ファーストコンタクト
気づけばふたりは、高い陽に照らされた深い森の中に立っていた。歩はオーラを離し、あたりを見回す。
「こ――ここは……」
「オーラ、ちゃんと移動できてるよな?」
「は、はい! ちゃんと転移してます!」
急いで星界図を確認させ、第一目標を達成していることを確認する。歩は次に、世界時計の三つ目の文字盤に時刻を表示させる。時刻は昼の一一時だった。
ここからオーラが勇者の居場所を探す魔法を使えば、目的は割と早く達成できる、気がする。
だが、そんな歩の予想とは裏腹に、オーラの調子は悪そうだった。彼女は顔を青くしながら地面にしゃがみこんでいる。
「……だ、大丈夫?」
その声を聞いたオーラはこちらを向く。彼女の顔は青ざめていて、目の下にはくままでできていた。原因は多分、
「食べ過ぎか……」
「だ、大丈夫だから……うぇえぇい……」
「もうほんと大丈夫かなぁ……?」
こんな調子では、先が思いやられる。近くの草むらに消えていったオーラに呆れていると、歩の耳にかすかな音が聞こえてきた。それを聞いて、歩は即座に意識を切り替えて音のするほうへ体を向ける。幸い、オーラのいる方向とは逆だった。
「オーラ! そこから動くなよ!」
「うげぇ……なんなのよもぉ……」
「なんか来るから! じっとしててくれ!」
だんだんと近づいてくるその音には、獣の吐息が混じっていた。歩は手に持った聖剣を抜くと、鞘を地面に突き立てる。剣を正面に構えて音のするほうを睨んでいると、目の前の茂みをかき分けて、巨大な熊のような生物が現れる。ようなと称したのは、ところどころ熊にしては異様な外見をしているからだ。異世界の生物なのだから当たり前と言われたらそれまでだが。
相手の体格は3mを優に超えていて、胸元にツキノワグマのような模様が三つ並んでいる。それだけだとただの熊だが、その頭部と右腕に、紅色の結晶が発生していた。まるで鎧を着込んだかのような外見をしている。
熊はなにかに追われているようだったが、目の前に現れた青年をみて、獰猛に喉を鳴らした。どうやら、切羽詰まっていても動物としての本性には忠実なようだ。
だが熊とは違い、獲物の前で舌なめずりをするような余裕はいまの歩にはなかった。
歩は剣を握り直すと、増幅された身体能力で駆け出し、跳躍する。そして、
「でぇええぇぇいっ!!!」
そのまま袈裟斬りに熊を切り裂いた。聖剣は熊の体表をバターのように軽々と切り裂くと、傷口を焼却し、血液すらこぼさせずに一瞬で対象を絶命させる。妙に手慣れた剣さばきで熊を狩った歩は、後ろでおろおろしているであろうオーラに声をかけた。
「オーラー、出てきていいぞー」
すると草むらから、なぜかスッキリした表情のオーラが出てくる。彼女はやたらとくねくねしながらこちらに近づいてきた。
「やぁん怖かったぁ〜。勇者様ぁ、お強いんですねぇ〜素敵ですぅ〜」
「その場末のキャバクラみたいなトークをいますぐやめろ」
「ていうかマジで獣臭いっていうかさっさと勇者探したい的な?」
「ギャルもやめろ。っていうかその現代知識はどこから出るんだ!?」
だがオーラは歩の追求を華麗にスルーし、星界図に向かって呪文を唱えた。歩が謎の敗北感に打ち震えていると、星界図が紅いオーラに包まれ宙に浮く。彼女は再びくねくねしながら振り向いた。
「これの指し示す方向に行けば、勇者に会え……あっ立ちくらみがぁっ!」
「よし行くか!」
「あぁんひどぅい」
わざとらしくよろめいたオーラを歩は避ける。でも彼女は諦めない。崩れた姿勢を立て直すと、面妖な足取りで近づいてくる。
「ねぇ、疲れちゃったみたい。――深い森に男女一組……なにも起きないはずがなく……キャー!」
「起きるかいな」
腕を組もうとしてくるオーラから逃れようとわちゃわちゃしていると、再び近くの草むらがうごめいた。歩はオーラを後ろに下がらせて、再び剣を構えると叫んだ。
「誰だ! 姿を現せ!」
「私は美味しくないですしお金も持ってませんよー! 狙うならこの人を狙ってくださーい!」
「緊張感もクソもねぇなオイ!」
待ち構えていると、草むらをかき分けて一人の革鎧を着た少女が姿を表した。顔立ちは幼く、たぶん背格好からオーラと同い年くらいだろう。腰まで伸びる紫がかった髪をポニーテールにした、深い紫色の瞳を持つ凛々しい顔立ちをした美少女で、腰に短剣、背中に矢筒と弓を背負った正統派狩人スタイルの服装に身を包んでいた。
少女はホールドアップの姿勢をし、息を切らしながらこちらに近づいてきた。
「わ、私は怪しいものではない!」
だが、それでは済まない相手がこちらには居た。
「ケッ! 女か! 有り金全部置いて消えな!」
「初対面の人になんてことを!」
「わ、わかった! だから命だけは! 命だけは助けてほしい!」
「信じちゃったよ!? しかもなんか誤解してるし!?」
少女は手際よく有り金の入った革袋を放り投げると、ひざまずいて無抵抗の意を示した。歩は止めたのだが、何故かその言葉は聞き入れられなかった。
オーラは革袋の中身を確認すると、つばを吐く幻影がみえるほどゲスな表情になる。
「銀貨一〇枚か……シケてやがるぜ!」
「いやお前価値分かってないだろ! 外道か! 返してやれ!」
革袋を取り上げて少女に返却するが、何故か少女はオーラの言葉を真に受け、整った顔立ちを歪めて涙まで流してしまう。
「私はまだ駆け出しで……それが私の全財産なんだ……すまない、足りないのなら体で払うから……だから……!」
「へへっ! いい度胸してるじゃねぇか……!」
「ねぇ話聞いてる!?」
だが品定めするように少女の周りを回っていたオーラが、彼女の革鎧に手をかけたところで止まる。実力行使してでも止めるべきか本気で悩んでいた歩は、その様子をみて嫌な予感がする。
オーラはゆっくりこちらに顔を向けると、気まずそうな表情で言った。
「この子、勇者みたいです……」
それを聞いた歩は少女とオーラを交互にみて、たっぷりフリーズしてから言った。
「なんでいま言うの!?」
「どうしましょう……」
「こっちのセリフだよ!」
虚しいツッコミが森にこだました。そしてなんとタイミングの悪いことに、新たな多数の足音と話し声ががこちらまで聞こえてきた。いろんな意味で体をこわばらせたふたりは、嫌な汗をかきながらじっと相手の出現を待つ。
予感は的中し、少女が現れた草むらから数人の屈強な男たちが現れる。
「ラプラ! 大丈夫か!? さっきからここらで凄い声が――」
そして、彼らの先頭にいた男と歩の目が合った。そこから男はラプラと呼ばれた少女の惨状と、それを引き起こした元凶である二人の間で視線を往復させると、振り向いて大声で叫んだ。
「盗賊だ! 盗賊が出たぞぉおおおぉぉお!!!」
「だよねぇー!?」
次から現地人とのファーストコンタクトは自分がしようと心に刻んだ歩だった。