婚約破棄はよろしいですけど、私の異名をお忘れではなくて?
「リフレクシア・リターナ! 本日この時をもって、俺はお前との婚約を破棄させてもらう!」
「はあ」
顔の良さと麗しい金髪しか取り柄のない、第二王子クレス様が、なぜか勝ち誇るかのように、リターナ男爵家の長女である私に一方的にまくし立ててきました。
その横に寄り添うのは泥棒猫──いえ、伯爵家のご令嬢であるステラ様の姿が。こちらも褒めるべき点は美貌と金髪のみです。
降ってわいたような突然の婚約破棄に、パーティ会場は困惑と呆れムードに包まれています。
ノークレイム王国の汚点とまで陰で呼ばれているバカ王子がまたやらかしたという雰囲気ですね。なお本人は全くその事を気づいておりません。バカですからね。
私としては、いつかこの日が来ると直感していました。
可愛げのない聡明な私よりも、見目麗しく頭カラッポなステラ様のほうに彼があっという間に心奪われていくのを、この数週間、幾度となく目の当たりにしてきましたから。
まあまあ美人の赤毛令嬢と、宝石のような輝かしい美しさの金髪令嬢では、勝負になりませんものね。
「……なにを笑っている?」
「え?」
笑っていましたか、私?
どうやら嬉しさを隠しきれずについ表面に溢れ出てきてしまったようです。いけませんね、男爵家の令嬢ともあろう者が感情を顔に出すなんて。
でもラッキーすぎてたまりませんの。
「このおバカの手綱をずっと引かなければならない」という鬼札のような婚約を権力争いに参戦したい父から命じられた私には、拒否する事などどうあがいても不可能でした。
最初こそ、私も女の子ですから、彼の飛び抜けた見た目のよさについ心がグラグラ揺らぎもしましたが、それも一時のこと。情にほだされる前に、クレス様の浮気性に私の理性が冷や水を浴びせられ、つくづく嫌気が差しました。
いっそ貴金属の類いを根こそぎ持ち出して他国にでも逃げ出そうかと思いましたが、それはそれでシャクですし、かといって、今クレス様にもたれるようにしている脳無し令嬢のように、自他の容貌にしか興味がない生き方など到底できるものではありません。
どうしたものかと思案してたら、この後先考えない言動でした。
冷や水を浴びせたかと思えば救いの手を差し伸べもする。まさしく鬼札のような人ですね貴方は。
そしてそんな禍福の権化を、わざわざ私の手札から引いてくれる頭スカスカの伯爵令嬢。ありがたやありがたや。
「もはや笑うしかない。そんなところか」
そりゃ笑いますよ。タッグを組んで盛大な自滅してるんですもの。
「婚約破棄はよろしいですけど、私の異名をお忘れではなくて?」
私がそう言うと、会場のざわつきがピタリと止みました。
かつて、たまたまですが結果的に魔物の群れをたった一人で退けた私の逸話と、その出来事から私に付けられた異名を誰もが思い出したのでしょう。
「フン、何を言うかと思えば……」
クレス様は私の忠告を鼻で笑い飛ばしました。
「無敵の反射令嬢、だったか? くだらんな。それがこの状況で一体何になるというのだ?」
「クレス様の仰る通りですわ。無駄な悪あがきはお止めになって。見苦しいだけですわよ?」
ステラ様まで調子に乗って私をたしなめてきました。
調子に乗るのはいいけど、あまり余計なことを言わないほうが身のためなんですけどね。
「ステラ様、味気ないお喋りはそのくらいにした方がよろしいですわよ? 貴女もクレス様の二の舞を演じて破滅したくはないでしょう? お分かりになられたのなら、口をつぐんでどうぞそのまま静観なさっていてください」
「まあ!」
ステラ様が憤慨しました。頭に血の昇りやすい方ですね。
蝶よ花よと育てられたワガママ娘には、この程度でも許しがたいのでしょう。
それを知っているからこそ、私はあえて意地悪く忠告しました。クレス様に与えた最後のチャンスとは違い、致命的な罠として。
「たかが男爵家のくすんだ赤毛が……!」
ワナワナと両腕を震えさせながら、ステラ様が怒りに顔を歪めさせています。あれではせっかくの美貌も台無しですね。
「追放よ、追放! クレス様、あの不届きな女を一刻も早くこの国から追い出して下さいまし! あのにやけた不快な顔をこれ以上見せつけられるのは耐えられませんわ!」
「あ、ああ、そうだな。その通りだ!」
ステラ様の豹変に面食らっていたクレス様でしたが、すぐに気を取り直すと、私へと敵意に溢れた目を向けました。仮にも婚約者だった者に対する目とは思えませんね。
「リフレクシア・リターナ! 不遜極まりないその物言い、もはや許しがたい! いやそれだけではない! お前は上手く隠し通していたようだが、ステラ嬢への嫌がらせや暴言の数々も既に証拠が見つかっている! 証人もな!」
そうクレス様が仰ると、会場のあちこちから数人の男女がバカップルの方へと近寄っていきました。
いずれもステラ様の取り巻きです。証人とはあの方々の事でしょうか。……でしょうね。
「クレス様の仰る通りよ!」
「ステラ嬢への無礼な振る舞い、いくら男爵家の令嬢とはいえもはや見過ごせぬ!」
「王国に相応しからざる悪女だ! もはや追放するしかない!」
「はあ……」
頭が痛くなってきました。
この方々には知恵と言うものが無いのでしょうか。母親の胎内に置き忘れたか、はたまた最初からろくに持ち合わせていなかったのでしょうか。
ステラ様の言うように、たかが男爵家の長女に過ぎない私がなぜクレス様の婚約者になれたのか。それは、王家が私を繋ぎ止めるため、優秀な第一王子や第三王子ではなく、何の役にも立たない無能な第二王子を枷として選んだという事に他なりません。
それさえ理解できず、枷の役目すらできないとは……つくづく無能ですねこの方も。
そんな絢爛なだけの枷に熱をあげるステラ様に、伯爵家の方々も頭が痛いでしょうね。なぜよりによって第二王子なのだと。
「……では、貴方がたは皆、私を追放すると、そういうことで構いませんね?」
「当然でしょう?」
先程までのヒステリックはどこへやら。
取り巻きに囲まれてご満悦になったのか、ステラ様に余裕が生まれたようです。見下すように静かに私を睨んでいます。
「彼女や、勇気をもってお前を告発したこの者達の言う通りだ。この国に、ノークレイム王国に──お前の居場所はない! 王国第二王子である、この俺、クレス・ハイド・ノークレイムの名と権威において──貴様を、リフレクシア・リターナを国外永久追放とする!!」
「そうですか。では仕方ありませんね」
私は、ずっと抑え込んでいた自らの能力を開放しました。
一週間後。
「馬鹿な人達ね」
私は男爵家に戻り、久しぶりの自室でのんびり紅茶をすすっていました。婚約破棄となったので、王宮に居続ける意味も資格も無くなったからです。
父は苦い顔をして玄関で待ち構えていましたが、クレス様達の顛末を知ると、出戻りした私を拒絶することもなく、黙って受け入れてくれました。
「あのままいけば、クレス様だけで済んだのに」
どこまで破棄されるかは私にもわからないけど、婚約が無かったことになるくらいでは収まらないだろうとは思う。王子としての地位も破棄されることになったはずだ。
そうなれば、王家の血筋としての特性を失い、様々な儀式を受けることも、光の力を使うこともできなくなるだろう。もっとも、彼にできるのは目眩ましと軽い怪我を癒すくらいなのだけど。
「便利ではあるけど、加減ができないのは困りものね」
男爵領からこの王都へ向かう最中、魔物の群れに偶然襲われた時を思い出す。
襲いかかってきた何匹もの魔物に『反射』を使うと、弾かれた衝撃が強すぎたのか、魔物たちは消し飛んでしまった。
魔物の中でも特に大柄だったものが斧を振りかざして攻撃してきたが、それも『反射』すると、その勢いのまま上半身がぐるりと捻れ、何回も何回もぐるぐる回り、最終的には胴体が千切れてしまった。
「抑えることができるだけでも、マシなのかしらね」
紅茶をすすりながら窓の外の景色を見る。懐かしい風景に、つい頬が緩んだ。
クレス様、ステラ様、及びにステラ様の取り巻きの方々は、あのパーティ会場から姿を消した。
いや、王国の国境沿いに転移させられたというのが正しいか。
彼らは、誰一人として、王国の領土に足を踏み入れることはできなくなっていた。
ほんのわずかでも入れようものなら、脱臼するくらいの反発を喰らってしまうらしい。
きっと彼らは他国の客分として、このまま一生を過ごすのだろう。王国や家族の支援もあるはずだから、不自由ない生活は送れるはずだ。ステラ様以外は。
「忠告したのにね」
クッキーをつまんでひとくち。
ステラ様だけはいまだに見つかっていない。果たしてどこの国との国境沿いに飛ばされたのか。哀れな泥棒猫さん。
「……………………おそらく、彼女の仰っていた通りになったのでしょうね」
顔を見るのが耐えられない。そんなことをステラ様は叫んでいた。
だから、こうなったのだろう。二度と顔を見合わせることができないほどの遠くへ飛ばされたのだ。
きっと、私がステラ様に会うことは、もうないと思う。
「さよなら」
わりかし今作が好評だったので続編をハイファンタジージャンルで連載始めました。
タイトルは『無敵の反射令嬢は、あまねく全てを跳ね返す~たっぷり利息つけて戻してあげますわ~』です。
どうぞよろしく。