勇者ネルと魔導士ムカゼ
さて。勇者になってから1カ月がたった。
あれから俺は、町はずれの森や洞窟などで魔物と闘い、戦いの経験を積みながら、街の人たちを助けていった。
所持金はほとんど食費などの生活費に飛ぶので、中々貯金はできないが、1カ月でやっと装備をまるっと買い替えるほどのお金は溜まった。
「お待たせしました。こちらが、ご注文の品です」
そう言って店員が渡してきたのは、今の装備よりも数段階上の装備だった。
値段もそこそこだったが、まあ貯金様様といったとこだ。
新調した装備は、キラキラと輝いて見えて。気分も少し上々だった。
「へへへ……」
「ネルさん、なんだかうれしそうですね」
「うわっ!ヨ、ヨネルさん、どうも」
買った装備をまじまじと見ていたら、ネルさんが急に話しかけてきた。どうやら、一部始終すべてみられていたらしい。恥ずかしい。
「は、恥ずかしい……実は、今日貯めたお金で新しい装備を買いまして……」
というと、ヨネルさんは不思議そうな顔をして
「へぇ……真面目なんですね、ネルさんは」
といった。
「真面目、とは?」
「……先代の勇者様は、それまでの戦績に驕り、その富や財産をすべて娯楽に使ったと。ですから、実をいうと、一部の層からの支持は、かなり低いんですよ」
「そう、なんだ……」
なんというか、意外だ。勇者様っていうのは、常に人々の希望になり、そして人々の模範になる。そんな存在だとばかり思っていたから。
でも、まあ確かに戦績だけで見たら、十分慢心してもいいぐらいだもんな……。
「……でも、私はそんな謙虚で真面目なところ。すごく素敵だと思いますよ」
「え」
ヨネルさんはそういうと、「で、ではお掃除がありますので!」と言って、さっさと奥へと隠れてしまった。
「……やべ、あれは反則だろ」
顔。あとで水にさらさないと。熱すぎる。
「よいっ……しょ!」
鈍い音を鳴らし、その首が地に這った。傷口からその魔物は徐々に消えていき、最後には依頼の品である
「サーベル・ドーベルの頭部」だけが残った。所謂「ドロップ品」だ。
「ふぅ。これで終わりっと。さっさと依頼主の元に届けるか」
森を抜けようと進んでいって、少しした時だった。
急に、爆音とともに目の前の草木が地面をえぐられながら吹き飛んでいった。
「……へっ!?」
一瞬呆けた後、慌てて装備を構えた。
何だ今の、おかしい威力の魔法だったぞ!?目の前の地形がまるっと変わってやがる!
「……ガサッ」
「っ!そこか!?」
音のする方向に一歩踏み出し、剣を振り上げたところで、その正体が見えた。
「……ダメだ、一匹にもひっかりやしなかった……もう魔力もない……お、俺はこのまま、餓死してしまうのか……」
そう呻いていたのは、ふくよかな体系をした、見た感じ貴族のような人間だった。
しかし、服はドロドロに汚れ、とてもじゃないが貴族と呼べる風貌をしてはいなかった。
「え……っと……大丈夫です?」
「この声……人ですか?人であるなら食べ物を。魔物ならば死をお恵みください」
「なんだよ死をお恵みくださいって」
なんて悲しい自殺願望なんだ。
とりあえず、俺は携帯していたブレッドとベーコンとレタスを挟んで彼に渡してやった。
彼は人が変わったようにがつがつむしゃむしゃばくばくごっくんげほんげほんと、見てるだけでうるさく感じるような食いっぷりでがっついた。
「ったく、そんな急がなくたって……ほら、水」
「あ、ありがとう……んくっ、んくっ」
ひとしきり食べきってから、彼はいったん落ち着いてから、こっちを正面から見てきた。
「……その、ありがとう。実は、ここで魔法の研究をしていたのだが、誤って食料をすべて消し炭にしてしまったんだ……君がいなければ私は、ここに巣食うモンスター共の食料になっていたことだろう。本当、助かった。ありがとう」
「魔法の研究……どんな魔法だ?」
俺がそう聞いた瞬間。彼は目の色を変え、前のめりに身を乗り出して、早口で語り始めた。
「ふっふっふ……私はね、思うのだよ。実戦的かつ威力の高く、それでいて簡単な魔法というものがあれば、それがチョー流行って僕があわよくば実力で魔法開発のパイオニア、とか言われちゃうんじゃないかと。それで、この森で実践を兼ねて研究をしていたのだよ。君の目の前を通り過ぎていったあれ。あれは、空気中の水蒸気を電離させ、その際に生じる電気の力と熱エネルギーを魔力で抽出したのち、渦を巻くように集まることで非常に効果力を生み出すという魔法だ。もちろん、空気中のモノを使うため、デメリットが極端に少なく、それでいてどの魔法にも負けない威力を発揮するのだよ!……だが、その少ないデメリットが中々なものでね……デメリットは、一瞬でも気を抜いた瞬間、はじけ飛んで広範囲に甚大な被害をもたらすという、使用者・周囲の人間泣かせの代物なのさ」
「……………」
彼は、そこまで言って俺が呆けているのに気が付いたのだろう。顔を真っ赤に赤面させ、一つ咳払い。そして、そのままプイっと顔を背けて
「ま、まあ簡単にまとめると、僕は魔法に化学を取り入れてやろうという試みをして、それがもうすぐ完成しそうなところなんだ。」
「なるほど!」
「本当にわかったのかい?」
わからないことが、はっきりとわかりました。
辺りは暗いが、まだ少し陽の光がさしていた。
「さて、じゃあ送っていくよ」
「え、いや、いいよ」
「何言ってんだ。あんだけしか食ってないんだ。すぐに倒れられても困るんだ」
その後もごねる彼を何とか説得し、彼と一緒に街へと向かうことにした。
「もう本当になんとお礼申せばよいか……!」
「そんなお礼なんて……。それより、行き倒れにならなくてよかったですよ」
彼を街まで運んだら、すぐに側近らしき人が駆け寄ってきた。曰く、彼は何の許可もなしに無断で飛び出たそう。全く、無茶をするもんじゃないってのに。
「別に、ただ森のほうが魔法打ちやすいってだけなんだからいいじゃんかよなぁ……」
「も・し・も!ムカゼ様の身に何かあったら……ああ!想像しただけで恐ろしいです!」
その後も二人は、あれやこれやと互いの意見を主張しあって、収拾がつかなくなっていた。
「……あの、そろそろ行きますね?」
「まだです!お礼し終わってないんで少々お待ちを!」
踵を返そうとしたら腕をがっしり掴まれ引き留められてしまった。
「あ~もう!じゃあ僕は勇者様のパーティーに入る!」
「え」
「もう知りません!勝手にしてください!」
「え」
え?
意見する前に、側近らしき人はどっかへ走り去ってしまった。
……え?俺こいつの面倒を見なきゃいけないの?
「あ、あの……えっと……」
「ムカゼだ。ムカゼ・ジュジュノベール王子。今からは、魔導士ムカゼだがな」
「……はぁ」
溜息一つ。これが、俺とムカゼの出会いだった。