第二話 壊れるほど溶けるほど
私は、拳を作ってリムさんに押し付けるようにします。
「んっ」
なかなか、入らないですね。
さすがのリムさんでも、いきなり拳は無理なのかな。
私の手、そんなに大きくはないんだけどな。
私の拳は、リムさんの身体のちょうど半分くらいの大きさですが、こののまでは入らなそうです。
「それなら」
そんなことで私は諦めません。
今度は、ただのグーではなくて、5本の指の先をそろえて、先の方を細くして、入りやすいように工夫した手の形を作ってリベンジです。
「んっ」
リムさんからの抵抗を手に感じました。
それに負けじと、私も腕に力を加えます。
なるべく入りやすいように、ちょっとずつ手の角度を変えて。
少しずつ、少しずつ入っていく私の手。
ちょうど指の付け根の一番太くなっているところが入ると、急に抵抗がなくなったのです。
「!」
まるで吸い込まれるように、手首までいっきにニュルンとリムさんの中に入ってしまいました。
同時に、リムさんが私の手を「キュッ」と締め付けてくるのを感じ、なんだか嬉しくなってきます。
「中に入ってから…」
中に入ってしまえば、もうこっちのものです。
私は、入りやすくするためにすぼめていた5本の指を曲げて、リムさんの中で一気に拳を作りました。
「リムさん、ついにやりましたね」
やったわ。
拳がリムさんの中に入ったはわ。
こころなしか、リムさんも満足気です。
手を動かせるかしら。
私は、リムさんの中の拳をねじったり回したりしてみました。
「リムさん、気持ちいい」
私が動かすたびに、拳にまとわりついてくるリムさん。
ビクビク動いたり、キュッと締め付けてきたりで、すごく気持ちよくて、夢中になってしましました。
「手、開けるかな?」
リムさんの中で、このまま手を開いたらどおなっちゃうのかな。
どんどんエスカレートしていきます。
「えい!」
すごい。リムさんが、大きな手袋みたいになってる。
リムさん、苦しくはないのかな。
でも、これ、いちばん気持ちいかも。
「ハア、ハア」
私は、我を忘れて腕を動かします。
手の形をグーにしたり。
そのままぐりぐり動かしたり。
パーにしたり。
またグーにしたり…
「ハア、ハア」
リムさん大丈夫かな?
もうちょっと我慢してね。
もうちょっとで私…
私は、何かに向かって、上り詰めるかのように、一心に腕を動かし続けました。
リムさんの反応もどんどん激しくなっていきます。
そして、ついに、「その時」は来ました。
私が、拳を作ってグリっと動かしたときです。
リムさんがこれまでにない力で、まるで私に、拳をこれ以上動かさないよう懇願するかのように締め付けてきたのです。
私は、それを拒否するかのように、平を広げるように思い切り力を入れた直後にそれは来ました。
ブシャーッ!!
「エッ!」
ドスン!
なにか、液体のようなものが目の前で壮大に飛び散り、驚いた私は、椅子ごと背中から倒れてしまいます。
一瞬、何が起きたのかわからず、床にお尻をついたまま、茫然と机を見上げていましたが、すぐに理解しました。
ああ…
どうしよう。
リムさんが破れてしまった…
私が無茶したせいで、力を入れすぎたせいで、リムさんの薄いゴムのような表皮が破れて、リムさんが、内容物が飛び散ってしまったのです。
机の上の惨状、リムさんであったものが、散らばって形をとどめていない様子を想像して、私は今更ながら後悔しました。
「ごめんなさい、ごめんさない、ごめんなさい」
私は、怖くて、怖くて、赦しを請う言葉がとまりません。
なんとか、震える腕で体を起こして、机の上を確認します。
「ごめんなさい、ごめんさない、リムさん、ごめんなさい」
怖くて、目を開けることができません。
そのとき、なにか机の上でもぞもぞと動く気配がしました。
私は、思わず目を開いてしまいます。
「リムさん!」
すると、そこには以前と変わらない、リムさんがいました。
いやよく見ると、少しだけ小さくい気がします。
小さいリムさんが、ぷよんぷよん飛び跳ねていました。
どうもリムさんは怒ってる様子です。
そりゃそうですよね、調子に乗った私が悪いのですよね。
「調子に乗ってしましました、リムさん、ごめんなさい、どうか赦してください」
今度は、ちゃんと目をみてリムさんに謝りました。
目が何処かわからないですが。
リムさんは私を赦してくれたのか、跳ねるのを止めて、じっとしています。
よく見ると、机の上とか周りに飛び散っていたリムさんの内容物が、小さいリムさんみたいな姿になって、リムさんに向かって移動しては次々とリムさんに合体(?)してます。
リムさんは小さなリムさんと合体して、元の大きさに戻りました。
「自己再生…」
これは自己再生なの?
始めてみたわ。
たしか、そういうスキルがあるって聞いたことありますね。
リムさんすごい。
いつも、私の予想の上を行くよね。
じつは、すごい人だったりして。
そんなことを妄想をしていると、不意に、お母さんの声がしました。
「サワ、お風呂に入ってしまいなさい」
そうです、今日は3日ぶりに湯船にお湯をためるお風呂の日でした。
お湯につかっていると、すごく気持ちよくて、疲れとか嫌なこととか全部吹き飛んじゃって、すごく幸せな気持ちなれるので、私は湯船につかるのが大好きです。
「はーい」
そんな大好きはお風呂ですが、今日は特別です。
だって、リムさんと一緒に入れるのですからね。
「リムさん、ちょっとの間がまんして下さいね」
私は、リムさんを隠すように胸元にしまって、お風呂に向かいます。
お湯に浮かぶのかな?
それとも沈むのかな?
まさか、お湯に溶けてしまったりしないですよね。
ぎゃくにお風呂のお湯を飲んでしまったりして。
リムさんがお風呂のお湯を全部飲んでしまったら、私、お母さんになんて言い訳しようかしら。
私は、そんなことをニヤニヤ妄想しながらお風呂に向かいました。
◇
「はぁ~、きもちいい」
やっぱりお風呂は気持ちいいな。
私は、湯船につかって足を延ばします。
そして、両方の手のひらを前に腕も伸ばします。
「リムさん、お湯は加減どうですか?」
私は、湯船にぷかぷか浮いているリムさんに声をかけます。
もちろん返事はないですが、リムさんもとても気持ちよさそうに見えます。
「黙ってちゃ分かりませんよ」
喋れないリムさんにそんな意地悪なことを言いながら、指先でつんと上から突きます。
すると、リムさんはゆっくりとお湯の中に沈んでいき、そしてまたゆっくり浮かんできて、お湯から半分顔(?)をだしました。
「ふふ…」
それが面白くて、私はしばらくのあいだ、リムさんを湯船に沈めたり、両足の太股の間に挟んでみたりして遊びました。
「よっと」
そして、私は、いつものお気に入りの体勢をとります。
ちょっとはしたないですが、お尻をちょっと前にずらして両足を上にあげて湯船のふちにかけます。それから、湯船に背中からもたれかかって、ちょうど胸が半分ぐらいお湯につかるような恰好になりました。
この姿勢、すごく楽ちんなのです。
「リムさんもちょっと休憩します?」
のぼせてしまったら大変ですからね。
私は、リムさんを両手でそっとお湯から持ち上げます。
そして、自分の胸の上に乗せました。
「はぁーーー」
リムさん、温かくて気持ちいい。
普段のちょっとひんやりしたリムさんも気持ちいいですが、お湯ですっかり温まったアツアツのリムさんが胸に吸い付く感触はこれまでに感じたことのない気持ちよさで、おもわず長い溜息がもれてしまいました。
私は目を閉じてしばらくリムさんを堪能します。
「ん?」
不意に、リムさんがもぞもぞ動きました。
私は、特に気にせず様子を見てます。
そして…
突然…
「はぁ?ーーーーっ!」
それは、言葉にならない声でした。
これまでとはまるで違う感覚が私の胸を襲います。
痛い…?
でも気持ちいい。
鋭利な感覚が私の胸の先から入り込み全身を貫きます。
「入って…る」
私の左胸がリムさんの中に入っているのが見えました。
「苦しい」
気持ちいい。
「だめ」
もっと。
私は、矛盾したことを、言ったり考えたりします。
「いや」
私の気持なんかお構いなしに、苦しさと気持ちよさはどんどん押し寄せ、私を飲み込んでいきます。
ああ。
わけがわからないよ。
苦しい。
助けて。
苦しさから逃れるように、私の脚は湯船の上で開いたり閉じたりしています。
どこ行っちゃうの。
こわい。
こわいよ。
私のなかで期待と恐怖が入り混じります。
ああ、もう溶けそう。
「溶けてる!私、溶けてる!」
苦しさと気持ちよさで朦朧とする意識のなか、私は、自分の胸が溶けていることに気が付きました。
なんてこと…
ひどい…
どうして?
私の胸は、あのクテ草のようにリムさんの身体のなかで溶けてしまったのです。
たまたま指や手がなんとも無かったからと言って、胸もクテ草のように溶けてしまわない保証など、どこにもなかったのです。
「私の胸」
「ごめんね…」
気持ちよさと苦しさと、胸が溶けてしまった恐怖と、後悔で頭がクラクラします。
私は、なぜだか謝りながら、自分の胸のうえでにゅるにゅるしているリムさんを、胸から剥がしとりました。