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〜 公式 時々 非公式 ② 〜

 


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「皆さん、今日はお集まりくださりありがとうございます。では、参りましょう。」


 本日の企画者である侯爵令嬢様が馬車に出発するよう告げた。


 今日は貴族お忍びの街歩きに連れ出された。街で馴染むよう控えめで質素なドレスとお化粧。また歩き疲れないように低めのヒールをと伝えられていた。


「遅めのランチを摂ったあと、街の植物園でのんびりと過ごすのですよね?」

 子爵令嬢が再度確認する。今日もいつもと変わらず綺麗な栗色の髪を下ろしている。


「えぇ。最近会員たちが、迫る婚約者発表に向けて着々と精神を削られていると聞き及んでおりますので、あなたたちのことが心配になりまして。少しでも元気を出してもらえたらと思って企画しましたの。」

 今日は深い紅色の豊かな髪をひとつのお団子に纏めている侯爵令嬢様が眉を下げる。お忍びということもあり質素には違いないのだが溢れ出る気品は隠せるものではないようだ。


「それは私も聞き及びました。どうしても切なさが募ってしまい見守ることもままならないと他の会員が話していました。皆さんのお気持ちは理解できますけれど、少し活気が無くて寂しく思っていたのは確かです。本日はお誘いくださりありがとうございます。」

 伯爵令嬢が後ろでひとつ結びにした編み込まれた髪を揺らしながら頭を下げる。


「では、本日のコンセプトをお伝えしますね。」


「市井にて伸びやかに過ごす……ではないということですね?」

 子爵令嬢の眼差しが鋭く光る。


「もちろん、それもありますよ。ただ本懐は、こちら。非公式に疲れた私たちですから、それを慰め癒してくださるのは公式のみ。そういうことです。」

 侯爵令嬢が吊り目を細めながらウキウキとした様子で頷く。


 男爵令嬢以外のふたりはその言葉からは何も情報を得られず首を傾げるばかり。そして侯爵令嬢は唇に人差し指を当てた。これ以上の情報も引き出すこともできないようだ。


 何かを知っていそうな男爵令嬢は、手に持った鞄を握りしめ唇を噛み締めるばかりで、こちらも何も言ってはくれない。


 諦めたふたりは後でのお楽しみというやつですね、と頷き合う。


 そうして街の外れに馬車を停め、その場から少し歩いた所にあるという食事処へと向かった。


 侯爵令嬢が予約を取っていてくれたため、すぐに席へと案内される。


 店内は半分くらいの席が埋まっている。予約を取らずとも良かったように思える。


「今日は丁度良い具合ですね。」

 侯爵令嬢は独りごちる。

 それに何度も頷き同意を表明する男爵令嬢。ふたりは以前にも来たことがあるようだ。

 席が空きすぎず、混み過ぎずが良いのだろう。


「私がおすすめするのは、“今日のおすすめ”です。そして食事のセットとデザートのセットの両方を頼むことです。」

 そう侯爵令嬢に言われてしまってはもうそれ以外を選ぶ理由ない。彼女は何か思うところがありそうだ。その波に乗っておかないわけにいかない。


 テーブルへ注文を取りに来た男性に侯爵令嬢が全員分を告げる。


 案内された席は厨房の中の様子が見える位置で窓際。最も厨房に近いのはカウンター席だが、そこから通路を挟んだ席だ。


 侯爵令嬢が厨房内を気にしているようだ。貴族向けのお店では厨房が見えるところはなかなか無い。見慣れない店内の様子についきょろきょろと見回してしまう。


「お食事を担当するのが背の高い男性。先程注文を取りに来た背の低い男性がデザートを担当されています。このお店は彼らおふたりで切り盛りなさっているそうです。そんなおふたりは幼馴染だそうです。」


「なるほど。つまりこれが公式ということですね。陰からひっそりと見守る非公式とは違い、こうして実際に近くで眺めながら経済的支援も行える。そういうことですね、侯爵令嬢様。」

 子爵令嬢が頷く。


 それに侯爵令嬢も応えるようにゆったりと微笑みを深める。


「どうやってお料理は作られているのかしら?という気持ちを全面に出して観察することで、不躾な視線と心の声をカモフラージュできますからね。皆さんもそのようにご配慮くださいませ。」

 侯爵令嬢が食事処でのお作法を教える。


 それに律儀に賛同するふたりを他所に、男爵令嬢は席につくや否や鞄から取り出したノートに物凄い勢いで何やら書き込みを始めてしまっていた。聞いていなくて大丈夫だろうかと心配になったが、侯爵令嬢が止めないのだから良いのだろうと、ふたりはちらちらと横目に見つつも気にしないことにした。


 注文を取ってくれた男性はお食事担当の男性に内容を伝えたようだ。幼馴染というだけあって気安い距離感を感じます。


 手元で何かの作業をしているお食事担当様のすぐ横にぴたりと並び、デザート担当様は注文内容を告げるだけにしては長いこと話している。それにお食事担当様は言葉少なめに返答したり、頷いたりしている。そして手元の作業が終わったのか、手を止めちらりと視線をデザート担当様に向けるとぶわりと色気を撒き散らさんばかりの笑顔を向けました。


 これは並の淑女では太刀打ちできません。かく言う私も色気の余波に体は傾き、その衝撃に任せるまま体勢を変えました。自然と視界に入ったのは男爵令嬢。


 しばらくは男爵令嬢の一心不乱なご様子に自身の冷静を取り戻すことができたのですが、今度はそのご乱心ぶりにより精神が不安定になってきました。


 窓の外など眺めようかと思いましたが、そうすると窓際に座っている男爵令嬢がどうしても視界に入ってしまうので、やむ無く平穏を求め店内に視線を戻しました。


 するとお食事担当様が盛り付けした食器を持って出てくるではないですか。さすがにまだ私たちの分ではないでしょう。するとフロアに出る手前でデザート担当様の後ろを通り過ぎます。狭い通路ですからぶつからないように身体を寄せたのでしょう。しかし瞬きの間だけそこで立ち止まり、ふっと耳元に顔を寄せるお料理担当様。あれは内緒話でしょうか。それとも耳朶に唇が触れるやつでしょうか。瞬きも忘れ目を見開いていたため涙が滲んで来ます。お料理担当様の視線がフロアに向く前にと私は急ぎ侯爵令嬢様へと視線を移し、その麗しいお顔で休憩をさせていただきます。


 そんな私の体たらくに侯爵令嬢様はにんまりと満足気に微笑みました。こういう楽しみ方で合っていたのですね、と鷹揚にひとつ頷きました。


 そんな私とは裏腹に子爵令嬢様は大したものです。表情ひとつ変えずにおりますから。


 他のテーブルへとお食事を届け終えたらしいお食事担当様が厨房へ戻りますと、デザート担当様が腰を屈めた状態でおります。なにやら手元の細かい作業を調理台でしているようなのですが、そこまでは見えません。その後ろに回ってお料理担当様が……身体で隠れていて見えないのですが、後ろからぎゅっと片腕をお腹に回して抱き着いているのではないでしょうか?私のアモーダル補完がそう答えを導き出しました!


 幼馴染ってすごい……と侯爵令嬢様に目で感謝を伝えます。


 それを見た侯爵令嬢様は堪らずに、ふふっと笑みを溢しました。


 視覚により与えられる情報がキラキラ、しとしと、と私の心を潤してゆきます。殿下と側近様を見守っている時とは違う、心の別の部分が喜んでいるのを感じました。


 その喜びを噛み締めている間に私たちにも料理が届きました。届けてくださったお料理担当様は白いシャツに黒いスラックス、黒いギャルソンエプロン。短い黒髪に瞳は恐らく金色でした。両耳には金色のピアス…イエローダイヤモンドでしょうか。白いシャツは肘までまくり筋張った腕を顕にしています。襟元はボタンひとつ分だけ寛げ、緩くループタイを締めています。そこに使われているのはブルーサファイアでしょうか、とてもおしゃれです。


 お食事も恐らく美味しいのですが、どうしても幼馴染同士が触れ合いながら作られたものだということが、先程目にした仲睦まじいご様子が脳内を占め味覚は失踪してしまいました。


 そして私たちが食べ終える頃合いを見計らい今度はデザートが運ばれて来ました。


 注文をした時には緊張のあまりご容姿を確認できませんでしたので今度こそと、デザート担当様を観察します。


 少しきつめにウェーブしたハニーブロンドは耳が隠れるほどの長さ。そこから見え隠れする両方の耳朶には漆黒のピアス…ブラックスピネルでしょうか。瞳は恐らく深いブルー。

 可愛いと綺麗をうまく混ぜ合わせたような魅力的なお顔立ちです。言うまでもなく私よりも華があり美しいです。服装はお食事担当様とほぼ同一。ループタイはせずにシャツは詰襟ですね。こちらもとてもおしゃれです。


 デザートの頃には少しだけ気持ちが落ち着き美味しさというものを感じられるまでに回復していました。


 私たち4人はほとんど会話をすることなく食事とデザートをいただき、店を出ました。


 会計の際にはおふたり揃ってご挨拶もしてくださいました。


 その時の侯爵令嬢様のうっとりとしたお顔にお声。それはお食事担当様にのみ向けられていました。私は気付いてはいけない乙女の秘密を暴いてしまったのかもしれません。そっと視線を外し気付かない振りのできる淑女でありますのでご安心ください。男爵令嬢、どうか侯爵令嬢と彼らを凝視するのをやめてください。せめて瞬きくらいしてください。


 申し訳ない気持ちが勝り我れ先にと出口へ向かいましたが、そこで子爵令嬢と扉を奪い合う結果になりました。きっと誰にも気付かれてはいないはず…です。



「皆さん、いかがだったかしら?」

 馬車に戻ると、侯爵令嬢様が訊ねる。


「とても微笑ましい仲の良さでした。心が潤ったように感じます。」

 伯爵令嬢が頬を上気させながら答える。


「私は侯爵令嬢様が気になって仕方がありませんでした。そろそろ種明かしをしてくださいますか?」

 子爵令嬢が眼鏡を直しながら問う。


 その発言が理解できない伯爵令嬢を置き去りに、侯爵令嬢が語り出す。


「彼らは夫婦です。結婚しています。」

 侯爵令嬢が優しい笑顔を見せる。


「もしかして、公式って社会的立場を得ているということでしたか⁉︎」

 しまったと顔を顰める子爵令嬢。


「でも、あなたの公式の解釈も素敵だったわ。決して間違いではないわ。だから否定しなかったの、騙したようになってしまってごめんなさいね。」

 侯爵令嬢が眉を下げる。


 話に着いていけてそうで着いていけてない伯爵令嬢を置き去りに、侯爵令嬢は重ねて問う。

「彼らのピアス、見ましたか?」


「お料理担当様が黒と金を身にお持ちで、デザート担当様は金と青……。なるほど、お互いの色をしっかり身に付けていたわけですね。」

 子爵令嬢が唸る。


「お料理担当様は黄色いピアスに、青いループタイ。デザート担当様は黒いピアス。市井でも結婚したら指輪を交換するのが一般的です。ただ彼らは日々調理作業を行いますから、指輪ではなくピアスにされたのかと邪推したしました。」

 侯爵令嬢が更に情報を上乗せする。


 それに頷く子爵令嬢。そこはしっかり理解できた伯爵令嬢も食い気味に頷く。


「指輪は交換済み。仕事中はネックレスで首に下げてある。指輪交換イベント不可欠。絶対肌身離さず持ってる。これ世界の法。」

 男爵令嬢が本日初めて言葉を発した。

 そこに驚愕する伯爵令嬢。

 その内容に甚く感心する他のふたり。


「あの店、三階建。3階がふたりのプライベート空間。仕事が終わり次第即シケ込む。今日だって「男爵令嬢、ここからは私が引き取りますね。でもその前に、あなたを全年齢対象という狭い世界に押し留めていること心苦しく思っているわ。全年齢のその先、R18というプルスウルトラな世界で天高く自由に翔び回る貴女を早く見たいと思っているわ。でもまだその時ではないの、ごめんなさいね。」

 侯爵令嬢が腰を上げ斜め前に座る男爵令嬢へと身を乗り出し、男爵令嬢の口元を手のひらで覆う。そして最後に押さえ付けた自身の手の甲に軽くキスをして、席へと腰を落ち着かせた。


 落ち着かないのは傍観者のふたり。

 侯爵令嬢が男爵令嬢を説き伏せた言葉も外国語だったのか、殆ど理解できなかった。


 そして最後のキスの意味。


「では、私から説明いたします。まずは、伯爵令嬢、あなたはとても良い働きをしてくれました。あなたのおかげでデザート担当様が厳戒態勢に入りました。

 注文するまでの間、あなたは店内を見回しているつもりだったのでしょうけれど、それをデザート担当様は“僕のものを狙ってる”と思われたようです。

 注文をお料理担当様に伝えていた時のこと覚えていますか?お料理担当様に何か伝え“この笑顔も色気も僕だけのもの”と態と私たちにその表情が見えるよう調整されていました。

 そこで伯爵令嬢様は視線を外してしまったので見逃しておりましたが、あの後キスしておりましたよ。もちろん威嚇でしょう。デザート担当様が爪先立ちで顔を近づけキスをせがんでいるようでしたね。

 その後は特に見せつける行いはありませんでしたが、お料理担当様が通り過ぎ様にキスを贈るのも日常のことなのでしょう。

 そして私たちのテーブルへ料理が提供されることになりますが、ここで一悶着。お料理担当様は最初、私たちのテーブルへの提供をデザート担当様に頼んだのですがデザート担当様はそれをお断りになりました。それを訝しんだ様子のお料理担当様でしたが、特に気にする様子もなく私たちのテーブルへと参りました。

 次にデザートの時にはデザート担当様が。恐らくあれは、私たちにピアスとループタイを見せたかったのだと思います。なので一悶着の際のデザート担当様は“君が僕のものだって見せてきて”とおねだりしたといったところでしょう。

 そこまでで私は我慢の限界を迎えました。会計の際、お食事担当様に色目を使わせていただきました。あの時のデザート担当様の凍りつきそうな表情が堪らず、声も掛けもしてしまいました。もうこれは確定です。雪崩れ込みです!

 あのお店普段は昼から夜まで営業しているんですが、今日はお昼で営業終了なんです。

 シケ込める時間まであと僅かという時間帯に訪れた、“僕のもの“に色目を使うくだらない女たち。

 伯爵令嬢が馬として投げ込まれなければここまで煽り倒すことはできなかったでしょう。私たちはくだらない女から、焚き木に昇格ですよ!」

 侯爵令嬢は目を輝かせ、息継ぎもなく捲し立てた。


「お褒めに預かり光栄です。」

 理解できたのは自身が褒められたことだけだった伯爵令嬢が言えることはそれだけだった。


「侯爵令嬢の何か企むような表情の理由はそこにありましたか。把握しました。」

 決して理解できたとは言わない子爵令嬢。


 鞄を放る勢いでノートを取り出しまたもご乱心な男爵令嬢。


 侯爵令嬢の御話は伯爵令嬢と子爵令嬢のふたりにはまだ難易度が高いようだと悟り、すっと表情を引き締めた侯爵令嬢だった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


「植物園では、腹ごなしに見て周りましょう。植物園の一角に誂えてあるガゼボを予約してありますので、そちらで少し休憩してから帰りましょう。」

 侯爵令嬢様の立てた素敵なプランに胸は高鳴った。先程のご高説も最初の方は理解できたが後から後から押し寄せる波に思考は飲まれ、何も残らなかった。


「先程の侯爵令嬢様のご説明。私も理解できるようになりたいので、もしよろしければその答えに近づけるようなロマンス本を教えていただけませんか?」

 周囲をぐるりと植物にとり囲まれる道順をゆったりと歩を進めながら訊ねる伯爵令嬢。


「もちろんですわ。ただあまりにもコレクションが多いので、もしよかったらまた皆さんで我が家にいらっしゃらない?」

 侯爵令嬢が提案する。


「是非参加させていただきたく思います。」

 子爵令嬢が即答する。


「よろしくお願いします。」

 伯爵令嬢も乗り気だ。


「こちらの植物園にはよくいらっしゃるのですか?私はガゼボの存在を知りませんでした。」

 子爵令嬢が真剣に植物を観察しながら訊ねる。


「道順から少し逸れた場所にあるから、真面目に植物を見ようと思っている人には見つけられないと思うわ。」

 侯爵令嬢が、うふふと笑う。


 子爵令嬢が真剣に観察するのを観察しつつ、意外にも植物や手入れをしている庭師のような人を鋭い眼差しで見つめている男爵令嬢に気付くが、突いた藪から何が飛び出すのか怖くて聞けない伯爵令嬢だった。


 そして道を逸れガゼボへ辿り着く。

 そこでは給仕が待機しており、飲み物などを用意してから下がった。


「先程のご様子で確信したのですが、侯爵令嬢様と男爵令嬢様の間には深い絆が見えます。どういったご関係なのでしょう?」

 物怖じせず単刀直入に訊ねた子爵令嬢。


 気まずそうに顔面が強張る伯爵令嬢。


「隠していたわけではないのだけど、私は彼女の才能を買っているの。所謂パトロンね。でも彼女の才能無しでは生きていけない私は……男爵令嬢の下僕なの。」


 芸術活動のための資金を与え、芸術活動に没頭できる環境を与え、それらのための生活の全てを支える。


「資金を与えているのだから主従に例えたら私が主人に思えるでしょう?でもね、違うの。彼女が私の生命権を握っているの。」


 どう?ロマンチックかしら?と妖艶に微笑む侯爵令嬢。


 伯爵令嬢と子爵令嬢はそっとハンカチを取り出し目元を覆った。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「男爵令息、どうした!」

 樹々の茂みで蹲り泣いている男爵令息。

 そこに駆け寄る3人の令息たち。


「首を振ってるだけじゃわからない!とりあえず泣き止みなさい!」

 珍しく声を荒げる侯爵令息。

 ハンカチを追加で手渡す伯爵令息。

 背中を摩ってやる子爵令息。


 手渡されたハンカチもすでにぐしゃぼろ。

 尋常でない状況に焦る令息たち。


「こっ……がっ……くっ………」


 必死で伝えようとしているのだが嗚咽混じりのため言葉にならない。


 これは時間がかかるだろう、怪我などでは無さそうだからこのままここで休ませてもらおうと、男爵令息の周りに腰を下ろす貴族のお忍び街歩き感満載の令息たち。


 男爵令息を刺激しないよう3人だけで会話し時間を過ごす。


 男爵令息が口を利けるようになるのに30分近くは要した。それを揶揄いはしない心優しい子息たち。


「……侯爵令嬢様が居たんだ。他に伯爵令嬢様、子爵令嬢様、男爵令嬢様。あのガーデンパーティーで見初めた乙女たちが。」

 そこでまた荒くなりそうな呼吸を落ち着かせるように深呼吸する男爵令息。


 そんな彼を急かさない令息たち。


「侯爵令嬢様が言ったんだ……私は、男爵令嬢の、下僕なのって!」

 最後まで伝えきり安堵したのかまた泣き始めた。


 残された3人。


 天を仰ぎ目元を手で覆う侯爵令息。

 無表情で微動だにしない伯爵令息。

 慌ただしくハンカチを探し鼻に押し当てる子爵令息。


「男爵令嬢様のこと、目が虚で瞬きしない怖い人って思ってたんだけど、それが不遜な態度なんだって思えてきて……」

 男爵令息が語る。


 地面に寝そべる侯爵令息。

 未だ微動だにしない伯爵令息。

 必死で口呼吸をする子爵令息。


「そんな男爵令嬢が座っているのは立派な玉座みたいな椅子で……」

 男爵令息、まだ語る。


「そんな男爵令嬢の足元に、侯爵令嬢が下着姿で傅いているんだ!」

 男爵令息、まだまだ語る。


「しかもガーターベルト付けてるし、男爵令嬢は手に鞭を持っているし、俺もうどうしたらいいかわからなくなって!」

 男爵令息が吠えた。


「男爵令息、そこまでだ。」

 徐に起き上がった侯爵令息が三角座りをする。


「………」

 伯爵令息は冷え切った眼差しで男爵令息を射抜き、三角座りする。


「ぐすっ」

 子爵令息は押さえる箇所に目元も追加されてしまい、三角座りで顔を隠す。


「みんな………」

 男爵令息も泣きながら三角座りをする。


「閉園までまだ時間はあるから……」

 男爵令息の頼りなげな言葉に励まされるものは居なかった。


「外は危ないことがよくわかった。今度うちに招待するよ。みんなで気兼ねなくロマンス本を読み耽ろうじゃないか……」

 侯爵令息が息も絶え絶え提案する。


「「「よろしくお願いします……」」」


「誰か、何かヒュンとかゾワッとする物の話をしてくれよ……」

 侯爵令息が虫の息だ。


「………毛虫?」

 伯爵令息が援護する。


「毛虫を見るような目……」


「「「 くそっっっ 」」」

 男爵令息!覚えていろよ!この借りは絶対返す!と言葉を継げることができない3人。詰るための力は別のところへと持って行かれてしまった。


 その後彼らは閉園間際の園内を見回っていた男性警備員に無事保護された。


「あ、肩に毛虫が…」

 親切にも教えてくれた男性警備員に、君は何も見ていない!そうだろう?と脅すように泣きついたのはどの令息だったのか。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

お読みくださりありがとうございます。

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