合流
ラプラが地面にドリフトをキメながら着地し、腕の中で縮こまっているオーラに声をかけた。
「オーラ、ここから歩こう。――オーラ?」
首を傾げて尋ねるが、腕の中の美少女はべろべろになった口をガタガタと噛み合わせる以外に反応しない。
「ど、どうしたんだ……?」
「コワイ……ワタシ……オソトコワイ……」
ラプラは言語野が退行したオーラをなんとかなだめすかして人間に戻してから、ゆっくりと地面に降ろした。彼女はぺたんと木の根の上に座り込むと、大きく深呼吸する。
「し……死ぬかとオモタヨ……」
(あ、まだ戻ってない……)
冷や汗をかきつつ、ラプラは辺りをを見回す。此処から先は歩いたほうが正確だ。安全といったほうがいいかもしれない。ラプラは狼から何故か読み取れたビジョンを思い出しながら、聖剣の柄に手をかける。
ラプラの強化された嗅覚は大気に交じる異様な匂いに敏感に反応していた。
炎の匂いではない。もっと危険ななにかだ。ラプラはオーラの前に出ると、彼女をそっと立ち上がらせながらつぶやいた。
「私から離れないでくれ。ここから先は今まで以上に危険かもしれない」
「わ、わかりマシタ」
エセ外人を守りながらラプラは進む。目線を遮る草木を除けながら数分ほど歩くと、開けた場所に出た。
闇を抜けた先、目の前に広がった光景に彼女は目を見開くと、次にその光景の中心あたりで横たわる歩に向かってオーラとともに駆け寄る。
「アユムさんっ!」
「大丈夫か!?」
わかっていても聞かざるを得なかった。焼け焦げた血の跡、炭化した獣の死骸の山。まるで地獄が顕現したような風景の中心に、腹を裂かれた歩がおびただしい血に塗れて横たわっていたのだから。
血溜まりに躊躇うことなくしゃがみこんだオーラが脈を確認してから歩の肩を揺するが、反応がない。周囲を警戒しながらラプラは呟いた。
「一体何が起こったんだ……?」
見えたビジョン。人智を超えた戦いを繰り広げていた人形の怪物は一体? わからない。あの化け物がどこからか出てくるかもしれないという不安に嫌な汗をかいていると、勢いよく振り向いたオーラが縋り付いてきた。
彼女は必死な面持ちで言う。
「せ……聖剣をアユムさんに……はやく……っ!」
一瞬思考が空白に支配されたが、彼女が何をしようとしているのかを理解したラプラはしっかりとうなずく。
「あ……ああ!」
ラプラは腰に携えた聖剣を引き抜くと、それを歩に返却する。
聖剣を力なく開かれた右手のひらに握らせると、彼の顔に生気が宿る。その状態でオーラは回復の魔法を使い、傷を癒やしていった。
「――ごほっ」
しばらくして、歩の口から濁った咳が出る。それを聞いたラプラとオーラはお互いに安堵の表情を浮かべると、潤んだ瞳で目の前の青年をみつめた。
■■■■
「うわぁあああぁあああっ!」
上下左右、何もかもわからない。歩は星のちりばめられた闇の中をただひたすらに落下し続ける。こんなことは初めてで、同時に自分が決定的な間違いを犯していることもわかった。
頭の中にいつも現れていた星空の中に、歩はいた。無限に存在する異世界、世界と世界の間の虚無。ヒトが触れてはいけない深淵に踏み込んでしまった。
きらきら輝く星と星の間は、まさに何万光年と離れていて、距離感がつかめない。いくら落下しても景色が変わることはなかった。変わるのは、歩の体の向きだけだ。
能力を使おうにも、歩は既に三回能力を使ってしまっている。絶望と後悔が胸を締め付ける。落下は止まらない。
やがて上昇し続ける落下速度に、歩の意識が朦朧とし始める。そして、
――誰か、助けて……!
その言葉だけを残して、歩は意識を失った。
「――ムさん! ――アユムさん!」
霧がかかったようにぼんやりとした意識を、少女の声が覚醒させる。歩は自分を呼ぶ声を聞いて目を開く。それに気づいた少女二人が、黄色い歓声を上げた。
「アユムさん! よかった……」
「大丈夫か!? アユム!?」
「あ、ああ……」
彼女らの姿を見るために腕立ての要領で体を起き上がらせると、歩は首を振りながら言った。
「ごめんふたりとも。見失ったりして……」
「いや、今はそんなことはどうでも……っ!?」
「そうですよアユムさん! とにかく……うぇえぇっ!?」
意識にかかったモヤを振り払ってから二人を見ると、なぜか彼女らは自分から目をそらしていた。
その様子に歩は首をかしげた。
「どう、したの……?」
すると、オーラは顔を真っ赤にして言う。
「いやその……格好が……その……!」
「格好……? あー……ごめん」
自分の腹のあたりを指さされたので見てみた歩は、その瞬間全てを察する。肩口から切り裂かれたあと腹の部分をバッサリいった歩のパーカーは腹のあたりがビラビラになっていて、今は引き締まった腹筋が盛大に露出していた。
男のチラリズムである。
戸惑いの混じった声色でラプラが言った。
「あ……案外筋肉質なんだな……」
「え、あ、どうも……」
フォローなんだろうか? 昔とった杵柄が役に立った(?)のかもしれない。
だが、言い終わると同時に目の辺りに手を当て、指の隙間から歩の格好を観察していたオーラが勢いよく近づいてくる。
「なんでそんなSEXYな……違った前衛的な感じの格好になってるんですかー!? むふー! むふー!」
「わあああああっ!!!」
鼻息荒く欲望がだだ漏れている血塗れの巫女に迫られて、反射的に歩はのけぞる。
だが――
「きゃああぁあああぁあっ!!!」
歩の声に驚いたオーラも悲鳴を上げた。そしてお互いに驚き終わったあと、肩で息をしながら彼女は言った。
「――って、いきなりどうしたんですかもう……!」
ぜはーぜはー息をしながら訪ねてくるオーラに、歩は申し訳無さそうに言った。
「僕の意気地がなかっただけさ……」
そうなったのは自分を助けるためだとわかっているが、それにしたってショッキングな光景だったので叫ばずにはいられなかった。
「別にびっくりする要素なんて――」
オーラは歩の視線を感じ取ったあとに不思議そうにつぶやき、自分の手を見た。そして次に衣服に視線を落とし、自分の体についた歩の血液をしっかり認識すると――
「きゃああぁあああぁあっ!!!」
「「もう一回!?」」
再び悲鳴を上げた。オーラは手の中に緑色の光の玉を作り出すと、それを体についている汚れに当てる。すると、体にこびりついていた血液がみるみるうちにきれいに無くなっていった。
「冷静だ……」
「冷静だな……」
しみじみとつぶやく二人に対して、オーラは光の玉を掲げた。
「きゃーっ! きゃーっ?」
「きゃーで会話しないでくれないか……僕はいいから、ラプラの方を」
「い……いいのか!?」
「きゃーっ!」
いいらしかった。
とりあえずこのままではいけないと思った歩も自分のリュックを探そうとした。でも、立ち上がったときに、自分の足が生まれたての子鹿みたいになっていることに気づく。
「あれ……?」
「あ、あぶないっ!」
ラプラが素早く肩を組んでサポートしようとするが、近づいては離れていくので結局元の位置から動いてはいない。
血のぬかるみから少し離れたところに歩は再び座り込んだ。
そこからきょろきょろと視線を回していると、自分が置いた場所から少し離れたあたりにくたびれたリュックをみつける。爆風で吹き飛ばされたのだろう。
「荷物を……」
「わ……私が取ってくるから!」
ラプラは走ってリュックを取ってくると、なぜか瞳をぐるぐるさせながら言った。
「つ……次はどうすればいい!?」
「い、いや……ありが――」
「そうか着替えを渡せばいいんだな!?」
「聞いて!?」
催眠が解けていることはさておき、歩はかばんを開けようとしたラプラを止めようとする――が、それは叶わなかった。ファスナーを開けてガバっとリュックを開いた瞬間、彼女は顔を青ざめさせてこちらをみた。
「な?」
同意を求めると、彼女はコクコクとうなずき、無言で腕の中のものをこちらによこす。
「……きゃー?」
「あの……もうそろそろ人間に戻ってもいいと思うよ……?」
歩はオーラに戸惑いの視線を向けつつ、リュックから出した換えのシャツに袖を通した。




