早々の仲間割れ
「んんんんんんんんんんんんん……」
「どうしたんだネル。そんなバケモンみたいに唸って」
俺が唸る理由は、まぎれもなく昨日見たモモイの練習についてだ。
特に人となりを見ずあいつを勘違いして、突っぱねたことにかなり後悔を感じている。
「……人を見る、って……難しいな……」
「なんだ、もしかして昨日初めてモモイの夜練を見たのか?」
「え」
待て、え、えぇ?
「もしかして、あれって結構有名?」
「ああ。努力の天才、モモイ。彼女は、センスもさることながら、特筆したその努力癖。彼女は、1日すべてを斧を握って過ごしたとかなんとか言われるほどの努力癖を持つ天才なんだよ」
「…………」
そ、そんなふうに……。
「ま、お前が昨日ああやって断った時点でなんとなくは察してたけどな」
「じゃあ、なんで……」
俺がそう問いかけようと、ムカゼの方を向いた。
ムカゼは、鋭い目で俺を見ていた。
「なんでも何も、まずお前がモモイのことをろくに知ろうともせずにしたのが問題だろ」
「そ、それは……」
それは……。
いや、俺はそれに何も言えないことを知っている。なんせ、こいつが言ってることは全部本当のことだから。
「正直、昨日のお前にはかなり失望した。お前は、人のことをちゃんと見る人だと思ってたのに……どうやら、俺の人を見る目もなかったみたいだな」
「っ!そ、そんなこと言わなくたって!」
「いわなくたって?なんだ?言わなくても人のことはわかってるつもりだとでもいうのか?わかってて、努力する天才を凡人だと言い張ったのか?」
「そ、それは……」
俺がそこで言いよどむと、ムカゼは大きくため息を一つついた。
「……どうやら、俺は逸りすぎたみたいだな。まさかこんな奴が勇者だなんて思いもしなかったもんで」
「!?」
ムカゼはそう言って、俺を残して街中に消えていった。
「まさか、こんな奴が勇者だなんて」
その言葉が、何度も頭の中を反芻していた。
なんだよ……俺が悪いんだとして、どうしてあんなこと……。
「……あ」
街を散策していたら、偶然モモイを見つけた。
どうやらあっちも気が付いたらしく、一瞬「あ」といった顔をした。
気まずくて、どうしようか悩んでいたら、彼女とすれ違ってしまった。
すれ違いざま、彼女は俺にはっきりと聞こえる声で
「あなたに努力を認められるまで、私はあきらめないから」
と、鋭い目でそういった。
その目は、確かに覚悟を決めた目で。俺はとっくに認めていることを言い出せる状況でないことを語ってた。
「……どうしよう」
血の気がサァっと、ドン引きしていく感覚を覚えた。
「………くそっ、集中できない……!」
なんてことないモンスター狩り。いつも通りの依頼。そのはずなのに、なぜかいつも以上に苦戦してしまっている。
昨日見てしまった努力のこと。今日決別してしまった仲間のこと。何もかも、初めてで。俺は息苦しさを覚えてならなかった。
「……いてっ!しまった、傷が多い……」
教会に行って、治してもらわなければ。とても回復薬で補える傷の数じゃない。相談もかねて、ヨネルさんに会いに行こう。あの子の笑顔が、待ち遠しい。
少し引き気味に森を戻っていると、ムカゼを見つけた。
「ムカゼ……?」
「______________っ!はぁっ!はぁ……はぁ……」
ムカゼは、体中泥だらけで。それこそ、滝のような汗を滴らせて。それでも杖を握り、一生懸命に鍛錬に励んでいた。
それは、最近までそばで見てきたよりもうんと真剣な目で。胸のチクチクが一層深く刺さるような感情に、半ば逃げるように教会へと走っていった。
でかでかと立つ教会が、いつも以上に大きく、威圧感を放っているように感じた。
「………………」
「あれ?ネルさん、怪我の治療ですか?」
教会の前で立ち止まっていると、不意に後ろから声をかけられた。
振り向くとそこには、目当てのヨネルさんが立っていた。持っているバスケットの中にはパンやらニンジンやらと、買い物帰りと行った荷物が入っていた。
「ヨネル……さん……」
「あれ?ネルさん……なにか、お悩みですか?」
「あ……えっと……」
おかしい。俺は、ついさっきまで彼女に、俺の話を聞いてほしかったはずだ。
なのに、今俺は、この話をするのを躊躇っている。
「……」
話したい。言葉にしたい。なのに、言葉が詰まって出てこない。
俺は何も言えず、そこに立ち尽くした。
「えっと……もう、日が傾いてますし、中でお話しません?」
「あ……はい…では、お言葉に甘えて」
ヨネルさんに言われるまま、俺は教会の中へと入っていった。
「……神の御加護が、あなたを照らしますように……。はい!これで簡易治療は終わりです」
中に入った俺は、ヨネルさんのお祈りで治療してもらっていた。彼女の、やさしさが、ほんの少しでも俺の救いになってくれた。
「……ほんと、すみません」
「いえいえ。困った時はお互い様ですよ!」
明るい笑顔でそういう彼女の顔は、とてもかわいらしく、それでいて頼もしく感じた。
「……俺、今まで、死ぬほど努力だとか、何かに熱中だとか、そんなことしてこなくて……初めて、勇者になって、本気で努力するようになって……それで、えっと……」
「……」
ヨネルさんは何も話さず、相槌を打ちながら、俺の言葉を待っててくれた。
だから、俺は全部伝えようと、言葉を途切れ途切れにさせながらも、言葉を続けた。
「俺、それで、人の努力だとか、色々わかった気になって……それで、死ぬ気でやってる人を傷つけて、それで、唯一だった仲間も、俺に失望して……俺、どうすればいいか、わからなくて……」
訳もなく涙が溢れる。
仲間を失い、人を傷つけたことに。あるいは、俺の行いと、やってしまったことの罪を自覚したことに。
慰めてくれとは思っていない。ただ、俺はこれを一人で抱え込みたくなかった。それだけのエゴで、俺は彼女にこの話をしてしまった。
「ごめっ……!俺、こんな、我がまま……でも、俺……耐えられなぐで……!」
「……いいですよ。私は、馬鹿にしないし、何もかもを否定はしません。今は、思う存分泣いてください」
それから。俺はひとしきり泣いた。ダサいとか、みっともないとか、そんなこと関係なく。俺は彼女の厚意に甘え、教会の奥で、泣いていた。
「落ち着きましたか?」
「は、はい……えっと、その……すみませんでした」
冷静になって考えて、俺は今酷くみっともないことをしたと思って、思わず謝ってしまった。
「いえ。ですが、人を傷つけたことと、お仲間さんを怒らせたのは反省してくださいね?」
「は、はい。以後気を付けます……」
ヨネルさんからの話を聞いて、俺はだいぶ気持ち的に楽になった。やっぱり、この人がいたら、俺も何か変われるかもしれない……。
と。そんなことを思っていた時だった。
急に、教会のドアが勢いよく開かれ誰かが倒れてきた。
「えっ!?ちょ、ちょっと、大丈夫ですか」
「……ネ…………ル………」
「って、ムカゼ?この傷……何があった?」
ムカゼは、ボロボロのはずなのに、その手を伸ばし、俺の肩を握りしめた。
「……モモイが……モモイが、このままじゃ……っ!」
「っ……」
「モモイさんが?まさか、一体何が……」
俺は、その詳細を聞く前に、立ち上がった。
「ネルさん!?まさか、あなた!」
「場所は?」
「森だ……入って、奥に3分ほどで着く……」
「……ヨネル。ムカゼの治療をして待っててくれ」
「ネルさん待って!」
その制止も聞かずに、俺は森へめがけて全力で走っていた。
「はぁっ……はぁっ……!」
それは、はっきり言って想定外のハプニングだった。
まさか、こんな森に、亜種の群れが発生するなんて、思いもしなかったのだ。
その亜種は原種よりも早く、一撃が重い。さっき一発かすっただけで、腹の底が潰れそうな感覚がした。
「聞いてないって、こんなの……」
私の斧も、この魔物相手には歯が立たなかった。
私は、強い。
それは積み上げてきた努力の上に成り立たせた自信だった。
そしてそれは、魔王すらも凌駕すると。そう信じてやまなかった。
しかし、現実は、たった亜種の一体にすらも通用しない、凡夫の才だった。
「……くそっ!くそくそくそっ!あんなにやってきたってのに!私の斧は……私の自信は、こんな亜種一体も倒せないなんて!」
それは、信じたくない現実だった。
「くそっ!くそくそくそっ!うわああああああ!」
斧を振り上げ、必死に抵抗する。しかし、斧は弾かれ、依然として攻撃の手は緩むことを知らなかった。
「あっ!」
ついに。
ついに、斧が弾かれ、手元を離れた。
「あ……あぁあ……!」
言葉も出ない。攻撃の手段はもう絶えた。あと待つのは、死のみであった。
やだ、死にたくないよ……私は、このまま戦死して、何も残さず、誰の心にも残らずこの世界から消えていくのだろうか……?
「やだぁ……いやああああああ!」
無情にも飛び掛かってきた魔物に、わたしは悲鳴を上げることしかできなかった。
ついで聞こえたのは、私の骨が砕け散る音ではなく。私の体が弾ける音でもなく。
聞こえたのは、肉が断たれる音だった。
「……え?」
恐る恐る、目を開いた。
「……よかった。間に合った……!」
「あ、んたは……」
それは、あの時私を否定した男。
初めて、私を否定した男だった。
「ゆ、うしゃ……?」
「……一つ、謝っておく」
彼はそういうと、魔物に対峙しながら、こういった。
「君の努力を否定したことを。俺は、君の努力を認めるよ」
月明かりが差す。その姿は、まさに英雄の背中だった。