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アフター5を異世界で。  作者: 宝来まどか
第一章 絶対浄化世界
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投獄、そして解放



「もう! アユムさんのせいなんですからね!」


 オーラが、牢屋の鉄格子を掴みながら怒った声で言った。反対側の壁に腰掛ける歩は、騒ぐ彼女を横目にため息をつく。


「しょうがないだろ斬りかかるわけにも行かないし……」

「そこは名状しがたい聖剣のようなものの腹でこう……頭をゴスっと! こう!」

「死ぬわ!」


 きっとため息のたびに五〇〇円貯金するルールを決めていたら、すぐに財布の中身がすっからかんになっていそうだ。

 あれから無抵抗で男たちに拘束されたふたりは、彼らが暮らす街に連れてこられていた。正確には、歩を連れてきた者たちが所属する『冒険者ギルド』と呼ばれる団体の施設の牢屋にふたりは一緒にぶち込まれていた。


「もー! あんなゴリラ共聖剣の錆にしてしまえばよかったんですよ! そうしていればいまごろ街でウハウハだったのにぃ! ぬぉおおぉっ! 出せぇーっ! 私は無実だー!」

「支離滅裂すぎるわ! そもそもお前があの子に無礼かましたからじゃねーか!」


 捕まったのは情報収集と、余計な問題を起こさないためだ。

 ふたりを監視する名目で牢屋の前に立っているギルドの男性職員が、怒ったゴリラの顔で鉄格子にしがみつくオーラに戸惑いの視線を向けている。さっきからずっとこんな調子だから、そんな顔もしたくなるだろう。

 歩の言葉に、さすがのオーラも振り向くと慌てた顔になった。


「違います! 誤解です! あれは微笑ましい異世界コミュニケーションの一環で――」

「どこが!? 周りの状況を見なさいよ!?」


 聖剣も持ってきた荷物も、すべて向こう側に没収された。にっちもさっちもいかない状況だ。

 冷たく突き放すと、オーラは流石に堪えたのか口ごもる。


「ぐ……ぐぬぬ……」

「……まあ、騒いでも状況は良くならないし、休んでろよ」

「それって誘ってます?」

「ぶっ飛ばすぞ」


 これからなんとか自分たちがなんなのかの説明まで持っていかないといけないのに、無駄なエネルギーを使っていられなかった。――連行されたおかげであの少女がここに所属しているとわかったのは、怪我の功名というべきだろうか?

 青ざめた顔でちらちらこっちを見ている牢屋前の青年が気の毒で仕方なかった。ほんの少し前はあんなにキラキラした瞳をしていたのに、今や生乾きの魚だ。彼はなにを思ったのか遠慮がちに口を開く。

 

「あの……多分いまギルドが現場検証や装備品の鑑定を行って、あなたたちの行動を証明する証拠を集めてるところだと思います……」

「いやうんありがとう! でも関わらないほうがいいと思うよ!?」

「ふん! そんな都合のいいこと言っても、この体はアユムさんだけのものなんですからね!」

「ほらきた! ほらきた!」


 親切な青年の善意を食い物にして、巫女がのさばる。喋り疲れた歩は再びため息をつくと、深呼吸して思考をめぐらした。オーラはまだうごめいていたが、相手をしてはいけないと学習した歩はとりあえず無視することにする。

 こちらの目的を達成するためには、とにかく相手に受け入れられなければならない。下手に騒いで問題を起こしたくはなかった。

 暫くの間目をつぶって体力を回復していると、ふと耳に扉が開く音が聞こえた。目を閉じてから時間にして一〇分も経っていなかっただろう。足音からして対象は一人だ。歩が薄くまぶたを開くと、鉄格子の向こうに二〇代前半くらいの男性が立っていた。

 側面を刈り上げた髪型の精悍な顔立ちをした男で、全身に張りつめた雰囲気をまとっている。鎧こそ着ていないが。服越しの肉体の盛り上がりと立ち振舞いから何かしらの武術の経験が読み取れた。

 彼は初対面だと言うのに既にうんざりした表情で口を開く。


「お前たち、よくそんなに減らず口が叩けるな」


 ぐうの音も出ない。


「そうですよ。静かにしないと」

「お前も言われてるんだよ?」


 男は自分を視界に入れた瞬間に姿勢を高速で正したオーラに思い切り怪訝な視線を送ったあと、歩のほうをみる。


「ギルドマスターが呼んでる。ついてこい」


 ふたりは男に連れられ、ギルドの長の待つ執務室に通される。そこは左右の壁に巨大な本棚が設置された広々とした作業空間で、部屋の奥に本棚に囲まれるような位置取りで執務机が設置してある。

 だが、そこにいたギルドの長の姿は、役職の字面からとてもかけ離れた姿をしていた。『彼女』は頭に乗っかった王冠を揺らしながら、二人に近づいてくる。


「ようきたのう! お客さんたち!」


 ふたりの目の前にいたのは、青いエプロンドレスに身を包んだ、七、八歳くらいの背格好の少女だった。背中まで届くサラサラの金髪に、幼いながらも整った顔立ち。宝石をはめ込んだようにきらきら輝く青い瞳。お人形さんめいた美貌の幼女は頭にちょこんと乗っかった王冠の位置を正すと、にかっと笑った。彼女は歩にちっちゃなおててを伸ばしてくる。


「うちがネーヒル帝国、サンクヴィーラ地区冒険者ギルドマスター、アリスじゃ!」

「なんで広島弁!?」

「アユムさん!?」


 脊椎反射でツッコんでいた。


■■■■


「す、すみません……」

「そがな緊張せんでええよ。リラックスリラックス!」


 アリスはふたりを部屋中央に配置した応接用ソファに座らせると、自分は刈り上げの男を伴ってその反対側のソファに座る。隣に座るオーラが不審な表情を向けてきた。


「いきなり叫ぶからなんかあったかと思ったじゃないですか」

「ごめん……」

「ちょっと言葉に訛りがある田舎の小娘相手になに驚いてるんですか? もぉしょうがないですねぇ〜」

「謝れ! いますぐ謝れ!」


 あまりの衝撃に言葉が飛び出してしまった。だがそんな歩とは対照的にアリスはオーラの言葉を快活に笑い飛ばす。


「ええよええよ。元気な子は好きじゃ」

「あ、ありがとうございま――」

「そうですよアユムさん。男子たるものもっとどっしり構えないと」

「どの口が言う!?」


 無駄話を重ねていると、アリスの耳に刈り上げの男が口を寄せていた。


「本当によかったのですか? この者たちを牢屋から出して」

「聞きたいこともあるんじゃし、こっちのほうが面倒がなくてええ」


 そう言ってアリスは再びにかっと笑みを浮かべる。豪放磊落という言葉は彼女にこそ相応しいような気がした。歩の視線に気づいたのか、アリスは姿勢を正してこちらをまっすぐみつめて言った。


「さておふたりさん。単刀直入に聞くが、あんたたちは何者か?」


 隣に座るオーラが、息を呑むのがわかった。ここから先は、彼女の仕事だ。


■■■■


 オーラの星界図を交えた説明を聞いたアリスと刈り上げの男は、やはりというかなんというか、聞き終わった後に首を傾げていた。その様子をみてオーラが不安そうに聞いてきた。


「本当に信じてもらえるでしょうか?」

「真面目に言ってんだから信じてもらえるんじゃね?」

「他人事!」


 アリスは、額に手を当てて考え込む。


「にわかには信じられませんが……」

「じゃが、変異体のモンスターを一撃で倒す冒険者なんて、うちが知らんなんてこたぁないし……そう言われりゃあ納得もいく」

「変異体って、もしかしてあの熊のことですか? 納得?」


 彼女はこちらをみて頷いた。


「そうじゃよ。あんたたちが倒したんじゃないんか? 不思議だったんじゃ。うちの魔法で解析できん傷口と剣じゃったけぇ。この世界のもんじゃないならそうなるのもおかしゅうないということじゃ」

「たしかに僕たちが倒しました。……あの、剣とリュックはいまどこに?」

「ギルドの保管庫に置いとるよ。鞄はともかく剣は持っていくんに苦労したわ。 ――にしてもあのラプラがなぁ……」


 アリスはしみじみと言った感じで呟いた。こちらとしてはほぼノリで蛮族行為を働いた相手なので、どうにも居心地が悪い。……まぁそんなことを言う資格は無いのだが。


「信じられないのはわかりますが、お願いします。彼女に会わせてください」

「ええよ」

「やっぱり無理――え?」

「じゃけぇええよって。ラプラに会わせちゃる」

「アリス様!?」


 刈り上げさんが信じられないといった様子で立ち上がる。


「本当にこの者たちの言葉を信じるのですか!? あんな手品を信じて!?」

「手品!? 失敬な! 謝罪を要求します!」

「そうじゃが……だめか? うちの見立てが信じられんか?」

「無視!?」


 地味にショックを受けるオーラを置き去りにしつつ、ふたりは会話を重ねる。アリスの言葉に刈り上げは一瞬たじろいだが、すぐに体勢を立て直した。強気な姿勢は、ギルドを守ろうとする使命感故か。


「冒険者以外立入禁止の森にいきなり現れて、変異体を斬り殺したよそ者ですよ? 騎士団に引き渡すなりして、彼らに追求させるべきです!」

「じゃがの〜……」

「なんです!?」


 言い渋るアリスに刈り上げが詰め寄った。見方によっては幼女を恫喝しているようにもみえる。歩は鬱陶しく縋りついてくるオーラを慰めながら、ハラハラした気持ちで事の成り行きを見守った。するとアリスはなぜかこちらに一瞬視線を走らせる、とても微妙な顔をする。

 なんだろう? と疑問に思っていると、彼女は申し訳なさそうな口調で、ボソリとつぶやいた。


「こがいな変な格好しとる二人組、この世界にゃあおらんよ。目立ってしょうがないって」


 すると、オーラが吹き出し、刈り上げがこちらをしげしげと見つめてきた。そして、


「あー……で、ですがぁ!」

「それで納得しかけないで!?」

「ぷくく……アユムさん言われてますよ……ぶふっ!」

「お前も言われてんだよ! ――もう帰る! 帰らせてください!」

「賑やかじゃのぉ……」


 王冠を被ったエプロンドレス姿の幼女に服装をツッコまれるとは夢にも思っていなかった歩だった。

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