突撃! 隣の世界!
どうやらあの世界は地球とは違う時間の流れの上に存在しているらしい。要するに地球での一年が、あの世界では一日。最初の召喚から戻ってきた時、ここでは一週間が経過していた。そして、そこから数日後に呼び出され――いまさっきの召喚だ――戻ってきた時、地球ではも三日が経っていた。
職場にどう説明したかというと、最初は謎の記憶喪失になった嘘でゴリ押した。次はひどい風邪で連絡できなかったと言ってゴリ押した。もう考えたくない。会社に行きたくない。
そう思って今日も出社の準備をしていると、一戸建てである自宅の自室辺りから、「どすん」という重い音が響いた。嫌な予感がして部屋に向かうと、そこには、
「おはようございますアユムさん! 愛しのハニーが会いに来ましたよ!」
「う……うわぁあああぁぁあっ!!!」
圧の強すぎる美少女がいた。彼女がよりにもよってこちらに向けて抱きつこうとしてきたので扉を締めて迎撃すると、鈍い音。再び扉を開けると、鼻の頭を赤くしたCG美少女が目の前で蹲っていた。何やら背中には布袋を背負っている。
彼女は自分に向けられる冷えた瞳にも気付かず、歩を非難した。
「せっかく時空を超えて会いに来たのに! ここは暖かく抱きしめるものでしょう!?」
「ない!」
「二文字でバッサリ!?」
とりあえず事情を聞くことにする。ああ、今日は遅刻だ。まだ微熱があることにしようそうしよう。
「なにしに来た!」
「それはもちろん! 貴方に頼みごとをしに来たんです!」
「帰れ」
「興味なさげ!? 共感を! 共感をください!」
こっちのセリフだった。オーラは口をとがらせながら説明を続ける。
なんでも、歩の力を使って、自分の世界を救える人をみつけ出せないか、ということだった。巫女の転移魔法は、自分たちの世界に近い異世界にしか行けないらしい。オーラは文字どおり床に頭を擦りつけながら言う。というかさっきから妙に彼女の挙動は重い。
「なにとぞ! なにとぞ!」
「いやそこまでしなくても……」
「えっ!? このうら若き体を差し出せ!? ――しょうがないですね、もってけどろぼう!」
「差し出すなその古代ギリシャの住人みたいな服を脱ごうとするな!」
「いやんそんな乱暴にしないで! この体は勇者さまだけのものなんですからぁ!」
「やかましいわ!」
一通り口げんかをした後、歩はオーラを指さす。
「そこまで言うってことは、候補の居場所はわかってるんだよな?」
「ええもちろん!」
そう言うと、彼女は首にかけたペンダントをこちらにみせる。よくみなくてもわかるほど上等なもので、黄金の装飾の中央にサファイアのような宝石がはめられている。宝石の内側には星のようなきらめきがまたたいていて、いつまでも眺めていられそうだ。
「それは?」
「星界図と呼ばれる、神様から貰ったおくりもののひとつです。転移魔法を聖剣の巫女に与えてくれるうえ、聖剣に適正のある人を自動で教えてくれます。これのおかげで、貴方をみつけ出すことができたんです!」
ぶち壊してやろうかとも思ったが、仮にも世界の命運がかかっている。そんなひどいことはできない。そんな歩の考えも知らず、オーラがペンダントの宝石部分に触れる。するとそこが光り輝き、まるで星空のような映像を周囲の空間に映し出した。
朝日があるのにはっきりと映像がみえることから、これがホログラムではないのがわかる。そしてこれが星空でないことも、感覚で理解できた。
「これは、世界の分布図か?」
「よくわかりましたね。これは次元に存在する世界の位置をわかりやすく地図にしたものです」
「力を使うとき、似たようなのが頭に浮かぶんだ」
「じゃあ、これがなんなのか、なんとなくわかりますよね?」
オーラは闇の中で輝く星々の中から、ひとつの赤くきらめく光点を指さす。
「これが、いま私たちのいる世界。そして、それに密着した白い光の点が、私がもといた世界です」
「本当に近いんだな」
「ええまあ! 貴方が選ばれたのは、要するに近かったから――つまりは妥協した結果ですから!」
「地味に傷つくことを言うな」
悪びれもせずオーラは続けた。
「私たちの世界は昔から、ほかの世界から勇者の資格を持つ人を召喚して、いろんな争いごとの解決に協力してもらってきました。でも最近は星界図と聖剣の力も衰えて……気がつけば召喚できるのはお隣さんだけ。それもこんなヘタレ……」
なにかものすごい失礼なことを言われた気がするけれど、話の腰を折りたくない歩は口から出かかった言葉を飲みこんだ。
「……相当、切羽詰まっているんだな」
「そうなんですよ! だから勇者さま! 力を貸してください! たとえ逃げ足だけが早いハズレのポンコツ勇者でも! そのみっともない逃げ足と力を役立てることができるはずです! 大丈夫ですよ! 先っちょだけ! 先っちょだけですから!」
「人任せなくせにずいぶんな言い草だなオイ! 無理なものは無理だ! ほかを当たってくれ!」
すると彼女は、わかりやすく口元をとがらせる。
「なんでですか! ケチ!」
「本当に無理だからだよ! 僕の力はそんなに強くない!」
張り倒したくなる気持ちを必死におさえ、オーラに自分の力を説明する。
「――世界を移動するときには……なんというかイメージというか、感覚が大切なんだ!」
「……ホワッツ?」
こいつほんとに異世界人か? 美しさ故にウザさが倍増しているオーラの?付きの表情に湧き上がる怒りをなんとかおさえる。歩は深く呼吸して、できるかぎり冷静でいることを心がけた。
「力を使うと、僕はいまいる世界とは別の世界を感じ取れるようになる。だけどいまいる世界から離れすぎてる世界は感じ取れても、直接ジャンプできない。中継ぎに世界を移動をしなきゃいけないんだ。そして僕の力は一日に三回しか使えない。だからきっとお前の役には立てないよ」
例えるなら、電車の乗り継ぎのようなものか。遠くの世界に行くには、間に中間となる世界を挟まなければいけない。フローチャートをさかのぼるようなイメージでも合っているかもしれない。
一日三回限定の異世界転移。離れすぎると、元の世界を見失って永遠に次元を彷徨い続ける。
「博打すぎる」
だが、彼女はそれを聞いて、俗に言うドヤ顔をした。まるでその不安は予想どおりだ、と言いたげだった。
「ふっふっふ……そんな事もあろうかと!」
「なにかアイデアがあるんだろうけど、そのムカつく顔やめろ」
オーラは背中に背負っていた布袋から、あの剣を取り出す。
(だから中腰だったのか……ってこの状態だと……!)
失敗から学んだらしかったが、一瞬の感心はオーラが雑に剣を落として床にめり込ませたことで吹き飛ぶ。
「……なにはともあれ聖剣は、選ばれし者の力を増幅する事ができます! だから貴方の能力も、きっと今より強い力を持つはず!」
「俺はいま、お前をこの剣で切り刻んでやりたいよ」
「ちょっ! ちょっとタンマ! 壊れたところはあとで魔法を使って直しますから! だから無言で剣を抜かないで! お゛っ! やっべぇ……! MAJIでKILLする五秒前だこれ!?」
オーラの言葉に、歩は振り上げた剣を下に向ける。彼女は歩のベッド上にあった枕をちゃっかり盾にしながら続けた。
「と……とりあえず貴方の力を使ってみてください! 剣を持てるんだからきっと何か変化があるはずです!」
言い終わってすぐに魔法で床を直し始めたオーラをみて、一応は溜飲を下げた歩は、物は試しと使ってみることにした。ちらちらとこちらをみていたオーラは、剣に視線を下ろした歩の意識を全力で自分から逸らそうとする。
「さぁ! 私を斬るよりも前に! お試しを!」
正直意識を逸らすには逆効果だし本当か眉唾だったが、歩はすぐにその認識の一部を改めることになる。
試しに力を使ってみると、いつもどおり天井に投影された星界図と似たようなビジョンが脳内に構成され、そこに『行ける』という感覚が歩の体を満たした。でもいままでとはひとつだけ違ったことがあった。
「これは――!」
その違いとは、それはいままで感じたことがないくらい強い『力』だった。驚く歩に、再びオーラがドヤ顔を向けてくる。
「それが、聖剣の力です!」
「そうか……! っていや分かってないだろ!」
でも彼女の言葉は本当だったし、予想以上だった。
まるで砂浜の砂を一粒一粒精密に確認することができるようになったかのような、今までとは違う絶対的な明瞭感を歩は覚えた。
この状態で力を使えるならかなり遠くの世界まで跳べるし、『もといた世界を見失うこともない』。なにより嬉しいのは、世界の時間の流れすら感じ取れるほどに力が強まっていることだ。これは世界移動をする際に大きなアドバンテージになる。
(この力があれば……!)
目を見開いて剣をみつめる歩の様子に掴みは充分だと感じたのか、オーラが再び勧誘を開始する。
「貴方は私を異世界に連れて行ってくれるだけでいいんです! お礼は好きなだけ渡しますから! ――だから!」
「わかった」
「……え?」
キョトンとした顔になったオーラに歩は真剣な眼差しを向け、言った。
「お前の言うとおり、勇者を探してやる」
「ほ……本当ですか!?」
「ああ、本当だ。ただし!」
言葉とともに手のひらを少女に突き出す。オーラは首を傾げてそれをみつめていた。わからないのも無理はない。とりあえず、説明はあとにしよう。
「それをするのはアフター5にさせてくれないか」
「……はぇ?」
これは、仕事終わりに異世界を旅する物語。