鬼教官 モモイ・ハレルヤ
「……という訳で。今から特訓をします」
「いやモモイ、どういう訳なのさ」
あの後、帰ってきたら急に、モモイがそう言って外に連れ出してきた。
「はっきり言うわ。あのレベルじゃ、多分コアユピルを倒すことはできないわ。筋力も技術も。到底レベルが足りていない」
うぐっ……。確かに足りていないのは確かだけど……。
「って言っても、どうやって特訓するんだよ」
「簡単よ。私に、あなたの剣を一発でも当ててみなさい」
そういうと、彼女は丸腰で構えた。
「そんなこと言っても……」
「いいから。来なさい」
その目は確かに、自身と余裕を持っていて。そしてそれ以上に真剣な眼差しを持っていた。
俺はそれを見て、ゆっくりと剣を引き抜いた。
「……自慢じゃないけど、俺も日々の鍛錬は手を抜いてないつもりだよ?」
「わかってるわ。じゃなきゃ、まずは一晩中剣を振らせてたわよ」
一呼吸。剣を構え、その一歩を大きく踏み出した。
「っらぁ!」
「……ふんっ」
先制の一振りは、簡単に見切られた。
切り返してやろうと思った瞬間。脇腹にでっかい一撃を食らった。
「ぐはっ!」
「あら?もしかして、反撃されないとでも思ったのかしら?」
「くっ……まさか殴ってくるとは……いてぇ……」
モモイはふっと不敵な笑みを浮かべていた。こいつもしかして特訓とは名ばかりで、本当は日々の鬱憤を晴らすためにあんなこと言ってきたんじゃ……?
「ほら、早く来ないと私から行くわよ?」
「くっそ……終わりな訳ねぇだろうが!」
大ぶりの一振り。反撃が来ると思い、一歩間合いを離してから、再び前進。
我ながら結構いい動きだと思ったのだが、モモイは慌てることなく俺を投げ飛ばした。
「甘い甘い!そんなんじゃ100年たっても私に剣は当てられないよ!」
「ちっきしょう……!うらぁ!」
その後も、何度もモモイに挑んだが、すべて惨敗。いいようにモモイにやられ続けた。
「も……むりぃ……オエッ!」
「ま、こんなもんよね……あんた、これから毎日やるから、逃げずに来なさいよ」
ま、毎日……。
死ぬんかなぁ、と。魔王城のかなり手前のくせして思っちゃった
部屋の中、水を飲みながら、私はネルのことを考えていた。
というのも、ネルは弱いわけではない。実際、この前のゴブリン襲撃事件の時、彼は討伐数もアシスト数もかなりいい成績だった。それこそ、私の次に。
でもなんでか、ああして私と一対一でやるとどうも弱くなってしまう。
鍛えるとはいったが、あそこまで弱いとは思わなかった。
「なんでなのかしらねぇ……」
「お困りですか?モモイさん」
「あ」
悩んでいたら、ムカゼ様が話しかけてきた。
明らかに以前より痩せてる……。最近、あまり食べられていないのかな……。
「いえ、そんなたいしたことでは……ただ、ネルさんが弱くなってて……。なんでかな……」
私がそう悩みを話すと、ムカゼさんはニヤッと笑った。
「ああ、あいつが強い時と弱い時の違いがわからないんですね?」
「はい……何か、わかるんですか?」
「もちろん。簡単に言えば、あいつは仕掛けるのは苦手だけど、それ以上に立ち向かうのには天性ともいえるセンスを持ってるんです」
彼の説明に、少し疑問符を浮かべると、続けて彼は話を続けた。
「モモイさん、もしやあいつから仕掛けるように訓練したんじゃないですか?」
「ええ、まあ。それが一番実践的ですし、何事も自分から始まるものが……」
しかし、私の話も遮るように彼は続けて
「モモイさんにとってはそうかもしれませんが、あいつから言わせればそれはただの力比べになってしまうんですよ」
といった。
「あいつと訓練した時、二度も同じ手は通じなかったりして、何度も手を変えたりしませんでした?」
「……確かに」
私が無意識だっただけで、振り返ってみれば確かに二度も同じ手は通じなかった気がする。それこそ、次の手、また次の手と変えていたように思う。
「それに、ゴブリン襲撃事件の時も。あいつは、ずっとアシストのつもりで戦ってたんですよ。俺が助けなきゃいけないから、とか言って。まあ、ゴリゴリに前線で戦ってたんですけど」
ムカゼ様は、どこか尊敬に似た眼差しを天井に向けながら呟くように教えてくれた。
「あいつは、一度目にした出来事に対して天性ともいえる反応を見せるんです。だから最近、私はあいつによく魔法を打ち込んでますよ。実践的にね」
「……対応力、がずば抜けてると……」
盲点だった。私が自身から仕掛けることしかしてこなかったこともあるが、そこに目を向けたことはなかった。
「……すごいですね。ムカゼ様は」
「すごい、とは?」
「私とか、ネルとか。みんなが気が付かないことにも気が付いて。それをひけらかすわけじゃなく、的確なタイミングで教える。そんなこと、中々できることじゃないですよ」
少なくとも私は、そんなことできない。だって、そもそも人の気持ちを察することがあまり得意じゃないから。人のいい点悪い点を見出すことなんてできなかった。
「そうですね……まあ、昔から勘はいいって評判でした」
「本当ですよ。私は、彼がなんで弱くなったかなんて微塵も……」
「でも、あなたもあなたで理解はしようとしてるんでしょう?」
急にそういわれて、私は少し驚いた。
「え?」
「あなたは、私やネルが自己研鑽を積んでいる様子をよく見ている。それこそ、今もあいつの鍛錬を見ていたんでしょう?」
そう言いながら、ムカゼ様は窓のカーテンを開いた。
そう、今下では、ネルが基礎的な素振りをしていた。何度も何度も、手を確認している当たり、血まめでも潰してしまったのだろう。
「私の意見も、あくまで私の勝手な考え。取り入れるかどうかはお任せしますけど、少なくともあなたが間違ってることは一切ないですよ」
ムカゼ様はそう言って、部屋から出ていった。
「……対応力、ね……」
私は馬鹿だから。とりあえず聞いたことはすぐ実践する。
今は、そういう体にしておこう