7話 試合観戦
トュルン!
ゴールデンウィーク5連休も終わりが見えてきた土曜日の夜、一通のメールが届く。
宿題を終わらせ、余暇を満喫していた俺はそのメールの内容に目を疑った。
『明日、うちの高校でバスケの練習試合あるんだけど、見にこないか? 俺、スタメンで出してくれんだ!』
もちろん、メールの主はシンタローだ。それにしても、スタメンとは何事だ。
仮に新入生の力量を測るためだとしても、新入生内では上位の実力となる。
普段の俺ならば当然断っていたが、今回ばかりは些か興味を示す。シンタローの成長速度をこの目で見てみたい。
『何時からだ?』
『来てくれるのか! 試合自体は朝の9時頃開始で昼からはオフだから飯でも行こう』
了解、と返信をする。
翌日、試合開始時刻よりも少し早めに来たにも関わらず、体育館の脇の階段から登り上から見おろせる観客席には少し埋まっていた。
俺も席だけ確保しておこうか、と一番前で試合を観戦しやすい位置に陣取る。
周りには、うちの高校の生徒だけではない、相手校の生徒までチラホラ見える。ただの練習試合に何故ここまで人が集まるのかさっぱりだった。
対戦相手校はたしかここから歩いてだと数十分と結構かかる場所にある文武両道で有名な高校だ。
俺を発見したからだろうか、シンタローが観客席まで登ってくる。
「おっす、ユウ。来てくれたんだな、俺の活躍その目にバッチリ焼き付けろよ」
「ハイハイわかったわかった。......それよりただの練習試合にしては人が多くないか?」
「うちも相手校も強いから見に来た......って奴よりかは、ほら、見ての通りイケメンが多いだろ?そういうことだ」
選手達をグルっと見渡す。観客に女子が多くいるのも納得である。
「なるほどなぁ、これでシンタローが注目されれば、モテると思ったわけか」
「へへ、そういう考えもありだが、今日は普通にガチだ」
シンタローが真剣な表情でコートを睨む。
ことスポーツが関わると人一倍集中するのはこいつの唯一の長所かもしれない。
「あとはそうだな......もしかしたらあいつ......いや、ないな。じゃ、行ってくる」
歯切れ悪そうに去っていく。俺の他に誰か呼んでいたのだろうか。
観客席の人が時間が経つごとに増していく。先に席を取っておいて良かったと安堵し、コートに目を向ける。
時期に試合が始まりそうな雰囲気だ。「頑張れー!」「あの人カッコイイ!」と開始前にも関わらず、こちらは賑わっている。主に女子。
一応シンタローが探していそうな人を考えてはみるものの、一向に思いつかないまま、試合が始まった。
20分を休憩挟みながら4回行うそうだ。フル出場ならば合計80分動き続けると考えると、俺からすれば尋常ではない体力が必要である。
俺は初めの20分、そして2回目の20分の試合をまじまじと見た。
素人目から見たら、シンタローの活躍はそれほど多くなかったと感じる。体力はまだまだ余力があるだろうが、技術面がまだ追いついていないように思える。
しかし、当然なのである。逆にここまで成長したのか目を見張るものがあった。周りの上級者の動きには合わさっており、シュートもいくつか決まっていた。
現在は2クォーター目を終えて少し長めの休憩となっているが、シンタローとは思えないほどの極まった表情が見て取れる。
「こういう所、ほんとカッコイイや......」
一人ボソッと呟く。
いつもあれだったら......少々気味が悪いか。
「すみません、横、良いですか?」
突然、聞き覚えのある、芯の通った声の持ち主が俺に話しかける。
ここは見やすい席だろうから今まで横に誰もいなかったのが不思議なくらいだが、周りは皆、一人では見に来ていないようなので、そちらに固まっているのだろう。
「ええ、良いですよ。一人なので」
振り向くと、俺と同じか少し背丈がありそうな、眼鏡にマスク、制服──対戦相手高校のものだろうを着ていた。
「あら、平くんじゃない?」
俺は横に座った相手に名前を呼ばれたことに驚く。知り合いにこのような人は......あ。
「............もしかして、椎名か?」
「覚えててくれたんだ。ありがとう」
中学時代、容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群で誰のも憧れであった椎名 可憐が目の前にいた。
覚えているのも当然だ。全人類の上位互換とも言える人間を忘れるわけが無い。
「覚えてはいるが......なんだその格好?」
椎名は中学で眼鏡はかけていなかったし、熱気のあるこの体育館でわざわざマスクもおかしなファッションである。
「この格好は目立たないためよ、中学の私を知っているならある程度なら察せるでしょう?」
言いたいことは理解した。どうせ高校でもモテて大変なのだろう。実らないでしょうに。
「......察した。じゃあ、こんな練習試合、見に来なければ良いのに」
公式戦が気になるならまだしも、ただの練習試合である。それに目立ちたくないなら尚更だ。
「ちょっとだけ、文句を言いたい相手がいるのよ。逆に平くんこそこういうのには興味無いと思っていたわ」
「俺はシンタローの応援だよ」
「......そうだったわね。平くんとは仲良かったものね」
そう言って椎名はコートを睨む。
余程の文句を言いたい相手がこのコートに潜んでいるらしい。十中八九椎名狙いの無謀な男だろう。
「......友仲くんがバスケットなんて平くんはどう思ったのかしら?」
「俺も最初は驚いたよ。だってシンタローはサッカー部のエースだったのに。正直もったいないなって感じたな」
「そうね、私もそう思うわ、だから......」
「でも、あいつ、本気らしい」
「え?」
話を遮ってしまったせいか、椎名が少し不機嫌そうだ。
「シンタロー、このゴールデンウィークずっとバスケに打ち込んでたんだろうな。スタメン獲得しただけで喜んでんだ。中学の時のあいつとは別人だな」
サッカー部時代ではシンタローは当然スタメンであり、俺を試合に呼ぶとしても公式戦だった。
もちろん、その才能を蹴った事はバカだ。でも、言われてみればシンタローはいつだってバカだった。
「もうすぐ後半が始まる。椎名も気になってる人がいるんだろうが、シンタローも少し見てくれ」
「......そこまで言うなら見てみようかしら」
椎名が前のめりにコートを見下ろす。
今の真剣なシンタローになら難攻不落の椎名が恋しちゃったり、なんて想像は浅はかだろう。
後半戦、シンタローは半分だけ出場していた。前半よりも動きが鈍ったからだろう。ベンチで悔しそうにしていた。
結局、試合は僅差でうちの高校負けだった。
椎名は試合終了後「やっぱりね」と呟いていたが、それほどに自校の勝利を信じていたのには意外である。
諸々の片付けが終わるまで体育館入口前でシンタローを待っていたが、隣で椎名も待つそうだ。結局文句を言いたい相手とは誰なのだろうか。
幾分か待った後、ガタッと扉が開き、シンタローが出てくる。
「お疲れ様」
「おう! 負けちまってすまないな」
そんな事ない、と言おうとしたその瞬間、少々離れていた椎名が戻ってきたと同時に鋭く言葉を発する
「やっぱり、中途半端だから負けたんじゃないの」
シンタローは声がした方に振り向き、目を見開いた。
俺も今の態度で椎名が誰に文句を言いたいのかを大体察する。
「......椎名、来てくれたのか」
そして、試合前シンタローが気になっていた人物も大体察する。
......なるほどなぁ。
ここまで連日更新してきましたが、2日ほど空けます。
いいね、ブックマーク、評価、感想良ければお願いします。