勇者と巫女の事情
「この度は、森でラプラ様に大変なご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「でした……ぁ……っ」
「いや、謝らないでくれ……」
土下座する歩とオーラをみて、ラプラが戸惑いながら言った。彼女を鍵のかかった部屋から助け出したあと、歩はオーラとともにラプラの部屋で流れるように土下座し、森で行った蛮行を謝罪した。
「も……もう済んだことだ! それ以上謝られても困る!」
「そ、そうですよアユムさん! 全ては過去! 輝かしい未来に目を向けなければ――」
「お・ま・え・の、せいだろうが!」
「ぎゃあぁぁあああぁああぁっ!!! 出るっ! 頭蓋骨から脳みそがまろび出ちゃううぅうぅうっ!!!」
歩が後頭部を掴んで無理やり土下座させているオーラから、ゴリゴリという音が聞こえてくる。流石に殺人事件を起こすわけにはいかないので、彼女を開放してやる。
オーラは涙目でむくりと起き上がると、隣の歩を非難した。
「ひどいですよアユムさん! この国宝級の美貌に消えない傷がついたらどうしてくれるんですか!? 責任取ってくれるんですか!?」
「この状況でそんなこと言えるお前のメンタルこそ国宝級だわ」
「えっ!? やだなあアユムさんそんなに褒めないでくださいよぉ」
「これ褒め言葉なの!?」
くねくねしているオーラにうんざりした視線を向けたあと、歩は真剣な顔になってラプラをみる。彼女は革鎧を脱ぎ、身軽になった状態で部屋奥の机に腰掛け、こちらに体を向けていた。歩の視線に気づき、ラプラは視線を左右に走らせた。
「ご……誤解だったということはよくわかった。こちらこそ盗賊だなんて言ってすまない」
「いやそれは誤解ではないし、そうなるのも当然だよ。こちらとしては謝り足りないくらいだし……。僕らの言葉を聞いてくれて、本当にありがとう。ラプラさん」
すると、ラブラはため息をついてうつむいた。
「昔から私は予想外のことが起きると、こう……周りが見えなくなってしまうのだ」
「あぁ……」
「ところで貴方たちは、私になんの用があってここまで?」
「切り替え早ぇなオイ」
実はこいつあんまり落ち込んでないな? そんな疑念が生まれた歩より先に、オーラがその言葉に反応した。
「実はあなたに美味しいお話があるんですが――」
「……へぁ?」
「もうちょっと言い方どうにかならないのか……」
特殊詐欺に加担しているような気持ちになった歩は、微妙な顔をした。
■■■■
「つまりそれを抜ければ、私は勇者になれるのか?」
「そうです! そして、名誉ある英霊たちの聖列に並ぶことになります! 貴女にその気があればですが!」
自分たちの目的を説明しているオーラの横で、歩は室内に視線を走らせる。駆け出し冒険者に格安で部屋を提供しているらしいが、安いからと言って劣悪な部屋に置かれるとか、そういった裏があるわけではないらしい。都会クオリティではないことに安心している自分がいた。
都内の平均的なワンルームマンションと同じくらいの広さの室内は、入居者の性格を反映してかよく整頓されていて、暮らしやすそうだ。
入り口から見て左側の壁にはコルクボードがかけられていて、その下にはベッドが設置されている。
会話を続ける二人から離れてコルクボードに小さなピンで留められた絵を眺める。そこにはクレヨンで書かれたような可愛らしい絵が画鋲で止まっていた。『らぷらおねえちゃんへ』と書かれていることから、彼女はどうやら子供と仲がいいみたいだ。
それをみていると、歩は足元に違和感を感じた。下を見ると、ベッドの下から白い紙が顔を覗かせている、それを拾おうとしたとき、誰かに服を引っ張られた。みると、オーラが不満そうに顔を膨らませていた。
「あーゆーむーさーんー」
「きーこーえーてーるー」
剣を渡してほしいんだろう。歩はオーラが視線で命じるまま、ラプラに剣を差し出した。それを彼女が難なく受け取ると、オーラが期待を込めた声を出した。
「これを持てることはすごいことなのか?」
「あー、うん。おそらく?」
「なぜ疑問形!? 間違いなく凄いことですよ!?」
「そ……そうなのか……凄いことなのか……ぐへへ……!」
それを聞いたラプラが嬉しそう? に笑う。まあ、世界を救えると言われて嫌な人はいないだろう。一緒についてくるバディがアレ過ぎるけれど。
「……ともかくさあラプラさん! シュパッと引き抜いちゃってください!」
歩はこの先はオーラがどうにかしてくれるだろうと思い、視線を外す。剣に意識が集中している二人から再び離れ、床に落ちた白い紙に向かった。拾い上げると、手紙のようだった。それも書きかけの。見てはいけないと思った歩はそれをもとの場所に戻そうとしたが、耳に飛び込んできた声に振り向く。
「アユムさーん! ア・ユ・ム・さーん!」
「耳元で叫ばないでくれないか」
キンキンする耳を押さえながら振り向くと、またもオーラが不満げな顔で隣に立っていた。彼女はさっきと同じように頬を膨らませながら言った。
「聖剣がおかしくなりました!」
「どういうこっちゃねん」
「何もしてないのに壊れた!」
――どういうこっちゃねん。
とりあえず見てみるしかないと思った歩は、困惑した顔で剣を眺めているラプラに近づこうとした。だが、
「あれ? アユムさん、なに持ってるんですか?」
そう言うと、彼女は歩の手から手紙を奪い取る。ラプラはオーラの声を聞いて彼女がなにをしたのかをみた瞬間、顔を真っ青にした。
「あっ! バカ!」
「そっ! それは――!」
思わず止めたが、もう遅かった。
「えっと、なになに? 孤児院の皆、元気ですか? 私は元気です。今日、体長が3m位あるヨロイグマを倒して、変な格好をした盗賊を二人捕まえました。仕事はじゅんちょ――ってこれ今日のことじゃないで――」
「う゛ぇあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!」
オーラが疑問を呈する前に、ラプラが悲鳴を上げた。それを聞いてオーラと歩は体をビクつかせた。
「す――ひっ!? な――なんですかラプラさん!? いきなり叫んでどうかしたんですか!?」
オーラの言葉をかき消すように、ラプラは叫び続ける。
「あーっ! あーあーあーっ! あーっ!」
「助けてくださいアユムさん! ラプラさんが何もしてないのに壊れました!」
「何かしてるから! 思いっきり何かしてるから! ってうわぁ!?」
「どひゃあっ!?」
ふたりが騒いでいるところに、ラプラが斬りかかってきた。鞘付きとは言え軽々と振るわれる金属の塊を、二人は別々の方向に避ける。彼女が狙っていたのは、やはりと言うかオーラだった。
ラプラは明らかに混乱した瞳で、部屋の隅に逃げたオーラにじりじりと近づく。
「ちょっと待ってください! 話せば! 話せばわかります!」
「その……手紙を……」
「手紙ですね!? わかりました! えー『仕事はすごく順調です。今度帰るときにはヨロイグマの手形を持って帰りま――』」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーッ!!!」
「うわぁなんなんですかもぉ!」
「なんでお前はそう的確に地雷を踏み抜けるんだよ!? っつーかもう黙れ!」
色んな感情を通り越して虚ろになった瞳でオーラをまっすぐみつめたラプラは、ゆっくりと剣を振り上げた。
だが――
「……ふにゃぁ」
突如としてラプラが意識を失い、後ろに倒れ始める。オーラのいる角から見て反対側の角に逃げていた歩は、素早く動いて彼女を片腕で抱きとめる。受け取れなかった剣が床にめり込む音を聞いたあと、歩はゆっくりその場に座り込んだ。
なぜラプラが倒れたのかはすぐにわかった。歩の後ろ、風通しの良くなったドアのあったところをみたオーラが、瞳を輝かせる。歩もそれを追った。その先にいたのは――
「アユム! オーラ! しゃーなーか!?」
宿屋の店主に扉を破壊したことについて説明しに言っていたアリスだった。小さな手を突き出したその格好から、暴走したラプラを鎮めたのが彼女であることは明らかだった。
その幼くも頼もしい姿に、歩は安堵の息を吐く、全身の筋肉が弛緩するのがわかった。
「おらび声が聞こえたけぇ急いできたんじゃけど、何があったんか?」
「神はいたんだって今思ってます……ありがとうございますアリスさん……!」
「なんじゃって? この状況は一体――」
「うぇえぇん怖かったよぉぉおおぉっ……!」
困惑するアリスに、さっきからこちらにのろのろと近づいていたオーラが抱きついた。
「お、オーラ!? いきなりどうしたんか!?」
言葉を遮られたアリスは驚いてよろめいたが、なんとか踏ん張って彼女を受け止める。
オーラは涙と鼻水でぐっしゃぐしゃになった顔で、アリスに縋りつき頬ずりしながら感謝の言葉を述べた。
「アリ、ス様ぁ……っ! 一生ついていきますぅうぅうぅうっ!!!」
「いきなり何を……もう……誰でもいいからこの状況を説明しんさい!」
それを聞いた歩は、まるで一戦終えた戦士の風格を漂わせながら言った。
「一生分の恐怖を味わっただけですよ……」
「どがいなことか!?」
ごもっともだった。




