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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ナンセンス系

よくある名前のない一日

作者: 平之和移


朝五時七十二分。コンクリートというあだ名をつけられているといいなと思う本名田中佐藤吉川という中学マイナス一年生の男が、仕方なく目覚める。目覚めるとは記したが実際には布団に首を絞められて窒息死していたので、蘇ったといったほうが正しい。もう一回黄泉でダンスでもしていたいが、学校へ行くのは人体の義務だ。仕方なしにベットから洗面台まで発車する。


洗面台ではいつものように歯を抜き取って一本一本洗い、ついでに顔の皮を剥がして水で綺麗にする。習慣が終わったあとはスマホを見る。歯磨きの直後の飯は不味いに決まっている。スマホもうっとりとこちらを眺めている。スマホは、ニュースを確認する田中佐藤吉川に触られて妖艶に体をくねらせた。お陰でタップすらできなくなった。


そろそろ歯磨き粉の味も退散したので朝飯といこう。田中佐藤吉川の両親は共働きで、自宅警備を仕事としている。それぞれの自宅は郊外にあるので、すでに両親は働きに出掛けている。なので、朝飯は田中佐藤吉川が作ることになる。が、昨日の晩飯がシチューだったので作る必要はなくなった。ゴミ箱いっぱいのシチューだ。


田中佐藤吉川特製のゴミ箱シチュー。鼻水をかんだティッシュやニンジンの皮、埃に髪の毛にトッピングとしてコーラの缶まで。朝から豪華だと田中佐藤吉川は満足げに微笑む。そうそうシチューといったらパンだ。だがパンは昨日食べ尽くしたことを思い出した。パンがないシチューなぞ、枕のないベットのようなものだ。そこで、近くに停めてあった車のバンをパン代わりとすることにした。味について多くは語らない。美味いに決まっているからだ。


それからは学校へ行く支度を始める。現在六時三百二分マイナス五十分辺りだろうか。時計は確か二十七万を指していたような気がするが、のんびり屋の田中佐藤吉川には関係のないことだった。


寝巻から学生服に着替えるにあたって、まず体の筋肉を脱ぐことから始めなければならないのは、相も変わらず不便だ。しかし人間の体の構造としてこれをせねば服は着られない。筋肉を脱いだあと、学生服、彼の場合は学ランだが、その学ランは今日は不機嫌なようで中々ハンガーから出てこない。よくあることだと諦めている田中佐藤吉川は無理やりハンガーから離した。学ランは怒りのあまり繊維をバチバチと鳴らすが、鳴るだけなので害はない。シャツを着て、学ランを羽織り、ズボンを頭から足へはく。そして靴下を、いや靴下はどこだ? あぁそうか昨日から靴下は退職届けを出したんだった。しょうがない。新卒の靴下を履くとしよう。田中佐藤吉川は諦めがいい。退職だとか扱いづらい新卒だとかで怒ることはない。


さて、ようやく学校へ行く準備が整った。学校は徒歩三十分から一年程度しかかからない。心に余裕を持って通学できる。玄関の扉が開くのではなく宇宙まで跳び、家を後にした。


通学の通路は、住宅街を通り信号が十本そびえる三十字路を抜け、坂を上り道なりに行けば学校だ。のんびり屋で、諦めが良く、忘れっぽくもある田中佐藤吉川にとってはありがたいほど解りやすい道筋だ。


まずは住宅街を抜ける。昨日の夕焼け頃に主婦達がスーパーの特売を巡らずに対立したからか、朝からピリピリとした麻婆豆腐のように辛い空気が漂っていた。数ヶ月前のマンボウ紛争よりはマシな味をしているが、それでも家どうし睨みあっている。一部の家はロボットに変形し、もう一部の家は車に変形して、双方構えていた。だが田中佐藤吉川には関係のないことだった。関係はないが、プロレスの観戦じみていて見ていて楽しい。だが、学校へ行くという、学生として、魂を使ってなくてもいい使命があるので、足早に住宅地を去る。後ろでは痺れを切らした家々が銃器を手に争い始めた。夕方、馬鹿みたいな瓦礫が出来るに違いないかもしれない。知らんけど。


住宅街を抜ければ三十字路だ。信号が自身の出せる音を最大にして放っている。うるさいかと思いきや、よく聴いてみればセッションをしているようだ。信号もノリノリなので、青になり赤になり黄色になりで落ち着かず、故に車も信号に従わずに各自勝手に走り回る。運が悪いことに、今日は走り屋達がこの場を占拠していて、音速で走り回り事故をしまくり衝突した勢いで小宇宙を誤って産んでしまう始末。この都市に治安を取り戻してほしいと、青二才の田中佐藤吉川は考えた。道徳の授業の題材に出来るかもしれないと思うと、彼らに感謝を感じた。感じただけで特に何もしない。


さぁ三十字路をタップダンスで横断すれば坂だ。朝の太陽を浴びたお陰で坂は百度辺りまで曲がっていた。登りにくくなってしまったが、運のいいことに重力は休暇をとっていたので登ることに支障はなかった。この辺になってくると、同じ学校の生徒を目にすることが多くなる。どうやら目玉を家に忘れてしまった者、キャーキャー黄色い声を言ううちに本当に黄色くなってしまった女子高生達。眼鏡で体を覆っているオタク。この学校は実に多彩な生徒が集う。最近は海外の東京から越してきたトカゲなども生徒として同じクラスにいる。田中佐藤吉川とはあまり縁がないのでただのクラスメイトだが。


ついに学校までの一本道に着く。あとは何も考えずに定規で引いたように直線に進むだけだ。しかしよく見ると道が曲がりくねっている。ぐるぐると回る道になっていたり、そもそも道のコンクリートがデモをしていて歩けないだとかで、どうやらそう簡単に登校することは出来ないように思える。しかし田中佐藤吉川は諦める。真っ直ぐ行けないならばホバー移動すればいい。田中佐藤吉川は地上から数ミリ浮くと、3Dモデルをそのまま歩行モーションなどもつけずに移動させるかのように動いた。あらゆる物、オブジェクトを貫通し、はっと気がつくと校門前だった。


田中佐藤吉川はホバー移動を止め、地上に降り立つ。あとは誰もかもの想像通り歩いて校内に入る。上履きに履き替えるとき靴が傘と猥談しだしたが些細なことだ。上履きは一歩一歩踏みしめるごとに泣き言を言う情けない奴だが、ラテン語で喋っているので誰も耳を貸さない。階段を上って気分で下って、途中で出現した引き扉を横にスライドさせると教室が現れた。よくある扉でのテレポートだ。田中佐藤吉川の席は窓側にあり太陽が優しく影を生む。席に着くと、彼は図書室から借りている小説を読もうとする。本を開くと文字達が小説のストーリーに不満を爆発させて暴れまわっていた為読めたものではない。学生の身分でありながらこのようなことを申すのは愚かしい、と前置きをしながら勉強をしたくないと口の中で呟く。しかし小説が読める状態ではないので、諦めて教科書を広げる。予習をするつもりなのだ。


教科書の文字達は不平不満をラップ調で語ってはいるが、それがいい具合に作業を捗らせた。そうしていると続々とクラスメイトが教室に入り、がやがやと喧しくなる。田中佐藤吉川はそれに迷惑を感じつつも、友人が話しかけてくるのを密かに期待していた。その想いに気をとられ、すでに教科書の文字は頭から蒸発していた。本当に蒸発してるので教科書は白紙になった。誰もそれに気づかないが授業の時には元に戻っているだろう。


彼の期待通り友人であるユージンが喧騒を通り抜けてやってきた。本名は別にあるが、家族からもユージンと呼ばれているほどなので誰も本名を知らない。私も知らない。ちなみに田中佐藤吉川の姓は田中佐藤吉川であり、名は田中佐藤吉川だ。だから皆田中佐藤吉川のことを田中佐藤吉川と呼ぶ。そんなもんだ。


ユージンと談笑しているとチャイムがドップラー効果を感じさせながら校庭を回っている。朝のホームルームの時間だ。生徒はそれぞれの席に戻り椅子に着席する。教師が部屋に入り毎日の通り挨拶だとかその他諸々をする。田中佐藤吉川はそんな挨拶を三秒前にも聴いた気がして、そしてそんなことも忘れた。そのまま一時間目がスタート。国語である。


田中佐藤吉川は読書な趣味である為、イメージ通り国語も得意だ。それ故か、得意なことには興味がなく、山月記のどんなところがフェチズムかについての授業もほとんど聞き流した。国語の教師はタコみたいな形をしてて、実はイカを自称するタコなのだが、それを見ていると腹が減ってきた。昼休みはまだまだ先なのは火を見るより明らかなのだが、田中佐藤吉川にとって時間なぞ些少なこと。しかしここで気づいた。弁当を忘れてしまった。仕方がない。机をチョコの代用としてポリポリしよう。


机をかじっている間に山月記における虎のエロさについてのつまらない授業が終わった。虎はタコを食べるのか。生徒達にそんな疑問を教師は残した。誰もそんなことは考えなかったが。


次の授業は中学レベルの算数だ。数学ではない。数学はすでに皆母親の胎内にいた頃に済ませてしまった。近頃流行りにエンチングストームである。なので算数を習うのが慣わしとなった。今度の教師はろくろ首のおっさんだ。田中佐藤吉川は算数も数学も、とにかく数字に関することは大の苦手である文学少年。こればかりはサボることは出来ず、算数のマンチェスターの公式を必死に脳内に留めようとする。しかし記憶力は突如京都に出掛けた為、記憶力が帰ってくるまでの十分間は記憶喪失に陥っていた。当然マンチェスターの公式は忘れた。彼はいつも通りに諦めた。次がある。次がある。やけに楽観的なのも田中佐藤吉川の長所であり短所であった。


チャイムが耳元でエレキギターと共に鳴り響く。うたた寝をしてる生徒を叩き起こし、三時間目の体育に急かす。これも文学少年にとって苦しい時間だ。幸いユージンがいる為二人組を作るには困らないが、田中佐藤吉川の運動神経の無さがユージンを難儀させるだろう。そう思うと彼は憂鬱になる。でも、そんな嘆きも昼休みには忘れているだろう。


体育の教師は大変厳しいことで有名だ。なにせ金剛力士そのまんまなのだから。石像だというのにスポーツマンで熱血なのだから始末に終えないし、それよりもなによりも、仮にも仏様に手を出すなんて畏れ多くてできたもんじゃない。なので生徒達は半泣きで体をプルプルさせながら整然と整列していた。


金剛力士がカッと目を開き、太鼓よりも腹に響く声でランニングをするよう指示する。生徒は訓練された兵士のように、さっきまでの惰性が嘘のようにキビキビと動く。田中佐藤吉川も例外ではなく、教師への恐怖から逃れる為全速力でランニングをする。他の生徒もそれに倣う。あまりにも速すぎてランニングではなくなってしまい、砂埃が舞い音を置き去りにし地球を一週してしまった。しかし熱血教師金剛力士はこれを許した。その寛大な処置に生徒達は咽び泣き、泣きすぎて体の水分全て使い果たし次々と死んでいった。成仏しそうになった魂を、金剛力士がカァッと叫び肉体に呼び戻す。一方田中佐藤吉川とユージンはオリオン星で開かれているオリンピックで優勝していた。


皆が死んだり蘇ったりしたお陰で体育は無事に終了。田中佐藤吉川は地球に隕石として帰還したが、喜ぶ暇はない。四時間目は理科で、つまり移動教室だ。急がねば遅刻してしまう。悲しいことに落下した場所が紀元前の中国だったので、早急に時間を越えなければならない。田中佐藤吉川の奥義である諦めによりこれはなんとかなった。ちゃんと現代に戻り理科室に入ることが出来た。金剛力士からは睨まれた。そのせいで死にかけたが一度浄土をチラ見した程度で済んだ。


理科は超新星爆笑の実験をすることになった。教師は新人の虫ではない黒いナニか。言葉を喋れるので誰も正体を気にはしない。それよりもどうやって超新星を爆笑させられるか、教師は熱弁を奮った。しかしその舌に感動する者はいない。あの体育のあとでは聞く気も起きない。一応、超新星を爆発させるにはただのギャグでは不可能であり、一流落語家と同等のセンスを持っていなければ笑わせられない云々を耳にはしたが、超新星なんて芸能人でもない誰かを笑わせることに惹かれる若者はいない。青二才達は基本不真面目なのだ。


ようやっと昼休みになった。この学校は中学校には珍しく昼休みと昼食が一緒になっている。先の通り田中佐藤吉川は弁当を持ってきていないし、中学校に購買などない。流石の彼も空腹を諦めるワケにもいかず、なんでもいい、いやなんでもはよくないが、少なくとも不快感に苛まれないものを腹に納めたいものだ。ふと、水で腹を満たすという言葉が脳内をたゆたう。水道に口付けしながらゴクゴクと飲む光景がありありと浮かぶ。そこから発想は飛躍し、プールの水を飲むという結論に至った。合理的ではないが、論理の飛躍に若人が気づく筈もない。彼は空腹のあまり骨だけになりながらプールへと向かった。


プールには常時水が張られている。これは緊急時の水の確保とか、火災の際に使われる水だとかに用いる為だ。そんなことはどうでもいいので田中佐藤吉川に視点を戻そう。スケルトンとなった彼はプールの水を飲もうとしたが、筋肉も喉もないことにようやく目がいった。というか目もなかった。脳も心臓もない。まぁいいや。これでも飲もうと思えば飲めるだろう。そう思い口だった部位を水に浸ける。試しに一口口内に含むと、意外にも喉を通る水の感触が全身を潤す。プール特有のあの塩素とかの化学物質の味もするが、空腹と決別するには小さなことだ。ゴクゴクとプールのかさを減らしていく。そういえば飲んだ水はどうなっているのやら。下を見ると、腹の辺りの空間に水がふよふよと浮いている。触れてみようとするが、なにか風船のようなゴムみたいな触感に遮られ水に触れられない。ははぁ、骨だけになっても生命活動は止まらないらしい。人体の神秘だ。


プールを全て飲み込んだとき、何処からか異臭を感じた。まるで灰のような匂い。それが喉を刺激して、ゲホゲホと無い唾を吐き出す。匂いのもとを見ると炎が爆音でロックを流していた。大きなラジオと共に。このままでは火事になってしまう。ここはプールなので可燃物は微々たる量しかないのだが、若い知識が危険とそれ以外の考えを浮上させることが出来ず、ただただ対処療法の策を練らせる。


しかし彼はあまりにも易々たる結論に逃げた。自分が飲んだ水をあいつに吐き出せば火は消えるだろうと。丁度飲み過ぎで吐き気がたんまりなのだ。ええい吐いたれ。田中佐藤吉川は炎へ近づき嘔吐した。オロロロロロ。プールの水のお陰で透明に近いゲロだったが、酢の匂いやら朝のゴミシチューの遺骸なども吐き出され、炎は汚れた自分を見てのたうち回り、存在事態が消えていく。ラジオは機械的な悲鳴をあげて絶えた。こうして学校の危機を救った田中佐藤吉川だが、全て吐いたことで口臭は酷くなり、空腹もより激しくなった。炎を消したことによる正義感とか達成感だとかなんてどこかの空に消えてしまった。無常にもチャイムがどんちゃん騒ぎ。下半身を見ると、あれだけ溜まっていた水は消え、骨とそれにしがみつく学ランがあるだけだ。


五時間目。空腹のあまり頭痛がするので保健室に行きたいところ、今日は保険医が全身を紙にする副業の為、保健室自体が空いていない。なんという不幸だ。それを嘆く暇もなく授業は進行していく。家庭科の教師が豚肉だというのも彼の苦痛を増幅させた。彼女(と思われる)の体臭はなんと心そそられるものか。焼き肉と同じ匂いを飢餓状態の田中佐藤吉川が嗅いでいるのだ。彼女を物理的にむしゃぼり喰いたい。腹だけでなく、あの肉全てを骨につけたい。そんな貪欲が青少年の止めどない欲望を突き動かす。さぁ食らい付け。遠慮はいらない。食欲は今や悪魔となっていた。


だが彼は遠慮してしまった。教師を生徒が喰らうなど! 当たり前の倫理観が彼を押し留めた。それだけでなく、教師の体臭にも変化が起こったのも、遠慮というものが生じた一つだろう。変化は単純なもので、ようは焦げ臭くなったのだ。いくら空腹とはいえあんなに焦げてるものを食べる気にはならない。腹は食を訴えていたが、舌が論説で勝ったのだ。彼はまたも机をチョコの代用とすることにした。授業が終わる頃には机は半分しか残っていなかった。


六時間目がやってきてしまった。学生諸君にとってこれほど忌諱するものはない。集中力なぞとっくに断線している。受験だとか将来なんて馬鹿馬鹿しい。今すぐ友人達と喋くり低俗な快楽に身を投じたい。それは田中佐藤吉川も同じだった。のんびり屋とはいえど、好まぬもので「のんびり」なんて高尚で芸術とも言える聖域を犯されたくはない。しかも授業内容もつまらない。日記の歴史なんて、どうでもいいという言葉の極致に存在している。田中佐藤吉川はもう五感さえ限界だった。教科書や筆箱やノートを重ねて枕にし、睡魔と契約することにした。


目覚めると、夕焼けが目に映った。どうやら寝過ごしてしまったらしい。ユージンも起こしてはくれなかったようだ。彼は田中佐藤吉川と違い運動部だったか。彼に用事があったなら何も言えない。これは自己責任だ。今日何回か目の諦めだ。文芸部でもあればよかったのだが、文学部が少ない学校なので、彼は帰宅部に入部している。が、幽霊部員だ。一説によると帰宅部は全員が幽霊だと言う。


さて、と、田中佐藤吉川は帰宅の準備を始めた。リュックに物を詰め、あとはただ下校の道を辿るだけ。昇降口で上履きを靴に替えようとするも、靴がない。朝を思い出してみると、そういえば靴は誰かの傘と喋っていたような。そこで傘置き場を探ると、あったあった、自身の靴が傘とおっぱじめようとしていたところだ。所詮無機物なんで、エロチックな部分は一切合切無い。靴を拾いあげようやく履き替える。靴は流暢な日本語で怒りを爆発させるが、津軽弁なので何を言っているか解らなかった。田中佐藤吉川は理解を諦めた。


下校途中のあの一本道。道はもう落ち着いて特に描写するようなこともないのだが、本来は近くにない筈の川が道に溢れていた。氾濫だ。どうやら最近大雨がないとテロを起こしたようだ。理由は人間ではないので共感できないが、テロを起こしたいほど嫌な気持ちだったのだなと、幼稚な感想を抱く。靴も靴下も川に溺れて新卒の靴下なんかは、助けて助けてと泣きはじめた。靴なんかは生きることを断念し念仏を唱え始めた。流石に哀れだと思う田中佐藤吉川だが、よく考えればこいつらは無機物だし、この氾濫した川もとても綺麗で、洗濯の代わりになるのではないかと思う。そうかそうかならばこれは放置で構わない。足が冷えるのが気になるが、骨が冷えたところでなんだというのだ。


坂道が見えはじめた。ここまでは川もやってきてないようで、ただ普通の傾斜が人々を待つ。だが、おやよく見ると坂全体が滑り台のようになっている。他の生徒やそれ以外の人も皆滑り台となった坂を滑り下っている。田中佐藤吉川は空気の読める男だ。他の者に倣い彼も滑り落ちる。足を前に出して座り、手で地を押し勢いをつける。空気を裂き、腰の骨が摩擦で少し焼ける。それを気にすることはなかった。滑り台など小学生以来なので童心がキャッキャッと騒ぐ。今宵ばかりはその童心に身を委ねよう。と思考を巡らすうちに滑り終わっていた。どこか名残惜しいような、しかし帰宅のことを考えるともう一度滑るなんて出来ない。それ以上に、青少年としての意地が童心を許さない。


三十字路を右とか左とか斜め四十度くらいに曲がり薬局へ行く。いい加減骨ばかりの体をどうにかしなくてはならない。このまま湯にでも浸かれば、自分の骨の出汁をとる羽目になる。そんなのはごめん被る。薬局では筋肉や臓器、皮だって売っているだろう。医学とはそういうものなのだ。


薬局の前に来たところでようやく金を持っていないことに脳が追い付いた。その脳がないからこの惨状なのだけれど。高校生なら財布を持ち歩くぐらい当然だが、中学生が金を身に着けて移動するのはそう多いことではない。己の思考の遅さに閉口しながらトボトボと帰宅の道を歩む。


住宅街では、朝の予想通り瓦礫が参列していた。今日の紛争は引き分けと考えていいだろう。彼の家は争いを好まないので紛争に巻き込まれず済んでいる。周りを見れば自分の家を失ったことに涙する生徒達がいる。野宿をすれば明日には家が生えてくるので気にしなくてもいいのだが、若さは眼前のものを未来過去考えず受け入れてしまう。田中佐藤吉川も同じものを持っているが、彼特有の諦めで麗しい中庸を保っている。


家に入るとまずは財布を取りに行く。まだ骨なのは変わりなし。リュックだけ家に置いて、学ランのまままた外に出る。ポストアポカリプスを魅せる住宅街を抜け、事故が四億回に達した三十字路を抜け、先の薬局に辿り着く。入ると、田中佐藤吉川と同じように肉体のいずれかの部分を失くした老若男女が集うていた。さてさて田中佐藤吉川は骨以外の肉体を集める。物はなんでも良かった。彼の顔や体は普遍を判に押したような姿なので、少し顔が変わろうと悟るものなぞおらんのだ。なにより本人が気づかないだろう。


骨以外の肉体を買った為に財布が幾ばくか寂しくなってしまった。薬局の着替え部屋で新しい肉体をペタペタを貼り付け、新しい自分に生まれ変わる。しかし先に記した通り、彼は自身の顔の変化には新しい脳も気づかずにいた。これで良しと満足した田中佐藤吉川はスーパーに足を向けた。次は晩飯を買うつもりなのだ。


スーパーに着くと、そこではあらゆる商品が各々の物体としての中央を支点に扇風機のように回転していた。今日は回転感謝デーなのだと今やっと気づいた。しかし回転しているだけなので金銭面で嬉しい点はなく、それどころか回転しているせいで掴みにくい、面倒が増えただけだ。それでも商品を取ってはカゴに投げ入れていく。カゴの商品を見るに、今日の晩飯は乾電池の塩焼き、白米の漬け物、味噌汁玉子、ご飯代わりの鮭、おはぎのスープのようだ。典型的な和食である。だからなんだといっても、彼の気分は和食だったのだ、と弁明する他ない。


家に帰り風呂を沸かす。その間はスマホでニュースを見るか、学校で見れなかった小説を読むかして過ごす。今回は文字も大人しくしている為に何も考えずに小説の世界に酔うことが出来た。それもつかの間、風呂が沸いたので、この新しい肉体を掃除しようと本を閉じて着替え持って向かう。この時に栞を挟むのを忘れたのでのちに後悔するが、それはあとのことである。


風呂から出てサッパリした田中佐藤吉川は、学校から続く空腹を思い出した。それを思い出すと、もう空腹が肉体的な痛みに変わった。頭痛も台風のように吹き荒れ四肢が痺れた。大急ぎで台所へ小走りする。ボウルやまな板を用意して、書くよりも速く調理を終わらせる。乾電池のいい香りが家に広がる。皿によそい、全てをテーブルに持っていく。いただきますと言いながら飯をかっ喰らう。とにかく口に入れてどんな工場より素早く口を動かし、飲み込む。それこそ喉に詰まるのではないかと不安になるほど下品に食べる。両親がいたら叱責されただろうと彼は想像するが、いないのだから考えても仕方ないではないか。また食事を進める。


食べ終わったあと、汚くゲップを一つ。ごちそうさまと言いながら皿を乱雑に重ねてシンクに持っていく。即座に洗い流し乾かす。ここで、両親が帰ってきていないことを認識した。だが彼はもう慣れっこで、どうせテレビゲームをする仕事で忙しいのだろうと一人根拠もなく納得し、ソファーで横になる。食後に寝ると牛頭になるという伝説が頭をよぎるが、それはそれで話題作りにいいなと楽観視しながら、何もせず虚無の食後を楽しむ。数分したあと、そうだ小説読もうと自室に戻り、栞を挟んでいない本を目撃する。後悔の念が頭に渦巻くが、こんなこともあるさと快く諦めた。


小説の世界を冒険している際にふと、時計を見たらもう十時だった。若者特有の好奇心や惰性が夜更かしを吹聴してくるが、明日も学校があるという現実が彼を現に戻した。そろそろ寝なければいけない。本に栞を挟み、自室に戻る。自室以外の電気が消え、暗くなった夜。外では家々が植物のように生物的に生えてくる。それを喜ぶ人々が喧騒を生む。眠りを妨げるほどではないので彼らの喜びを無視し、ベッドに横になる。するとすぐに布団が首を絞めあげ、一分もしないうちに田中佐藤吉川は死んだ。


明日になればまた夢から蘇って一日を過ごすだろう。今日と同じか、牛頭にでもなるか、それは夜のうちでは判らない。

なんで会話文がないのか。それは執筆当時の私だけが知る。


一日で草稿一万字やったぜ。

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