家とセーラー服と聖典
「ここが、アユムの家なんだな」
「そーなんです! えっへん!」
「なんで君が偉そうにするの?」
日が昇るまで少しの間仮眠した三人はくらくらする頭を洗顔で整えてから、リビングに集まっていた。胸を張るオーラを半目で見つつ、歩はキッチンに立った。
「とりあえずご飯にしよう。苦手な味付けとかある?」
「いや私は特に……」
「勝手に連れてきちゃったし。遠慮しなくていいよ」
「わt――」
「却下」
「民主主義!」
反逆者を生み出しつつも朝の時間を勧めていく。興味深そうに覗き込んできたラプラの視線に少しだけ緊張しながら、歩はコンロの火を着けフライパンを温める。すると――
「おおー!」
「BOOOOO!!!」
「感心とブーイングをステレオで聞かせるのはやめてくれないか」
とりあえず二人には離れてもらうことにする。リビングのソファに二人を案内すると、歩はトースターに食パンを放り込んだ。オムレツを作りつつ、二人に提案する。
「時間かかるから、シャワー使っていいよ」
「……しゃわー?」
「ああごめん。風呂のことd――「アユムさんのエッチ!」黙れ」
首をかしげるラプラとは対象的に、オーラは自分の肩を抱きながら叫んだ。
巫女の戯言はなおも続く。
「私達が入ったあとの残り湯を何に使うつもりですか!? この変態!」
「シャワーだっつってんだろ」
「私達をお風呂に入れてキャッキャウフフ空間を作り出して、どうするつもりですか! この変態!」
「軌道修正早いなぁ!」
「一緒に入るのは確定なのか……」
逆に感心してしまう。そして部屋全体にいたたまれない空気が満ちた。
無言の空気が満ちてから数十秒後に、オーラは拳を頭に乗っけてちらりと舌を覗かせた。
「ごめんちゃい☆」
「ホントだよ!」
すると失敗を挽回するためなのか、オーラは急いで立ち上がるとラプラの手を引いてリビングから退散する。
「ちょ……オーラ!」
「アユムさんすみません! お風呂お借りします!」
「いいけど……ってあ!」
発言の最中に歩はあることを思い出す。
「着替え! 忘れてた! あと使い方わからないだろ!?」
どうしよう、色々大変なことになるぞ。胸の中に不安の雲が立ち込めたとき、それを打ち消す底抜けに明るい声が聞こえてきた。
「ご心配なく! 巫女の嗜みですから!」
「オーラ、私はまだ何も……」
嵐のような騒がしさを伴ってリビングから離脱した彼女らを前に、歩はぽかんとした顔をする。そしてその次に、脱力した顔で言った。
「嗜みか? それ……」
それから数十秒後、現代科学に晒された少女の悲鳴が聞こえてきて歩は頭を抱えた。
■■■■
牛ひき肉を包んだオムレツを人数分テーブルに並べた頃、二人は戻ってきた。
「アユムさん! ただ今戻りました!」
「アユム、ありがとう。さっぱりした」
「よかった、ちゃんと使え――ぶっ!?」
顔を上げた途端むせた歩を見て、ラプラが首を傾げた。
「ど……どうしたんだ?」
「いやだってその格好……」
狼狽する歩の様子に、ラプラは更に疑問を浮かべる。
「そんなにおかしいだろうか? この世界の一般的な戦闘服だと聞いたんだが……」
「オーラぁ?」
頓珍漢なことを口にしている少女から視線を外し、彼女の横で120%のドヤ顔を披露している巫女を半目で見る。
問題の人物は歩に対し胸を張り、無駄に自信満々な様子で言った。
「これが太古の勇者が残した遺物の一つ『セーラーフク』です!」
「誰だよそんなもん残したのは!」
二人が着ていたのは一般的な見た目のセーラー服だった。オーラはネクタイを締めずに第一ボタンを開けた白のブラウスの上にベージュ色のニットのカーディガンを羽織り、手の下半分を袖の中に入れている。服の裾から丈の短いの紺と空色のプリーツスカートが伸びていて、ギャルっぽい印象を受ける。
対するラプラは殆どはオーラと同じだが、カーディガンを羽織らずに腰に巻いている。彼女は慣れない格好に戸惑いながら視線をフラフラさせていた。
異世界人なのにこれ以上ないくらい『らしく』それを着こなす美少女二人に歩は色んな意味で頭をくらくらさせた。
「かつて世界を救った勇者の一人が魔法衣職人に頼んで作らせた由緒正しい装備の一つです! 勇者はこれを仲間の女性に送ったらしいですよ」
「ろくでもねぇな!」
「ここにも似たようなものがあるみたいだったので、この前念のために宝物庫からかっぱらって……じゃなかった、借りてきました!」
「ろくでもねぇなぁ!」
もっとマシなのはなかったのかと言いたいが、善意からやっているらしいのでこれ以上のツッコミは止めることにする。そういえば魔法衣とか言ってたけどどういうことだろうか? 防刃防弾仕様だったりするのだろうか? そのことを尋ねてみると、オーラは自分の全身を確かめるように見回しながら言う。
「もちろんですよぉ。この服には丈を自動調節する魔法にあらゆる汚れが染み付かない魔法と、更にスカートが決してめくれ上がらない魔法がかかってます!」
「評価しづらい……っ!」
とりあえず過去の勇者に言いたいことは沢山あったが、それはそれとして食事を摂ることにした。トーストとオムレツのスタンダードな朝食を前に、三人で着席する。
いただきますをしてからしばらく食事に集中していると、ラプラが口を開いた。
「この料理、すごく美味しい」
「オムレツ?」
「ああ。アリス様にも食べてもらいたい」
頷く彼女に対し、横で見ていたオーラが言った。
「そういえばラプラさんの世界にも、この世界にあるものと同じような食材がありましたね」
「じゃあレシピさえあれば再現できるってことか」
「そう……だな。たぶん……」
「じゃあ後でレシピを渡すよ」
「本当か!? でも……いいのか?」
驚いた表情のラプラに向かって歩は頷く。
「僕のレシピもネットの受け売りだから」
「ねっと……?」
「本みたいなものだよ」
異世界コミュニケーションは難しい。オーラを基準にして話してしまっている自分がいた。彼女がおかしいだけとも言える。思い切って歩は聞いてみることにした。
「そういえばどうしてオーラはこっち側の文化に詳しいんだ?」
「……へ?」
「そういえばそうだな。シャワーの使い方を知っていたし」
二人の視線に当てられて、ぽかんとしていたオーラは思考を固めているかのように数秒間視線を泳がせてから口を開いた。
「古の勇者が遺した資料に似たようなものがあったので」
「古の勇者って……」
セーラー服を着せるような変態のことが出てきて、なんとなく予想できていたにもかかわらず歩は心のなかで後ずさる。その雰囲気を察知したのか、オーラはしょうがないと言いたげに息を吐いて肩を落とした。
「勇者様の望みを叶えるために私達の国は色んなことをしているんです。住んでいた町並みを再現したり、勇者の世界の文化を国民に広めたり――」
「大変なんだな……」
「聖典によれば、一七歳以下の女性の語尾に『にゃん』をつけろと要求されたときは流石に止められたそうです」
「きっっっっつ」
歩の中でのオーラの世界のイメージがどんどん奇っ怪なものになっていく。一度見てはみたいが、三六五倍のスピードで時間が経過する世界なので実際確認するのも一苦労だ。
いつか時間ができたときに行ってみようと心に決めつつ、歩はオムレツを嚥下した。
「アユムさん、今日はお仕事お休みですか?」
「ああ。だから力が使えるようになる前に用事を済ませようと思うんだ。ふたりとも、一緒に来てくれたら嬉しい」
「それは問題ないんだが……」
「何をするんです?」
その問いに、歩は少しの気まずさを覚えながら言った。
「装備を整えに行く」




