改めまして、出発の時
「行ってしまわれるんですね、勇者様……」
「あーうん。今回は、ほんとの本当にね」
あれから数週間は、ムカゼはじめとした俺らの治療や、王都からの謝礼金やらでここを離れることが出来なかった。
結局予定よりも伸びてしまったが、ようやく、旅に出ることが出来るようになった。
「勇者様……どうか、どうかうちのヨネルをよろしくお願いします!」
といって、シスターさん達一同、深々と頭を下げた。
うん。なんで?
ヨネルさんはヨネルさんで、すっごく恥ずかしそうな顔してるし。
あの襲撃の日のあれを見て、俺は彼女を連れていくことにした。もちろん、連れて行かないでいいなら、こんな危険にさらしたくないが、そうはいってもあの力。もしかしたら、俺らの旅を、助けてくれる存在になるのかもしれない。
そう思った俺は。彼女のあの申し出をオーケーしたのだ。
「さて……。ムカゼ、財布はしっかり持っておけ。モモイ、武器はちゃんとしまっておけよ。ヨネル、必要なものは全部持ったんだろうな?」
「は、はい!」
「ひいふうみい……余るほどあるぅ……!」
「刃こぼれは……ないみたいね」
ありゃりゃ、各々自由すぎやしないかねぇ……。
「……じゃあ、行くか」
こうして。
魔導士ムカゼ。
戦士モモイ
聖女ヨネル
そして、勇者である俺、ネル。
俺らの、魔王を倒す旅が始まったのだった。
「……魔王様、とうとう、出発いたしました」
「そうか……なら、こっちも動くとしようか」
まずは手始めに……そうだな。あれを送り込もうか。
黒々とした黒が覆う空に、赤い稲妻が走る。この地の大気が狂っているせいで、ここにある光源すべて赤く妖しく光っていた。
「10世紀……10世紀だ。10世紀を経て、俺は貴様ら人類に復讐を果たしてやる……!」
にたりと笑うその顔が。この世界を支配する想像をして、笑みを深くした。
長い長い旅路を歩いて六日たった。ずっと歩いてばかりで最近は本当に勇者一行なのかわからなくなっていたが、多分明日歩けば、次の町に着くだろう。
「という訳で。商人から買ったご馳走だ。今日はたらふく食べろ!」
「「「やったーーー!」」」
たまたま泊まっていた商人から、鶏やら牛やらのご馳走をたくさん買った。もちろん、必要な分のお金はきちんと残しているが。
元々持っていた果汁をコップに並々注いで、乾杯をした。
すっかり上機嫌になった三人を見ながら、俺は自分用に買っていた魚をゆっくりと食べていた。
「ん~~~!美味しい~~。あ、最後の一個貰うわ!」
「あ!お前ヨネル全然食ってねぇのに取ってんじゃねぇよ!」
「あ、い、いえそんな!その、どうぞ……」
「……それなら、ほら。あんたに上げるわ」
「あ、ありがとうございます!」
なんだかんだ、あの三人だったらいい関係なんだろうな。
モモイが少し自由奔放で。それに振り回されるヨネルを、ムカゼが気を回す。
さほど考えずに連れてきてしまった節もあったが、ヨネルも馴染めるよう気を回してくれるムカゼには感謝だな。
旨そうなご馳走に舌鼓を打ちながら、彼らははしゃぎつかれてそのまま眠ってしまった。
やれやれ……と思いながら、三人をベッドに寝かし、俺もゆっくりと眠りについた。
夢を見た。
それは、あの日託された記憶のように思える。
ごうごうと燃え盛る火の海。そこはかつて、栄えていた城壁都市だった。
「民よ!ファステムに避難を始めるんだ!私のせいだ。だからこそ、私が責任をもって時間を稼ぐ!」
悲鳴を上げながら逃げ惑う民をかき分けながら、国王の下へ走る。後ろには、モモイさんとムカゼさんが付いてきていた。
「キンダムさん!何をしてるんですか!?頼ってくださいよ!僕らは、勇者なんですよ!」
「いや、いい。これは、私が蒔いた種なんだ!」
「私が蒔いた……?いったい、どういう……?」
「そこに。約束の武器がある!それをもって、クラリスに向かうんだ!」
「でもそんなことしたらあんたは……!」
「君たちは、民の非難の手助けをしてくれ……!」
そんな会話をして。葛藤の末、武器を持って民の非難を手助けした。
避難を手伝う途中。体を貫かれ、高々と掲げられているキンダムの姿があった。
「………んぅっ!」
飛び起きることはなかったが、妙な目覚めの悪さを覚えた。
この夢は……。
夢にしては、やけにデジャヴを感じるような。既視感が気分の悪さに拍車をかけた。
まだ部屋は暗い。きっと朝日を見るには早すぎるのだろう。だけど、なぜか眠る気になれなくて、私は部屋をでて外に出た。
「……はぁ。今頃、他のみんなは寝てるんだろうなぁ……」
正直、母親に憧れて始めたシスターの仕事を辞めたことに、きれいさっぱり後悔がないかといわれると頷くことはできない。なんせ、ずっと憧れて、やっとなることが出来たから。それを捨てるのは、自分の人生を捨てるのと同義に感じてしまう。
でも、それを捨ててでも、私は彼と共に旅に出なければならない。出なければ、私はそれこそ一生後悔をすることになるだろうから。
「……頑張ろう」
外の空気を吸ったからか。はたまた、自分の気持ちに整理が付いたからか。再び睡魔がやってきてくれたので、私はもう一度眠ることにした。
今度は、あんな夢を見ることはなかった。