第一話 女治癒士さんとスライムさん
「さあ、なにをしましょうか♪」
好奇心に負けて、ダンジョンから拾って帰ってしまいましたけど…
これってやっぱりスライムですよね。
「プルルン」
スライムらしき生き物はさっきからずっとぷるぷるしてます。
「本当にゼリーみたい」
こうして改めて見るとスライムと言うよりゼリーです。
私はひとり、部屋で机の上のゼリーみたいなスライムを観察しながら、今日の昼間のダンジョン探索のことを思い出していました。
◇
「ふう…」
よかった。
今回も全員で無事に帰ってこれそうですね。
ダンジョンの出口に向かって仲間と歩きながら、ほっと一息ついた時でした。
「キャッ!」
私は思わず悲鳴をあげてしまいました。
不意に頭の上の方で、「バサバサッ」と何かが羽ばたくような大きな音がしたからです。
大きな蝙蝠でした。
不意を突かれて戦闘が始まります。
「うらぁーっ!」
仲間の戦士が気合の声とともに、最後の一匹に剣を叩きつけ、無事に勝つことができました。
「みんな、大丈夫か?怪我はないか?」
戦士の問いかけに、それぞれが無事であることを伝えます。
彼はそれに満足したようすで、出口に向かって移動を再開しようとします。
そのとき、彼の左腕から血が流れていることに気が付きました。
「ちょっと待ってください!」
私は、あわてて駆け寄ります。
「血が出ているじゃないですか!ちゃんと見せてください!」
「いや、こんなの、ほっとけば治るって…」
「もう、貴方はいつもそうなのですから。だめです!」
この戦士は怪我しても、いつも「ほっとけば治る」って言うのです。
そんな彼に私は、できるだけ怖い顔をして叱るのですが、当の戦士は「やれやれ、しょうがないな」と言わんばかりの苦笑をしています。
きっと私のことが全く怖くないのでしょう。
こんなとき、自分の威厳のなさと言うか、迫力のなさがほんとに嫌になります。
「今は何ともなくても後から酷くなることがあるんですよ」
「魔物につけられた傷は小さくても命に関わることもあるんですよ」
「だからちゃんと治療させてください」
「そのために私がいるのですから」
彼の態度にちょっとムッときた私は、いつもより少し強めに言葉を並べたてました。
だって、私の役割は治癒士なのです。
私が暇なのは本当は良い事なのです。
でも、活躍してみんなの役に立ちたいとも思うのです。
だから、怪我したときぐらいは遠慮なく頼ってほしいのです。
なのに、この戦士はいつもこうなのです。
「すまない、たのむ」
私は、怪我をした彼の腕に手をかざして、ヒーリングの祈りを捧げました。
すると、淡い光が、手のひらと腕の間に広がり、そして、ゆっくりと消えていき、傷はすっかり塞りました。
「ありがとう」
戦士が、なぜか少し赤い顔して、お礼を言いました。
「今度から、怪我したときには、ちゃんと教えて下さいね」
私は半分諦めながらも、毎回のように同じことを言います。
その間、ほかの仲間は、なぜかニマニマしながら、私たちのやり取りを見ていました。
「さあ、出口はすぐそこだ。みんな、帰るぞ」
戦士の言葉を合図に、全員が移動を再開します。
今度こそ、無事に戻れそうと思ったそのとき、私の視界の端で、何かがもぞもぞっと動いたような気がしました。
近寄ってよく見ると、ちょうど手のひらぐらいの大きさの、プルプルしたものが岩の隙間にすっぽりとはまっています。
これは…
スライム?
でも、スライムってもっとねばーっとしてて、こんなにプルプルとはしてないです。
私は、おそるおそる指を伸ばしました。
つるつるしてる…
ゼリーみたい。
ほんとうに魔物なの?
隙間にはまって動けないの?
口無いけどなんか食べたりするのかな?
身体がスケスケだから、桃を食べてたら、どっさ〇白桃みたいになったりして…
「おーい、どうかしたか?一緒に移動しないと危ないぞ」
私が、そんなことを妄想をしていると、先頭を歩く戦士が声をかけてきました。
「あ、大丈夫です、いま行きます」
妄想中に突然声を掛けられてびっくりした私は、とっさにそのスライムを胸元に隠して返事をしました。
私は、妄想の続きでニヤニヤしながら、ダンジョンの出口に向かいました。
スライムさん…
◇
ゼリーみたいなスライムさん…
「ゼリースライムさん」
私は、机の上のスライムさんに声をかけてみましたが、相変わらずプルルンとしているだけで反応はありません。
声は聞こえてないのでしょうね。
耳は無いみたいですし。
ところで、「ゼリースライム」って長いですね。
もう少し短くできないかな。
私の名前も本当は「サワターニャ」なんだけども、みんなから「サワ」って呼ばれてるし。
そう言えば、小っちゃいころは「ターニャ」って呼ばれてたな。なつかしい。
えっと、ゼリースライムだから…
「リムさん!」
「!」
ゼリースライム、略してリムさん、我ながらナイスな呼び名ですね。
なんか不思議なほどしっくりきます。
ところで、さっきリムさんを呼んだとき、なんか反応してビクッてしたように見えましたが、気のせいですよね。
だって耳が無いのですから。
さて、名前も決めたことだし、次は何をしましょう。
そうそう、なにか食べものをあげるんでした。
桃ゼリーみたいになったリムさんは見てみたいですが、さすがに手近に桃は無いので別のものを探します。
「なにか食べれそうなものは…と」
窓際の鉢植えが目にとまりました。
あれって、クテ草っていう食べれる薬草でしたね。
ちょうどいいです。
これをあげてみましょう。
そう言えば、今日は、このクテ草のなかまのハポクテ草をダンジョンに採りに行って、帰りにリムさんを見つけたのでした。
もしかして、リムさんはもうハポクテ草を食べたことあったりして。
「とりあえず少しね」
私は、窓際の鉢のところに移動して、もさっと生えているクテ草の葉を一枚だけ摘んで、またリムさんの前に戻ってきます。
戻ってきて、リムさんを見て思いました。
どっちが前で、どっちが後なのかな?
なんか、糸みたいなのが2本ついてますね。
これが目だったりして。
「どこで食べるんでしょう…?」
餌をあげるといっても、肝心の口がないからどうやったらいいのかさっぱり分かりません。
とりあえず、クテ草の葉っぱをリムさんに近づけてみました。
すると、
「うおっ」
うっかり変な声が出てしまいました。
リムさんの予想外の反応です。
なんと、草とリムさんの身体の接触部分が溶け出したではないですか!
リムさんのきれいな半透明の水色の身体に、クテ草の深い緑がすうっと染み込んだかと思うと、ぱあっと広がり、そして消えて行きました。
「うふ、おもしろい」
私は、それが面白くて、次々にクテ草をあげます。
すごい、どんどん食べるのね。
いっぱい食べても体は水色のままね。
食べたクテ草はどこにどこに行っちゃうのかしら?
たくさん食べたら大きくなったりするのかな?
そこで、私は、ダンジョンからリムさんを手で触れて持ち帰ったことを思い出しました。
「どうして、私の手はたべなかったのですか?」
私は、リムさんに聞いてみます。
口のないリムさんは、とうぜん返事ができません。
もしかして、牛みたいに草しか食べないのでしょうか?
それとも、人間は食べないのでしょうか?
それとも、私のことは食べない…?
私は、そんなことを考えながら、何気に人差し指でリムさんを突きました。
すると、指がリムさんの体にすうっと吸い込まれていったのです。
「キャッ!」
指が溶けている!
そう気が付いて、私はすぐに指を引っ込めました。
「ああっ!指が!私の指が!」
指が…ある。
「あれ?」
溶けてなくなってしまったと思った私の指は、ふつうに、あるべき形で私の手に繋がっていてました。
「これは…」
いったいどういうことでしょう?
それは、なんとも表現しにくい感覚でした。
指が吸い込まれてしまうような、そんな感じがしたと思ったら、人差し指の先の方が見えなくなって、てっきり溶けてしまったのだと思いました。
「不思議ね」
今度は、慎重に。
ゆっくりと。
私は指をリムさんに近づけていきます。
「あ、そういうことなのですね」
指がリムさんの中で消えた理由がわかりました。
光の屈折ね。
私は、学校で習った光の屈折と言う言葉を思い出しました。
お風呂に指を入れて、水面から見ると、指が消えたように見えるあれですね。
それにしても、この皮膚に吸い付く感じとか、吸い込まれる感じとか、すごく気持ちよくて癖になりそうです。
もっと奥まで指を入れたい…
そう思いましたが、私は、いったんリムさんから指を抜くことにしました。
「濡れてる…」
私は、自分の指が濡れていることに気が付きました。
「どうして…」
ゆっくり指を入れてる時に気が付いたのですが、指がリムさんの皮膚を突き破って中に入ったわけはなかったのです。
実際には、リムさんが柔らかく変形して私の指を包み込んでいたのでした。
それで私は、昔の出来事を思い出しました。
それは、私がまだ「ターニャ」と呼ばれていた頃のことです。
小さいころから、好奇心旺盛だった私は、探検ごっこが大好きでした。
ある日、お父さんとお母さんの部屋に忍び込んで宝探しをしてました。
そして、すごく薄くてよく伸びるゴム風船を見つけたのです。
それは、私の知っている風船にくらべ何倍も良く伸びました。
私は、それを、こっそりお風呂に持って入って、お湯を入れたり、ふくらましたりして遊んだのです。
その時のお湯を入れた風船もすごく柔らかかったですが、リムさんはそれをもっと柔らかくした感じです。
でも、それなら、なぜ指が濡れたのでしょう?
不思議です。
指がなんともないことを確認した私は、今度は2本の指で、そしてもっと奥まで入れてみることにしました。
「リムさん、痛かったら言ってくださいね」
喋れないリムさんに、そんな無茶な事を言いながら、私は人差し指と中指の2本の指を重ねて、ゆっくりとリムさんに挿入していきます。
2本の指は、抵抗もなくゆるゆると指の付け根まで入っていきました。
「気持ちいい…」
私は、もっと感触を味わいたくて、指を入れたり出したり、リムさんの中で曲げたり伸ばしたりします。
なんでこんなに吸い付くの。
ほんとに溶けてしまいそう。
リムさんも気持ちいいのかな。
好奇心が私を突き動かします。
「次は…」
私は濡れた指をリムさんから引き抜くと、今度は指を3本に増やしました。
「リムさん、すごい」
リムさんは、3本の指も難なく飲み込んでしまいます。
「これは、どうです」
次は、思い切って5本全部で試すことにしました。