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私の幸せは私が決めます。あなたは黙っていてください!

作者: 硝子町 玻璃

「エリザ、先日のフォーハイド男爵の息子の件なのだがな。あの男との婚約はなかったことにするよう、私から話を通しておいたから安心するといいぞ」


 嬉々とした様子で語ってくる男に、エリザは嘆息した。その様子を見て、父であるダグラスは不思議そうに目を丸くする。


「どうした? あんな奴と結婚する必要がなくなったんだ。喜ぶところじゃないのか?」

「……ありがとうございます、お父様」


 ここで文句なんて言ってしまえば、何時間も説教を受ける未来が待っている。だから感謝する振りをして礼を言えば、ダグラスは満足げに頷いた。

 これで四度目だ。娘はそう落胆しているとは露知らず。




 暗い表情で部屋に戻れば、姉のクレアが渋い表情を浮かべて待っていた。


「ちょっとどういうことですの!? この間の相手も駄目って意味分かりませんわよ!?」

「わ、私にも分かんないよぉ……!」


 全力で父にドン引きしている姉に、エリザは安堵と困惑と悔しさで涙を零し始めた。父のやり方をおかしいと思っているのは自分だけではない。それだけでも大きな救いとなった。

 号泣しながらクレアに抱き着くと、姉は頭を何度も撫でてくれた。昔は素手で蛇を持って爆走していた暴れん坊だったのだが、結婚して子供を持つとこうも大人しくなるのかとエリザは少し思った。


「いい知らせがあるって父様から手紙が届いたから、おっついにいい相手が見付かったのかと思って喜んで帰って来てみれば、『私と話が合わない男は、エリザの夫には相応しくない』だとか言って一方的に婚約破棄!? あの人の頭の中はプティングで出来てますの!?」

「でも、前の人の時も酷かったの。『若い頃の私に比べて容姿が劣っている』って言い出しちゃって……」

「若い頃の父様? 肖像画見ましたけど、あんなブーチョッチョ相手なら大抵の男は勝ってますわよ!」


 久しぶりに会った姉はキレッキレだった。恐らくは父本人に対しても色々と言っていたのだろう。フォーハイド男爵の息子の話をする前に、父は「クレアは相変わらず私の考えを理解しようと努力すらしていない」と言っていた。

 本当はエリザだって、思っていることを全部ぶちまけてしまいたい。


 母が事故で亡くなったのは、エリザがまだ物心つく前だった。乗っていた馬車が崖から転落してしまったのだという。崖の下は流れの速い川になっており、母の死体は見付からなかったらしい。

 それ以来、父は母の分までクレアとエリザに愛情を注ぐと誓った。特にエリザのことを溺愛し、「自分が認めた男としか結婚させない」と口癖のようによく言っていた。

 昔はそれを聞いてエリザも、そのくらい父から愛されているのだと喜んでいた。

 しかし、それは最悪の形で現実のものとなった。

 母譲りの美しい銀髪の持ち主で、男爵家の娘であるエリザの下に縁談は舞い込み、婚約までこぎつく。だが、決して結婚まで至らないのだ。


 最初の相手は、そのまま飲むのが一番美味しい(父親談)紅茶に砂糖を入れたから。

 二人目の相手は、服のセンスが時代遅れだから。

 三人目と四人目は先程言った通りだ。


 性格的には何も問題のない青年たちに、難癖をつけて外れ認定をするのだ。

 二人目までならエリザも少しだけ文句を言っていた。その度にダグラスは、自分はエリザのために男を慎重に見定めているだけ、エリザに幸せになって欲しいだけだと長々と語るのだ。

 男を見る目がないとエリザを責めて、挙句の果てに母もきっと自分と同じ意見だとのたまう。最後の辺りは涙声になりながら言うので、エリザも強く出ることが出来なかった。

 それにただでさえこんな状態なのに、怒らせてしまえばどうなるか。想像するだけで恐ろしかった。


「……もう駄目ですわ。エリザをこんな家に置いておいたら、一生結婚出来ない!」


 クレアは怒りを込めて叫ぶように言った。どういうわけか、ダグラスはクレアの結婚に関しては一切口を挟まなかった。もしかしたら、同じように妨害を受けていた可能性があるが、このような性格である。父と言えども御することが不可能だったのかもしれない。暴れ馬の異名は伊達ではない。


「エリザ、うちの屋敷に来なさい! 私の旦那も父親から引き離した方がいいんじゃないかって言ってましたし!」

「いいの?」

「お姉ちゃんに任せなさい!」


 姉に任せたら、本当にエリザはその日のうちにこの家から脱出することが出来た。クレアが嫁に行った侯爵家の屋敷でメイドが辞めてしまって人手不足だから、エリザを連れて行きたいと理由を付けて。

 当然ダグラスは反対した。貴族の娘に召使をさせろと? いくらクレアの下であっても、それは認められないとテーブルを叩いて抗議した。


「いいか、クレア。エリザには学ばなければならないことがまだまだたくさんあるんだ。メイドとして働かせる? 馬鹿を言うな!」

「エリザはもう十八ですわよ?」

「まだ十八だ!」

「いえいえ、もう一人前の大人ですわよ。それなのにまだまだある? 父様が雇った家庭教師は今までエリザに何を教えていたのでしょう。エリザに男を見る目がないとか言っている暇があったら、自分の見る目を疑うべきですわ」


 ものすごい切り返し方だ。父も顔を真っ赤にしつつ固まっている。


「ええいエリザ、お前からも言ってやれ! この家から出て行きたくないと!」

「わ、私は……」


 まるで自分がわるいことをしたかのように睨まれて、エリザはびくっと身を竦めた。

 すぐに頷かないともっと怒鳴られるかもしれない。そう思うと、体が震えて思わず姉の方を見た。クレアは何も言わず、エリザをまっすぐ見据えるだけだった。

 エリザの幸せと成長を願っている姉の優しい目だ。


「私はお姉ちゃ……お姉様の下に行こうと思います」

「正気か、エリザ! いいや駄目だ、お前をこの屋敷から出すわけにはいかん!」

「嫌です! お姉様と一緒にこの家を出て行きます!」


 語気を強めて叫ぶとダグラスは一瞬怯んだものの、すぐにエリザに手を伸ばしそうとしたが、それを横から伸びた手が払い除けた。

 見知らぬ金髪の青年がダグラスを睨み付けていた。


「いいタイミングで来てくれましたわね、クライヴ」

「クレア様が予定の時間になっても馬車に戻らなかったので」

「エリザ、紹介しますわね。この男はクライヴ。私の旦那の従兄弟で、城で文官やってますわ」

「え? え? 何でそんな人がお姉様と一緒に来たの?」


 というか、馬車でずっと待たせてたの? とエリザは戸惑う。ダグラスは自分よりも立場の高い侯爵家の人間、それも文官と聞いて憮然とした表情で黙り込んでいた。


「言っちゃってよろしいかしら?」

「……今はおやめください」

「もうあなたも照れ屋さんですわねぇ」


 妹と父を置き去りにして、クレアはニヤニヤ笑いながらクライヴの脇を肘で突いていた。酔っ払い親父のような絡み方なのだが、無表情で止めさせようとするクライヴは、明らかに姉の対応に慣れている。

 だが、エリザと視線が合いそうになると、どこか気まずそうに視線を逸らしてしまった。

 何もしてないのに嫌われている、とショックを受ける妹の両肩に手を置き、クレアが宣言する。


「それじゃあ、クライヴももう帰りたがっているので帰りますわね」

「ま、待て。エリザを置いていけ!」

「なーに言ってますの、私のエリザでもありますわよ。文句があるのなら私の夫に言ってくださる? あの方はエリザが屋敷に来ることに賛成してますわ」

「ぐ……っ!」


 ここで強引にエリザを引き留めれば、クレアの旦那である侯爵に喧嘩を売るようなものである。いくら何でもそれは出来ないと、ダグラスは悔しそうに呻いた。


「いいのか、エリザ!? 私の助けなしにお前が幸せになれるわけがないんだ! きっと後悔するぞ!」

「後悔する時が来るとしても、私の幸せは私が決めます! だからお父様は黙っていてください!」


 まるで娘の人生は自分次第とでも言うようなダグラスの言い分に、ついにエリザの堪忍袋の緒が切れた。父と同じくらい顔を真っ赤にして怒鳴ると、室内が静まり返った。

 言った。ついに言ってやった。姉がついているという安心感のおかげだが、ずっと胸のうちに抱えていたものを吐き出すことが出来た。


「……お姉様、今から身支度をするから手伝ってくれる?」

「当然ですわ!」


 必要なものだけを持って屋敷から出ていく。その際、ダグラスが何かを言おうとしていたが、クライヴに睨まれると大人しくなった。




 その後、侯爵家でメイドとして働くことになったエリザは自らの選択を後悔──しなかった。

 父や父の指示を受けた使用人たちと暮らしていたエリザにとって、新しい居場所は天国のような場所だった。何もかも父の言う通りにしなければならなかった前の暮らしとは違い、たくさんの自由がある。

 掃除や洗濯、食事の準備などやることは多いが、勉強をしているかひたすら父の話し相手になっていた毎日に比べて、楽しくて仕方ない。クレアや侯爵はメイドにすると言ったのは、家から連れ出す口実だったからやらなくていいと言ってくれたのだが、二人を説得して今も続けている。


「エリザはいるだろうか」

「クライヴ様、おはようございます」

「ああ、おはよう」


 クライヴもちょくちょく屋敷にやって来る。何故ならエリザの婚約者だからだ。

 あの日彼がクレアについて来たのは、エリザに会うためだった。しかし、恥ずかしがり屋な性格が災いして、顔を合わせる勇気が出せず馬車に残っていたのだ。エリザは覚えていないのだが、侯爵がうちに挨拶しに来た時に同伴しており、エリザに一目惚れしていたらしい。


 ダグラスは二人の婚約を認めざるを得なかった。というより、認めるしかない。

 クレアの夫の従兄弟で文官。しかも有能な仕事ぶりで国王からの信頼が厚い。そんな人物を

こき下ろすのは、敵をたくさん作ることを意味する。


「あ、あのお菓子を焼いてみましたので、召し上がっていただけますか……?」

「ありがとう。城では休憩を取ることが殆どない。陛下からも可愛らしい婚約者がいるのだから、もっと休めと怒られてしまった」


 気恥ずかしそうに微笑む姿に、エリザも頬を緩める。ようやく手に入れることの出来た幸せだ。



 しかし、この後エリザだけではなくクレアにも大事件が起こる。


 死んだと思っていた母親が侯爵家を訪ねて来たのだ。


「うわっ、本当に母様ですわ!」

「大きくなったわね、クレア、エリザ。そして……今まで苦労をかけさせてごめんなさい」

「お、お母様……?」


 母と過ごした記憶がないためか、実母との対面にも拘わらずエリザの目から涙が流れることはなかった。クレアも嬉しそうにしているが、泣く様子はない。おかげで湿っぽい雰囲気にならずに済んだ。


「実はね、あの人から離れたくて事故を装って逃げ出したの……」


 父の母に対する束縛はエリザ以上のものだった。屋敷に友人を招くことを禁じるだけでなく、使用人との会話さえ許されない。味や服の好みもダグラスに矯正され、読書をする本も指定されたものだけ。

 妻というよりもペットのような扱いを受け続け、反抗すれば娘たちに隠れて暴力を振るわれたらしい。

 そんな生活に耐え切れず、娘二人を残して逃げ出してしまった。今は遠く離れた場所で新たな再婚相手と暮らしているという。


「そういえば母様ってエリザと同じで、物静かな方でしたわね」


 だから、妻によく似たエリザを溺愛して自分の思うがままに操ろうとしていたのでは。そう推測するクレアに、エリザは寒気を覚えた。

 もう二度とあの人に関わりたくない。たとえ実の父親だとしても。いや、だからこそ。


 エリザのそんな願いが叶ったのか。その一ヶ月後、ダグラスが屋敷に忍び込んだ盗人に殺されたという報せが届いた。








「ここから出せ! 私はエリザのためにやったのだぞ!? 親が子供のために動いて何が悪い!?」

「悪いですわよ。娘とラブラブの婚約者に殺し屋を差し向けるなんて普通しませんわ」

「クレア様と同意見です」


 城の地下にある牢獄。その中で喚く男に、クレアとクライヴは互いの顔を見合わせて溜め息をついた。

 ダグラスの罪状は、クライヴの殺害を殺し屋に依頼したこと。エリザとクライヴの結婚を阻止するためだ。

 だが、その殺し屋はまだ誰も殺したことのない新人だった。ビギナーズラックが発動することもなくあっさり捕まり、尋問すると秒でダグラスの名前を出した。


「私がいなければエリザは……」

「はぁ? エリザがいなきゃ父様が駄目になるだけで、あの子は父様がいない方が元気ですわ」

「そ、そんなはずはない。私がこんなことになってエリザだって悲しんでいるんじゃないのか?」

「あなたが殺し屋を雇ったと知られれば、エリザやクレア様が世間からどのような目で見られるか分からない。そこで陛下と話し合い、事件について公表しないと決めた。あなたは強盗に殺されたことになっている」


 淡々とした声で告げられた事実に、ダグラスの顔色が悪くなっていく。


「何を馬鹿な……私を一生ここから出さないつもりか!?」

「出さないに決まってますわ。陛下のお気に入りの文官を私情で殺すとか大罪ですわよ。極刑にならないだけマシと思ってくださいまし」

「ク、クレア、お前も私の娘だ。父がこんな惨めな思いをして辛いのではないか……?」

「……あんたのせいで妹が一生結婚出来なくなるところだったわけよ。うふふっ、今は最高の気分ですわね!」

「う、ううぅぅううぅう!! お前まで私から離れていくのか……!? 嫌だ、嫌だ行かないでくれエリザ……!!」


 ようやく本心をぶちまけたダグラスだったが、その叫びがエリザに届くことはない。


 

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― 新着の感想 ―
[一言] 子供捨てた挙句ほとぼり冷めてから戻ってきた母親気取りの屑は殺されないの?
2021/09/29 04:28 退会済み
管理
[良い点] お姉ちゃんがしっかりしててよかった・・・ ありがとうおねえちゃん・・・ [一言] 父親も屑なら、子供を捨てて逃げてほとぼりがさめてウキウキで戻ってくる母親もなかなかの屑でお似合い夫婦だった…
[気になる点] ダグラスが屋敷に忍び込んだ盗人に殺されたという報せが届いた。 っと書いてあるのに牢屋に入れられているのはおかしいと思います
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