勇者ネルと戦士モモイ
魔導士と名乗るムカゼとの出会いから数日。ムカゼは、あのキャラのわりにとても優秀な魔導士だった。
俺はどうやら彼のことを勘違いしていたらしい。イメージは、馬鹿みたいに強力な魔法を連発して、気力をつかしてぶっ倒れるような奴だと思っていたが、実際は相性などを考えつくしたうえで魔法を放つ、超優秀な魔導士だった。
おかげで戦闘が楽で楽で。
「ほんと、お前がいるだけで戦闘が楽になるから助かるよ」
「私もほぼ毎日魔法の試し打ちができるので、ウィンウィンってやつですよ」
今日も今日とて、魔物と戦って戦闘経験を積む傍らで、お金稼ぎをしていた。
本日の依頼も完了し、俺らは町へ戻ってきていた。
「あ!勇者様だ!」
「勇者様~!」
みんな、どちらかというと物珍しさに目を光らせてそう騒いだ。
彼らは、危険とか、勇者と魔王の戦いとか、そういうのを知ってはいるものの、危惧自体は全く感じていない。勇者が勝つのを当たり前としていて、彼ら一般人は代々継がれてきた国王の下、安心で安全な世界にずっと過ごせるんだと思い込んでいた。
「……俺もああなってたのかな」
もし俺が勇者に選ばれていなかったら。きっと俺はこうして勇者にエールを送り、国王の下でのどかに死んでいく人生だったのだろうと思う。
「となれば、あの日々も少し、物寂しいな」
というものの、もし俺が勇者じゃなかったら、ヨネルと出会うことはなかったのだろうと思い、ヨネルに会えたことに感謝してそう考えることをやめた。
のどかな日々というものに少し想い馳せていると。
「いたーーーー!勇者ネル!」
と、大きな声が街に響いた。
その声に、思わず振り返ると、小柄で、鎧を着て、自身の身長ぐらいある斧を担いだ女の子が指をさしてどっしりと構えて立っていた。
「ええ、っと……君は?」
と尋ねるものの、彼女はどしどしと俺の目の前まで大きな足幅で近付いてきた。
え?何何?なんなのこの子。斧を担ぐには幼そうな見た目してるし、なんかさらっと勇者付けたからいいだろう見たいに呼び捨てするし。
「私はモモイ・ハレルヤ。私をパーティに入れなさい!」
彼女……もとい、モモイは、俺にそう頼み……頼み?頼みをしてきた。
俺らはひとまず、近くの酒場に入り、モモイと話をする場を設けた。
「で?一体全体どういう了見だ?」
「私はモモイ!モモイ・ハレルヤ!この街で一番の戦士で、それでいて人類最強と言われてるわ!この私が、あんたのパーティで一緒に魔王を倒してあげようって言ってるのよ!」
耳がキンキンしそうなほどデカい声で話してくる彼女の話は、この上なく自己中心的で謙遜なんて一切ない主張だった。
その後は、自分がいかにすごいのかとか、強いのかとか、そんなことばっかを延々と話していた。
「……う~んと、わかった。でも、ごめんな。入れれない」
「や~っと私を入れる気に……え?なんて?」
「君を、僕の旅に入れる気も、入れる理由もない。ごめんな」
「……は?」
俺は、居心地の悪さから、十分な金を置き、その場から出ていった。後ろからムカゼが来ていたが、それでも足を進めるのをやめなかった。
「おいネル!ちょっと待てって!」
「……なんだよ」
街はずれまで歩いてきて、俺はようやくムカゼの言葉に耳を傾けた。
「なんだよって……よかったのかよ。あいつ、あんな感じだったけど強さは本物ですよ?」
「……」
「モモイ・ハレルヤ。彼女は、つい最近戦士登録をした新人でありながら、既に戦士の中では指折りの強さだと謡われる戦士ですよ。入ってくれれば、確実に魔王討伐に大きな戦力になりますよ?」
いや、つよ。あいつそんなに強いんかい。
「……でも、いいや。うん」
あいつは、多分そう長くない。
俺の直感がそう言ったから、俺は彼女を連れて行かないことにした。
私は、強い。
私はただの一般人として、それでも名声をもらうために、私は努力も、鍛錬も、必死に積んだつもりだ。それこそ、魔王にだって、今なら負ける気がしない。
なのに……なのになのに!
彼は、私をいらないと。入れる理由がないと言って断った。
「あいつは……あいつは何に自信を持ってるっていうの?」
どうして……まだ、私の強さが足りないってわけ?
「……もっと、もっと強くならないと」
「………う~ん、眠れん」
なんだか理由はわからんけれど、とてつもなく眼が冴えている。
「……なんか、特訓でもするか」
ボーっとしてても仕方ない。こんな時間が残ってるなら、魔王を早く倒す準備をしたほうがいい。
軽装に着替え、剣をもって森へ出かけることにした。
いくつか敵を模倣した的を相手に、模擬戦を繰り返していた。
「ふぅ……少し休憩!」
近くにあった切り株に腰かけ、水を飲みながら汗を拭いていた。
……昼のあの少女。何やら、力を過信してる感じだった。別に、俺に人を見る目はないし、人にどうこう言うあれはないのだけど、それはそうとしてもあれを仲間にするのは気が引けた。
俺は、なるたけ仲間が死ぬという場面は見たくない。見たくないからこそ、安易な気持ちなやつを入れたくない。
「……人となりがわからない状態であれは、流石にかなぁ……」
戦績だけ見たらすごいしな。あいつ。
まあそうはいっても、もうあいつがパーティに入ることはないだろう。惜しいことをしたのかもしれないけれど、これでいい。誰も、不幸にならない選択なんだ……。
「しかし、こんなきれいな切り株、初めて見たなぁ……」
最近の林業は、こんなにもきれいな切り株を作れるんだと、結構感動だ。
なんて思ってた。しかし、それは勘違いで、実際は,これまで積み上げてきた努力のその一角に過ぎなかった。
ふと、近くで鍛錬を積んでいる音が聞こえてきた。
「こんな時間……俺以外にも?」
なんて熱心な人だ。一体どんな勤勉な奴が?
そう思い、好奇心から少し覗いてみることにした。
伸身を翻し、巨大な斧を巧みに扱い、素早いと形容するに値する動きをしていたのは、昼に見たあの自信家な少女だった。
「……あいつ、こんな時間まで?」
「……ない」
「ん?」
彼女は、一通り斧を振り回し、止まったところで呟いた。
「足りない……これじゃ私、まだ足りない!動きも、斧捌きも、何もかも!こんなんじゃダメ……もっともっと、あいつに本気だって、認められるまで!」
そうして、彼女はまた、すぐに鍛錬を始めた。
見れば、彼女の周りには、いくつもの切り株があった。
それは、今しがた俺が座っていた切り株のようにきれいな切り株だった。
「……は、恥ずかしい……」
恥ずかしさが真っ先に来た。別に誰に見られているわけでもないが、それでも。
彼女の高圧さは、この鍛錬が生んだものだ。
これだけの実力でありながら、これだけの努力を積んで。尚も足りないと嘆くほどの、貪欲な執念。これだけ、自身にストイックに、必死になって高みを目指しているのだから。あれだけ自分に自信を持つのは当たり前だ。
「それをさも俺は過信だなんだって……はぁ、とんだ馬鹿だな、俺」
……どうしよ。ほんとに戻ってきてくれないよあんなこと言ったら
今更、彼女のことを欲しいと思ってしまった。




