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玄冬のミステリーツアー【アンソロジー企画】  作者: 玄冬のミステリーツアー参加者一同
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「そして彼女はいなくなった 邂逅」 奥田光治 【本格推理】

 俺が彼女と出会ったのは、ちょうど神戸の地震だの地下鉄への化学テロだので騒然とした年のクリスマスの夜の事だった。

 その日、俺は大学からの帰りで都内の繁華街を一人で歩いていた。冬休みのこの時期に大学に行ったのは別に俺が真面目だからとか勉強熱心だからとかそんな理由ではなく、ただ単に学期末に受けたテストの成績が悪くて、このままでは単位不足になって来年の卒業は無理だと宣告された講義の補習講座を受けに行っていたからに過ぎない。おまけに、そこまで言われて渋々受けた講座の内容がおもしろかったかと言われればそんな事はなく、ただ無駄にクリスマスの一日を過ごしただけで終わっていた。もっとも、補習がなかったとして何か予定があったかと言われると、一年ほど前に半年間付き合っていた彼女にいなくなられて、以降独り身の俺にはなかったと言わざるを得ないのだが……

 だから、そんな俺にあんな出会いがあるとは全く思っていなかった。目的もなくぶらぶらと繁華街を歩いていた俺に、反対側から歩いてきた同年代くらいの小柄な女がいきなり正面からぶつかって来たのだ。

「キャッ!」

 彼女はそう叫び、同時に俺の胸に何か熱いものがぶちまけられた。見てみると、彼女が持っていた缶の中身が俺のジャンバーに派手なシミを作っていた。幸い厚着していたので俺は大したことはなかったが、彼女は慌てて顔を真っ赤にしながら頭を下げた。

「ご、ごめんなさい! 私、前を見ていなくて……」

 真っ赤になりすぎてかけていた眼鏡が曇っている。どうやらかけられたのは熱いコーヒーだったようだが、俺はできるだけ何でもないという風に手を振った。

「いや、大丈夫だよ。君こそ、大丈夫?」

「は、はい! でも、服を台無しにしちゃって……」

 典型的なメガネっ子の文学少女という風貌の彼女は困ったようにしていたが、不意に周りを見回し、近くに某有名な衣類量販店があるのを見つけて、ホッとしたように言った。

「わ、私、あそこで新しい服を買ってきますから、だから……」

「待った、待った!」

 いくらなんでも初めて会った女の子にいきなり服を買ってもらうような事はしたくない。

「そこまでしなくてもいいよ。どうせ古いジャンバーだし」

「で、でも……」

 彼女はなおもどうしたらいいか考えていたようだったが、やがて決然とした表情でこう言った。

「だったら、これを!」

 そう言うと、彼女は別の手に持っていた紙袋を手渡した。中にはまだ新しい男物のジャンバーが入っていた。

「本当は、弟へのプレゼントで買ったものなんですけど……」

「ま、待って! だからそんなものをもらうわけには……」

「あ、いえ、お貸しするだけです。だから、その代りにそのジャンバーを貸してください。後日、クリーニングして必ずお返ししますから……」

 俺はなおも断ろうとしたのだが、彼女はてこでも動こうとしなかったし、往来の真ん中でこれ以上目立つのもあれだったので、結局は俺が折れる事となった。

「……わかった、そこまで言うなら受け取るけど、クリーニング代は俺が払う。これでいいかい?」

「ありがとうございます! 必ずお返ししますから!」

 そして、俺たちは互いの連絡先を教えて別れた。それが彼女との出会いとなったのだから世の中わからないものだ。


 彼女と再会したのは三日後だった。約束通りジャンバーを返してもらい、立ち寄った喫茶店でそのまま話が盛り上がった。そこで彼女も俺と同じく都内の大学生で、上京して一人暮らしである事も知った。俺たちは自然に「また会いたい」という話になり、それからちょくちょく節目で会うようになった。

 最初はお正月の初詣。大きな神社ではなく近くにある小さな神社だったが一緒に参拝した。それからは週に二、三回のペースで会うようになり、カラオケに行ったりゲーセンに行ったり色々な事をした。さすがに彼女の自宅は紹介してもらえなかったが、いつしか彼女は何度か俺の部屋にも来るようになった。彼女は興味深げに部屋の中を見回しながら、屈託のない笑顔を浮かべていた。

 その数ヶ月は人生で一番幸せな時間だったのかもしれない。俺はこの先、彼女との明るい未来が待っていると信じて疑わなかった。


 ……一体、どうして想像できただろう。付き合い始めてからわずか数ヶ月で、彼女とあんな別れ方をする事になろうとは……。

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