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第10話 悪くないな。ご馳走様です

 

「今回の安全確認第11班を担当する【炎刃】インバルだ。冒険者階級はA級だ」


 顔に抉られたような魔法痕のある屈強な男性がそう言って俺たち仮登録組を見回した。


「えーと、【勇者】が2人、それからあなたが【賢者】、あとは【槍聖】?」


 彼はうんざりしたような表情で1人ずつ確認し、俺のところで一瞬止まった。


「【仮聖】か」


 彼は俺の顔を見るなり納得したようにそう呟いて、そのまま俺たちを陣形に並ばせた。【勇者】を先頭に【炎刃】が全体を確認できるような形だ。


    【勇者】

    【賢者】

【槍聖】    【勇者】

    【炎刃】


「このままルート通り進むぞ。思ったより森が深いからゆっくりでいい。何か異変があったらすぐに呼べ!」


 俺たちはルートから外れることなく、邪魔な草木を切り払いながら進んで行った。ダンジョンのマナから生まれた森、といっても外と植生は大きく変わらないようだった。上方は高い木々が屋根を張っているせいで“常昼の森”も割と薄暗い。

 ただ前情報の通り、本来は森の中には大量には生えない下草がびっしり生えている。そのせいで前が見えないくらい生い茂っていて、虫も多いようだった。


 ずっと周囲にブンブンと何かが飛び回っている音がしている。うっとおしい羽虫を振り払いながら少しずつ進む。


 二歩進んで切り払い、二歩進んで切り払い。


 正直な話、槍は草を刈るのに絶望的に向いてないようだった。

 得物を変えたいくらいだが、いつどこから魔物が飛び出してくるかわからないこのダンジョンで槍を手放すわけにもいかない。自慢じゃないが幼いころから槍ばかり使ってきたので槍以外はまともに使えなかった。


 槍で切ってみたり、刺してみたり、踏みつけたり、根本を掘るよう抉ったり、果ては〈叩きつけ〉たりしてみたが、どれもうまくは草を刈れなかった。どれだけ刈っても、見渡す限りの草。全く終わりが見えない。来た方を振り返れば、はっきりと道がわかるくらいには刈れてはいるが、それも広大な森の中に細い獣道ができた程度のものであった。


 大変な仕事ではあったが、先遣隊がめぼしい魔物は倒してくれたというのは事実のようで、幸にして何も起きないまま、俺たちはついに途中休憩地点に辿り着いた。


 もう何時間草を刈っただろうか。【炎刃】は探索中も今もしきりに誰かに報告をしているようだが、やることない仮登録組は皆疲れを休めるため、地面にへたり込んでいた。


「【槍聖】初めての大規模クエストはどうだ?」


【勇者】の片方がこちらにパン切れを投げてきた。

 他の仮登録の人たちも辛そうな顔でチロチロと水をおおっている。


「普通にしんどいですね。草刈りって」

「そりゃぁ慣れてないとな」

「【勇者】さんは手慣れてますね」


 先導していたもう1人の方の勇者に話を振ると彼はケラケラ笑い出した。


「まぁオラはほんとは【根菜農家】だからな。こういうのは得意だ」


「【根菜農家】かよ。隠す意味ねぇなぁ」


【勇者】の正体を聞いてみんなゲラゲラと笑った。


「【根菜勇者】様はなんで大規模クエストに?全然食っていけそうな役職なのに」

「いやぁ、普通に口減しですわ。去年不作だったんで出稼ぎがてら街に出てますんさ。これ終われば一回帰るべ」

「俺も似たようなもんさね」


 自分を除く他三人はそう言ってお互いの本当の役職や状況を話し合い、そして頷き合っていた。彼らにとって役職は偽っているとはいえ秘密というほどのものでもないのだろう。冒険者ギルドみたいな公的な組織には記録されたくはないけど別に内々に知られる程度は問題ないというわけだ。


 彼らが本当のことをしゃべっているという保証もないが、悪意をもって嘘をついているようには見えなかった。


「【槍聖】はどうして大規模クエストに? まだ神託得たばっかりの年齢やろうに。どこからきたんや?」


「ガンダルシアの開拓団育ちなので。大規模クエストには、食べるものがなくてしょうがなく」


 そう答えると色々と察してくれたのか、彼らは少し苦笑いを浮かべた。


「どうりで、戦い慣れとる。あのあたりと比べれば内地なんて緩いやろ?」

「そうですね。街道には子供でも勝てるような魔物しか出ないのは助かります」

「本物の【槍聖】は言うことが違うなぁ。あの辺じゃガキの頃から魔物殺しとるのはホンマなんか」

「草は刈れませんけどね」


「でも草刈れんでも人狩れるなら問題ないべ」

 

 え……今なんて言った。人狩り?

 彼らは俺の反応を観察するようにジッとこちらを見つめていた。


ガンダルシア(治安最悪)地方でもさすがに人は狩りませんよ」

 

「ええよ。はなさんで」

「仮登録やけん。気にせんでいい」


 彼らは誤魔化すように笑い話はまたほかの人の役職に戻った。それから俺たちは雑談がてら一通りの草の刈り方を【根菜農家】から教わった。そして話が終わるのを待っていたかのように冒険者の【炎刃】から声がかかり、再び探索もとい草刈りは再開された。


 陣形は変わらず同じ配置。先ほどの話を考慮すると正確にはこうだ。


    【根菜農家】

     【墓守】

【死霊術師】    【塵拾い】

     【炎刃】 



 全員レベル10台の【根菜農家】【墓守】【(ゴミ)拾い】か。

 何ができるのかよくわからないな。観察しようにも草木が邪魔でそれどころではない。俺たちは皆つかず離れずの位置を保ちながらゆっくりと前に進んでいった。時々、虫が飛び出してくるが、取り立てた危険のない作業だった。教えてもらった刈り方のおかげか先ほどまでよりだいぶ楽に刈れるようになっていた。


「何もねぇなぁ」


 【塵拾い】が疲れたようにうめく。


「いつまで続くんだよぉ」


 口々に漏れる愚痴と雑談に、徐々に緊張感が緩んでいくのを感じる。


「おい、真面目にやれ。ここはダンジョンだぞ」


 そう言う【炎刃】すら既にだいぶ投げやりに刀を振り回していた。A級の上位冒険者の一撃が、吹き飛ばすように草を薙ぎ払っていく。


 いったい、どんなステータスになれば、あんな風になぎ払えるのだろうか。


 Lv50くらいだろうか。


 父の時代から変わっていないのなら、A級冒険者になるボーダーラインはその辺りらしい。実際俺の父は若い頃Lv53でA級、Lv76でS級になったと言っていた。


 俺のレベルは11、しかもMP以外全部低めの役職。あまりにも遠い。


 ブンブンと薙ぎ払われている草を横目で見ながら手元の葉っぱを踏みつけて切りとる。

 



「あ、【死霊術師】だ。そこ危ないよ?」



 〈死霊の囁き〉がした。切り取った草の陰から白とも黒とも見分けのつかない色の死霊が飛び出してくる。



「全員、気をつけてください!」


 俺は叫びながら後ろに飛び退いた。


 何の変哲もない木々に、下草。

 だが、死霊がいるということはここで誰か死んだということだ。それも強い未練を残して。


 周りの仮登録組は戸惑いながら、不思議そうな目でこちらをみている。


「【槍聖】! それはお前のスキルか? 何が見えてる?」


【炎刃】が即座にこちらに聞き返してきた。彼は聞きながらあたりを警戒し、同時に自らの刃にマナを込め始めていた。


「詳細は分かりません。この辺が危ないとだけ」


「十分!全員俺の後ろに下がれ、焼き払う」


 慌てて俺たちは【炎刃】の後ろに退散した。彼はそのまま剣を高く上げると、剣は真っ赤に燃え上がり、振りかぶった瞬間に炎の衝撃波が辺りの木々を焼いていった。


「ギィーギューキュギュギュィィ」


 まるでガラスと虫を擦り合わせたような、聞いたことない金切り音がして、地面が揺れる。さっき進もうとしていた一歩先から赤黒い巨大な口が姿を現した。


【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)


 家にあった魔物辞典で見たことがある。口の直径だけで俺の背丈の2倍はある魔虫だ。環状の口にはびっしりと幾重にもなく棘のような牙が生えていた。うねうねと体表の管が脈動していて見た目もグロテスクというほかない。


「全員食われないように立ち回れ!俺1人でやれる」


【炎刃】が大声で叫び、仮登録組はその言葉に呼応するように身構えた。

 1人でやれる、というがこんなデカい生き物相手に手助けできる気がしない。俺も彼の言葉に甘えさせてもらおう。


 〈隠匿〉


 全力でMP注ぎ込み、気配を消す。

 他の仮登録組には悪いが押し付けさせてもらうぞ。仮登録の仕事としては死霊の声を感知しただけで十分果たした。今回の大規模クエストの目的は、第一に、生き残る、だ。


【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)はまるで心臓の脈動のように震え、そして、俺たちが固まっている所へ倒れ込むように噛みついて来た。


 狙いは【根菜農家】


 一番SPDの遅い彼は、1人逃げ遅れ、そして【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)は彼を追うように角度を変えた。


「い、嫌」


 恐怖に顔を引き攣らせて、その場に立ち竦む。


「動け!」


【炎刃】が咄嗟に彼の肩を掴んで、自らと場所を入れ替えた。そのまま噛みついてきた【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)を蹴り上げて攻撃を避ける。


【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)は、蹴られて一瞬怯んだものの、再び巨大な口を持ち上げて、再び倒れ込んで来た。


 次の標的は一番近くにいた【塵拾い】


 彼は避けようとはしていたが、自分が狙われているという恐怖のあまり、膝が震えていた。


「避けろと言ってるだろ!」


【炎刃】が【塵拾い】の服を引っ張り、【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)の攻撃を避けさせた。


 不味いな。俺も含め全員足手纏いだ。

 仮登録たちの存在のせいで【炎刃】がまともに機能してない。


【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)の蠢く肉塊が、目の前を脈動して走っていく。次の狙いは再び【根菜農家】のようで、逃げ回っている彼を口が追いかけていた。


 追いつかれそうになる度に、【炎刃】が刃にマナを込めるのを中断して【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)の狙いを逸らしてくれていた。



「うしろ、もう一匹いるよ」



 〈死霊の囁き〉が再び聞こえた。


 咄嗟に真横にいた【墓守】を引っ張りながら前に走り込むと、先のほどまでいた場所の下から新しい【巨大死肉蠕虫】が生えて来た。


 二匹目!


 巨大な大腸のような魔物がもう一匹。初めからいた方と合わせてウネウネと絡みあう。


 巨大な口がこちらを向いた。


 口蓋にびっしりと棘のような歯が並んでいた。まるですり鉢のようだ。あんな口に呑まれれば人なんて一瞬ですりおろされるだろう。


 〈隠匿〉!〈隠匿〉!〈隠匿〉!〈隠匿〉!



 二匹のうち片方はまるで俺を見失ったかのように別の人へと向きを変えたが、残った方はそのまま俺へと倒れ込んできた。


 必死に避けつつ、【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)の口の横を〈叩きつけ〉る。体重差がありすぎて【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)は微動だにしなかったが、槍を軸に俺の体が横に吹っ飛んだ。


 元いた場所が【巨大死肉蠕虫】の巨体に潰されるのをみながら、あたりを見回すともう一匹は、他の仮登録の三人を変わるがわる追っかけ回しているようだった。


 そして【炎刃】は、先ほど俺を狙っていた【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)の上に乗っていた。


 彼の持つ剣の刃はまるで炎のように真っ赤に燃えている。それはそのまま脈動する体表に滑り込んだ。



「ギィッギュッギュギュィィィィぃ」


 肉が焼ける匂いが、あたりに充満する。【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)は最後にガラスと虫を擦り合わせたような不愉快な音をあげて真っ二つに切り裂かれた。

 ビュク、ビュクと暴れ回る半身を【炎刃】が更に細切れに切り砕いていく。


 経験値を獲得する感覚が喉に入り込んでくる。


 何の関与もしていなかったのに、〈叩きつけ〉たからか少しだけ経験値を得たらしい。もう一匹の方へ目を向けると、相変わらず三人を追い回している……


 2人しかいない。

【根菜農家】の姿が見えない。


 まさか食われた?

 それにしては悲鳴も血の跡もない。



「とおりぁ」


 草影から飛び出して来た【根菜農家】が【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)の巨体に斬りかかった。手にもつ鉈を振り回して何度も何度もきりつけるが、分厚い皮膚に阻まれて、ダメージにはなっていなさそうであった。事実、【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)は気がつきもせずに他の2人を狙い続けていた。


 俺たちではこの魔物に傷を負わせることはできない。彼のやっていることは自分の身を危険に晒すだけの何の意味もない行動に見えた。


「何やってんですか!」


「うるさい!オラは経験値が、レベルが欲しいんだ!役立つって証明して村にかえるんだ!」


 そう叫んだ【根菜農家】の体からマナが溢れて、鉈に集まっていく。何かしらの〈スキル〉を纏いながら振り下ろされた一撃は先ほどまでの連撃と違い、少しだけだが【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)の体に突き刺さった。



「ギュー?!」


【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)が首をもたげて、【根菜農家】の方を振り返った。同時に切られた部分を取り囲むようにくるりと胴体がトグロを巻く。蠢く肉塊が彼を取り囲んだ。


 あれじゃ逃げれないぞ。

【根菜農家】もそれを察したのか絶望に満ちた表情でこちらを見た。 


 助けて


 彼の垂れ下がった目がそう言っているように見えた。

 誰かいないか、周りを見回しても【炎刃】はまだ、先ほど処理したもう一匹のところにいて、こちらへは間に合わない。他の2人の仮登録組は狙いが自分から外れたことに安堵して息を切らしている。


 ああ、残念。

 欲張りすぎだったな


 助けることはできそうにない。彼が食われれば、食べている間、【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)に隙ができる。そこを【炎刃】が刈り取ってくれるだろう。


 尊い犠牲ありがとう。

 そう思い、彼から視線を外して、遠ざかろうと思った時、


「お願い、助けてあげて」


 先ほどの死霊が耳元でそう囁いて来た。できるでしょ? というような期待とお願いのこもった声に、集合体の死霊を思い出させられて、見捨てるという決心が揺らぐ。

 あの死霊の願いは大規模クエストを中止し、()()()()()こと。俺には大規模クエストを止めることはできないが、目の前の人を守るくらいはできる。


「あなたのためでもあるから」


 〈死霊の囁き〉が念押しする。何の根拠もなさそうなのに【死霊術師】の本能が彼らを信じろと訴えてかけていた。


 意を決して、槍を振りかぶる。


 〈槍投げ〉


 何で、こんな危険な状況で!

 俺が武器を手放さないといけないんだよぉ!


 そんな心の叫びと共に、ミスリルの槍が勢いよく飛んでいき、【根菜農家】に食らいつこうとしていた【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)の口の内側に突き刺さり、そのまま後ろの木に縫い付けた。


「【槍聖】よくやった!」


【炎刃】の赤い刃が縫い付けられた【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)を二つ、三つ、四つと輪切りにしていく。


「ギュギュィィィィぃイイイイイイイ」


【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)は真っ白な蒸気を上げながら、生き絶え、ボトボトと音を立てて【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)だった肉片が地面に散らばった。



 がっつりと経験値が入る感触がして、レベルがひとつ上昇したのが分かった。


 あまりの威力にポカンとしている仮登録組を尻目に冒険者は、満足そうに首を縦に振った。そして落ちていた肉片を一つ掴んで口に頬張る。


【巨大死肉蠕魔虫】(タイラントデスワーム)悪くないな。ご馳走様です」


 手を合わせて美味しそう微笑み、残りの肉片を自分の魔法袋に収めていく彼の様子を見て俺は唖然とした。


 この人、魔物を食べるために冒険者やってる人なのか?


 そんな疑問を聞く暇はなく、続きいくぞ、と【炎刃】に並びなおさせられ、再び草刈りが始まったのだった。



【根菜農家】

※HP 8 MP 6 ATK 4 DEF 8 SPD 1 MG 3

〜うんとこしょ、どっこいしょ。勇者たちが7人がかりでも抜けなかったカブを、根菜農家は1人で引き抜いた。今日も元気に、うんとこしょ、どっこいしょ〜


簡易解説:高い防御力を誇る戦士系統の役職。足腰が非常に頑丈であり、毎日の農作業に耐えることができる頑健な肉体を備える。育てれば農作業系スキルも得ることができる。

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