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地雷女百鬼夜行  作者: 黒須
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第一章 学歴目当ての女 最終話

「ということがあってだな…って、どうした(さとし)


広くはないが、こざっぱりと整理整頓がなされたワンルームマンションの一室で、ストロングゼロの缶がベコベコと音を立てて形を変えていっている―かと思ったら、ありったけの力を込めてテーブルに叩きつけられた。


歯切れのいい金属音が、夜の11時の室内に響き渡る。


「何だよその女!人のことを何だと思ってんだよ!オメーは桐谷美玲か?ガッキーか?又はそれらの方々に準ずる美貌、魅力及び才能をお持ちのどっかのどなたかか?」


「ちょっと聡、今まあまあ深夜だから」


ここは都内某住宅街のマンションの一室。

彩の良い手料理が乗った小さなテーブルを、仕事帰りと思しきワイシャツにネクタイ姿の三人の男が囲っている。


「まあ、あの時は俺も若かったというわけだ。実際『無料でヤレるならいいかも。風俗行く金浮くわ』って気持ちもあったし」

河野 巧(かわの たくみ) 27歳 

大手会計事務所勤務 税理士。


「ゲスイなぁ。だとしても言っていいことと悪いことがあるだろ、その女」

阿川 聡(あがわ さとし) 26歳

不動産会社勤務 営業職。


「巧は昔からモテたからね。バイト先でも彼女いたし。まあ、その彼女も巧が東大生だって知ってから、アプローチし出したんだけどね」

小田 健斗(おだ けんと) 27歳

不動産会社勤務 営業職。


「っかー!巧、ほんっとーにごめん!オレ、初めて巧に会った時、『東大卒三高なんて、女は選び放題で、オレみたいなMARCH卒の恋愛難民のことなんて、お前はTEN●Aでも恋人にしてろ、何なら俺の高給で10年分買い与えてやるぞ、とか見下してんだろ!氏ね!』とか思った!ハイスペ男子には、ハイスペ男子の悩みがあるよネ!」


「何だ、俺は初対面の人間に死を願われていたのか」


「『死ね』じゃなくて『氏ね』だから、生存権の与奪までは願っていない。大丈夫☆」

「非礼を働いた張本人が『大丈夫』って意味不明だぞ」


出会いは半年ほど前、有楽町の居酒屋で、仕事で理不尽な目に遭った聡が職場の同僚の健斗を誘って(巻き込んで)やけ酒をしていたときのことだ。


たまたま、健斗の学生時代のバイト仲間だという巧がその場に居合わせ、三人で意気投合して以来、かなりの頻度で聡の自宅で飲み会を開いている。


基本的に酒は巧と健斗が持ち寄り、つまみは料理が得意な聡が作っている。


「現実にいるんだね。そういう2ちゃんのスレに出てきそうな女って」


「自分で言うのもなんだけど、学歴目当ての女は多かったな。」


「男はお前らのブランド物じゃねー!職場にも慶田卒の女の子けっこういるけど、そんなヤツ一人もいねー!」


聡は男性には珍しいタイプで、感情がまっすぐに表情や言動に現れる。


穏やかな健斗とは職場ではいいコンビなのだろう。


ポーカーフェイスの下に本音を隠しがちな巧には、少し羨ましくもある。


「そんな子ばかりじゃなかったけど…」


それは心からの本音だった。


もう十年近くも前のことだが、今でも褪せることなく脳裏に刻まれている。


長きに渡る日々の努力を実らせ、東大に合格した日。

自宅でWebサイトを確認した後、約束の場所に駆け付け直接合格を伝えた。


「……おめでとう。お祝いしないとね!」


祝福の言葉の前に、確かに間があった。


一瞬だったが、表情が曇ったのを見逃さなかった。


東大への合格を知り、新天地への希望に心を躍らせるあまり、大事な問題から目を反らしていた。

東大に進学するということは、地元を離れるということ。


離れていても気持ちは変わらない。俺たちは大丈夫――

そう信じて疑わなかったのは自分が若かったから、とその後知ることになる。


「っしゃー、まだまだ飲み足りねえ!つまみ追加するぞ!豚キムチでいいか?」


「この時間に豚キムチってチョイスが若いな」


つくづく聡といると、いい意味で調子が狂う。


人が感傷に浸っていたのを、豚キムチで現実に引き戻してくる。


「聡って本当に料理上手だよね。職場でも外回りないときはお昼手作りのお弁当だし。彼女作るより、嫁に行ったほうが早いんじゃない」


「んだよ健斗、そんなこと言うなら、鈴菜ちゃんとじゃなくて、オレとルームシェアでもするか?三食聡さんの手料理付きだぞ」


「……できるなら、そうしたいくらいだよ…聡、エプロンでお尻隠すのやめて」


健斗は職場の後輩女子からの猛アタックに屈し、彼女との同棲生活が数か月を経過したところだ。


日々彼から笑顔が減ってきていることに、ほぼ毎日職場で顔を合わせている聡が気付かないはずはなかった。


聡はそれ以上の言及はせずに、黙って細かく切った豚バラをフライパンで炒めはじめた。


巧はノートパソコンを開き、職場で残業している後輩に送るメールを打っている。


しばらく、三人の間に会話がなくなり、台所から肉とキムチを炒める音だけが届く。


自分だけやることがなくなったので、健斗はおそるおそるスマホを確認した。


特に着信は来ていない。

そういえば、今日は向こうも飲み会だって言ってたな。


――なら、こっちも多少は羽目を外すか。


「…せっかくだから、聞いてもらおうかな」


食欲をそそるごま油の香りとともに豚キムチが運ばれてきたとき、健斗は新しい缶チューハイの蓋を空けた。


まだまだ夜は終わらない。


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