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アフター5を異世界で。  作者: 宝来まどか
第一章 絶対浄化世界
12/25

ビギナーズラック


「さあ、何も心配はいらない。この私にすべてを任せて……」

「おぉ〜おぉ〜らぁ〜?」

「そ、そんな怖い顔しにゃいでくださいよっ!?」


 歩は紫色のバラを手にきざな立ち振る舞いをしているラプラに背を向け、後ろで汗をかくオーラに胡乱な視線を向けた。

 彼女は珍しく焦った様子で歩に耳打ちする。


「な……なんかこれ以外の催眠を受け付けないんですよぉ……」

「頑固か」


 驚きの事実に表情を引つらせる歩の横で、オーラががっくりと肩を落とす。


「解除には全力を尽くしてますけどうまく行かなくて……おかげで今度は別の意味で周りから避けられちゃってぇ……ぐすん……」

「フッ……気にすることはないさ。僕のプリンセス」

「いやそういうこt――はにゃ〜ん」

「胸焼けするわ!」


 いろんな意味で脱力する。こんなんだが、個人の能力で考えるとギルド上位に位置するというのだから世の中よくわからない。近づいてきたラプラに腰を抱き寄せられてからの顎クイの黄金コンボに骨抜きにされているオーラは、陶然とした表情で言った。


「これはこれでいいかもぉ〜……うへへぇ……ぷりんせすですってぇ〜」

「顔的にはどっちかって言うと福の神になってるけどな」


 オーラをお耽美に沈めたラプラは、無駄に鋭く凛々しくなった瞳を歩に向けてくる。


「安心してくれ歩。このラプラ、命をかけて任務を達成すると約束しよう」

「かけられても困るんだけどなぁ〜……」

「いいじゃないですかこのままでもぉ〜……実際能力は据え置きなんですからぁ〜」


 アリスにひと足早く許可証を貰っていたオーラは、ラプラの現状を確認するために一緒に簡単な依頼をこなしたらしい。そこでは特に危なげなく役目を果たしていたことから、人格の変容は実力に関係ないと判断したようだ。

 自分にもオーラに解決を丸投げした責任がある。最後まで面倒を見るのが筋というものだろう。


「変異体の討伐への協力。全力でさせてもらうよ。サンクヴィーラの人々を守るのがナイトの役目だからね」

「いやナイトじゃなくない? 冒険者じゃない?」

「さあ! どこからでもかかってくるがいい! 悪魔の手先よ!」

「往来で叫ばないでくれ!」


 でも、このノリに耐えられるかどうかは別問題だとひしひしと感じていた。

 町外れに建つ、ギルドの管理する森への入り口である巨大な『門』には多くの冒険者が出入りする。薬草を採取に来る者、森の中にいるモンスターを狩りに来た者など、まさしく今この瞬間も、頻繁に出入りが行われているのだ。道行く冒険者たちの不思議そうな視線に打ちのめされかけながらも、歩はどうにか彼女を制御できないか考える。


「正直予想つかないし大丈夫かなぁ……」

「問題ないですよアユムさん。私がきっちり姫プ……じゃなかった。話し合いますからぁん」

「……大丈夫かなぁ」


 くねくねしながら悪い顔をしてぐふぐふ笑い出したオーラをみてから、歩はリュックを背負い直す。服装は前回とあまり変わらない。長袖のシャツとジーンズパンツ、手には聖剣。服装に関してはもう割り切っていたので、どれだけ悲しくても気づかないふりをすることにした。


「まぁ、ラプラが実際どうなってるのか詳しく観察するためでもあるし……とりあえず行ってみるか。オーラ、僕のそばから離れるな」

「あらやだアユムさん大胆……」

「節操なし!」


 言うなりラプラから離れて腕にするりと巻き付いてきた美少女にため息をつく。

 歩はラプラに視線を向ける。


「全く……ラプラは大丈夫?」

「ああ。何も問題ない。安心してくれたまえ」


 回りくどいがどうやら覚悟は出来ているらしい。無視されたことをなにやら訴えているオーラを引きずりながら、歩も一歩踏み出した。


「勇者パーティー! 初陣ですね!」


 懲りもせず、ラプラが元気よく言った。


■■■■


 今回の討伐対象はツルギグモと呼ばれる蜘蛛のような姿をした昆虫の変異体で、ギルドが最近変異を確認した新種らしい。そのため情報が他の変異体に比べて少ないとアリスが言っていた。

 資料によると8つの足が剣のように鋭く、凶暴で肉食性。本来の個体は小さいが、変異によって体長は大の大人でも抱えきれないほど大きくなり、表面は剣や矢が通らないほど硬質化している。その上毒を持ち、口や腹から出す粘着性の糸で森の中を縦横無尽に飛び回るらしい。

 資料はこれらの情報と遭遇した冒険者たちの報告書及び変異体の見た目のイラストで構成されていて、別に少ないとは思わなかった。歩の目線から見ても充実した内容だったが、他の資料だと討伐方法や逃げ方のセオリーまで書かれているらしい。

 確かにそれと比べたら少ないかもしれない。つまり、それだけ準備に対する意識が高いということ。歩はギルド内で資料に目を通している間、自然と背筋を伸ばしていた。

 今回歩たちに求められているのはツルギグモの討伐。

 パーティーメンバーは火力担当の歩、勇者のサポートのため様々な魔法を修めたオーラ。案内役として若いながら森の殆どを知り尽くし、かつ敵に見つからないことに(本人の真意はどうあれ)特化したラプラ。この三人に決まっていた。

 過去の目撃情報を元にツルギグモの生息地域の当たりをつけていたギルドの情報を元に、歩たちは森の中腹辺りまで足を踏み入れる

 そして、目撃情報があった辺りで、最初の仕事が始まる。

 歩はラプラを促した。


「ラプラ、お願い」

「ああ、任せてくれ」


 そこでラプラは自分の特徴に中指を立てるかのように大声を上げた。


「さぁ! 見るがいい! ナイトの華麗なる技を!」

「いやまぁナイトじゃないけど……ってもういいか」


 だが、結果として彼女の仕事ぶりはいい意味で歩の予想を裏切った。


 口調こそこってりしていたが、ラプラの作業は地道なものだった。彼女はインディアンのトラッカーが行うような生き物の痕跡から対象を予想するスキルを有していて、地面に残された多数の足跡から見事ツルギグモの変異体の足跡らしきものを見つけ出してみせた。

 それを辿る彼女の後ろをついていくことで、歩とオーラは苦もなく対象を追跡することが出来た。

 痕跡を探している最中、ラプラはふと茂みから出てきた小動物を目で追いつつ呟いた。


「早く変異体を見つけて討伐しなくては……」

「……もしかして変異体っていうのは、変異してないモンスターにとっても害になるのか?」


 ラプラは折れた枝の方向や多数の足跡の形状から、今追いかけている個体こそ対象の変異体だと確信していた。最初の王子様然とした態度はどこへやら。視線を鋭く、息は低くし、冷静に対象を追跡していた。

 ラプラは歩の言葉に頷く。


「歩が討伐したヨロイグマなんてその最たるものだ。凶暴すぎてあいつが現れると一帯からモンスターが消えて、時には街に入ろうとしてくる個体さえ出てきた。討伐のために合同作戦が立案されるくらいには危険だったのさ。彼らは守護者ではなく破壊者なんだ」

「そうだったのか……」


 通常三人で編成されるパーティーだが、あのときは九人が討伐に駆り出されていた。あのときのことを思い出して、歩は表情を引つらせ嫌な汗をかく。


「そんな切迫しているとは知らなくて……あのときは本当にごめん」


 だがそんな歩とは対照的に、ラプラは柔らかく微笑む。


「いや、色々あったが君たちがやってきてくれてよかった。私も頑張ってヤツを罠に誘いこもうとしたが、土壇場で怖気づいて、危うく取り逃がすところだったんだよ。周りは気にするなと言ってくれたが、どうしてもな……フッ」

「そういえば――よっと……どうしてモンスターが変異するようになったんですか? ほひょっと」


 二人から少しだけ離れて辺りを見回していたオーラが戻ってくる。ラプラはサンダルで器用に山道を歩くオーラに近づいて、その手を取りつつ答える。


「戦争で大なり小なり環境が変化したからだと言われている。このウーヌの森も、昔はもっと大きかったんだ。でも他国の進行で三分の一が焼かれてしまった」

「三分の一って……」

「それ以来さ。変異体が出現し始めたのは。最近はそれ以外にも不作が続いていたり、疫病の流行が起こったりしているんだ」


 でも、暗い言葉を打ち消すようにラプラは瞳に強い意思を宿し、決意を固めるように空いている手を握りしめた。


「――だが、そんな今だからこそ、私は冒険者として、騎士としてみんなの力に立ちたいんだ」

「それが、ラプラさんがナイ……じゃなかった。冒険者にこだわる理由なんですね」

「あぁ! そうさ! 私はみんなの――希望になりたい!」


 そう告げるラプラの瞳はとても輝いていて、みていて眩しいくらいだった。催眠術は本人の本質を捻じ曲げるものではないと聞いたことがあるが、たぶんきっと真実だろう。今の彼女からは、本当の気配がする。

 その熱に当てられたのか、珍しくオーラが元気づけるような口調で言った。


「なれますよ! ラプラさんなら! みんなの希望に!」

「ありがとう! プリンセス!」


 変なテンションになった二人はエイエイオーのポーズを取る。傍からみている歩はもう完全に蚊帳の外だ。


「よーし! もうさっさと倒しに行きましょう!」

「おお!」

「この調子で見学会も乗り切るぞー!」

「おーっ!」


 肩を組んで歌い出しそうな雰囲気の二人はウキウキとした足取りで森の中を進みはじめた。緊張感のかけらもなくなってしまった二人に流石に歩は危機感を抱く。


「オーラ、もうちょっと慎重に……」

「あれ? アユムさん居たんですか?」

「ぶっ飛ばすぞ」


 思わず暴言が出てしまうが、彼女には届いていない、オーラは何故か勝ち誇った表情でラプラの腕に絡みつく。美女二人なだけあって本来なら絵になるはずだが、ラプラの顔に困惑が浮かんでいるせいでいまいちキマらない。


「もしかして間に挟まりたいとか思っちゃいました?」

「なんでそんなカステラのCMみたいなことをせにゃならんのだ」

「ざんね〜ん空きはありませぇ〜ん!」

「人の話を聞け!」


 相変わらず自由すぎる巫女だ。彼女は顔をしかめた歩をの前に出ると、隣で少し戸惑った表情を浮かべているラプラに向かっていった。


「ささ! アユムさんに私たちの力を見せてあげましょう!」

「あ、ああ……」

「さあ改めて! 変異体の住処へ――」


 だが、彼女らが歩を数歩追い越した瞬間、空から巨大な黒い塊、いや――巨大な蜘蛛の化け物が降ってきた。それは、ラプラたち二人の前に轟音を立てて着地する。

 黒曜石で出来たかのような透き通った鋭利な八つの足に、足と同じ数の眼。2m以上の全長の表面は漆黒の体毛に覆われ。腹部と比べてある程度小ぶりな顔の前面には、成長しきった乳牛くらいならバリバリと噛み砕けそうな牙が並んでいる。相手はこちらの目の前に着地すると、透き通りながらもきらめく凶足を周囲の大地に突き立てた。

 怪物の容姿は、よりにもよって資料に表記されていたツルギグモの変異体の特徴と一致していた。


「……え?」

「……へ?」


 全長2m超の縦にも横にも分厚い肉体を持つ蜘蛛の存在に三人全員が硬直し、化け物の目の前にいる少女ふたりは声を上げる。その空隙が命取りだった

 怪物はそのアドバンテージを活かすように、行動を開始する。


「キシャアァアアァアァッ!!!」


 目の前に突然現れたド級の脅威は威嚇の咆哮とともに口から粘着性の糸をはきだすと、あっという間にオーラとラプラをす巻きにしてしまった。


「これは……ッ!」

「アユムさんたすけっ――!」


 彼女らの首から下を自らにつながった糸でぐるぐる巻きにした蜘蛛は、用事は住んだとばかりに二人を伴って跳躍する。歩のはるか頭上に飛び上がったツルギグモは、少女たちの千切れた言葉を残して視界から消えていった。

 歩はその様子をあ然とした表情で見届けたあと、頭を抱える。


「……つらい」


 遠くから聞こえる「あー」という少女の声が消えないうちに、走りださなければならなかった


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