賢者となった〜
簡易解説:魔術系統の役職。数少ない男性の魔術系統に選ばれた人物が、とある制約を自らに課し、女神からさらなる恩寵を受けることでなれる特別な役職。かつて【勇者】と共に魔王を滅ぼした六人の仲間の1人、通称”勇者の杖”は【賢者】であったと記録されている。




