前兆
新連載を始めました。
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学園要塞艦「わだつみ」艦上。時刻2245、午後10時45分を示す。
艦上構造物である御旗学園学徒隊宿舎の自習室で、羽佐間勇名は熱心に数学の問題に取り組んでいた。
扉が開く音に勇名が視線を上げると、今夜の当直でバディになる中村達彦が呆れ顔で勇名を見ている。
「夜間当直あるのに勉強してたの? 体力もたないぞ」
「歩哨くらい、仮眠がなくてももつさ」
「明日の授業だってあるのに」
「眠気のピークがくる午後一番の授業が短艇訓練だから、問題ない」
短艇という大勢で漕ぐボートの授業は、体力的にきつくて眠くなる余裕などない。
勇名は立ち上がり、思い切り身体を伸ばす。
「よし、行くか」
手早く勉強道具をまとめて持つと、自習室入口脇のスイッチで電気を消して、達彦と当直室に向かう。
「なんでもいいけど、身体壊すなよー」
「ああ、気をつける」
御旗学園高校では、学徒隊への入隊は自由意志に任されている。とはいえ、高い学費を払って一般生徒になれるのは一定以上の富裕層の子どもばかりだ。
家計に余裕のない家に生まれた者は、学徒隊に入隊して、学費免除と学徒補助金に頼って学園生活を送っている。
勇名も達彦も一般家庭で育ってきたため、学徒隊に入隊して御旗学園の生徒になった。
無駄話はせず、薄暗い廊下を歩き、01甲板(艦上構造物の二階)まで階段を降りる。暗い宿舎に二人分の足音だけが響いている。01甲板につけば、階段のすぐ脇に、学徒隊生徒当直室がある。
当直室で当直士官の早ヶ瀬三尉から二四式5.56mm自動小銃を受領し、今夜の配置を命令される。
普段は勇名と達彦のクラス担任で、親しく話している早ヶ瀬三尉も、当直の作法に則って無駄話はしない。
敬礼をしてから当直室を出て、第1甲板に下りると、どこかから海風が入り込んで寒さを感じる。
達彦が小声で勇名に話しかける。
「左舷ブロックに配置されるなら、外套持ってくればよかったよ」
「そうだな。割と高緯度を航行中だからか、秋の夜風って感じするよな」
街灯が少なくて暗い第1甲板を歩いて、左舷ブロックに向かう。宿舎からは比較的近いので、どうしても寒ければ達彦か自分のどちらかが二人分の外套を取りにいけば良さそうだと、勇名は考えた。
艦上から見上げる星空はいつも綺麗だ。勇名が視線を上げていると、視野の下の方で、わだつみに随伴している八洲皇国の空母から艦載戦闘攻撃機が飛び立つのが見える。
「スクランブルかな。物騒な」
達彦がため息混じりに言う。
勇名も同じようなことを考えた。
「俺らが当直の日に勘弁して欲しいな」
スクランブル発進した結果がどうだったのか、いちいち聞き取りをして当直日誌に書かなければいけないのだ。所属不明機が一度の警告で帰ってくれたとしても、それなりの文字数になる。
前の当直者と交替して、海の見える左舷エリアの哨戒を始める。
夜の水面は、基本的に真っ黒で何も見えない。ただただ月明かりばかりを返して、潮風が吹き抜けるだけだ。
勇名と達彦が暗い海を眺めつつ、小声で話していると、わだつみ艦上の滑走路の方向で、緊急連絡の放送が入ったようだとわかる。随伴空母でも、慌ただしく次の艦載機の発艦準備がされている。
「うわぁ、本当に所属不明機来ちゃった感じ?」
達彦の面倒臭そうな声が、人気のない艦上に響く。
学園要塞艦の中には、無数の未開放エリアがある。そこには、超古代文明国家日本の遺産が詰まっている。
それを狙う勢力は多いが、学徒隊の編成と、発掘したての最新技術を用いた兵器の独占によって、学園要塞艦は非常に高い防衛力を誇る。
実際、その力が恐れられて、十五年以上も実戦になることはなかったという。
おそらく今回も、近くに学園要塞艦のレーダー反応があるのをうっかり見落とした民間の飛行機が近づきすぎてしまっただけではないのか。
そんなことを考えて、勇名と達彦が足を止めていると、ラッパの音が夜空に響く。
「総員起こし。第一種防衛体制に移行。訓練ではない。繰り返す。第一種防衛体制に移行。訓練ではない」
「おいおい、所属不明機くらいで大袈裟じゃないのか」
達彦がそう言いながら、慌てて周囲を見回す。
「とにかく、歩哨は最寄りの連絡管で現状報告、連絡管近くから全方位警戒だ」
「そうだよな。連絡管……あそこだっ」
艦内のあちこちから足音や点呼の声が聞こえて、にわかに周囲の騒がしさが増す。
勇名と達彦も走って連絡管のそばまで移動する。
「勇名、周囲の警戒を頼む」
「わかった。連絡は頼んだぞ」
達彦の連絡の様子を聞きつつ、全方位に注意を払う。訓練通り、全てはいつも訓練で教わった通りにやればいいだけだ。
艦首から舷側、艦尾方面まで、空に異状なし、第1甲板360度に異状なし。舷側の海面に異状な……。
海面が勢いよく盛り上がり、現れた二つの大きな目に光が宿る。
「機甲神骸? そんな……」
機甲神骸の肩部からワイヤーの先端が放たれ、甲板を突き破り、爪がかけられたようだ。
「達彦、海面から機甲神骸が浮上、乗艦する様子」
「はぁ!? 何バカなことを言ってんの?」
「いいから、早く連絡しろよ」
「うわっ、マジかよ。陸潜両用型?」
「早く連絡!」
達彦が連絡管に口を近づけたが、慌てすぎて支離滅裂になっている。
「落ち着けよ、まずはブロックから報告だろ」
達彦に声をかけつつ、機甲神骸を注視する。背中の辺りが盛り上がり、ミサイルポッドと思われる四角い箱が現れる。上の蓋が開くと、次々に小型ミサイルが打ち上げられる。
その弾道を追って見ると、甲板防衛の要である陸戦群司令部を直撃し、大きな火柱を上げる。
「そんな……、嘘だろ……!?」
周囲で待機していた十両ほどの戦車もミサイルの直撃を受けて爆発している。
「くそっ、めちゃくちゃヤバイ!」
達彦が悲鳴のような声を上げる。
「陸戦群の奴らが……」
勇名は同期もたくさんいるはずの陸戦群司令部が燃え上がるのを見て、歯軋りをする。
「卑怯な奴ら!」
勇名は二四式小銃を構え、敵機甲神骸の目を狙う。神骸の目を保護する強化ガラスに傷がつくだけでも、視界が悪くなるはずだ。
つまみを連射に切り替え、照準して引き金をひく。銃声が響き、敵の目に何発も命中する。足元からは排出された薬莢が甲板上で跳ねる音が聞こえる。
敵の視線がこちらに向いたような気配を感じて、達彦の腕を掴み、一緒に姿勢を低くする。
「多分、上がってくるぞ。距離をとろう」
「……わかった」
「こんな奇襲をしてくる奴らなら、対人クラスター弾を使ってくるかもしれない。第2甲板に降りられる場所まで一気に走るぞ」
「わかった。生徒宿舎の階段が一番近いか?」
「そうだな」
勇名と達彦は目を合わせてタイミングをとり、低い姿勢で同じ方へ走り出す。後ろでは、ワイヤーが巻かれる音がする。おそらく、敵機甲神骸が第1甲板に登ろうというのだろう。
なんとか生徒宿舎まで走り、その入り口付近から敵の様子をのぞき見る。敵は上陸を成功させ、不器用な足取りで近づいてくる。
何かを捜すように頭部を左右に振りながら歩いている。
各国の兵器に詳しい達彦が、食い入るように敵を見ている。
「あの足取り、ただの潜航型に無理矢理ワイヤーやミサイルポッドを艤装したみたいだな。はじめから陸潜両用に作られたものではなさそうだ」
「さすが達彦だな。対人クラスターは装備されてるか?」
「見た限りでは大丈夫そうだけど。そもそも潜航型は情報が少なくて、元の形を正確に知ってる訳じゃないからな……」
「おい、お前ら! 無事だったなら、早く第2甲板まで避難だ」
当直士官でクラス担任でもある早ヶ瀬三尉だ。第2甲板、陸地でいえば地下一階のフロアまで行けという。
「他の生徒の避難は当直者も含めて完了してる。お前たちが最後だ」
「わかりました。急ぎます」
「羽佐間は、俺と一緒に第2港湾ブロックへ移動だ。直接行くぞ。中村は生徒担当士官への報告を頼む」
「はい!」
達彦が敬礼し、早ヶ瀬三尉が答礼する。
勇名は早ヶ瀬三尉の後を追い、第2港湾ブロックに向かう。そこは、わだつみに艦載された機甲神骸のドックになっている。
「陸戦群の司令部がやられたのは見えたか」
「はい。かなりの被害に見えました」
「ああ。だから、戦車も陸戦型機甲神骸も、しばらくは使えないそうだ。仕方なしに水上型で迎撃する。羽佐間の六式も陸戦適性があるから、久々になるが起動するからな」
「今日の永遠の調子は?」
「まずまずといったとこだ。羽佐間次第だな。敵は二柱。君たちが発見したのと同じ型が、右舷からも侵入している。羽佐間は時間稼ぎだけでもいい。とにかく、どうにか永遠を動かしてくれ」
「はい」
士官専用通路を使い、第2港湾ブロックまで走りきると、開けた空間に数柱の機甲神骸が並んでいるのが見える。
早ヶ瀬三尉のA-14S一号機と勇名の六式が、緊急出撃のため準備されている。各種艤装は、ほぼ陸戦用に取り替えられつつある。
「A-14Sが一柱だけでも配備されててよかった。こいつがなければ、艦艇群で陸戦適性あるのは六式だけだったんだ」
そういって、早ヶ瀬三尉はA-14Sに向かって走って行く。
勇名は永遠を探しつつ、六式に向けて走る。
高さ約18mある六式の足下で、永遠が数人の白衣組に囲まれていた。
「嫌だよ! お兄ちゃんを戦争に巻き込むなんて」
「勇名君はもうすでに戦争に巻き込まれている。君の知らないところで彼が死ぬのと、自分で守れるところにいさせるのと、どっちがいい?」
勇名は永遠の傍まで行くと、その右手を両手で包んだ。
「永遠! 頼む。六式に乗らせてくれ。このままだと、たくさんの仲間が」
「お兄ちゃん、六式の実戦でどれだけの侵食があるかわかっていってる? 一度の実戦で数年寿命が縮まるって言われてるんだよ」
「わかってる。お前と組めと言われたときから、ずっとそれをわかって言ってるんだよ。仲間を守るための力を、貸して欲しいんだ……」
「お兄ちゃんのバカ。自分の命より大切なものなんてないんだよ」
「永遠が力を貸してくれないなら、俺は小銃だけ持って敵の機甲神骸を止めに行くよ」
「バカ!」
永遠が勇名の手を振り払う。不服そうな顔をしながらも、その身体に光を纏わせていく。
かつて八洲海軍で「青い死神」の伝説を作った六式水上型機甲神骸「永遠」の目に光が宿る。勇名にはそれが、わだつみに侵入してきた忌々しい怪物の目玉と同じ物に見えた。
次回、機甲神骸同士の戦闘が繰り広げられます。
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