ドジっ子勇者候補
ラプラに会いに行く前にギルドの地下階にある保管庫に寄った歩たちは、そこに保管されていた聖剣とリュックを取り戻す。リュックを背負い聖剣を手に持った歩をみたアリスがしみじみと呟いた。
「げに持てるんじゃのぉ」
「それが勇者の証ですから!」
「離れろ動けない」
誇らしげに腕を絡めてくるオーラを振りほどいた歩はアリスの後ろについて保管庫から出る。外で待っていた刈り上げさんの敵意を肌に感じながら、ふたりは階段を登って地上階に出る。
階段を上がっている最中、歩はアリスに尋ねた。
「凄いですね。その年でギルドのマスターを務めているなんて」
「あはは。よう言われるんじゃが、そこまじゃごくないんじゃよ。うちは前任者の仕事を引き継いだだけじゃし」
すると、アリスに並んで歩いていた刈り上げさんが声を荒げた。
「そんなことはありません! アリス様は帝国の名門魔術大学を飛び級で卒業し、この若さで冒険者ギルドのマスターに就いた才媛なのですから!」
オーラが媚び媚びの声色と仕草で、刈り上げに絡む。
「刈り上げさん詳しいんですね。素敵ですぅ〜」
「誰だよ!? それに俺は刈り上げじゃない!」
「じゃあなんて呼べばいいですか? ……ロr――」
「刈り上げでいい!」
彼女の言葉を噛みつかんばかりの勢いで否定したあと、刈り上げさんは頭痛を抑えるように頭に手を当てる。
「異世界ってのはこんな化け物だらけなのか」
「いや全然」
「むっ! 私を褒める気配が!」
「いや全然」
「相変わらず賑やかじゃのぉ……」
三人(一人風評被害)の様子を見て、何故かアリスが感心していた。たぶんダメな方向で。彼女は指導者らしく前を向いて歩たちに告げた。
「さっき職員に探させたら、食堂におる言いよった」
それを聞いたオーラがうきうきした様子で言った。
「ついに勇者登場ですね! アユムさん!」
「そうだな。もう僕の役目も終了か」
「泣くなんて、そんなに私と離れるのが嫌なんですか? やだなぁ困っちゃいますよぉ」
「この女現実を見ていない――?」
刈り上げさんが色んな意味でオーラに向かって目を剥く。歩はここから先が思いやられながらも地上階に到達し、クエストカウンターの裏からロビーに出て、そこから冒険者が多数集まる食堂に向かった。
「……もしかして私たち見られてます?」
「そりゃあなぁ……」
アリスが苦笑いする。王冠をかぶった金髪幼女、刈り上げ、顔面CGな古代ギリシャ人、そしてパーカージーンズにリュックサックを背負い、手には黄金の剣を持った男。目立たないわけがない。
オーラがこそっと耳打ちしてきた。
「私たちなんかやっちゃいました?」
「今更それ言う?」
「この人たちには『まだ』なにもやってませんよ?」
「まだ!? これからすんの!?」
そう言うとオーラは顎に手を当てて考え出し、やがて一つの結論を導き出した。
「美しさは罪……!」
「黙れ」
食堂に入ると、ラプラはすぐに見つかった。
「うっわ……」
「ぼっち飯か……」
「やっば……帰ろ……」
「帰んな。外道か」
ラプラは六人がけの長机が並ぶ広大な空間のなか、たったひとりで昼食を取っていた。多くの人が談笑し、食事を楽しむ空間で、彼女の周りには誰もいない。五行五列――室内に二五個ある机の一つ、食堂入ってすぐの列の、三番目の机にぽつんと腰掛けている。しかもラプラの表情は世界の終わりを目の前にしたかのように暗い。彼女の周りだけ暗雲が立ち込めていた。
絶句するオーラを引きずって近づくと、耳にラプラのつぶやきが聞こえてきた。
「私はもうダメだクビになるんだギルドマスターが私を探していたしクエストであんな失態を演じてしまったからもう冒険者ではいられないんだ子供たちにどう説明すればいいんだろう逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめd――」
「暗い!」
「うわっ! だ、誰だ!」
思わず叫んだ歩の声を聞いて、ラプラが立ち上がる。彼女と視線があった瞬間、紫色の瞳を持つ少女は顔を恐怖に引きつらせた。ラプラは震える手でこちらを指差すと、食堂全体に響き渡る大声で叫ぶ。
「お前は……あの時の盗賊!? なにしに来た!」
「そ、それは……!」
「やあラプラ。元気にしとるか?」
どう誤解を解いたものかと考えているとアリスがずいと前に出て、事態を前に進めてくれた。
「あ、アリス様!? どうしてギルドマスターである貴女がここに……?」
「ちいと話があるんじゃが、いまええか?」
「ええ、大丈夫です……」
でも彼女は、言い終わるとなにかに気づいたような、ハッとした表情になった。それをみて、歩は何か嫌な予感がする。それはアリスも同じだったようだ。彼女は笑顔を崩さなかったが、少し戸惑った空気を纏ってラブラに尋ねた。
「……ラプラ?」
すると彼女は、とんでもないことを口にした。
「私はもう、クビなのですね……!」
「ほぇ!? どがいなことか!?」
驚く歩、刈り上げ、アリスを置き去りにして、ラプラが語りはじめる。
「盗賊とはいえ優秀な戦士をギルドに入れて、代わりに私をギルドからクビにすると! そういうお話なのですね!?」
「ちいと待ちんさい。なしてそがいな話になるんか!?」
「うわーん! もうダメだー!」
そう言うと彼女の体が緑色に発光しはじめ、次の瞬間、歩の頬を一陣の風が撫でた。気がつくとラプラは目の前におらず、後ろ――それもそれなりに遠くから彼女の泣き声だけが聞こえてきた。
――突然の出来事で訪れる静寂、騒然となった食堂の中で、歩のツッコミがこだました。
「人の話聞けよ!」
隣に立つオーラがしみじみと呟いた。
「あれが勇者候補ってマジですか……」
「お前はよくそんなに平然としていられるね!?」
そんな二人とは対照的に、アリスは少し肩を落としてから言った。
「しょうがないのぉ。自宅に行こう」
「申し訳ありませんアリス様。あれがなければ、いい冒険者なのですが……」
「ええよええよ。しかし困った。あの子の誤解を解くなぁ至難の業じゃ」
「ほんとほんと。いい迷惑ですよ。ね? アユムさん?」
「元はといえばお前のせいだよ!」
アリスがこちらを向いて告げた。
「いまからあの子が泊まっとる宿に行く。ついてきんさい」
「あの、何から何までありがとうございます。ほんとにここまでしてもらう筋合いないと思うんですけど……すみません」
すると、彼女は歩の不安をかっかっかと豪快に笑い飛ばした。
「困っとるときはお互い様じゃ。でももしありがたい思うてくれとるのなら――」
「なら――?」
続きを促す歩に対し、たっぷり余韻を持たせてから、彼女は付け加えた。
「うちらが困っとるとき、助けてくれると嬉しいな」
「――はい。必ず。絶対に助けます」
その言葉に、歩はしっかりと頷いた。
「あれ……私は?」
「お前も手伝うんだよ!」
ぶっちゃけ巫女より徳が高いと思った。
■■■■
「ここがラプラの自宅、というか下宿しとる宿じゃ」
刈り上げさんに一時的にギルドを任せたアリスに案内されたのは、田舎から出てきた駆け出し冒険者が多く止まっているらしい宿屋だった。
待ち行く人々の奇異の視線に羞恥心を刺激されながらも、歩は宿屋を見上げた。
三階建ての煉瓦造りの立派な建物。城のような見た目のギルドとは違うが、こちらも全体から歴史が滲み出している……気がする。
「最近改築したから外も中もきれいじゃよ」
……たぶん滲み出している。気を取り直した歩は、都会に来たお上りさんみたいに周囲をキョロキョロ見回すオーラに顔を向けた。
「なにしてるんだ?」
「イケメンがいないか観察してます」
「探しとる場合か」
彼女の後ろに回って背中をぐいぐい押す。時間の無駄も甚だしかった。
「まぁまぁ落ち着いて! そんなに急いでたら寿命がマッハですよ?」
「お前の世界の寿命がマッハなんだよ! 真面目にやれ!」
「大変じゃなぁ……」
本当に世界を救う気があるのかと言いたくなる巫女を伴って、歩は宿の中に踏み込む。後ろからついてくるアリスが店主に取り次いでくれた。本当にお世話になりっぱなしだ。彼女は店主の男性からラプラの部屋番号を聞き出すと、指で二階に続く階段を指す。
「ついてきんさい」
ラプラの部屋は、二階の角部屋だった。ドア前にぶら下がっている可愛らしい掛け札に『ラプラのへや』と書かれている。まずはアリスが話しかけると言い、彼女が部屋をノックした。歩は色んな意味であぶない巫女を自分の後ろに控えさせると、静かにしているように伝える。彼女は自信に満ちた顔で頷く。不安だ。
「ラプラ、アリスじゃ。入ってもええか?」
すると、扉の向こうからドタバタという音が聞こえ、次にあの少女の声が聞こえてきた。
「あ、アリス様! ど……どうしてここが!?」
「いや名前が書いてあるんじゃし、わかるじゃろ普通」
「まさかギルドマスター直々にクビ宣告を……私はそんなに重大なミスを犯していたのですね……」
「いやいや。そんなん言わんよ。ここを開けんさい。話がしたいだけじゃ」
「……ほんとに?」
「……うち、そがいに信用ないか……?」
(野生動物の警戒を解いてるみたいだ……)
ついに我らが頼れるギルドマスターが頭を抱え始めた。
「あ! ……す、すみません! つい!」
本気で自分の振る舞いを考え直し始めたアリスの雰囲気が伝わってきたのか、ラプラは急いでドアに駆け寄ると、ガチャガチャと鍵を開け始める。音からして、付いている鍵はひとつではない。
「どんだけ付けてるんだ……」
「警戒心の強い子なんじゃ……許しちゃって」
「ウサギかよ」
うんざりしながら眺めていると、やっと鍵をいじる音が止む。と思ったら、予想外の一言が聞こえてきた。
「鍵……開かない……」
「……なんじゃって?」
「壊れてる……鍵……!」
嫌な予感がした歩は、ドアノブに手を伸ばす。回したり、全身でプレッシャーをかけて開けようとするがびくともしない。ドア越しに何をしているのか感じ取ったのか、ラプラが焦った声で言った。
「駄目だ! 魔法の鍵だからいま取り付けた扉には防御魔法がかかっている! 五つ付けてるから大砲でも開かんぞ!」
「なんでそんなもん五個も付けてんだよ開けるとき面倒で仕方ないわ!」
「確かにちょっと辛いときはあるが――その声はあの時の盗賊!? お前までここまでやってきたのか!?」
「言っとる場合か!」
面倒になった歩は手に持った聖剣を強く握ると、オーラに尋ねる。
「オーラ、聖剣の力でここ突破できるか?」
すると彼女は、ドヤ顔&ダブルサムズアップで応える。
「モチのローン! この程度の魔法障壁、もうサックサクですよ!」
「……なんかムカつくけどまあいいか。アリスさん、いいですか?」
「ええよ。宿にゃあうちが説明しちゃる。やりんさい!」
これ以上ない承認の言葉。歩はドアの向こうに立つ少女に呼びかける。
「ちょっと斬るから、扉から離れていてくれ!」
「わ……わかった! ……そういえば修理代は?」
「オーラが……僕と一緒にいた盗賊の女が持つから心配しなくていいよ」
「え!? アユムさんちょっと待――!」
爆発音と振動が、建て替えたばかりの宿屋に襲いかかった。