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響け過去の聖女へと  作者: 時雨 悟はち
城壁の影に奔るもの
13/18

不意を突く衛兵/英雄の裏に隠した悪事

特訓を始めて早数週間。

2日目からは、モモイの技をひたすらに受け続けるというサンドバック替わりの役割を担わされていた。


「くっ……!よっと!」

「へぇ……よく避けられたわね」

「そりゃ、どうも」


まあ、この前受けた手数だしな。対応できないわけがない。

面すれすれで受けた技も。みねうちを食らった技も。一度見れば避けるのは簡単だ。


「……よし!今日はここまでだ。帰るぞ」

「ま、まっで……ゼェ…ゼェ……」


まだ上がる息を整えるまもなく、モモイの後を着いて行った。


数週間だが、さっそく成果が出てきたような気がする。

まず、シンプルに基礎体力が増えてきた。前までは30分技を受けただけで死んでいたのが、最近は今日みたいに数時間ほど受けられるようになっていた。

それから、モモイの攻撃の隙を突くこともできるようになった。このおかげで、最近は実践形式も少しずつ取り入れていた。

確実なレベルアップが目に見える。これほどうれしいものはない。

おかげで最近は、鍛錬の時間が前よりは楽しみになっていた。


「……ふぅ……。さて、買い出ししてから帰るか」


荷物をまとめ、いざ帰ろうとした瞬間。

風が吹き抜けるような音と共に、俺の頬を何かが掠めていった。


「うわっ!」


血がたらりと垂れる。どうやら、矢がすれすれを通っていったようだった。


「なんだ今の……?」


辺りを注意深く見ると、一つの人影が森の奥をがさがさと走り去っていた。


「あっ!待て!」


慌てて追いかけようと思ったが、生憎特訓直後の足は動かなかった。


「一体、今のは……」


不思議に思いながら、俺は気にせず宿へと帰った。



「……ってことが、ありまして。当分外には出歩かないほうがよいのではと思います」

「なんだそれ……でもまあ、傷がある以上信じるしかないか……」


部屋にみんなを集め、俺はみんなに外には当分出ないよう頼んだ。


「でも、一体全体どうすんだ?」

「お前らはともかく、俺は確実に狙われている。だから、俺が調べる」

「そ、そんな!ネルさんに何かあったら……!」


ヨネルが心配そうにそういった。安心しなされ。ちゃんと策は講じる。


「大丈夫。最大限の装備をして外に出る。相手が誰かをまず調べて、それで話が通じなきゃ、その時はちゃんと倒してくるさ」

「でも……」

「大丈夫。僕は勇者だよ?」


ヨネルさんは、まだ何か言いたげな表情だったが、それ以上何か言うことはなかった。

ヨネルさんの心配する気持ちもわかる。それでも、ヨネルさんを危ない目には合わせたくなかったから、少し無理に断ってしまったかもしれない。


「……明日。また同じ場所に行く。お前たちは、宿でゆっくりしててくれ」


そう伝え、俺は眠りについた。

居間の喧騒は、眠りにつくまで絶えなかった。



次の日。俺は、装備をすべてそろえ、また同じ場所に来ていた。


「……出てこいよ」


俺は昨日人影を見たあの場所にそう言い放った。

すると、そこから昨日同じく、矢が放たれた。


「二度も通じねぇよ!」


俺はそれを真正面から切り捨てると、一気に間合いを詰めた。


「……!」


がさがさと音を立て、後退する音が聞こえた俺は、遠慮なく森の奥へと足を進めた。


「このっ……!逃げるな!」


音を頼りに追いかけると、次第に背中が見えてきた。

ただ、その背格好は甲冑に覆われていた。ガシャガシャと音を出しながら、転げるように逃げるそれに、やっと手が届きかけた。


「捕まえ……うおっ!」


寸でのところで、彼は苦し紛れか剣を振るってきた。

あっぶね……あと数センチで死んでた……。


「あっぶねぇだろうが!」

「あっ!」


咄嗟に足を引っ掛けたおかげで、逃走犯はようやく止まった。

逃走犯は、甲冑を身に着けていた。そして、その甲冑の胸には見覚えのある紋章が彫られていた。


「この甲冑……もしかして……!」

「……元ウォルキンダム衛兵……『研究所奪還作戦』参加者……カウグラだ」


俺の命を狙ってきたのは、この国の衛兵だった。



「……とりあえず、どうしてあんなことをしたのか話してもらおうか」


あの後、念のため彼を縛り上げ、宿へと持ち帰った。彼はその間、不思議にも一切の抵抗をせず、ただただ黙って俺に着いてきていた。


「……うるさい、お前には……お前ら勇者御一行には、俺ら一般人の不幸なんて知ったこっちゃないんだろう?」

「……なに?」


彼の発言に、思わず声に怒気が籠った。


「……お前らの伝記のためなら、一般人なんて山のように死んでいく。そうして成り立っただけの、死体だらけの玉座でお前らは……英雄だなんだともてはやされて、いい気になるんだろう!!!」


彼は、涙を流しながらそう叫んだ。

なぜ彼が、そういうのか。わからないが、おそらく森の中で言っていた自己紹介が原因だろうな。


「何を知った口を!それがこれから死と隣り合わせの世界を渡り歩いて、平和をもたらしてくれる勇者に向かって……!」

「ムカゼ。落ち着け」


ムカゼの激情を抑え、俺はカウグラに向き合った。



「……研究所奪還作戦について、教えてくれないか?」


きっとそこには、俺の知らない闇が走ってるように思えた。



遡ること、1カ月前。

この国、ウォルキンダムでは、着々と勇者一行を迎える準備が進められていた。

辺りの魔物の掃討作戦や、エクスカリバーの調整。あれやこれやと様々なことをしていた。

俺はそんな中、ミュエットという婚約者と共に、衛兵の仕事に勤しんでいたんだ。

婚約から1年。二人仲良く過ごしてきて、幸せの絶頂期にいた。


でも、それはただ悲劇の前座に過ぎなかった。


研究所に突如現れたというコアユピルの討伐の為、俺たち衛兵は片っ端から徴兵された。

それは、男女関係なく。そこにミュエットも集められた。


「……ミュエット。くれぐれも、無茶は……」

「何言ってんの?あたしは強いんだ。あんたこそ、うっかりドジふんで迷惑かけないようにね」


俺の心配なんてなかったみたいに。彼女はいつも通り明るく笑ったんだ。



結果として、コアユピルの討伐は、徴兵団の惨敗に終わった。

コアユピル自体周辺にも出る通常の魔物だ。だが、研究所を襲ったあの魔物だけは違った。

体躯もスピードも群れの量も。明らかにおかしいと思うほどだった。


「これは……まずい、ミュエット!逃げるぞ!」

「はぁ?あんた何言ってんの?」

「いいから!」


俺はミュエットを連れて、そこから逃げ出そうとした。ミュエットだけでも助けて、そうして王宮に言うつもりだったんだ。あの魔物は何か違いますって。

しかし、それは叶わなかった。


「っ!危ない!」

「えっ……」


刹那、俺の体を押したミュエットが、突っ込んできていたコアユピルに貫かれた。


「あっ……!がはっ……」

「ミュエット!!!」

「逃げ……う、ぐっ……」


足が動かなかった。目の前で、最愛の人がコアユピルにつつかれている。吐き気を催して、底知れない絶望が込み上げてきた。

やがてミュエットの言葉が背中を押した。突き飛ばされるほどの勢いで走った。

走って、走って。俺は王宮に駆け込んだ。

コアユピルがおかしいと。俺らではかなわないと。そう伝えようと思った。


「……王、あの兵団では、あれには勝てないのでは?」

「いいんだ。一度多数相手に全滅させたという戦歴は、少なからず箔をつける。そうすれば、勇者の伝記の付加価値も必然的に上がるだろう」

「なるほど……さすがは、国王ですね」


だからこそ。この会話を聞いた時は、嘘だと思った。

いや、あるいは嘘であってほしいと願った。


そこからは、会話の内容こそ覚えているが、自分がどう行動したのかは全く覚えてなかった。絶望、喪失感、その他諸々。ありとあらゆる苦痛が集まったような気がした。

そうして得た苦痛は、行き場を見失い、尚も外に出ようとして……。



「……その結果、その感情はお前ら勇者一行に向かったってわけだ。これで満足か?」

「……」


正直言って、言葉が出てこなかった。

まず、俺の旅を利用してそんなことをしている奴がいるとは、知らなかった。

さらに、それによって犠牲になった人がいるなんて、思わなかった。

きっとそれは、俺が今までずっと、世界は綺麗なものだと思い込んでいたから。そんな暗い話なんて、知らなかったんだ。


「最愛の人を亡くして、忠誠を誓った相手からも裏切られて……それもこれも、全部お前らのせいだ!」

「っ……。そ、れは……」

「どうせ、王宮やら一般人やらから大量の支援をもらってるんだろうな……英雄の名を得て俺らから搾取しようってことだろう!?」


次第に彼は、その憎悪を俺への暴言として還元するようになって行った。

ムカゼが


「おい、今のは流石に……!」


と、止めようとした時だった。


「……そんなこと言わないでください」


ヨネルさんが、震えた声でそう言った。

両手を握りしめ、フルフルと震えながら睨みに似た鋭い視線を送っていた。


「……ネルさんは、確かに勇者になりました。名声を受けて、お金ももらえて。確かに、他の人から見たら、きらびやかに見えるでしょう……」

「……それがなんだ」


ヨネルさんは、急に俺の手をガッと掴んだ。


「見てください。あなたなら、この手がどういうことかわかりますよね!?」


そう言ってヨネルさんは、連日の鍛錬に耐えきれず、皮がずる向けになり、荒れ果てた手を見せた。


「あなたが語ったような辛い思いと比べたりはしません。でも少なくとも彼も……勇者も。その身を削って世界を守ろうとしてるんです。そんな彼を、悪く言わないでください」

「……」

「謝って……謝ってよ!」

「ヨネル!」

「っ!」


ヨネルが胸ぐらをつかんだところで、俺はようやく止めに入った。


「……カウグラさん。すみませんでした」

「ネルさん……」

「俺、何にもわかってませんでした。そりゃ、考えりゃわかりますよね。勇者なんて言う一大イベントが起こった今、何かをもくろむ人が出ないことなんて、ないことに」

「……」

「なのに、一方的に悪者だなんて言ってしまって。本当に悪い奴が誰なのかも知らなかったのに、本当にごめんなさい」


俺は、深々と頭を下げた。

しかし、頭を今覆いつくしていた感情は、ほとんどが怒りだった。

俺という勇者が誕生し、その肩書を借りて自己利益を得ようとしていたあいつに底知れぬ怒りが爆発しそうだった。


「……カウグラさん。俺、今あのカスに無性に腹が立ってるんです」

「……は?」

「俺の名前を使おうとしたあいつ、国王に。一緒に、あいつに一泡吹かせませんか?」


その提案には、一切彼への思慮なんてなかった。ただただ、俺をだしにしようとして、こうした犠牲を払ったことに、心底怒りを覚えて、後悔させたいという感情しかなかった。


「……あいつへの復讐。俺にもさせてください」


俺は、彼の復讐を手伝うことで、そう思わせようと思った。

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