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アフター5を異世界で。  作者: 宝来まどか
第一章 絶対浄化世界
13/25

交差する危機①

「クソッ! どこ行った!?」


 森の中をカバンから出したコンパス片手に駆け抜けながら、歩はオーラたちを探す。

 彼はさっきから強化された聴力でそれらしき音が聞こえてこないか探りつつ森の中を動き続けていた。だが、いくら聖剣の力で強化されているとはいえ環境音だらけのここでは、少女の声を聞き分けるのは不可能に近い。それに――


「もしかして向かってくるのって、全部変異体!?」


 赤黒いかさぶたのようなものが表皮に張り付いた160cmくらいの大きさの鼠に、体に生えた棘を弾丸ばりのスピードで射出してくる狼、返しのついたギザギザの角を持つ赤い瞳の猪と、先程から殺意が命を持ったような姿形をした野生動物――というよりモンスターに襲われてばかりいた。

 だが、そんな生命を蹂躙するために生まれたかのような凶暴な怪物たちを歩は、


「ごめん!」


 という掛け声とともに放たれるすれ違いざまの斬撃で次々と真っ二つにしていった。その姿はまさに鬼神の如き壮絶さで、あっという間に周囲が自分以外の血で塗れる。が、血の匂いは更にモンスターたちをおびき寄せることになり――結果として、歩は四方八方を大量の変異体らしきモンスターに囲まれてしまう。

 歩は奥歯を噛み締めてから、強く聖剣の柄を握る。鮮やかとも言える剣術のおかげで体には返り血ひとつなく、呼吸も穏やかそのもの。包囲網を突破することは容易だ。けれども――


「そういう問題じゃない!」


 無尽蔵に近いスタミナがあっても、目的を達成できなければ意味がない。歩は今朝の出来事を思い出して、一層顔を苦くする。今の自分には、ヨロイグモが消えていった方角しか手がかりがない。

 もっと自分が気をつけていれば、こんな事態は避けられた。慢心していたことへの後悔を胸に、歩は目の前に迫る数匹のヨロイグマの変異体に向かって駆け出す。

 オーラの軽口が恋しい。


「お願いだから道を開けてくれ!」


 誰にも届かないことはわかっているのに、叫ばずにはいられない。可能性を捨てきれない。今までと同じように。


■■■■


「うぉわあぁああぁあっ!!!」


 隣でプリンセスが叫び声を上げている。ラプラは揺れて朦朧とし始めた頭をなんとか動かし、隣で泣いているオーラの顔を見た。こちらと同じように逆さに吊られた状態で振り子のように揺れているので、頭に血が上って真っ赤だし、今にもいろいろなものを吐き出しそうな、爆発寸前の表情をしている。

 ギルドの訓練を思い出しなんとかそれに耐えていたラプラは、オーラに向かって声をかけた。


「プリンセス! あまり叫ばないほうがいい! 舌を噛んでしまう!」

「そんなこと言ったってぇ痛ったぁ!」


 懸念が現実になってしまった。ナイトとして彼女の安全を守れない今の状況に歯がゆさを感じつつも、来たるべきときに備えて自分の状態を確認する。

 身につけている弓矢――使えない。腕に隠したナイフ――使える。ブーツに仕込んだ高速移動用の風魔法――とりあえず使える。体全体を覆っている蜘蛛の糸は、強い粘着力と人間をぶら下げても大丈夫なほどの強度を持っている。試しに腕を動かそうとするが、なかなかうまく行かない。考えるまでもなく口は動く――よし、これなら行ける。頭の中で冷静に脱出までの計画を組み立てながら、ラプラはオーラの方をみた。

 一緒に今朝簡単なクエストに出かけたとき、彼女はお試しとばかりに様々な魔法を使ってくれた。こちらの世界にもある地水火風を操る属性魔法から、アリス様が使うような鑑定魔法。そして治癒魔法を。大丈夫だ。これなら十分にこの拘束を解くことができる。


「私たち食べられちゃうんですかぁ〜……? 嫌だぁ〜まだイケメンナンパしてないのにぃ〜!」


 当の本人はあたふたしていて、冷静に考えられてはいないようだ。当たり前だ。彼女は騎士ではなく、守るべき対象(プリンセス)なのだから。

 だから私が助けなければならない。そのためなら命をかける。誰かの希望を守る、それが騎士の務め。

 ラプラは表情を自身をたっぷり練り込んだ自慢の笑顔に変えると、オーラに向かって凛々しい声で話しかけた。


「大丈夫さプリンセス。脱出方法ならもう考えた」

「ほ、ホントですか!?」


 ラプラは唇の片側を釣り上げて、きざな笑顔で言った。


「ああ。救助の呼び方も心得ている。君を死なせはしない」

「ラプラさん……!」

「絶対に君を守ってみせる――いいかいよく聞くんだ、まずは――」


 頬を赤らめた絶世の美少女に向かって、ラプラはキメのセリフを言おうとした。

 だがその瞬間、乱暴に移動していたせいでラプラの頭に木の枝がぶち当たる。大きく宙を舞ったラプラの額から、血が滴り落ちた。


「う……うーん……」


 ラプラは額から発せられるずきずきとした痛みで、数時間ぶりに『目を醒ました』

 朦朧としていた視界が開け、何故か空中でぐるぐる巻きにされ、振り子のように揺れているオーラの姿が目に入る。彼女はこちらが目を冷ましたことに気づくと、焦りの浮かんでいた表情を希望で彩った。


「き、気がついたんですね!」

「あ、ああ……」


 さっきまで何をしていたのか、というか今朝からの記憶がぼんやりとしか思い出せない。確か催眠術をかけてもらって軽い依頼をこなしてから……それから――

 どうだったっけ? そしてなぜ自分は逆さまになって宙吊りになっているんだろう? ここはどこ? 思い出そうとしても痛みがそれを邪魔した。理路整然と並べられていた記憶が、頭の中でめちゃくちゃに散らばっている。ひとつひとつを拾い上げて整理するには、それなりの時間が必要そうだ。

 そのためにラプラは、気分が悪くてえづきそうになるのを精一杯こらえながら口を開いた。


「お、オーラ……これは一体、どういうことなんだ?」


 それを聞いたオーラの顔に絶望が差し、真っ青になる。ろくなことになっていないのは理解していたが、どうやら相当なレベルのようだ。


「ま……まさかラプラさん、催眠が解けてしまったので……?」

「どうやらそうらしい……さっきまでのことが思い出せないんだ」


 額が痛い上に生暖かいもので濡れているから、額をぶつけた衝撃で催眠が解けたのだろうと推測する。絶えず痛覚が訴えかけてくるおかげで、それ以外の恐怖などの感情が隅っこに行っているのが、ある意味救いだった。

 オーラから事情を説明され、ここに至るまでの大体の経緯と、そしていまここはどこなのか知る。現在二人はツルギグモに餌として捕獲され、木の上に貼られた蜘蛛の巣に吊るされている最中だった。

 残されている時間も残り少ない。二人を拘束していた蜘蛛の糸に、軽微な振動が加わる。首筋がぞわぞわしたラプラは、上を覗き込んだ。そして、見えた相手の姿に、喉を引つらせる。二人の遥か頭上には、自分たちを連れてきた巨大なヨロイグモの変異体と――


「ら、ラプラさん……あれ――!」


 つられて上を見た瞬間、ラプラは喉を引つらせた。二人の頭上には、太陽の光はほとんど降り注いでいなかった。見上げる前は、重なり合う木の葉が光を遮っているのかと思ったが、そうではなかった。


「もしかして……子供のヨロイグモ!?」


 少年期の子供くらいの大きさがある変異体のヨロイグモが六匹、木の上部に巣を張って陣取っている。親よりも上の位置に複数の巣を張っていて、そこからこちらをみつめていた。太陽光が差さなかったのは、彼らのせいもあるのだろう。

 子グモたちのうちの一匹が、ラプラたちが自分たちの存在を認識するのを待っていたかのように、糸を垂らして降下を開始した。

 全身を小刻みに震わせはじめたラプラに、オーラが恐怖の視線を向ける。


「が、がががががががg――」

「もうすでにヤバい!?」


 叫びだしそうになるのをぐっとこらえていると、隣のオーラが必死の形相で叫んでくる。


「ら、ラプラさん! ラプラさーん!?」

「な、なななななんだ!?」


 震える視界で彼女を捉えると、サファイアのようにきらめく瞳の美少女が大きく見開かれ、こちらに向けられている。

 彼女は切羽詰まった様子で足早に言う。


「ともかく今から私自身をペンデュラムにして新しく催眠をかけ直します! ですからラプラさんは私だけを見ていてください! 他のことは一切気にせずに! いいですね!?」

「わ、わわわわ――」

「はいっ! いーち、にっ! ――ってなんか気持ち悪くなってきた……」

「お……オーラだいじょうぶかっ!?」

「おろろろろ……」


 まるであがく獲物で遊ぶかのように、親グモは手を出してこなかった。漆黒の天蓋から降りてくる小さな死神が、カチカチと顎を鳴らして近づいてくる。彼らが親グモほどの大きさになるまでに、一体どれだけの命が犠牲になるのか。フリーズしかけた頭でも考えられるくらいに現実は単純だった。

 それでも選択できない彼らに、どんどん死の足音が近づいてくる。頭と同じく全身も凍りつきかけているラプラは、目の前で顔を真っ青にしている少女のすぐそばに子グモが近づくのをただ見ていることしか出来ない。


「さ……んっ!」

「も、もういいラプラ! わわ……私を置いて逃……げろ!」


 彼女単体ならこの拘束を解き、助けを求めることは容易だろうと考える。彼女が今もなおこうしているのは、この状態でなければ自分に催眠をかけ、動かすことが出来ないからだ。

 硬直した表情筋をバキバキという音が立ちそうなほどぎこちなく動かして、ラプラは言った。


「き、きみだけでも……に、逃げろ! 魔法はつつ――使えるだろう!?」

「そんなこと、できるわけな……うっぷ」


 オーラの体はすでに半分くらいが糸を伝って降りてきた蜘蛛に覆われていて、逆にこちらには全くやってきていなかった。一瞬こちらをあとに食べるつもりなのかと思ったが、理由はきっと違う。この子たちは食事に順番をつけているのではなく、相手の泣き叫ぶ姿をみようとしているのだ。

 実際、ラプラの側には全然子グモは寄り付かない。殺すさまをじっくり見せるために、わざわざこんな回りくどい真似をしているのだ。冒険者としてのかけらほどの直感でわかるほど、彼らの行動には悪意が満ちていた。


「オーラ! 君は魔法でアユムのところにまで行けるだろう! 私を捨てて早く行くんだ!」

「ラプラさ……」


 だがオーラが何かを言いかけたとき、小さなヨロイグモの変異体が彼女の目の前にまで降りてくる。そして次に、言葉を失ったオーラの顔に足を回してしがみついた。


「あ」

「――ッ! !!!???」


 その瞬間、オーラは塞がれた顔から声にならない悲鳴を上げ、全身をギザギザに逆立たせると、やがて全身を弛緩させ動かなくなった。それをみたラプラは驚愕の表情で叫ぶ。


「うわぁあああぁあっ!? オーラーッ!!! 死ぬなーッ!」


 そして動かなくなったオーラの体を、どこから食べてやろうかと品定めするように子グモが這い回りはじめる。ラプラは自分の胸のうちを、今まで感じたことがないほどの焦燥感が焼き尽くす。

 ラプラは永久凍土の中から脱出しようとするかのように、満足に動かない体を精一杯、力の限り動かそうとした。

 でも冷静に考えられていない頭の中は依然ぐちゃぐちゃのままで、それは絶対に壊れない迷路の壁をぶち壊そうとしていることと同義だった。


 ――動いてくれ!


 助けたい、その一心でラプラは体を動かす。途中で、腕につけた防具に仕込んだ手のひらに収まる程度の小さなナイフのことを思い出す。――そうだ、それを使えばいい。防具とセットで設計された、手首の動きだけで取り出せるように細工が施してあるそれに、魔法で炎をまとわせて糸を焼ききれば……それからどうなる?


 そこまで考えて、ラプラは再び壁にぶつかる。これは、『一人が確実に拘束から抜け出す方法』だ。『理想の自分』ならここからオーラを救出する算段もつけられるし、オーラも意識があるならその力を貸してくれただろう。でも、今は違う。孤立無援の状態で、自分の力を遥かに超える対象から仲間と自分を助け出さなければならない。


 ――できるのか?


 その事実に思い至った瞬間、ラプラの胸の中を鉛の様な感情が満たす。ギルドが現状戦力では討伐困難と結論づけるほどの相手に、自分一人で立ち向かえるのか?

 無理だ。無意識のうちに行われたシミュレーション、結末は死。まず間違いなく死ぬ。


 ――でも……!


「私は……っ!」


 ラプラは歯を強く、強く食いしばった。まるでこれからやってくる痛みに、あらかじめ備えておこうとするかのように。それは謝罪の前借りだったのかもしれない。オーラの命を諦めかけたことへの。


 私は自分は臆病者だと――冒険者に向いていないと――思っていた。そして孤児院のみんなに嘘を吐いて得た偽りの信頼を失うのが、ずっと怖かった。

 でも、そんな私をギルドのみんなは見捨てないでいてくれた。失敗してもまた一緒に行こうと誘ってくれるパーティもあった。ありがとうと言ってくれる人もいた。戸惑った笑みを浮かべられることもあった。辛いこともあったが楽しいこともいっぱいあった。

 勇気を持って打ち明ければ、道だって開けた。目の前のオーラは、聖剣が抜けないなら放って次に行けばいいだろうに、私のことを全力でサポートしてくれている。ツッコミこそ激しいがアユムだってそうだ。アリス様も、いつもアリス様のそばに音もなく立ち、彼女を真剣な眼差しで追いかけ続けているあの……刈り上げの人も!

 みんながみんな、私のために力を貸してくれた。だからこそ私はいま、ここにいる。生きている。冒険者で居られている。私は決して一人ではない。いつも後ろに誰かが居て、支えてくれていた。私ならできると信じてくれた仲間の信頼を、私は裏切りたくない。


 その事実を噛み締めて、ラプラは現実に立ち向かう。彼女は勇気を出して体を揺らし、ぐるぐる巻きにされたオーラに振り子運動の要領で近づく。そして、


「オーラから……!」


 十分反発力をつけ、


「は……離れろぉ!」


 子グモに体当りした。

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