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アフター5を異世界で。  作者: 宝来まどか
第一章 絶対浄化世界
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今と昔と

 善崎歩が自らの超能力に気づいたのは、小学生の頃だった。歩はある日些細なことで親と喧嘩し自室に一人引きこもった。怒りの感情をどうにか押し留めようとしていると、自分の体の内側になにか別のものが宿っている感覚に襲われた。それを強く認識しようとしたすると右手の人差指に光が灯り、頭の中に声が聞こえた。


 ――それで円を描くんだ。


 その声はとても聞き慣れた声で、当時はわからなかったが今ならそれが自分の声だと理解できる。頭の中に響く声は、ぎこちなく円を描いた歩むに対し再び語りかける。


 ――どんな世界に行きたい?


 それを聞いた瞬間、歩の頭の中に突如として星空のようなイメージが浮かび上がる。都会では見たことがないほどの膨大な輝き。その中の輝きの一つに自分がいるのだと、歩は直感的に理解した。それが、歩が初めて平行世界というものを観測した瞬間だった。

 歩は声に導かれるままに漠然とした思考をする。『どこでもいいから静かなところに行きたい』


 その思いを具現化するかのように小さな光の円は巨大化し、内部に複雑な文様を描いていく。そして出来上がった魔法陣に包まれた次の瞬間、歩は草原に立っていた。

 雲ひとつない青空。地平線まで続く柔らかな緑の大地。濁り一つない爽やかな大気。頬を撫でる風が気持ちいい。

 歩は夢を具現化したようなその景色に見惚れながら、あてもなく歩き続けた。怒りも何も、心からはなくなっていた。落ち着いた頃、能力を使って家に帰った。帰り方もただ行きと同じようにして『家に帰りたい』と思うだけだった。

 再び魔法陣に包まれた歩は汚れた服装で自室に戻っていた。その日から歩の日常は激変した。

 行きたいと思った世界に行ける。それは友達と遊ぶことよりも楽しかった。まるで魔法の靴を手に入れたようで誇らしかった。今思えば時間の流れが違いすぎる世界に到達しなかったのは幸運としか言いようがない。

 代わりに学校の成績は下がり、人付き合いもなくなり、クラスでも孤立しいじめが始まった。両親との会話もなくなったが、そんなことどうでも良かった。

 結果、そのことを見かねた学校の教師から連絡された両親は、ある日の食卓で困惑気味に歩に話しかけてきた。


『あっちゃんは放課後、一体何をしているの? すぐに家から出ていってしまうし……』

『歩、正直に話してくれ。何をしているんだ?』


 その頃の自分はまさに能力に依存していたと言ってもいい。自分にはこれがある。この力さえあればもう何もいらない。何者にも縛られず生きていける。物語で見る旅人のように。――甘すぎる考え方だ。

 もうはぐらかすのは無理だと思った。友達の家に言っているという嘘も使えない。人のいい顔立ちの両親がここまで思いつめた表情をしている。喧嘩をしているとき以上に苦しげだった。まあそうだろう。息子の教育を間違えたのかと彼らは本気で考え始めている。

 だから歩は真実を打ち明けた。――『ぼくね、ちがう世界にいけるんだ』

 最初は信じてもらえなかった。細身の父の瞳が疑わしげな光を宿し、柔らかな印象の母の顔立ちがはっきりとした困惑に歪んだ。

 そうなることは予想できていた。だから歩は両親とともに異世界に転移した。


 あの草原の世界を彼らに見せた歩は、呆然とする両親とともに帰還した後、誇らしげに言った。


 ――どう? すごいでしょ?


 傲慢にもほどがあった。でもそのときはそれが正しいと思っていて、結果後悔することになった。一生胸に残る後悔を。

 歩を見つめる両親の瞳は驚愕と恐怖に染まっていた。それを見た歩は、今までの感情を失い、心がえぐられるような痛みに支配される。

 歩は反射的に駆け出す。背後から聞こえた声に耳も貸さず、靴も履かずに家を飛び出す。二人は追ってはこなかった。足がすくんでいたのかもしれない。当たり前だと思うと同時に、吹き抜ける風が抉られた心を刺激した。鼻腔を通る排ガスの匂いが気持ち悪くて、歩は指先に光を灯す。逃げ出す理由はなんでも良かった。現実から目を背けるようにぼやけた視界に幕を下ろし、指先で円を描く。

 『どこでもいい、ここではないどこかへ行きたい』、そう願って円をくぐった瞬間、歩の中で何かが弾けた。そして、気づけば歩は、無限の星々が輝く闇の中へと放り出されていた。




 長く短い追体験の末、ようやく意識の糸を掴み取った歩に聞こえてきたのは、剣が地面に突き刺さる音だった。続いて、鬼の苦しげな声が聞こえてくる。


「グゥウッ!? ナンダ――アノヒカリハ!?」


 体が重い。指一本動かせない。頬に触れる大地の感触もだんだんなくなってきている。肉体から魂が抜け出るというのはこんな感覚なのか。走馬灯に魂さえ絡め取られてしまいそうになりながら、歩はひとりそんなことを思う。

 もうだいぶ耳も遠くなっていたが、獣たちのぎゃあぎゃあ騒ぐ声も聞こえてきた。どうやらなにかあったらしい。歩が感じた変化が一番著しい鬼は、毒でも盛られたみたいに苦しげだ。

 そして、遠い耳を疑うような変化が相手に訪れる。


「くっ……チクショウ! ナんだってこんなときニ……!」


 何かが砕ける音と共に、鬼の声にかかったエコーが晴れる。その声に歩の心がさざめいた。だが、自分の変化に気づいた鬼は後ずさると、翼を羽ばたかせて何処かへと飛び去っていった。あとには瀕死の歩だけが残る。

 いつの間にか周りにあった敵意はなくなっていた。どういうことかは知らないが。

 聖剣がなくなった理由もだいたい予想がつく。


「やったんだな……ラプラ……」


 もう大丈夫だ。そんな暖かな思いが胸を満たすと同時にいろんなネジが緩む。そして緩んだ隙間に痛みが入り込む。


(あ、これだめなやつだ……まじで死にそう)


 自覚するとともに、どんどん頭の中を痛みが占めていく。それは歩の意識の上に覆いかぶさって、彼を闇の中へと再び引きずり込もうとする。歩は一縷の望みをかけて自分のリュックを漁ろうとしたが、そもそも体が動かなかった。

 自分が死ねばすべてが台無しになる。絶望が胸を支配しかけたその時、歩の右手のひらに、聖剣の柄を握っているかのような錯覚が生まれる。それを感じた瞬間、歩はなぜか自分が死ぬなんてことは、かけらも信じられなくなった。

 歩の意識は、安心を抱いたまま、闇の中へ堕ちていく。


■■■■


「――ああぁあああああ……ってあれ?」


 白い光を全身に浴び、漂白されていたオーラが呆けた様子で気を取り直した。光が消えたあと自分の体のどこにも変化がないことを確認すると、彼女は首をかしげる。


「どこも怪我してない……?」


 きょろきょろと自分の体を見回しながら頭に?マークを浮かべまくるオーラをぼんやり眺めながら、ラプラはへなへなと地面に腰を下ろす。その様子をみて、巫女は驚いた。


「ど、どうしたんですか!? ラプラさん!? どこか痛いんですか!?」

「へ?」


 その慌てた様子を見てから、ラプラは自分が泣いていたことに気づく。溢れて止まらない透明な雫が、頬を伝って地面に落ちていた。


「な……なんでもない! どうしてだろうな! ハハ!」


 なぜこんなにも悲しいのだろう。わけも分からずラプラは自分の頬を拭い、不安を吹き飛ばすように勢いよく立ち上がった。

 その様子に安心したオーラははラプラのそばまで駆けてくると、肩を持ってぐわんぐわん揺らしてきた。


「あぁ、良かったぁ……! ほらオーラさん! ついに聖剣を自分のものに!」

「あ、ああ……」


 オーラが指差す先には、ひっくり返って絶命している変異体の小グモたちの姿。六匹全てが絶命している。ラプラがやったのだ。手に持った聖剣がその証。でも気持ちは全く晴れなかった。

 だが、その理由の内のひとつはすぐに理解できた。オーラの顔が、みるみるうちに青くなっていったからだ。


『アユム……借りさせてもらう!』


 彼女の言葉と顔をみて、あの空間でのことを思い出す。心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われながら、ラプラはオーラに駆け足気味に言った。


「そうだ……これがここにあるってことは……!?」

「まさか……! アユムさん……!」


 そこからの行動は早かった。勝利の美酒に酔うことなどできるはずがない。今にも走り出したい気持ちを抑えて、ラプラは尋ねた。


「アユムを探す魔法はないのか!?」

「勇者候補を探す魔法ならありますけどアユムさんは聖剣に選ばれた勇者なんです! 候補じゃないんですぅ! あぁ……どうしましょう……!」


 悲鳴に近い声、変異体に追いかけられてるとき以上に必死になっていた。無論それは自分にも当てはまる。ここは熟練の冒険者でも立ち入らない場所。変異体の巣窟とも言っていい。そんなところに武器もなく一人で放り出されたらどうなるか。考えただけでも恐ろしい。

 多少剣術の心得があった程度ではどうにもならない。焦りだけが募っていき、もう駆け出してしまおうかと思ったときだった。

 周囲の茂みから、一匹の変異体の狼が飛び出してくる。オーラを背後から食いちぎろうとしたソレの前にラプラが素早く踏み込むと、純白の光を纏った聖剣で一閃する。

 狼は傷一つ負わずに力尽き、その肉体を大地に横たえた。

 再び九死に一生を得たオーラが、泣きそうな瞳でラプラに言う。


「あ、ありがとうございます……」

「いや、いいん――」


 『だ』と言いかけたとき、ラプラの頭に激痛が走る。


「ぐっ!?」


 あまりの衝撃に片膝をついたラプラに、オーラが驚きながら寄り添う。


「ら、ラプラさん!?」

「な……なんだこれは……!」


 苦しげな声を上げるラプラの頭に、奇妙なビジョンが流れ込む。


 それは変異体の視点から見た映像だった。無関係に流れ込んでくる情報に頭をガンガン打ち付けられながら、ラプラはある映像に目を見張った。

 炎につつまれた大地、その中心に佇むのは――


「――アユム!?」

「え!? アユムさん!?」


 その奇妙なビジョンの中で、彼は何者かと戦っていた。痛みを訴えてくる頭に振り回されそうになりながら、ラプラは映像に意識を集中する。この狼がどこから、どうやってやってきたのか、その道筋を辿る。


「ら、ラプラさ――」

「わかったぞ! アユムの居場所!」

「うひょう!?」


 それが完了したラプラは、勢いよく顔を上げると、彼女の勢いにのけぞったラプラの手を取って走り出そうとした。

 その時、自分たちに向けられる異様な雰囲気に気がつく。

 二人の周りを、再び大量の変異体が取り囲んでいた。物量は先程とは比べ物にならない。

 恐れをなしたオーラが跳ねるようにラプラに抱きついた。


「ま、また!」


 ラプラは焦りつつも剣を構え、刃に光を灯す。大きな円を描くように二人を取り囲んだ変異体たち。今の自分なら余裕で相手できる。ラプラは覚悟を決めて目の前のヨロイグマの変異体を睨みつけた。が――


「どういう……ことだ……?」

「通して……くれるの?」


 剣を向けられた獣たちはおずおずと道を開け、まるでかしずくように俯いた。その様子からは敵意は感じられない。その奇妙な光景を前にラプラたちは顔を見合わせ、次に薄氷の上を歩くような身長差で一歩を踏み出した。


「あ、あの……これはどういう……」

「わからない。だが――」


 襲いかかられない以上、こちらも手を出さないほうがいいだろう。怯えたオーラを伴って、細心の注意を払いながら進む。凶悪な見た目をした獣たちは今までの凶行が信じられなくなるほど大人しかった。

 そして獣たちの円を抜けたあと、二人は早足でそこからある程度遠くまで離れた。

 オーラが不思議そうに言う。


「これも聖剣の力なんでしょうか?」

「そうだといいが……」


 腰のベルトに差した黄金の剣に視線を落としながら応える。剣は何も答えてくれない。


「とにかく調べるのはアユムさんと合流したあとで……」

「だな! それとなんだが――」


 ラプラは立ち止まってちょいちょいとオーラを手招きすると、怪訝な顔をしたオーラをひょいっとお姫様抱っこの状態で持ち上げる。


「あ、あの……」

「こっちのほうが早い。飛ばしていこう」

「そ、そういえばそうですね! お願いします!」


 二人は確かに頷きあう。ラプラはブーツの魔法陣を起動すると、思いっきり地面を蹴る。突風のようなスピードで低空飛行しながら、二人は森の中を移動し始める。


「ひゃぁあああああぁああぁあああっ!!!」

「あまり喋らないほうがいい! 舌を噛む!」


 なんか前にこんな話をした気がする。ラプラは障害物となる木を蹴ってさらに加速しながら、そんなことを思った。


「いったぁあああぁああああああい!!!」


 これも前に聞いた気がする。悲鳴を上げるオーラのほっぺたは、風を受けてべろべろになっていた。


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