其の背中に、英雄宿る
よかった、間に合った!
熊型の亜種が拳を振り下ろす瞬間。その腕を切り落とすことで防ぐことが出来た。
「これ、飲んどけ」
「こ、れ……は?」
「回復薬だ。骨折までなら治せる」
彼女は、薬を抱えながら木陰に避難していった。
「グルルルル……」
「熊型の亜種なんて、聞いてないぞ……」
それが、3体。一体全体、どう倒せばいいってんだよ畜生が。
とはいえ、飛び出た手前、逃げ出すわけにはいかない。ここで魔物の3体ぐらい、倒せなければ魔王すらも倒せないだろう。
だから覚悟を決めろネル!
「……はあっ!」
一呼吸の後、俺は魔物に飛び掛かった。
「グルァ!」
恐ろしく早いこぶしを見切り、地面にめり込んだ腕に剣をふるう。
サクッとは切れなかったが、深い傷は入れることが出来た。
「あっ!」
と、目の前に拳が飛び掛かってきてるのが見えた。
「っくそっ!」
咄嗟に盾を出したものの、威力が高すぎて、吹き飛ばされたダメージでかなり喰らってしまった。
「ゲホッ!っく、うう……」
「あ、んた……!逃げなさいよ……あんたまで死ぬわよ!」
彼女がそう言ってきたのが意外で、少し面食らった。
「……いや、できない」
「どうして…?あなたは、私よりも、強くないのに!」
「強くなっ!?……でも、俺は勇者だ」
「だからって……!」
「勇者だから、俺は、人を助ける」
「どう……して?」
四肢は折れていない。大丈夫、ちょっと全身を打っただけだ。
「……俺は、常に人の希望だから」
だから。俺は心を折るわけにはいかなかったのだ。
たとえたった一人でも、俺は命を懸けて助ける。
木々がなぎ倒れるものを構わず、ひたすら避けては攻撃をしてと、段々とダメージを蓄積させていった。
なんとか二体を切り伏せ、あとは残りを狩れば勝ちだ。
「あと一体なのに……!こいつ、強すぎる!」
スピード、パワー、戦術のレベルすべてが他の二体を凌駕していた。
さらに、時折こぶしから炎が出たりもしていて、明らかにただの亜種じゃなかった。
「くそっ……!このままじゃっ!」
体のあちこちがケガしてたり、とにかく重症だった。
「そろそろ、息も続かない……!ただ、一呼吸ついたら多分、死ぬ!」
さっき息を吸っただけで、肺が潰れたような感覚が全身を襲った。
なんとか隙を……!と、気持ちが逸りすぎた。
迫りくる拳は、狭まった俺の視界に入ることはなかった。
「ぐっ!」
バキッ!と、体から嫌な音が鳴った。そしてそれ共に、俺の体は地面に叩きつけられていた。
「あがっ!ぐぅ……!」
「ウガァ!」
強烈な前蹴りが腹をえぐり、数十メートル吹き飛ばされた。
「……っ!ゲボッ!ゴホッ、ゴホッ!」
しまっ……た……。あいつの攻撃を、二発ももろに喰らってしまった……!
血反吐が吹き出し、血だまりが出来た。
態勢を整えようとしても、体のあちこちが動かない。くそっ、あと、少しだったのに…!
「う、カハッ!」
地面が揺れるほどの足音を立て、近付いてくる。
くそ……くそくそくそ!何が勇者だ……何が救世主だ。実際は、こんな魔物一体も倒せずに死にゆく無謀で無計画な蛮族じゃないか!
あーくそっ、やり直してぇ……。
こんなんで、死にたくねぇ……。
魔物が武器を振り上げた瞬間、後ろから何かが投擲された。
「え?」
それは、石ころばっかだったが、それが魔物の気を引き付けるには十分だった。
「化け物……こっちよ!私を倒してから、そいつを殺しなさい!」
まだ体が十分に治りきってないくせに。彼女は、斧を引きずって魔物に対峙した。
どう見たって、この状態で勝てるわけがない。何、この女は死にに来てるんだ。
「お……い…お、前……」
「喋らない!いい?私は、人類最強と呼ばれる戦士、モモイ・ハレルヤ!これしきの事では、私を倒すことも挫くこともできないわよ!」
なんて、そんなことをいう私の腕はブルブルと震えていた。
それは、初めての恐怖で。私は、その目の前の敵に初めて負けるという直感を感じた。
魔物が、トドメを刺すのをやめてこっちへとくる。勝てる見込みは、全くない。
「グルルルル……!」
「っ!くっ……!」
魔物が、腕を振り上げる。そしてそれは、私の体目掛け、振り下ろされるだろう。
もろに喰らったその瞬間。きっと、このボロボロな私の体は、最悪の場合は四散してしまうだろう。
人類最強だなんて。私にはきっと、おこがましい称号だったんだろう。この短い人生に、どんな意味があったのだろうか。もしかしたら、あるいはなかったのかもしれないなぁ。
万策尽きる。せめて、明日の記事紙にはでかでかと載っていてほしい。
「させるかよ!」
突如、横から聞こえたその声は、あの勇者の物ではなかった。
刹那、魔物と同サイズの球状の何かが、魔物目掛けて飛んできた。
魔物は、それにあたるや否や、一瞬で四散して、そのまま倒れた。
「え……?」
「……はぁ、はぁ……ありがとう、ヨネルさん。おかげで、間に、あ……った……」
「えぇ!?ちょっと、ムカゼさん?起きてください!」
奥にいた二人のうち、肩を借りていた方が、そう言い残して倒れた。
今、倒れた人が……私を、助けてくれた人……?
「……」
私は、そのボロボロになった体を引きずって、恩人に近付いた。
「あ!え、えっとぉ……そ、その、モモイさ……」
「彼の、名前は?」
「え?」
彼の名前を尋ねると、彼女はきょとんとした顔で固まった。
「……彼の、名前は?」
「あっ!え、えっと、ムカゼ、さんだとしか……」
ムカゼ……。ムカゼ様、っていうんだ……。
私は、無意識に笑みを浮かべて。彼に
「ムカゼ様。ありがとう……ござい……」
と、感謝を述べている最中に限界を迎えて。そしてそのまま、私は倒れてしまった。
「ネルさん!」
私は、ムカゼさんとモモイさんに祝福をささげた後、一目散にネルさんの元へと駆け寄った。
「ネルさん!大丈夫ですか!?」
「……ヨネル……さん……?」
意識が遠のいている。出血もひどいし、骨も何か所も折れてる。
「これは、ひどい……“神格の慈悲が我らを救い、また彼の物の運命に救済と加護を授けることを切に願う”」
神託の御加護を願い、ひとまずネルさんにご加護を授けた。
傷口は塞いでいき、息も落ち着いていくが、やはり教会でやるときよりは効果が薄くなっているようだった。
それでも、少なくとも死なないレベルには治すことが出来てそうだった。
「ふぅ……よかったぁ……」
ネルさんが飛び出した後。私は思わず、ネルさんを追いかけようとして、ムカゼさんに止められた。
「ちょっ、なんですか!?」
「私を……治してください。あの化け物と、もう一度戦えるほどまで」
はっきり言って、今すぐにというのは、ほぼ無理な話だった。
なんせご加護は、あくまで治癒速度を常人の数十倍に引き出すだけであって、一瞬で傷の治療や解毒を行う訳ではないのだ。
彼のケガ。おそらく、少なくとも2時間はしないと復帰はできないだろう。
「でも……今から治そうと思ったら時間が!」
「10分……10分でいい!それで、俺を連れて行ってくれ!」
彼のその目は、すごく真っすぐで。それは、想い人、ではなく、信頼する仲間を助けようという気概がうかがえた。
悩んだ。教会は、本来体を治し、回復させるのが目的だ。そしてそこで務めている以上は、怪我人に無理をさせるわけにはいかない。
だけど、彼が来た時のケガ。彼の必死さ。そのすべては、常識的に考えておかしいことが起こった時のように見えた。
「……わかりました。でも、中途半端な治療になります。我慢しててください」
10分の神の御加護は、やはり見てくれを治すだけで、骨折だとか、そういう重症は一切治さなかった。
でも、彼はそれでも「ありがとう」と言った。そして、私はムカゼさんを担ぎながら森の奥へと進んでいった。
「間に合ったのは良かったけど……どうしよう」
周りには、倒れてしまった人が三人。対して、動けるのは私だけ。
「……どこかに、手押し車でもないのでしょうか……?」
結局そういった類のものは一切見当たらず、私は三人を抱えて翌日の昼になるまで教会に引きずっていった。