MISSION FAILED
歩は彼女らの身に何が起こったのかを聞いてから、自分に起こった出来事をかいつまんで報告した。
「――と、いうわけなんだ」
「す……すまない歩! 私のせいで怪我を!」
「ってやめい!?」
途中から顔を青ざめさせていたラプラが話し終わると同時にスライディング土下座してきたので、歩は驚愕の表情を浮かべる。
「わ゛だし゛がふがい゛な゛かったから゛ぁ゛〜っ!!!」
「濁音まみれで話すのやめなさいって! ほら! 元気だから! 何も問題ないから! アメちゃん食べる!?」
「……くすん」
リュックのなかから差し出されたいちご味の飴玉を口の中でコロコロ転がしながら、ラプラは涙をすんすんする。聖剣に選ばれても豆腐メンタルは変わらないようだ。
彼女は無言で異世界のお菓子の味に驚くと、飴玉の袋を持っている歩と袋の間でそのキラキラお目々を往復させた。
(気に入ったんだ……)
(気に入ったんですね……)
「むむ!?」
二人の視線から何かを感じ取ったのか、ラプラは顔をいちごの如く赤く染めた。赤と白のまだらではなく。
これ以上脱線しても困るので、歩はこほんと咳払いする。
「とにかく! 二人が無事で良かった。それが一番だよ」
「アユム……」
「アユムさん……」
真剣な声色を感じ取った二人が真面目な顔になる。次に歩はじっとラプラを見据えて言った。
「あとラプラおめでとう。君が勇者だ」
「い……いひゃ……そんな……!」
「……これからどうしましょう?」
三人ともが首を捻って「う〜ん……」と唸る。オーラの回復魔法と聖剣ブーストのおかげで、もうほとんど体調はもとに戻っている――が、
ひとしきり考えた歩は苦い表情で提案した。
「……帰るか」
「わ、私もそう思う……」
「賛成です……」
作戦失敗。MISSION FAILED。
歩は他の二人に肩を組んでもらいながら立ち上がる。足取りは色んな意味で重かった。
「ありがとうふたりとも……」
「これくらいどうってことないさ。そんな顔をしないでくれ」
「そうですよアユムさん。ここはむしろ、嬉しいって顔をするべきです!」
「そう……かな?」
軽口に勇気づけられる。それと同時に、光に照らされて影ができるように、自分の中にある問題点も浮き彫りになった。それを確認するかのように、歩は心のなかでつぶやく。
(僕は……油断していたんだ)
異世界を旅していた『以前』の自分がこれを見たらきっとぶん殴られているであろう失態だ。自分に生き残るすべを教えてくれた師匠にも面目が立たない。自嘲の感情が表に現れないよう顔を固くしていると、異変に気づいたオーラがこちらを覗き込んできた。
「……大丈夫ですか?」
「え!? あ! いや! なんでもないよ! ……随分奥の方まで来たなって」
歩は冷や汗を浮かべながら笑顔を顔に貼り付けて誤魔化す。碧い瞳をみることはできなかった。こちらの事情はこちらで処理しなければならない。あまり複雑な事情に巻き込みたくはなかった。
歩の言葉に、オーラは神妙な顔立ちになった。
「確かに当初の予定とは異なる感じもしますけど……ラプラさん、ここってウーヌの森のどのあたりなんでしょうか?」
「かなり奥の方だと思う。普通なら一日でここまでは来れないんだけどな……野宿なり何なりして時間をかけて慎重に進むべき距離を、私達は一足飛びで進んでしまっている」
素晴らしきかな聖剣の力。だが剣の輝きとは対象的に二人の少女の瞳からは光が失われ続けている。
歩は手の中にある黄金の剣を見ながら、ぼそりとつぶやいた。
「二本に増えないかなぁ……聖剣」
「ここはアユムさんが私達をおんぶする三段弁当方式で……」
「殺す気か?」
聖剣の加護を受けられるのは一人。歩とラプラのどちらかだけだ。今日経験したことを考えると、この状況は決して良いとは言えなかった。またツルギグモのような存在がいきなり現れないとも限らないし、いくら隠密行動に(本人の意思はともかく)長けていると言っても、ラプラもこんな状況は初めてだろう。
歩とオーラの会話を聞いて、ラプラがそれを否定するようにダブルバイセップスのポーズをとる。
「安心してくれ! 私は絶対に君達を安全なところまで送り届けてみせる! ふんす!」
「いやそれにしたってもねぇ……」
「ふんす!!!」
「珍しくゴリ押ししてきますね……」
が、ポーズを決めていたラプラが突然顔を青くして、額を抑える。それを見た二人は、なにか嫌なことが起こっていると直感した。
「っ痛……!」
「ラプラ?」
「大丈夫ですか?」
オーラはなにかその様子に心当たりがあるようだった。よろめいたラプラに駆け寄ったオーラは、彼女に向かって回復魔法を使う。巫女の両手手に柔和な緑色の光が灯り、それがラプラを照らす。
「今はゆっくり休んでください。幸いアユムさんも居ますから」
「あ、ありがとう……でも大丈……」
言いかけたラプラが、突如として地面に崩れ落ちる。彼女の肩を抱いて受け止めたオーラは、必死の形相で叫んだ。
「っ!? ラプラさん……! ラプラさん!?」
「大丈夫か!?」
アユムも一瞬遅れて彼女のもとに駆け寄る。呼びかけながら見たラプラの顔は真っ青で、表情は苦しみに歪んでいた。それをみて弾けるように歩は言った。
「とりあえずゆっくり地面に降ろそう」
「は、はい!」
そのためにオーラと交代でラプラの肩を持ったときだった。突然歩の脳内に激痛が走り、それとともにやってきた悲痛なビジョンが頭の中を塗りつぶす。
――助けて……死にたくない……!
燃えたぎる空気を伝う悲鳴、焼け落ちる木々、目前を覆う黒い影、前方に伸ばされる小さな手のひら。そして黒い影が掲げる鈍色の輝き。
「あ、アユムさん!?」
歩は内側を突き抜けた衝撃に自分も倒れ込みそうになりながらもなんとか踏みとどまる。その様子をオーラが気が気ではない表情で見つめていた。
「今のは……?」
あの稲妻のようなビジョン。一瞬すぎて詳しくはわからなかったが、誰かが死ぬ直前の光景に思えた。歩は腕の中のラプラを見つめながら呆然と呟く。
「過去の記憶……?」
■■■■
音を立て、赤い鬼が地面に落下する。鬼は低空を飛んでいたときの勢いそのままに地面を転がったあと、這いつくばってうめき声を上げた。
「――クソッ!」
体を覆っていた紅い鎧がボロボロと崩れ落ちる。その代わりに現れ始めた倦怠感に、男は舌打ちした。
地面に赤い軌跡を残しながら男は進む。ウーヌの森の最深部、もはや人間が近づくことすらできなくなった闇の巣窟へと。
それこそ亀のようにのろのろと進んでいる間にも、鎧はまるで殻のようにボロボロと崩れていく。その下から現れたのは、軍服を纏った白髪灰瞳の青年だった。その顔は苦痛で歪んでおります、くすんだ色の目には憎しみの炎がめらめらと滾っている。
――ふざけるな。
変異体の目と耳を使って冒険者たちの動向は観察してきた。人を寄せ付けないように戦ってきた。それなのに……!
「なんなんだ……あいつらは!」
意味がわからない。この俺に渡り合える人間がいるなんて。男は歯を砕けんばかりに食いしばってから、呻くように吐き捨てた。
「あれが、勇者……っ!」
俺に復讐のための力を与えたアイツが言っていた、最大の障害。それがあの光る魔法陣から現れた一組の男女。初めて見たときから分かった。
ヨロイグマの視界を通してもわかる異様な雰囲気と服装。そして圧倒的な強さ。
仲間と分断して、確実に仕留めるつもりだった。なのに、あの女がまさか反抗してくるとは
――いつも逃げ回ってばかりだったあの頼りない女が……!
彼女が発生させた光を見てから、変異体たちが言うことを聞かない。それも誤算だった。それをみた自分の体にさえ、致命的とも言える不調が発生している。
考えているうちに、どんどん息が苦しくなっていく。そして濁った瞳に映る景色が霞み始め、魂が肉体から抜け出そうになったとき、異変は起こった。
男の倒れ込んでいる地面から、染み出すように闇色の何かが現れる。それを察した男は掠れた声で言った。
「来た、か……!」
周囲の地面を染め上げた闇。そこから湧き出た触手に体を拘束された男は、地中深くへずぶずぶと堕ちて行く。だが、男の顔に恐れはなく、誰に届けるでもなくつぶやくのみ。
「次は必ず――!」
言い切る前に男は消え、あとには静寂だけが残った。




