勇者パーティ結成秘話
話し合いを終えたあと、歩はひとりもとの世界に帰宅した。オーラはあちらの世界でラプラのサポートに回るらしい。「イケメンを捕獲……いえなんでもないです!」と言っていたのか不安ではあるけれど。
歩は魔法陣の光が晴れたあと、深夜の薄暗い玄関を見渡す。どこも変わっていないことに安堵してから、靴を脱いでリビングに入る。時刻は夜中の一時を回っていた。本当ならさっさと就寝してしまいたいところだが、そうは行かない理由が歩にはあった。
歩はリュックサックを床においてから、軽く肩を回す。深呼吸し心を落ち着かせると、期間のために使用した聖剣を改めて強く握った。
歩が勇者探しを引き受けた理由の一つが、これだ。歩は決して善意だけで依頼を引き受けたわけではない。世界を救うのも大切だが、それと同じくらい大切なことがあった。
歩は瞳をゆっくりと閉じ、能力を使う。瞬間、頭の中に広がる星の海のイメージ。それは歩の視界を文字通り染め上げ、周りの世界を塗り替えていく。いくつもの世界がたゆたう大海原のなかで歩は、過去の記憶を掘り起こし始める。
歩の指に、光が灯った。
朝日が登り始めた頃、歩は再び元の世界に帰還する。リビングにフラフラと入り。ソファに体を投げ出すように倒れ込む。聖剣を握りしめたまま、歩は焦燥感がにじむ声を出した。
「どうして、どうして見つからないんだ――っ!」
歩はずっと探している。自分が元いた世界を。力を使い続けたことで見失ってしまった、「自分が生まれた世界」を。
■■■■
「アユム、ちいとやつれた?」
「……わかりますか?」
その日の夜にオーラたちの居る世界――正確には冒険者ギルド内の保管庫――に転移した歩が待ち合わせ場所であるギルドマスターの執務室に向かうと、待っていたアリスにそんなことを言われた。当の歩はほぼ徹夜しているせいか睡眠不足がひどく、心なしか頬もやつれていたから当然といえば当然か。
応接セットのソファに座って彼女の話を聞いていた歩は恥ずかしくて頬をかく。
「ちょっと色々ありまして……」
すると、歩の隣に腰掛けしなだれかかっていたオーラが、こちらを向いてくすぐるように言った
「寂しくて眠れなかったんですかぁ? もうしょうがないですねぇ……今夜は寝かさないゾ☆」
「心配してくれるのは嬉しいんだけど、行動が一致してなくない?」
まあそんなたわけた言動には慣れっこなので軽く流してから、歩は本題に入る。
「アリスさん、頼んでいたものは……」
「はい。出来とるよ」
そう言って彼女は、エプロンドレスのポケットから名刺くらいの大きさのプレートを取り出し、応接セットのテーブルの上においた。
「げにありがとの。うちらの計画をてごしてくれて」
「そんな。言ったじゃないですか。困ったときは助けるって」
歩はテーブルの上にあるプレートを受け取って眺める。黄土色の金属でできていて、表面に歩の名前が刻印されたそれは、ギルドの臨時職員であることを認める証だ。これを使うことで、自分たちが盗賊と間違われたあの森などの冒険者しか入れないようなところに自由に出入りできるようになる。
まじまじと見つめていると、腕に絡みついていたオーラが自分の胸元をまさぐり、歩が持っているプレートとほぼ同じ物を取り出してみせた。
「私も持ってます。お揃いですねアユムさん!」
「どこから出してるんだよ……」
「もしかしてチラ見えする胸元のセクシーさに悩殺されちゃいました?」
「そうだな。文字通り脳殺されそうだよ」
「あの〜、話を進めてええか?」
アリスに向かって頷くと、彼女は脇に置いていた薄い書類の束を応接セットの机の上に置いた。
「アユムたちには早速なんじゃが、変異体の討伐をやってもらいたいんじゃ」
「はい。この前話し合ったとおり、協力させてもらいます」
「全力で! そうですよね! アユムさん!」
なぜか食い気味に言ったオーラの様子に違和感を覚えつつ、歩は頷く、
これが昨日、アリスと話し合って決めたことだった。勇者として彼女をオーラの世界に迎え入れるには、まず彼女のあがり症と聖剣の問題を解決しなければならない。そのためにギルドに協力をしてもらう代わり、こちらもギルド側に協力する。まぁ正確に言うなら、この世界に存在する問題を解決する手伝いをするということ。
わかりやすいギブアンドテイク。この職員証はそのために必要な力だ。
アリスは歩に追加で尋ねた。
「ありがとの。アユム。一応聞いときたいんじゃけど、森の中を案内するために冒険者をひとりつけることになるんじゃが、ええか?」
「問題ありません。誰になるんですか? ラプラですか?」
「そうなんじゃけど……」
地の利を得ていないこちらとしてはとても嬉しい申し出だ。彼女のあがり症克服訓練も一緒にできるかもしれないのだから。だが、それとは対照的に少女の顔は不安で曇っていた。歩の問を表情で肯定したアリスは、左右に目を泳がせながら言った。
「実力は優秀じゃけぇ、問題ないたぁ思うんじゃけど……」
「……けど?」
「無言で私を見ないでくださいよぉ!?」
言いながら歩はジトッとした視線をオーラに送ると、彼女の顔が愕然としたものに変わった。
オーラはあたふたしながら弁解を試みる、
「ちゃ……ちゃんと協力してますよぅ! で……ですよね!? アリスさん?」
だが、それは失敗に終わる。聞かれたアリスは顔の上半分を暗くしてオーラから目をそらした。
「いやあの、本人も了承済みだし、結果も出しとるし、頑張ってくれたなぁわかるけぇ……なんというか……その……悪うはないんじゃよ? ただ評価が難しいというか……うん」
「オーラァ?」
「あ、アリスさーん!?」
その様子に頭痛に加えて胃痛まで併発しそうになりながらも、歩は事態の理解に努めた。だが、思考を巡らせ始めてすぐに答えのほうからやってくる。
「アリス様、ラプラを連れてきました」
執務室の扉がノックされる音が聞こえた。続いて外から刈り上げさんの声が響いてくる。それを聞いたアリスはすがるような視線をアユムに走らせてから顔を扉の方に向けて、相手の声に応えた。
「ちょうどええところに。ラプラ、入りんさい」
「失礼します」
隣のオーラのギクリとしたような表情で既にオチは大体読めているが、考えたくない。
聞こえてきたのは、ラプラの落ち着いた声。だが、歩の予想は的中した。
ドアノブが回される音が聞こえた次の瞬間、扉が弾けるように大きく開け放たれる。
開放されたドアの向こう側には、やけにキメた立ち姿のラプラと、頭痛を抑えるように額に手を当てた刈り上げさんの姿があった。
ラプラは背筋をピンと伸ばした美しい姿勢のまま、まるで劇の登場人物のように声を張って言った。
「話は聞かせてもらった。騎士の使命として、全力を尽くさせてもらおう」
「――マジかぁ〜……」
「今朝からずっとこの調子なんじゃ……」
凛々しい立ち姿のラプラがそんなことを言う傍ら、アリスが困ったように呟く。歩がゆっくり隣を見ると、横にいたオーラは小走りでラプラの背後に隠れた。
「け、今朝試しにかけてみたら戻らなくなっちゃったんですよぉ……。でもちゃんと仕事はできますし、モーマンタイ……ですよね!?」
「こちらも彼女の状態は把握しとる。問題ないこともわかっとるんじゃが……アユム、ひとつ聞いてええか?」
「……はい。なんですか?」
歩とアリスの間で視線を右往左往させるオーラをちらりと見たアリスは、明らかに困惑した顔で、というか自信を失った……どちらかというと泣きそうな顔で聞いてきた。
「もしかしたらうちは、とんでもない間違いをしてしもうたんじゃろうか……」
彼女の言葉を、歩はノータイムで否定する。
「そんなことないです! 今回の依頼、絶対に成功させてみせます!」
こんなに泣きたくなったのは、入社当初に仕事で大きなミスをしたとき以来だった。




