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玄冬のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 玄冬のミステリーツアー参加者一同
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「そして彼女はいなくなった 殺害」 奥田光治 【本格推理】

 二月十四日のバレンタインデー。その日は俺にとって忘れられない一日となった。


 なぜなら、俺の部屋の俺の目の前に、今まで付き合っていた彼女が物言わぬ死体となって仰向けで転がっていたからである。


 きっかけは些細な事だった。バイトを終えて部屋に帰るとアパートの近くで彼女が微笑みながら待っていて、その日も一緒に部屋で何か食べようという話になった。そこまでは良かったのだが、その食事が終わってから少しして、ふとしたきっかけから口論になってしまったのだ。

 その口論の内容をこの場で逐一説明するつもりはない。したところで過去を変える事などできないからだ。だから簡潔に結果だけを言う事にするが、口論の結果、酒が入っていた事もあって俺と彼女はヒートアップしてしまい、気付いた時には俺は棚にあったサンタクロースの置物を掴み、大きく振りかぶって振り返った彼女の頭に叩きつけていた。彼女は叫び声さえ上げず、部屋のテレビの前の辺りに崩れ落ちた。俺が、彼女が死んでしまった事を理解したのは、それからたっぷり五分くらいは経った頃だった。

 正直、今でもこの瞬間……自分が生まれて初めて人を殺した時の記憶は曖昧なままである。さっきの口論の内容について詳しく語らなかったのも、未だにどうしてこうなったのか、本当にあの程度の口論で人殺しになってしまったのかという事に自信が持てないからだ。だが、実際問題として俺の目の前には彼女の死体があり、そして俺の手には彼女の命を奪ったサンタの置物が場違いな微笑みを俺の方へ向けていた。皮肉にもこの置物は、出会って何回目かの時に彼女と一緒に買った思い出の品だった。

 俺は緩慢な動作で反射的に時間を確認した。夜の十一時頃……あと一時間でバレンタインが終わろうかという頃合いだ。俺は次に、この後どうすればいいかをぼんやりと考えていた。そして、最初に浮かんだ考えは、「彼女の死体をどこかに隠さなければならない」という事だった。

 俺も彼女も付き合っている事は周囲に対して秘密にしていて、誰かにばれているという事はないはずだった。恥ずかしいから、というのが理由だったが、事がここに至れば、死体さえ隠してしまえば彼女と俺を繋ぐ線はなくなるはずだった。もちろん、彼女がいなくなったとなれば騒ぎになるかもしれないが、日本という国は年に何人もが失踪し、警察でも捌ききれない量の失踪届が出されている国である。死体が見つかって殺人事件として捜査が始まれば話は別かもしれないが、逆に言えば死体さえ出なければ問題はないはずだった。

 隠し場所には心当たりがあった。俺の住んでいるアパートから歩いて数分の所に潰れたスケート場があったが、最近になってそこが壊されてゴミなんかを処分するクリーンセンターを作る工事が行われていたのだ。ちょうど土台を作っているくらいだったので、その下に埋めてしまえば半永久的に死体は出てこないだろう。本当は遠くに捨てるのが理想ではあるが、運ぶ距離が増えればそれだけリスクは増えるし、何より俺は車も免許も持っていなかった。

 俺は早速作業に取り掛かった。幸い出血はそこまでなかったので、スーツケースを引っ張り出してきて、苦労して彼女の体を抱えながら無理やりその中に押し込める。凶器も指紋を吹いて一緒に処分する事にし、さらに彼女のハンドバッグの中身も確認して俺と繋がるものがないかをチェックする。入っていたのは財布、化粧品、ハンカチ、ティッシュなどの小物に何かの参考書が数冊。最近売れ始めた携帯電話だのポケベルだのは入っていない。彼女は持っていなかったらしく、それは俺にとって好都合だった。財布の金に関しては少し心が揺らいだが、下手に手を出して墓穴を掘るのもあれなのでそのままにしておく。ただ、身元の特定につながりそうな運転免許証や学生証は失敬し、これはあとで燃やして処分する事にする。

 その後、部屋の片づけをして、俺はスーツケースを手に外に出る。一応マスクと帽子で顔を隠してあるが、サングラスは夜道では逆に怪しすぎるのでやめておいた。人に見られていないか警戒しながら、俺は工事中のクリーンセンターに向かう。幸い、誰にも見られずに到着でき、少し奥に入って地面がむき出しになっている土台の部分を見つけると、近くにあったスコップで穴を掘る。慣れない作業で大変だったが三十分ほどで全てを終え、俺は死体と凶器、ハンドバッグなどをまとめて入れたスーツケースを投げ込むと、もう一度しっかり埋め直した。

 すべてが終わると、俺は脱力しながら自分の部屋に戻って座り込んだ。静かだった。ついさっき、ここで俺が彼女を殺したのが夢ではないかと思えるほどだった。だが、残念な事にこれは現実だった。俺は人殺しであり、そして愛していたはずの彼女はもういないのだ。

 気付くと俺はなぜか嗚咽を漏らしていた。それが、些細な事で彼女を殺してしまった事に対する罪悪感なのか、それとも罪を逃れた事に対する安堵からくるものなのか、俺にはわからなかった……。


 次の日から、俺はいつ事件がばれるかもしれないと怯えながら暮らすようになった。工事の過程でふとしたきっかけから死体が見つかる可能性もゼロではないのだ。

 だが、一日経ち、二日経っても何の騒ぎも起こらなかった。いつしか俺は安心し、あんなことなどなかったかのように日常へと戻っていった。それが上辺だけのものだったにしても……。


 だが、俺は甘かった。地獄の口は、すでにすぐそこに大きく開いていたのである……。

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