勇者、勇気出ず
次の日。
あの約束はせど、やはり研究所の魔物に関しては、倒さねばならない。なので、今日も俺たちは各々の鍛錬や研究をしていた。
「……よし。今日はおしまい。ネル、あんただいぶ良くなってきたじゃない」
「そうか?なら、よかった。鍛錬の甲斐があったってやつだ」
今日は軽めに日が上がり切る前に終わったのだが、その間ずっと動くことが出来た。
「私の動きはほぼすべて対応できるわね」
「ああ。そりゃ、ここ1カ月ほどずっと打ち合いしてるからな。ある程度は、網羅出来たつもりだ」
得意げに笑って見せると、モモイは「図に乗らない」といって頭を割と強い力ではたいてきた。脳に響く……。
「いってぇ……」
「そろそろ、実践も入れていかないとね。本番、魔物はどう動くかなんてわからないし、より多くの攻撃パターンを身に着けておいた方がいいわ」
「実践、ねぇ……。なら、ここら辺にダンジョンがあるらしいから、そこに行くか?」
そう尋ねると、モモイは珍しいといった顔で
「いいわね、そうしましょう」
といった。何が珍しいってんだこいつ。
瓦解の墓、と呼ばれるらしいそのダンジョンは、そこそこの難易度とそこそこの魔物が出現するということで、前半フロアは大変人気らしい。
ただ、奥の方は、行ったものがボロボロで帰ってきて、口々に「あそこは行くな」というもんだから、未だほぼ未開拓のエリアらしい。
「へぇ。そんなところがあるなんてねぇ……あ、あの串焼きおいしそー」
「あのねぇ。だから、俺はその奥に行こうって言ってるの。その意味わかってる?」
「大丈夫。わかってるから。すみませ~ん。串一本」
モモイはそういうと、串焼きを一本買った。
ハフハフといいながら串焼きにかぶりつく彼女の横顔は、とてもじゃないけどわかっている顔じゃなかった。
「もっと緊張感……はぁ。こりゃダメだ」
話が通じねぇ。これ以上彼女に話すのは無意味だな、と思った。
「……あのねぇ。まずそもそも、魔王倒すって言ってるやつが、一体一般人が苦戦してるぐらいで何ビビってんのって話でしょ?」
「いやまあ、そうかもだけど……」
こいつ、急に話聞き始めたかと思ったら説得力あること言ってきやがった。
「たかが一般人の噂なんて鵜吞みにしない。嘘なら嘘でその程度って思えばいいし、本当なら本当で楽しめばいいのよ」
「モモイ……」
な、なんかすごい、納得した。
たしかに、何周りの評価を鵜呑みにしてるんだって話か。俺は、魔王を倒すために旅をしてるんだ。それなのに、魔王よりも弱い奴にビビってたら、魔王相手に力を出せるわけがない……。
「……それも、そうだな。よし!明後日、瓦解の墓に行く。みんなに伝えておいてくれ!」
「はいはい。あ、やっぱヨネルちゃんにはあんたから言っときなさいよ」
「え?なんで?」
そう聞くと、モモイははぁ~っと言わんばかりの顔しながらため息をついた。
「……あんたねぇ。そろそろ関係進展させようとしてくんない?なよなよした男見てるの嫌いなの」
度胸の部分で、さらに怒られてしまった。
「ヨネル、ちょっといい?」
「はい?どうしました?」
「明後日、瓦解の墓っていうダンジョンに行くから、その準備をおいてくれ」
「あ、はい。わかりました。頑張りましょうね!」
「…………」
「……で、帰ってきたと」
「……はい」
俺がそういうと、モモイは目をかっぴらき
「バッカじゃないの!!!!!?」
と、ド叱ってきました。返す言葉が見つかりません。
夜も更け、俺は昼間のヘタレについて、ものすごく後悔していた。
「なんで、あれだけで会話終わらせちゃったかなぁ……」
もうみんなは眠っている。俺は一人、眠れないので仕方なく装備の手入れをしていた。
「……ヨネルさん、絶対変に思ったろうなぁ……」
「……ネルさん、私がどうかしました?」
「えっ」
いつの間にか、俺の部屋にヨネルさんが入ってきていた。
「い、いつの間に?」
「あ、いえ。ただ、モモイさんが、ネルさんからお話があるって……」
「モモイに?」
そんなこと言ってないのに。そう思って扉の方を見ると、モモイがニマニマしながらこっちを見ていた。
あ、あいつ図りやがった……。
「あ、あー……ん~~」
「えっと……眠れないんですか?」
話す話題に困っていると、ヨネルさんはそう言ってきた。
うう……天使だ。ヨネルさんからしたら、夜遅くに呼んでおいて、何にも話すことがないただのやばい人なのに、こうして俺に話しかけてくれるんだ。
「……えっと、だな。少し、話でも出来たらって、思うんだが……いいか?」
「……ええ。もちろんです」
それから、俺はヨネルと夜が明けるまで語りふけった。
旅のこと。仲間のこと。趣味のこと。そして、家族、自身のこと。
ヨネルさんは元々、聖女をしていた母の下から生まれた、産まれつきののシスターだと言われ育ったらしい。町でも有名なシスターさんだったらしく、そんな母の背を追うようにシスターになったという。
「まあでも、いざやってみたら、母のようにうまくいかず……。あろうことか、勇者様に着いて行って。こんなの知ったら、母、泣いちゃうかもですね……あはは……」
「そうだったんですね……。なら、俺もヨネルさんのことを、無事に故郷に返さないとですね」
「ネルさん……。ふふっ。じゃあ、お願いしますよ」
「もちろん。死んでも守ります」
俺がそういうと、ヨネルさんはふふっと笑い「死なないでくださいよ」といった。
その笑顔を守るために。俺は決意をもう一度しっかり固めた。