出てはいけない旅路
「……いてっ!いだだだだ!」
「あ、暴れないでくださいネルさん!暴れると余計に……きゃっ!」
「あぁ!ご、ごめん!」
今日も今日とて、クエストをこなした後。俺らは教会で治療を受けていた。
日が暮れてからの教会では、神の加護が使えないらしく、俺らは昔ながらの薬草による治療を受けていた。ガーゼに染みた薬草水と代わるように滲む血が痛々しい。
「ふぅ……にしても、この教会でこうして通い始めてから、もうそろそろ1カ月たつのか」
「そうですね……。結構、短く感じますね」
街を渦巻いたあの頃の興奮も、今やすっかり冷め、街には今まで通りの生活が流れていた。
そして俺らも。旅をするには十分な装備も、資金も。準備は整いつつある。あと数日クエストをこなせば、この街から旅立てるだろう。
「……あと、数日で。この街から旅立つつもりなんです」
「えっ……」
そうだ。俺は、あと数日で旅立つんだ。
だから、この気持ちを……。
と、思ってこの話を切り出したはいいものの……。
「えっと……ん~、っと……」
「あ、いえ。大丈夫です。では、他教会のシスターさんたちにも、ネルさんが旅立ったこと、伝えておきますね」
「そ、そうじゃ……」
伝えようとしたのだけれど。その一歩を踏み出す勇気を出すことはできなかった。こんな勇気も出せないのに、一体何が勇者なのだろうか。
数日後。俺はとある酒場に、パーティメンバーを集めた。
「なんだ?いったい何の要件だ」
「クエストも受けないで、どうしたの?」
「ふっふっふ。今回招集したのは他でもない。資金についての報告だ」
俺はそう言って、机の上に貯金を広げた。
「こっちが数か月分の宿代。こっちが最低限の食費。そんでもって、こっちがその他の生活費で、余りが貯金だ」
お金を分けながら、俺は用途と予算を提示した。
コツコツとクエストをこなして言ったおかげで、俺ら勇者パーティの信頼は瞬く間に上がり、依頼費に少し色を付けてもらうことも少なくなくなっていった。おかげで、当初の予定よりももっと早く、本格的に旅立つ用意が出来たのだ。
「ひとまず最初は、貿易道第3宿舎に向かう」
貿易道のかなり手前を指さす。貿易道とは、その名の通り国同士の貿易に使用し、その途中にはいくつもの宿舎がある。
「多分、一日歩いて、進める日で宿舎4号分だと思う。貿易道の間には20号あるから……。多分、隣国までは、早くて一週間ぐらいかかると思う」
「かなり長いわね……その間にも依頼を受けられたらいいのだけれど」
「魔法の研究に役立ちそうな山菜集めに徹するとしますか」
この長い旅路で、それぞれ目的を持つことが出来そうで、ほっと安心した。
それと同時に。俺は、もうそろそろ勇気を出さなければと思った。
「で、私に相談しに来たと」
「頼む。言っちゃ悪いが、ムカゼはこんなこと答えられそうにないから……」
「そりゃもっともだけど……はぁ……あたし、他人の気持ち察するとかできないのよねぇ……」
俺は、わからないことがあったら遠慮なく人に頼るタイプだ。なので、今回は同姓であるモモイに相談することにした。
「そもそも。あんたはどうしたいんだよ。あのシスターと」
「まあ、できるなら……付き合いたい……」
「じゃあ告れば?」
「それが出来たら相談してないから」
何のための相談だと思ってやがる。
告白のされたらうれしいタイミングとか。逆に今はやだとか、色々あるでしょうよ。
「そんなこと言われたってねぇ……実際、両思いになりたいって思ってんなら告るしかないじゃない」
「……そんなもん、なのかなぁ……」
「実際そんな変わらないわよ。男も女も」
結局、俺は男女でさほど違いがないってことぐらいしか教えてもらえなかった。
「……ていうか、あんた仮に付き合ったとして。どうするのよ」
「どうするとは?」
「あんたは、今世紀の勇者。つまり、これから数か月。下手したら数年ぐらいは帰ることが出来ないのよ?その間、ずぅ~~~~~~~~っとこの街で放置しておくわけ?」
「そ、そこはほら……手紙とか……」
「冷めるわよ、確実に」
ま、マジか……。俺的には、何があっても冷めない自信あるんだが……。そこが男女の差ってやつなのだろうか。
どうしたものか……。伝えずにいるのはいやだが、かといってどう伝えればいいのかも、なんと頼めばいいかもわからないしなぁ……。
しかし、いやでも時間は進むもので。あっと言う間に俺らは旅に出る日を迎えてしまった。
「ああ……旅立ってしまうのですね、ネル様」
「思えば、3カ月もあっという間だったな。ありがとうな、ヨネル」
「そんな、お礼を申し上げるのはむしろこっちのほうで…!」
当日。胸の奥には、本当は伝えたい気持ちが潜んでいた。
前日に、俺はモモイから
「あんた、気持ち伝えなくていいの?」
といわれてしまった。だが、俺はモモイに
「いいんだ。あれから考えたんだけど。もしかしたら、俺も五体満足とはいかないかもしれないし。彼女にはもっと、素敵な人がいると思うから」
と伝えた。
俺みたいな旅に出るような奴より。町に住んでいるような男のほうがよっぽど幸せになれるだろう。
という訳で。俺はヨネルさんには別れを告げるだけで終わった。
「そ、その……ネルさん」
「な、なんだ?」
急に名前を呼ばれ、一瞬言葉を詰まらせつつも、平然を装って尋ね返した。
すると、急にヨネルさんは、俺の手をギュッと握りしめた。
「……えっ!?」
ヨネルさんは、真っすぐに俺の目を見ていた。
いや。見ていたと、そう見えた。
実際は、彼女はどこか遠い記憶を覗いているような顔で。俺の顔なんて目にも止まっていなかった様子だった。
「ヨネル……さん?」
「……メ」
「え?」
未だかつてないほどのミニマムボイスで呟いたので、聞き返した時だった。
クワっと目を見開いたヨネルさんが、俺の手を全力で握りしめ、叫ぶように
「旅に出ちゃダメ!死んじゃいや!私を置いてくなんて、そんなの許さない!絶対、ダメ!!!!!!!!」
と、かつてないほどの声量で、俺に対し、旅をやめるように訴えかけた。